依頼
私の名はアヴリル・ラビ。
しがない鍛冶屋を旅商で営む冒険者。この国にはある依頼を受けて、納品するために訪れた。
「背中の中華鍋もアヴリルさんの誂えかね?」
「...さん付けは堅苦しいから、呼び捨てでいいよ。私もキノコのことは教授って呼ぶし」
「ほ...ぅ...」
キノコがこくりと頷く。
全身を隈なく私の作品で覆ってある。
声と名前さえ聞かされなければ、ちょっと奇妙で新手のミミック系モンスターか、或はリビングアーマーの類に見間違うだろう。
背中の中華鍋はナイフと同じ火竜の鱗を4、5枚使った高級調理器具であるし、胴鎧や腕鎧は売り物だったりする。
いや、バックパックに入れたかったんだけど、嵩張る物ばかり作った結果、自分で着ちゃえば仕舞うことないなっと思い至った。しかしこれにはちょっとした難儀なことがある。
私の残り香っていう女の子にとっての切実な問題が。
いや、ちゃんとお風呂に毎日じゃないけど入ってるし、香水だって使ってるし。
ああ、違う違う――そうじゃなくて、ぎゃー!!
「どうした? 急に奇声を上げて??」
教授がこっちを振り返って珍獣でも見つけたかみたいな顔をしている。
ようやく、キノコの服から教授の顔は目元だけしか出ていないことを知ったばかりだから、余計にその不思議そうな表情がよく分かる。
「あ、いえ、なんでも...」
私の鎧の中は空間的にかなり広い。
およそ何でも入ってると思って差し支えない。
ちな、ネコはいない。
本街道に戻ってから12里ほど進んで二つ目の宿場町で宿を取ることにした。
宿屋は冒険者ギルドも兼ねているので、おそらく教授の仲間がここに立ち寄った可能性が高い。
何せ、教授のような回復魔法専門をパーティーから欠いたのだから、流れ者でもいいから取りあえず、僧侶系ロールの冒険者を中に迎えたいはずである。
宿屋の店主に率先して話しかけるのはキノコ。
こんな奇妙な恰好の親父が近づいたら普通、誰もが警戒する筈なのだが、彼はすんなり溶け込み世間話を通して友達になった。
「儂の仲間と思しき学生を4日前に見かけたらしい。ギルドには旅の仲間を探していると言っておったらしいの...」
教授ははにかんでいるが、その心中察するにあまりある気がする。かつて、大学のサークルで知り合った教え子と教師。極めて良好な関係で、多くの時間をかけて共に険しい道のりを超え、国内に知れ渡る有名冒険家になったのにだ。
その仲間をひとり森に残して新しい仲間を迎えようとしているこの事実に。
私なら涙が流れそうなものだが。
目の前のキノコは気丈に? 打ち震えて、膝を震わせ号泣している。
「あ、教授。いい大人がみっともないから」
腕?を引いて近くの席に座らせた。
幸い、宿屋の食堂は人気が少ない。
何で???
「...ちょっといいか?」
先ほど、カウンターで帳簿をつけて店主がそろりと近づき頭を垂れた。
「あんた達に頼みたい事があるんだが...」
泣き崩れているキノコに一瞥し、私が店主を見ると、彼の顔もひどく曇っているように見えた。
誰か言っていた気がするが《晴れている日に態々、雨雲を探す者は馬鹿だと》。
トラブルに巻き込まれるのは仕方ない、不可抗力だから。
しかし、自ら飛び込むのはお人よし過ぎる。
目の前の店主のお願いは明らかに後者。
トラブルに他ならない。
考えてみれば、冒険者って仕事自体がそうした《万事屋》な訳で。
ランタンの灯りに集まる蛾がしきりに羽をばたつかせて光の周りを回る。
夜も深まって、街の外も夜の闇にすっかり染まってしまった。
「4日前にも立派な冒険者一行が訪れたんですけど、取り次いでくれませんでした。この町は本街道を少し離れた道の先の村と商業圏を同じくしてまして、ここ周辺との関わり合いで潤ってきました...しかし、このその村に盗賊が逗留するようになってからは寂れるようになり、終には冒険者にも見放され」
泣き崩れる店主。
いい歳したおっさん、ふたりが目を赤くしているのは見ているこっちも辛い。てか、汚い。
街の雰囲気がどことなく儚げで寂しかったのは、商業圏内の村の一つに盗賊が張り付いて、治安が悪化したという事か。
「国の警備隊は?」
「こんな辺境に...ですか?」
辺境って、王都まで8里当たりの圏内で教授から貰った地図を見れば、近くに砦もある本街道の商業街道を辺境と呼ぶのか。
この国は思っている以上に規模が小さいらしい。
教授曰く。
王都ヒースランドは街並みを《白色》に統一した《純潔の都》と呼ばれている神話から存在する都市であるという。
私の旅した世界の中で一番行ってみたかった都ではあったけど、都の周辺に住む人々を守らない国は好きになれない。
王都周辺にはかつてドラゴンと戦った折に建設された砦が今も現役で使用され、その駐留する守備隊が周辺治安を維持している――と、教授は自慢げに語っていたがそれも今や昔話になったのだろうか。
店主のやつれた雰囲気には心が痛む。
私名は何故か、自らそのトラブルに飛び込んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
街道はその大きさから、軍事にも重要な役割を担う立派なものだった。幅は、片側およそ6m弱、荷馬車2輌を並行させても路肩、中央に余裕がある。
そして、驚きなのがこの街から王都までの残り約8里までを石畳で敷設してあるという事実だ。
石畳を敷く財力、労働人員の調達力、そしてその管理などどれも第一級国に相応しい都市機能だと言える。
私が根城にする都では、都市国家制の《国》を形成している。それぞれの都市に行政長官が存在するも、《国》である以上は国境線まで《首都》という認識でいる。
自らを地方とか、辺境とか言わない。
だから、《国》は全力で導く民を護るのだと市民警備団、貴族構成の警備隊が心に刻んでいる言葉だ。
まあ、これは価値観の違いって奴だろう。
でも...
「分かれ道だ。これより...掠れてよく読めんな?」
教授が中腰になって打ち込まれた杭の看板をにらんでる。
確かに字が風雨に晒せて滲んで読めそうにない。冒険者ばかりが街道を行くのではないのだから、怠慢せずにこういう看板は直てほしい。
そこ、切実なお願い。
「地図通りなら...コレ...でしょ?」
「その通りだ。もっともこの寂れ具合からすると、魔物も徘徊しているかも知れんな...」
私たちは、深く息を吐いた。
「村の様子を見ない事には、警備隊にも報告できないし。宿屋の主人にも顔を合わせられないね」
「その通りだ...行くか、若いの」
キノコがいつになく頼もしく一歩を踏み出すと、不用意に振り向き《儂、今カッコよくね?》みたいな気味の悪い笑みを浮かべてた。
「...ょ授、」
危ないって言葉が出る前に彼は滑った。
足元は整備の行き届かない砂利道。
本街道のみ石畳だから、足場が急に不安定になる。
それを注意喚起する前に振り向くのだから。
「ぐぁああ!」
あー、普段から臭いキノコ服が泥だらけに。
左足に重心すべて乗り、躰の中心が僅かにズレただけでスタントマンよろしく2回転半横にすっ飛んでいった。
道脇の藪に入ったが――傘をプルプル震わせながら、教授のキノコは白黒まだらになった。
「儂の一張羅が...」
「これで、脱げますね」
漸く、この生臭い悪臭とお別れが出来そうである。と、思った瞬間、
「――川を探さんとな」
「脱がないのですか?!」
「脱ぐわけなかろう! これは儂の一部であり、儂の法衣、儂の財産じゃ!! それとも何か? お嬢ちゃんは儂のキノコを見た...」
思わず蹴ってた。
もう一度、藪の向こう側へ飛ばすつもりで蹴りを入れた。たぶん2、3発は打ちこんだと思う。
「高齢者は大事に!」
それがキノコの主張。