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鍛冶師の冒険記  作者: 伯慶
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盗賊退治2

 この世界は驚きに満ちている。

 世界ではなく、この国が驚きに満ちていると言う方があっているかもしれない。

 この季節の夏祭りは、国全体で盛大に行われるという。

 人だけじゃなく、物も多くが町や村に運び込まれて賑やかに、華やかになる。

 教授曰く、1年でこの時期が一番美しい国になるという。

 が、犯罪もまた一番多くなるという。


 治安維持に冒険者ギルドが一肌脱ぐのは当たり前となり、登録された冒険者にとってもここいらが一番の稼ぎ時らしい。

 教授のパーティー、否、かつてのパートナーたちもこの時期には、各々の目的やダンジョン攻略もそっちのけで夏祭りの警護に参加した。

 だからこの国の冒険者は質がよいという評判なのかもしれない。



 私たちが探りを入れた村の名は《タマーニャ》。

 ネコの名前みたいだが、豊かな森を守護する精霊に守られた土地の名だそうな。

 現在、この村では夏祭りの出し物で村人の大勢が多忙の毎日を送っている。

 普段こそは、森の管理や村の警備は村立警備隊がその任務に当たるという徹底ぶりだが、今はネコの手も借りたい程の忙しさゆえに冒険者が多く逗留していた。


「で、その宿場街にこの村が?」


 パイロの表情が曇った。

 リビングアーマー風のこの鎧を一瞥しつつ、『お嬢ちゃんは余所者だから、担がれたんじゃないか?』といった感じで表情が冴えない。

 ただ、彼の仕草もいちいち腹が立つ気がする。

 鼻で笑うとかじゃなくて、舐めまわすというか、チラチラこっちを見ている感じだ。


 そう、言うなれば視姦だ。

 あーなんか気分が... 気持ち悪く――。


「どうした? アヴリル、顔色が悪いぞ?!」

 キノコが私の鎧の中を覗きこんできた。

 うっ 臭い――気絶。

 これは化学兵器だ。

 催涙ガス、神経毒、細菌兵器のそれに近い。

 最早、人外。


 あ、まだクラクラする。

 目眩の原因はキノコの異臭だと思うが、


「あら、起きた?」

 優しい声が私の耳に届いた。

 まだ視界が悪いようで、重く冷たく、そして息苦しく。

「あらら、ごめんね~ タオルが顔に」

 息苦しいわ、ボケっ!

 顔に覆いかぶさっていた布巾をはぎ取って投げた。


 がふっ、ごへっ、げふんげふんげふん...


 咳き込む私を他所に、投げたタオルをヤレヤレと言わんばかりに女医が拾い上げた。

 女医は肉身のぽっちゃりとした声同様に柔らかみのある人で、ほんわかの好印象。

 ただし、少々緩すぎるきらいがあって、微妙に恐ろし気もある。

 天然といえば可愛げもあるものだが、否、天然の女医は嫌だな。

 回復魔法、ポーションで大抵の傷も病気も治るこの世界で、それ以上に必要とされる医者が天然で垢抜け、否、抜けてますって言うのはホラー以外に何があるというか。ほら、その女医が投げたタオルを水洗いして私のオデコに載せようと――。


「ちょっ、ちょっと待った!」


「は~いぃ?」

 手を止めて、私の顔を覗き込んでいる。

 赤縁の眼鏡にぼーっとした瞳。

 こいつどこ見てるんだ?という雰囲気で、唇は肉厚くいやらしい照りを放つ。口元のほくろ、香る化粧?白粉か...頬の稜線から首、胸元に垂れるこげ茶の髪。あー、女医ってフレーズがいやらしいってか、悔しい。何か、悔しい。


「まだ、安静にしないと――」

 ん? 今何を。

「――少し頑張り過ぎただけよ。今日は身体を休ませじっとして。とにかく血になるものを食べて――」

 ほわっ?

 肩をぽんっと押されて、力なく押し倒された。

 普段の私なら抵抗できた筈だった。

 筈? あれ? 私、どーし...


 あー!!


 女医さんがびっくりして振り返っている。

 ベットの上で仰向けに天井の一点を見つめている私が唐突に叫んだのは。


「視界が広い!!」


「え?」

 いつもの視界はほぼ、長方形。

 鎧の中から見る視界は実に狭い。

 狭い視界で困るのは世界を楽しめないという事だけなのだが。


「鎧は診察の邪魔になったので、そこに」

 と、女医の色白な細い指が指す場に片付けてあった。

 兜に胴鎧、腕、足の鎧、バックパックも。

 着替えの何着かが手前のワゴンの上に畳まれて、洗っておかねばと思った下着は既に回収されるという失態。

「ごめんね、悪いとは思ったのだけど...替えない訳にはいかないな~って思って」

 は?

「大丈夫! だからね、替えておいたから! それに身体も拭いて、匂いも落としたから...しばらくは行水しないでね」

 あー、分かった。

 そーか...忘れてた、あの日だ。


 てか、2日はえーよ。

 サイクル乱れたの教授か?! あのキノコの異臭が私を変えた??


 私は酷く凹んだ。

 よくよく考えてみれば、わりとお気に入りの下着をひとつダメにした訳だし。

 こんな事で女医さんの世話になり、身包み剥がされようとは。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 王都に着いたら、依頼主に合うため鎧は脱ぐ予定だった。

 が、まさかこの村で。いや、予定は未定だから立てるものだが、しかし、鎧から見ていた景色とこんなに違いがあるとは。

《タマーニャ》村は生命力が満ち溢れた素晴らしい森に囲まれている。

 綿生地で縫製された私の普段着はどことなく村の少年風に見え、自分自身よくよく溶け込んでいるな~というしょうも無いことに感心していた。すれ違う、キノコにさえ気が付かれていない。

 こいつに絡まれると後々、厄介なことになりかねない雰囲気だけはある。

 しかし、パイロという冒険者はしつこく、折角、女医さんに提供されていた病室を引き払う形となって、今では宿屋のひと部屋が私の安息地である。

 聊か、セキュリティーが心許ないが。

 そこは曲者ひとり、用心棒兼任の宿屋の主人が何とかしてくれよう。



 結局、数日待っても盗賊の影はおろか、気配もなく祭りを迎えるその前夜となり、事件というのは唐突に訪れるようだ。

 その日は祭りの最終調整という事もあって、村のはずれまで村人の警戒が及ばないエリアがあった。

 そうした隙間を彼らは鋭い嗅覚で見つけ、間断なく襲撃してきたのだ。

 木立をかき集める老女とその付き人――私。

 薪を拾い集めていた彼女の横で、私はミスリル銀で鍛えた小刀を振って生理後の鍛錬に励んでいた。


 ――ざっ


 草を踏む音に視線を送ると、そこには老女を捉えた男たちがあった。

「ガキ、その物騒なものを下げろ! 婆さんが怪我するぞ」

 男はリーダー格。

 よくよく見れば、10日前の宿屋の主人じゃないか。

 はー、こいつらが盗賊だったのか。


 などと感心はしたものの、目の前の状況を見れば無理に事を構えるのは危険だった。

 切っ先を下げ、小刀の柄をリーダーへ差し出してみた。


「なるほど、なるほど。感心なガキじゃないか! 戦闘の意思なしの作法を心得てるとはな」

 目配せをしてオークの様な小太りの男が私の手から例の剣を奪う。

 軽く素振りをして、小首を傾げる。

「どうした?」

「いえ、滅茶苦茶軽いんですよ、コレ」

「はん?」

 オーク風の男から私の剣を受け取ると、彼も2、3振り回して嗤った。

「おいおい、こりゃあ模擬刀じゃねえか!! 練習用でも軽すぎるぜぇ!」

 ほかの連中も続けて大笑い。

 きょとんとした私を見て、

「ガキ、こんなんじゃ、コボルト、オーク、ゴブリンだって傷つけられないぜ、かーはっはは」

 私の肩や頭を汚い手でポンポン叩く。

 帰ったら入念に洗っておこう。


 木々の隙間からこぼれた陽射しに私の剣が光る。

 白っぽい眩しい光――一団の奥にあった魔法使いが彼らをかき分けると、

「アホかお前ら! それはミスリル銀で鍛えた魔法剣だ」

 視線がすっと、魔法使いに集まる。

 魔法使いは彼から私の剣をもぎ取ると、すぐさま鑑定。

 銘を見て、私に鋭い視線を突き刺してきた。


「これは東方の国、刀匠《墨壺》の作。どこで手に入れた?!」

 リーダーが『それは値打ちものか?』と尋ねている。

 魔法使いもこくりと頷き、皆の喉が鳴った。

 老女が機転を利かせ、

「それは全国少年剣士大会での優勝賞品です。孫が頑張ったんです」

 ――説明する。

 魔法使いは『そんなバカな』と、不満げだが経緯など気にしないリーダーは鼻で笑った。

 よもや村を襲う前に《お宝》を手に入れるとは思っていなかったからだ。

 ミスリル銀の価値はおろか、魔法剣の何たるかも余り理解していない彼は意気揚々と村へ向かった。

 魔法使いの彼の方は私を不審に視ており、彼と彼の使役した魔物の中で監視している。


 警戒してくれているのは実はちょっと有難い。

 何せ、パイロやキノコをはじめとする冒険者に直接、会わずに済むし、盗賊の規模を後ろから把握できる。

 ただ、ここのゴブリン。

 執拗に私の髪の匂い嗅ぎたがるようで――

 なに、こいつら発情期? そんな雰囲気で魔物が私の周りにまとわりつく。


 盗賊ご一行さまは、森を北から抜けて祭り会場へ堂々乱入した。

 警戒の隙をつけたのは、警備チームに彼らの潜入者がいて逐次の連絡が交わされていたから。

 そして、それが警備隊長だったこと。

 パイロの横に立っていて、冒険者の動向に目を見張れた絶好なポジション。

 警備隊長が盗賊を招き入れると、


「さあ、かき集めた物資を出して貰おうか!」


 と、大声を張り上げた。

 魔法使いが召した魔物たちが大きく散開し、広場は騒然。

 盗賊の数はせいぜい10人足らず。

 魔物はそれより倍はいるけど、所詮は魔法使いという司令塔によって操られているから、彼を御すれば自ずと退散する。

 人質の老女は私の傍まで下げられているから目の届く格好の位置。


 一方、キノコは一人でパニくり使い物にならず。

 パイロは火種を奪われていて他の冒険者も似たり寄ったり。

 と、いうのも武器の管理なども警備隊長直々にだった訳で、彼らは隊長の号令で活動していたのだ。


 この状況で鎧娘ことアヴリル、私が風穴をあけるロールなのは分かるけど其処にはいないんだよね。

 私はここ。

 ただ、このままヤラレっぱなしってのも性に合わないから。


 ごきっ


 何か鈍い音がしたな? 的に真横のオークが私を見た。

 その魔物に私はにっこり微笑んで、オークの脇腹をナイフで抉った。

 手首まで深く肉の内側にねじ込み、そして外側まで一気に裂く。

 大量に黒い体液を吹きだした後、オークは白目となってその場に突っ伏した。


 続いて、老女の見張り番を両手のナイフで首をかっ斬り頭からその血を浴びる。

 彼女を逃がした後に、中央広場でやいのわいのと大騒ぎしていた盗賊の背後にあった魔法使いを襲った。

 彼も使役した魔物が絶命したことを知って振り返り、黒っぽくなっている私と目を合わせた瞬時に状況を把握した。

「やはり只者ではなかったか!!」

 怒気を含む声と共に至近距離から《マジックアロー》を放つ。

 魔法の矢たる《マジックアロー》も直線的な攻撃軌道で標的を襲う。

 左右いずれかに移動すれば回避も可能というものだが、私は敢えて魔法使いと正面に捉えてた。

 投げたナイフは彼の腹部と胸に刺さり、よろめき膝をついた。

 私は左肩を魔法が抉っていった。


「くぁっ」

 これは結構、痛い。

 抉られた肩の肉は《オートヒーリング》で徐々に回復するとしても、重度の怪我は受けたくない。

 死ななければ、元の状態に戻るという触れ込みでも飛び込んでそんな危険を冒したくないのが普通の考え方。

 私を知ってそうな人間は早く手を打ちたかったし。


「そ、そんなスキルまで」

 魔法使いの表情が曇った。

 抉ったはずの傷が完治している状態の私を見て彼は何かを悟った。

 そんな目の色をしている。

 私は、彼を見下ろして、足蹴に。

 傷口を踏む。

「身包みを剥がさないまでも、もう少し入念に武器がないかを探した方が良かったね」

 私は袖の内側から刃渡りの短いナイフを取り出した。

 調理用に使っているナイフで火竜の鱗から作った例のアレ。

 魔法使いの腹の上を馬乗りで座ると、素早く男の頸動脈を斬った。

 口の奥から泡と一緒に吹き出す大量の血。

 ――久しぶりに浴びる人間の血。


 うーん、べたべたする。

 綿生地の服は返り血でゴワゴワしてるし、頭から浴びてる分、自慢の髪が台無しだ。

 帰ったら、もっと入念に洗い落とさねばなるまい。


 さて、召喚者の死亡によってそれまでに使役され、契約の切れた魔物たちから方々に散り始めたようで、今度は盗賊の一団が騒々しくなっている。一方、村人たちの協力で物資を運んでいた冒険者たちがこの異変に気が付いた頃、薪を握って戦う人々が増えてきた。最後の一匹だった魔物がリーダー格に『すまんネ、後のことヨロシク』と言わんばかりに頭を垂れて森の中に消えていった後には、彼しか残っていなかった。

「ちょっと待て、は、話を」

 一番怒っているのは森で捉えられた老女だ。

 薪をぎゅっと握りしめて目が怖い。

「お、おいおいおい。婆さん、おれぁー何も、何もしてねぇーぜ」

 じりじり歩み寄る。

 腰が引けてる盗賊、男も青い表情で後ずさる。


 私のところへ彼の背中が寄ってきた。

 ほれっ


 尻穴に強烈な一撃。

 遠目に見て怯えているキノコが飛び上がった。

 傘を逆さに酷く痙攣して失神。


 男も悶絶の苦しみ。

 村人による協力の下、盗賊たちは後日、ちかくの砦に移送された。

 魔法使いの遺体も共々。



 私は、この村でこの国の伝統的な祭りを堪能した。

 村のシンボルは巨大なキノコ。隣村のシンボルはさらに巨大なアワビを祭り、ふたつの村の繁栄を祈ったものだという。

 隣村の若い夫婦がこの村のキノコに触れると、子宝に恵まれるという迷信があるらしいが私には分からない。

 パイロがしきりに私を隣村に誘うのだ。

 なんでも、キノコ曰く――アワビに触れた男女は夫婦になる――のだそうな珍妙すぎる。


「しっかし、このキノコ...イラッとする形」

 私が呟いた声をキノコが鼻で笑った。


 な、キノコの分際で私を笑うとは!!


「アヴリルは未だ未だじゃな」



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