王都
キノコ曰く、彼の勤める大学がある学術都市パルミラの西へ50里ほど離れたところに王都がある。
この国の中で最も最古にしてミステリーな要素を含む遺構の上に今の王族たちが繰り返し増設した奇妙な城を持つ巨大な都市。
人口およそ120万人、異種族、異文化を吸い込んでも崩れない強固政治機構。
もはや化け物である。
実のところ、私の郷の都市は首都でもせいぜい40万人弱だし、私の庵がある都市も20万人いればいいくらいだと思う。
それに比べ、歴史があるというのはそれだけで人を惹きつける魅力があるのだと思う。
実際、地下の遺構はダンジョンと化しており冒険者の腕を競う場となっているとキノコは言う。
ほかには、治安の問題だろう。
キングズガードという近衛騎士団はふたつあって、王の右袖にあって王の命を守る役目と、王都そのものを護る武装警察みたいな機構を持つ組織が昼夜を問わずに警戒の目を光らせている。スリや置き引きなどは、どの都でも起きる日常の一つだが、この都市では殺人などの重大な犯罪は起きていない。
いや、起きていないとされている場合もある。
先ずは政敵の暗殺とか、無礼討ちなどは時に不問というのがある。
だからと言って、王都の信用が揺らぎはしない。
さて、《タマーニャ》村を出て幾日か歩いた道中。
城塞都市と化したかつてのドラゴンの防塞を見る事が出来たが、これは圧巻だった。
何が凄いと言うと、先ずは防壁の高さだ。
ざっと見た限りでは40メートル以上あり、巨人族さえ躊躇しそうな圧迫感に少々、私も卒倒しそうになった。
キノコがかっかと笑い意識を繋ぎとめるに役立ったが。
そして門を潜ると、そこは外見とは真逆の活況で満ちあふれたカーニバルのような光景だった。
この国の力強さに改めて感服した。
んー、実に面白い。
城塞都市を過ぎると、王都の姿は肉眼ではっきりと見えるようになる。
キノコは私の財布で露店の食べ物を買い漁り、私の横でモグモグ食っている。
この荷物、とうとう私の路銀を使い切りやがった。
旅路のお供に何故か毎回、変な居候が付く――確か半年前の東行きは猫耳の少年がお供だったような。半ズボンにハイソックスの似合う可愛い男の子だったが見かけによらず大食いだった。路銀の金50枚が僅か2週間で無くなりほとほと困った印象が強く残っている。その前は――
いや、しかし何故こうも、私の周りには路銀を持たない奴ばかり現れるのか!
私の旅は質素倹約を常に定めている。
予定では路銀の金50枚が余る計算で財布にしまい込むのだが、ここ2年くらいは珍妙なお供によって突然の財政出動が多発。
いくら郷では金持ちだからって、旅先では金を増やすことはできない。
自慢の腕を振るって間に合わせの武具を作って売るとか、商人ギルドで借金をする以外では教会に借りるなどの選択肢がある。
私の名で作る武具は注文(依頼)があって初めて世に出ることが多く、自慢ではないが数が出ないから価格も高めにある。しかし、こうやって旅先で作って売るを繰り返すと、銘の価値が下がって価格が暴落するリスクがあるので実はあまりやりたくはない。
しかも今までの依頼人にも失礼な話になってしまう。
次に商人ギルドだ。
その名も《カッパー・フェデレーション》所謂、銅連盟とかセンスのない名を名乗っている連中で、全世界にネットワークを持つ巨大な組織でもある。彼らの扱う通貨は交易銀と呼ばれるもので、一般での通貨保障機関は《教会》が仕切っている。貨幣の増産や流通量の調整なども《教会》が担っているのに反して、銅連盟では交易上においてのみ信用を担保に利用される銀(中身は錫)を使っている訳だ。
これらの銀は《教会》の定める1枚銀貨と違い、目方或はインゴット取引による信用取引で成立している。
銀貨100枚で金貨1枚という計算の為、交易上じゃら銭となる貨幣を大量に持ち歩くより目方取引による交易銀である方が何かと好都合ということらしい。
私は商人ではないので詳しくは知らない。
しかし、ここで借用すると、少々高利だったりする。
確か前に借りて、利息で金20枚取られたような気がする。
残りは《教会》だが、教会というのは皆が常々に口にする呼び名で正式には《サルノ・ボリネア法国》という。
私も浅くない付き合いの国。
この法国は神とその御使いである六人の神霊を祀る世界最大の宗教・ファースト教を母体とする。
法国の王は法王と称して、預言者の子孫が王を名乗ってきた。
こんなオカルト的なところから金を借りるのもちょっと気が引ける。
しかも知り合いが多いし、きっと後々に面倒が増える気がする。
結局、商人ギルドに金を借りる羽目になるのがいつもの流れ。
さて、路銀が底をついた私の足取りは非常に重い。
前記の理由により先ず王都に着いたら商人ギルドへ顔を出すほかない。
その前に聊か気になる点が。
「教授? 何でパイロがいるの?」
後方に親指を突き刺しながら、キノコに問うた。
傘を揺らすだけのキノコは無表情。
「お主、アヴリルが女の子だと知って盛っとるだけじゃろ」
クールだ。
てか、クールなのは両手を塞いでいるベーコンエッグ・ベーグルを貪ってるからだ。
今日で何回目かの昼飯。
最早、亡者のごとき食べっぷりだが腹が肥えた様子が見られない。
凄いぞ!キノコのボディスーツ......
路地をふたつ、みっつ曲がった先で、ごろつきが私たち一行を襲ってきた。
私に気配を悟らせないとは見事なスキルだ。
とか、感心してたら私の腕を強く引っ張る者に更に深い路地へ連れ込まれた。
「お久しゅうござりました! 猊下!!」
むぎゅーって抱き着かれ、鎧の私を路地の壁に押し付ける。
何だかごんごん壁に叩きつかれているような気がしつつも、なぜだか悪い気はしない。
「ちょ、ちょっと、押さないで頭がくらくらする」
「大丈夫です! 今から奥にお連れしますから、暫くの間気絶してください!!」
あっ、再び壁に叩きつけられぐぉんぐぉん響く騒音の中へ。
余りに激しく叩きつける余り騒音は苦痛に変わり、極めつけは視界用に開けておいた兜の隙間から痺れ薬が放りこまれた事。
さすがの私もこんなにされたら何もできない。
教授の悪臭には慣れた、慣れさせられた。
たぶん気絶し難い。でも、こんなに打ち付けられたら目が回るし気分も――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目が覚めたら、勢いよく吐いた。
私自身もびっくりするくらいの噴水だった。
「おーめざめですかー?!」
どんな掛け方だよ。
ひとりで毒を吐きながらゲロまみれで起き上がる。
「臭い」
「それ、あなーたのですー」
いや、分かってるけど。
酸っぱ......
「身包み剥いで、風呂しまーすか? 水に叩きこみーますか?」
おいおい。
なぜに見ず知らずにそんな事されなきゃならない。
何かしたか? 私......
「身包みは自分で剥ぐし、風呂があるなら風呂に入りたい」
きっと通じてると思いたい。
おかしい? 教授の時はちゃんと言葉が通じてたはずなのに。
「水に叩き込まれ......」
「違うー! お風呂に入りたーい!!」
ベッドから跳ね起きた。
目の前で応対してたのは肌の色が茶褐色のシスター。
日に焼けて健康的なエルフみたいな人だが、表情的に私のことは好意的に見ていない様子。
「悪戯はこの辺にしましょう」
と、部屋の端から出てきたのは可愛らしい顔立ちの少女。
彼女の耳が横にぴんと張りだしているのでエルフだと判る。
「アヴリル猊下、ご帰還おめでとうございます」
「クマさんのおぱんちゅ?!」
目を細めながらエルフの少女を見ている私。
噴水でぶちまけた酸っぱいのが顔に掛かっているので良く見えない。
「く、クマさんって! 私はミルミルですっ!! いい加減名前で呼んでください!!!!」
《クマさんのおぱんちゅ》こと、森のエルフ族出身のミルミルは旅先で私の後をストーカーする追っかけの女の子だ。
例のクマさんのが付いた渾名は私の前に現れる度に、彼女の下着が《クマさん》だったからに由来する単純な話である。
あと、2百年もすれば成人式を迎えるという話なのだが、要するに郷の庄でもまだ子ども扱いだと言う。
その彼女が珍しく強行したのは言うまでもない。
「北限の騎士団が全滅しました」
ミルミルは唐突に難しい話を仕掛けてきた。
が、私の目下は一刻も早くお風呂に入りたいである。
ミルミルには悪いが。
「何をそわそわしてるんですか!!」
ミルミルの怒気が放たれる。
「風呂、お風呂に入りたい......」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あーさっぱりしたー」
一刻あたり時間を使ってのんびり長湯をした。
おかげで髪も肌もつやつや、ほくほくしている。
湯気を纏いながら、着替えの法衣に袖を通して浴場から出ると広間が騒然としていた。
「何があったの?」
通りかかった修道女に問うと、
「見事なキノコを拝見できるらしいのです!!」
「キノコ?」
何故か悪寒を感じた。
いや、まさか――教授がここに? ここは《教会》の宗教施設。入ってこられても聖堂の表側だけだし、仮に司教と面識があっても奥の院まで入れる非宗教関係者なんて聞かないし......と、恐る恐る広間へ行くと。
そこには一糸纏わぬ全裸の男がいた。
初老の男はギリシャ神像のように均整のとれた逆三角形のボディと、小さく引き締まったお尻、見事にそそり立つマツタケを男子禁制の修道女たちに披露していた。否、修道女たちにのみ神像のような筋骨隆々とした完璧な男として見られている教授の姿がそこにあった。
私の目では、腹が2段、いや3段に垂れたみっともないボディラインを持ち、大きな尻と浅黒く皺の多い酷いおっさんがそこにあった。
シメジの様な申し訳のないキノコをぶら下げて、とても直視出来るような代物ではない。
「服を着ろ! 無ければ布で構わん!!」
思わず声を荒げて叫んでいた。
不気味なポーズを取っている教授が私を認識。
この奇妙な空間の中で初めて私は、素顔の私を彼に視られたことになる。
「おお! ? 誰じゃったかの?」
彼は、老眼だった。
そういえば、身分証にもメガネをかけた絵だったような気がする。
「服を着ろ! そのみっともないシメジを終えと言っている!!」
私は羽織れそうな布を近くに探した。
その声、動作に気が付いた教授は慌てて尻を両手で覆った。
恐らく蹴られると思ったらしい。
習慣というのは恐ろしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
落ち着きを取り戻した聖堂内では司教が信者に悟りを説いていた。
この聖堂は《ファースト教》という宗教組織の管理運営するランドマークのひとつで、信者は数千万ともいわれる世界最大の宗教である。
虹色に輝く荘厳なステンドグラスと、白亜の巨石で建立され見事な芸術作品として仕上がっている。
私との縁は浅からぬといった感じで――まあ、腐れ縁か。
司教は目を閉じ、静かに口ごもって祈りを捧げる。
その司教の足もとにひとりのうら若き少女が膝を突いて、彼を見上げていた。
「司祭さま・・・」
司教は眉根を寄せて、無言。
再び少女が、
「司教さま・・・」
彼は小さく咳ばらいをする。
不思議に思った少女、
「大司教さま・・・?」
「迷える子よ、私の差し伸べる手を掴むがよい」
彼は金色の瞳を見開き、少女を抱え上げる。
頼りなく立ち上がると、
「見よ、奇跡は起こった」
後日、彼女は重度な怪我を負い医者も導師も見放した子だと知る。
そこで難病もたちどころに回復すると噂された《ファースト教》にすがり、信仰をもってそれを回復して貰ったという。
何とも胡散臭い話である。
大司教の肩書にこだわったのはその職について3年目のジョア司教。
残念ながら、私の幼馴染である。
まさかこんなに落ちぶれていようとは・・・
私はこの茶番を裾の長椅子から観ていた。
埋め尽くされた長椅子の信者は間違いなく《奇跡》だと信じている。
信じるものを探して集まっている人々だから、それを壊すようなことをするつもりはない。
ジョアが裾にいる私を見つけたようで、ウインクしている――何だ?アイツ・・・。
ジョアは、信者の居なくなった聖堂で私の傍まで来ると。
「何年ぶりかな?」
世間話を始めたいらしく手もみを繰り返し、タイミングを計っている。
「路銀が切れたから、マジックアイテムを売りたいんだけど?」
私に世間話をする余裕はない!
彼がきょとんとした表情でこちらを見ている。
「君の口座から出動させれば」
「私は鍛冶師だから」
「あ、いやいや君は教会の――」
ジョアが私の左中指を指す。
そこに輝く指輪は赤地に白字の逆さ十字。
「でも、鍛冶師だから」
彼の手を軽く払いのける。
「仕方ない。で、いくら欲しい? ボクの裁量では付与魔術第2階位までで一振り金50が限界だよ」
私はちょっと慌てて、
「そんなに要らないよ。欲しいのはこの先の路銀で金2、30枚くらい」
と、肩をすくめてみた。
そもそも、依頼の品を納品すれば代金の残り半分が手に入る。
それだけでも恐らく金200あ、否、金300は貰える筈。
まー、依頼主が気に入ればの話であって。
私は少し、彼の顔色を窺った。
「では、金30枚で一振りを買い取ろう」
ジョアに渡したのは納品の品と同じ型の小刀。
見てくれや性能は然程の違いはないが、付与魔術の質が若干劣るといったあたり。
それは――魔法剣。
刃の部分が使用者の素質によって変異するタイプで、これに付与魔法が施されている。
素質が無くても十分にブロードソード並の刃を形成するだけの魔法力を使用者に与え、素質者であれば任意にその切れ味が変容する。
高価とかそうした部類をとうに過ぎた代物。
《教会》がこれを販売する場合、値段のつけようがない。
私にとってはちょっと失敗作。それでも売らない事には路銀が心許ないって背に腹は代えられぬ訳。
ジョア司教のニタリ顔が気持ち悪い。
「ところで、君のお連れさん」
「キノコ?!」
司教が頷く。
「アルフォンソ教授・・・ だよね?」
キノコの知名度計り知れず。
私もこくりと頷き、少し驚いてみせた――面倒な話だが。
「《教会》でも有名なのか?」
「否、アルフォンソ教授が有名なんだよ。キノコの被り物を着ているおっさんでは、この国の冒険者止まりだと思うが。身分とその出生では、君よりも有名かも知れないよ」
と、彼の皮肉ぶった表情がむかつく。
目の前のハエを払うような仕草付きで彼は付け加える。
「ただ、厄介な人でもある。《教会》の関心度は低いけど、ボクは違ってね・・・ 何と言うか、危なっかしい。うーん」
口元に拳を当て、
「利用されやすい――特に今、この国は」
彼との密やかな会話の真っ最中にキノコ参上。
全くタイミングが悪いったら、ありゃしない。
「教授?」
私の一言にジョアが閉口する。
「で、」
「いや、何でもない――彼との関わり合いは慎重に」
ジョアの手が、指輪を何個装着してるんだという《男の手》が私の肩に軽く置かれた。
うわっ!! 後で消毒せねば。
「大司教さま、お久しぶりです――」
例の教授が深々と頭を垂れた。
ジョア司教の歳は私と変わりない。
宗教関係者の中でも特異例の抜擢で大司教職を射止めた実力者以外は、農村にでもいそうな《芋》っぽい兄ちゃんである。
見た目から推測して20代の中頃、物欲と女性の趣味は40代のおっさんと大して変わらないという俗物だ。
昔から、若い娘とエロい姉ちゃんにしか腰を振らなかったマセ餓鬼だった――変わらないな~
そんな青年に頭を垂れる――何も彼の過去と本性を知らない大人たちはどこか滑稽な感じがする。
大学の教授であるアルフォンソも、いい歳を刻んだおっさんだが青年に頭を垂れる行為にどんな心境なんだろうか。
直接、問いただしても本音は言わんだろうな。
と、思いふけってると。
「――ドラゴン退治? いえ、この国でまだドラゴンが生息しているとは聞いておりませんし。《教会》はそのような討伐隊を要請した覚えもありませんね。冒険者ギルドを通じて正規以外のルートでも、? いや、ひとつ・・・何か」
ジョアが懐の台帳をめくりだした。
相変わらずの筆まめな司教だなー
「討伐ではなく探索でなら、非正規ルートで1件出してますね」
教授の表情が変化した。
非正規ルートというのは要するに冒険者ギルドでの依頼ではなく、酒場やその他の職業組合、或はアンダーグラウンドな住人たちを通じて依頼することを言っている。その難易度は高く、冒険者ギルドのような場では危険度の高さによってギルド窓口で断られるケースが多い代物を指している。
その代償として通常の相場より破格の報酬が約束される。
では、その探索の成功報酬は?
「刀匠《墨壺》作、氷紋刀の一振り」
顔真っ赤な私。
《教会》に納品した一振り。て、言うか、初めて作った刀じゃないか!!
鍛冶師になって3年目、漸く思い通りの作品が作れるようになった頃の初期作。
付与魔法ってのがよく分からなくて、確か禁断の第3階位まで乗っけたような気がする処女作。
「何で、あれが世に出る!!」
思わず会話に飛び込んでた。
ジョアの顔に何とも言えぬいやらしさを覚え、
「それだけ危険度が高いんですよ、お嬢さん・・・」
こいつ、変わってねー苦手だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
キノコを聖堂に置き去りにした私は酒場に立ち寄ってた。
もちろん、昼間から飲むわけじゃない。
てか、こんな頭がクラクラして気分がハイになる飲み物を好むって人種があまり想像できない。
あったかくて甘いホットミルクほど美味しいものは無いと思うのだが。
さて、《教会》がギルドを通さなかった件の依頼を探ってみる。
「ご主人! ホットミルクを!!」
いい歳したおっさんたちが私の注文に嘲笑を浴びせてきた。
カウンターを背に振り向く私。
見れば、奥と手前に40をとおに過ぎたいかにもごろつき然としたニートがいる。
仕事しろ、こんなとこで短い人生を浪費するなって感じ。
「おいおい、お子様が酒場にきてるぜ」
「ちぃーせーなー、ボクちゃん? おウチはどこでちゅか?!」
大笑い、大爆笑している。
みっともない、私がいかにも不機嫌ですという表情を読むと、更に腹を抱えて笑っている。
「ご主人、私、猫舌なのでぬるめにお願いしますね」
首だけ、カウンター奥に向けて告げる。
そうして向き直るとバカ騒ぎの男たちは私の《猫舌》に反応したらしく転がりだす者も出始めた。
「まじぃか、猫舌だってよ ひー、腹が痛てぇや」
大興奮の男、コイツが音頭を取っていると判断。
すぐさま反撃!
先ずは足払い、続いてすっころんだ男の首元を私の方に寄せて眉間をグーで小突く。
もちろん、中指を少し山にしてかるく握った感じの拳で殴ってやる。
眉間は人間の急所のひとつ、暫く痛いので反撃の意が削がれる筈だ。
「ってぇー、んにゃろー!!」
驚愕!! 私のグーを凌ぐ石頭に遭遇した。
男の無造作に振り上げた腕が私の体を突き飛ばし、そのまま殺されるんじゃないかって勢いで突進してきた。
(しまった)
そう感じた刹那――酔っぱらいの男が景気よく明後日の方角に飛んで行った。
「全く、無茶をする子供もいたもんだ」
やや呆れたといった風の溜息を吐く巨漢が、ひとりで起き上がれそうにない私を摘まみあげた。
「ミルク、冷めるぞ」
私を助けたのは、カウンター奥のご主人である。
(あ、お世話になります)
そんな言葉をひとりごちる。
酒場のご主人、昔は名の知れた冒険者だったらしい。
奥の厨房で身を粉にして働く奥様と一緒になる機会に冒険職から足を洗ったという話。なんとも優しい心使いにほっこりする。
そうした仲の良いご夫婦に、件の依頼を問うてみた。
「冒険者御用達の酒場や宿屋にはそういった類のは、確かに入らないからな。だが、《教会》が絡んでいるのだろう? だとすれば、骨董屋あたりか道具屋、んーそうだなぁ、工房ギルドに寄ってみるといいんじゃないかな」
なるほど。
職人の組合にこっそり依頼を流布してもらう訳か。
ジョアの奴、随分手の込んだことを。
とか、ひとりで納得。
酒場の女将さんに手当てを受け、ホットミルクをテイクアウトし一路、工房ギルドを目指す。
私の郷なら盛り場の近くに工房ギルドもあるんだけど、この国の街はとにかく大きい。
流石に王国の都って感じだ。
古代遺跡の上に立つ、増築を繰り返す《生きている都》と言われる王都。
常に路地の表情が変わり、飽きないらしいが迷子も増加中らしい。
いや、私も迷いそうだよ。
大通りを2本、南の大路を直進すると長閑な風景が広がってきた。
街の中に田園風景というのはちょっと言い過ぎかもしれないけど、正にそんな感じのとても和む風景。
工房ギルドを道歩く老夫婦に聞きながら進み、ようやく目的の場所へとたどり着く。
最早、野暮用とか言うレベルじゃなくなってた。
工房ギルドは腕っ節で業界の荒波を進む男くさい連中が通う職業安定所だ。
日雇い、月極、奉公働きと様々な形の職を提供する。
連中の腕をギルドは秤にかけて大口、小口の仕事を斡旋するのだが、ギルドに信用を寄せて大店や工房は人足を雇いいれる。
こうした仕組みはどこも一緒だ。
当然、私も生国のギルドに名を連ねてるし、ギルドの依頼は最優先事項だったりする。
そういう訳で、営業時間の間はしょっちゅう出入りがあるため扉は開きっぱなし。
中に入ると、受付嬢ならぬ受付おっさんがカウンターを挟んで佇んでいる。
受付嬢が居ないのは件のおっさん連中のせいでもある。
基本的に日雇い労働者が大半を占めるこの業界は、入ってくる日給を飲み代に替える馬鹿でごった返す。
そもそも貯蓄癖のあるケチがいつまでも日雇いで終わる事は無い。
ケチというか節約家とでも言うか、銭勘定に頭のキレを回せるのならば――もっと上を目指そうという風に考えるだろう。日雇いの相場は決して高くはない。その場限りの契約っていう色の職業というのは、雇い主に責任の及ばないようにできている。たとえ、仕事中に怪我をして動けなくなったとして見舞金でも出れば良心的な仕事場だったというそんな世界だ。
そんな職人たちはハイリスクな世界から、少しでも早く抜け出そうと思うのは道理なのだ。
日雇いの連中が次の職を求めてやってくる。
やさぐれてるからチンピラみたいになってる。
受付嬢のいる工房ギルドも珍しくはない。
私の美意識からすると別段、普通な女性なのだが。
一生、独り身っぽい風貌に落ちついた野良職人は股間のキノコを弄りながら、今日も相変わらずの髭面でカウンターを挟む。
「よう、ごきげんよう」
他愛もない挨拶を交わし、彼女の勧めで掲示板をにらみ始めた。
数分の間、股間のどこそれを握ってたであろう手を脇の下に忍ばせて、
「おりゃあ、一流の木工技師だぜ?! こんなぺー介みてぇーな仕事できやしねぇや」
と、ひとりごちる。
しきりに脇の匂いを確かめつつ、
「嬢ちゃんよう、こう、割のいい仕事ねえかい?」
受付嬢の躰を上から舐めるように視姦する。
値踏みしているようでもあった。
「今日の依頼は掲示板しか」
彼女を脅す気満々でカウンターに肘を下ろした。
ずいっと上半身を乗り出して、深くため息を吐く。
ずいぶんと酒の香りがする。
「こ、困りますぅ 店長ー!!!」
と、言ったかどうかは定かではなないが。
私の聞いた話では、某合衆国で職人数名が大暴れをして受付嬢を強姦したという事件があった。
工房ギルドが行う会合によって受付嬢を職人の好奇の目に晒すのは良くないといった注意喚起が発せられ、ギルドのカウンターには強面のおっさんが鎮座するという事態となった。
んで、私がカウンターの前に立つとだ。
届かないのだよ、聳え立つ頂の様な壁がそこにある。
「坊や、奉公先をお探しかい?」
またも子ども扱い。
いや、仕方ないのは判るよ。
身の丈が同じ年の子と比較して頭一つ低いのくらい。しかしだ! 職人ってそんなに大きいのか!!
とか、ひとりで憤ってたら偉丈夫なおっさんがご入店。
掲示板をひと通り確認すると、手配書の端を千切り取った。
彼の身長といえば巨人のようだった。
「奉公ならあっちの席で」
納得した、職人というのは大きいのだ!
日雇いという通常は肉体労働なのだから。ああ、そういう事か――私の目が輝いてたのはこの時だが、その傍で一生懸命に奉公職をこんこんと説いてくる影に気がつかなかった。
「で、君のような華奢な子は先ず、算術を学ぶといいよ」
「?」
漸く隣にいる人に気が付いた。
まじまじと視て、ふと思い、もう一回視る。
「何?」
見た目はちんちくりん。
私と同じか、それ以上に若いような気もする。
同属のような臭いが?
「どなた?」
私の問いに案内人の顔が引きつった気がする。
「職員です」
無難な返し方だ。
極めてる、この人極めてる。
「もう一回、言いますね。案内人のユリノと言います」
「ほー」
たぶん、初回に名乗られた時には無反応だったろうからこれが自然の返し方の筈。
だが、何だろう? ちょっと怒ってるような気がするー。
私も非常に微妙な表情になってた。
「あなたのような子は算術を学び、大店へ奉公に上がる方が後々、人生が開けると思います。特にこれから紹介する店は、面倒見も良くて、年頃になれば相方の世話などもしてくれる、立派な――」
彼女の言葉を私は遮った。
いやー、流石に気持ちよく話を続けてたのを止めたからちょっとは引きつってるけど。
私には大事な用事がある、教授のパーティーを見つけると言う用事が。
「っと、ごめんなさい!!」
彼女が不思議がる。
「どーしました?」
「私、職を探しに来たのではなく人を探してます」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
案内人ユリノ曰く、《教会》が依頼した内容には確かに捜索という文字があった。
行方不明の魔法使いを捜索し、その所在を当局に報告するだけの簡単な仕事のように思えたらしい。
「女の子だけのパーティーがね――」
教授の教え子たちだと判る特徴を伝えられ、確信に変わる。
彼女たちは《教会》からの依頼を少し単純にとらえた節がある。
その行く先は竜の山。
なぜ、彼女たちがそこを捜索地として選択したのかは分からない。
でも、教授の教え子はそこへ向かったってのは分かった。
じゃ、私は私の目的を果たすかな。
依頼主への納品――きっと首を長くして待ってるだろうな~って淡い期待はあっさりと打ち砕かれた。
「当家は市井の者が跨げる程、敷居は低くはない!! ギルドを通し出直すがよい!」
ぴしゃりと固く閉じる通用門。
見上げれば貴族さまさまの豪華な屋敷。
(なんだよもうー そっちが依頼したんじゃないかー)
私の凹んだ心と、期待で高鳴った高揚感を返してくれ。
すっごい惨めな気分。
アヴリルとキノコ、そしてオマケのパイロが王都に到着しました。
一応、彼女の素性や状況が何となくわかるように書いてあります。
ここに出ている人たちは今後も出てきます。
教授のパーティーが進んだ道を探して物語は佳境へと進みます。
それでは次回に。
※投稿時期は未だ未定何ですけどね(苦笑)