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ランプ売りの青年  作者: ふん
東の国の灯台編(上)

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第二十二話

 鈍色をした雲が海の上に浮かび、荒れ気味の風が吹き付けて、角笛岬がヒューヒューと高く鳴く。

 大地を這い、草の間を抜ける風の音に、ドンドンという叩く音が混じる。

 戸を叩きつけるのは潮風ではなく、コジュウロウの拳だった。

「オツルー! 今回は拙者無実でござる! リット殿が騙して、アキナに渡されただけでござるよー!」

 コジュウロウが体面もなく、大声で泣き散らして戸にすがりついている。

「それじゃあ、誰がテンコさんのところで股間を見せてこいって言ったんだい」

 オツルは腰に手を当て仁王立ちして、厳しい口調で戸の外にいるコジュウロウに言う。

 コジュウロウはふんどしと勘違いしたパンツをはいて、その姿を村の皆に自慢しようとしたが、相手にする者はいなかった。

 そこで、村で一番風変わりな格好をしているテンコにふんどしを見せに行った。

 テンコに面白いものを見たと褒められ家に帰った後、コジュウロウが食事の最中にそのことを自慢気に話していると、突然オツルが怒りだしコジュウロウを外に追い出したのだった。

 戸越しに「許してくれ」「許さない」の攻防は続く。

「オレのせいでもあるとはいえ、また追い出されたな……」

 リットはまるで自分の家にでもいるように、肩肘をついて横になりながら言った。

「いいんですよ。あれも愛情表現ですから」

 アキナが食卓の空になった食器を重ねながら答える。

「家から追い出すのがか?」

「お母様はヤキモチを妬いてるんですよ」

 アキナは鈴を転がしたような声でくすくすと笑う。陶器の食器が重なる音より綺麗で澄んだ声だ。

「アレにヤキモチねぇ……」

「えぇ、お母様はお父様を愛していますから。最初に帰ってきた時に怒ったのも、自分が家にいる時にお父様が帰ってこなかったというわがままです。ふんどし姿も自分が最初に見たかったのでしょう」

「この村では、あれは結局ふんどしってことで通ったのか……」

「違うんですか?」

 アキナは答えを勝手に書き換えられた時のような、不思議とも疑問とも言えない表情を浮かべた。

「いや、それでいい。一つ心配事が減ったからな。それにしても、あんな男でも愛されてるんだな」

「それはそうですよ。欲を言えばずっと家にいて欲しいですけど、私達家族皆は自由に生きるお父様が好きですから」

「あんなのがずっと家にいたら大変だろう」

「私達ハーピィと違って、お父様は人間ですから。寿命の事を考えると、一緒にいる時間は減ってしまいます。やっぱり長い時間一緒にいたいと思いますよ」

 そう言ったアキナの瞳には、歳よりも幼い子どもの寂しさが揺らめいていた。

「そんなもんかねぇ……」

「リットさんも、お父様を大事にしたほうがいいですよ。後悔は先に立たずです」

「なんでオレの話になってんだよ」

 まるで的外れのことを言っていると、リットは鼻で笑った。

「こうやって他の国に来るということは、それだけ家を空けるということですから」

「オレがいなくても、他に五十人くらい子供がいるからな。そいつらが大事にしてるから、必要ねぇよ」

「まさか」とアキナは笑うが、リットが普通の顔をしているので、アキナは笑いを引っ込めた。「……リットさんのお父様って、ネズミの獣人かなにかですか?」

 アキナが思いもよらないことを言うので、リットは火が弾けたように笑った。

「そりゃいい。でも、どっちかというと亀だな」

「亀ですか?」

「そう、出歯亀っつーんだ。名前はスケベイ」

 リットはひとしきり笑うと、横になった態勢のまま気持ちよさそうに腕を伸ばした。

「リットさんも苦労してるんですね……」

「苦労するほど関わっちゃいねぇよ」

「それって――」

「早く食器を片付けたほうがいいんじゃねぇか? 皿の汚れが乾いて、洗うのに時間が掛かっちまうぞ」

「あっそうですね。それじゃあ、少し失礼します」

 アキナはリットに軽く会釈をし、水場へと食器を持って行った。

「お兄さんは誤魔化し方が下手だニャー。アレならかえって興味を持つのニャ」

「……シリアスな話がしてぇんなら、ガキどもを井戸の底にでも埋めてこい」

 パッチワークは三つ子に猫ヒゲを歯茎が見えるくらい引っ張られて、出来損ないのパンみたいに潰れた顔になっていた。

 獣人の武器の一つである剥き出しの牙が、なんともマヌケに光る。

「どの種族も、子供というのは手に負えないのニャ……」

「それより、ずいぶん儲けたんだろ」

「ニャーの大事なヒゲが悪魔の三つ子に千切られそうなのを、それよりの簡単な言葉で済まさないでほしいのニャ……」

「おい、ガキンチョども。大事な話があるから邪魔するな」

 リットがスワの額を軽く人差し指で突くと、三つ子は一斉に「いー」っと反抗した。

「……あそこにオマエらと同じくらい小さいドワーフがいるだろ? アイツはお菓子を隠し持ってる。奪ったら好きに食っていいぞ」

 リットは、満腹になったお腹を押さえているノーラを指差した。

 三つ子はそれぞれ一本ずつパッチワークのヒゲを抜き取ると、ノーラの元へと走っていった。

 ノーラは動くことが出来ず、三つ子にされるままになっている。

「助かったのニャ……」

 パッチワークはそう言うと、自分の顔を撫で回して、残ったヒゲの本数を確認する。

「で、儲けたんだろ? ここは獣人が多い村だもんな。猫の獣人も結構いる」

「……また脅す気かニャ」

「そうじゃねぇよ。そういう裏取引の時には、思いもよらない情報がオマケに付いて来ることがあるだろ?」

 パッチワークは慌ててリットの口を塞いだ。

「エミリアさまがいるところで、裏取引とか物騒なこと言わないで欲しいニャ。……外で話をするニャ」

 パッチワークはこちらに気付かずにまだ頭を抱えて悩んでいるエミリアを一瞥すると、ほっと胸をなでおろして、オツルが仁王立ちする戸へと向かった。

 リットもその後を続く。

「ちょっとゴメンニャ」とパッチワークが言うと、オツルは「はいよ」と道を開けた。

 戸を開けると、鼻水と涙でグチャグチャに泣き腫らしたコジュウロウの顔があった。

 恥も外聞も捨てたコジュウロウの姿を見ると、リットは顔をしかめて「うわぁ……」と声を漏らす。

「オツル! 開けてくれたでござるか!?」

 開いた戸を見てコジュウロウが笑顔を取り戻すが、リットが外に出ると戸がピシャリと勢い良く閉まった。

「違うみたいだな。悪かったな止めて。ほら、第二ラウンド開始だ」

 リットが言い終えると、コジュウロウは再び戸を叩いて「開けてほしいでござる!」と涙声を響かせた。



 リットとパッチワークは夜風と潮風が混じる風を顔に受けながらしばらく歩くと、適当な草むらの上に腰掛けた。

 パッチワークの猫ヒゲが風に吹かれ盛大に揺れている。

「――それで、なにを聞きたいのかニャ?」

「海賊のことだ。海賊船って言ったって普通の船だ。灯台の光を使って船を動かすに変わりねぇだろ。大灯台があるこの村なんかでも噂みてぇのは聞くんじゃねぇか?」

「残念ながら、海賊の話は聞かなかったニャ。港があった時代は、イサリビィ海賊団自体いなかったニャ。でも――」

 パッチワークは猫ヒゲを指でピンっと弾いて言葉を止めた。

「でも、なんだ?」

「たまに人魚らしき影を見かけることがあるそうだニャ。実際に人魚を見た人はいないけど、そういう噂はあるニャ」

「見たことねぇのに、見かけるってどういうことだよ」

 急なトンチを投げかけられ、リットは露骨に眉をひそめる。

「だから、人魚みたいな影は見かけるけど、人魚の姿を見たことないのニャ。あの大灯台の光に照らされて、たまに人魚の尾びれの影が伸びて映ることがあるそうニャ」

「へぇ、どこで見かけるんだ?」

「……あそこ」

 リットの言葉に答えたのはパッチワークではなく、ヨメニーだった。

「なんだ、付いて来たのか」

「……家……うるさいから」

 ヨメニーはパッチワークを抱きかかえると、胸に抱いたまま草むらに腰を下ろした。

 そして、無表情のままパッチワークを撫で回している。

「おじょうさん。ニャーの毛並みを触りたいのはわかるニャ。でも、乱暴にもふもふしないで欲しいのニャ」

「……もふもふ……というより……ゴワゴワ?」

「失礼ニャ! 獣人の毛はもふもふニャ! 誰が決めたかは知らないけど、そう決まってるのニャ! お兄さんもなんか言ってやってほしいのニャ!」

 パッチワークはヨメニーの膝から飛び出ると、毛を逆立ててまくし立てた。

「そりゃ獣の毛なんてゴワゴワだろ。もふもふって言わせたいなら、玉袋でも触らせとけ」

「お兄さん……。子供の前でその発言はありえないのニャ……」

「……もふもふ……さわる」

 そう言ってヨメニーが立ち上がり一歩近づくと、パッチワークは飛ぶようにして距離をとった。

「嫌ニャ! 絶対潰されるニャ! 子供というのは笑顔で酷いことをする悪魔みたいなもんニャ! 道徳を学んでから出直すのニャ!」

 パッチワークは身を低くして草むらの中に姿を隠した。

「……残念」

「まぁ、汚いものに触らなくてよかったじゃねぇか」

「……汚いものなの?」

「さぁな、将来旦那が出来たら聞いてみろ。それより、人魚を見かけるのはどこだって?」

「……あっち」

 ヨメニーが指を向けた場所は、北の大灯台から離れたところにある砂浜だった。

 その砂浜には、まだペングイン大陸と取り引きができていた頃に使われていた港町跡がある。

「あそこか……。立ち入り禁止だったりするか?」

 リットが聞くと、ヨメニーは首を横に振る。

「……昼は……みんなあそこで遊んでる」

「ヨメニーもか?」

「……たまに」

「よし、暇なんだろ? 案内しろ」

 ヨメニーはコクンと小さく頷くと立ち上がった。

 リットも立ち上がり、草むら全体に向かって声を掛ける。

「おい、パッチ行くぞ」

「ニャーの玉を潰す子供と一緒にかニャ……」

 パッチは草むらから頭だけを出して嫌そうに答えた。

「安心しろ。もう港町跡に興味が動いて、大したもんが入ってない袋からは興味がそれたぞ」

「その言い方もグサッとくるニャ」



 港町跡にある家々は殆んどが取り壊され、いくつか残っている小屋みたいな家も潮風で外壁が痛みボロボロになっていた。

 海へと続く桟橋も木板が外れて、ジャンプして飛び越えなければ先へと行けない。

「なんっていうか、夜のせいか薄気味悪い場所だな」

 かつて人が大勢居た場所なのに今は誰も居ないというのは、ヨルムウトル城に似た不気味さがあった。

 リットは落ちている材木を砂浜に深く突き立てると、マッチを擦った。

 乾いた材木はすぐに火がついた。

 ランプを持ってこなかったので、代わりの光源だ。

「……火遊び……怒られる」

「オレは大人なんだからいいんだよ。オマエはするなよ。大人になったらまぁ、自己責任だ。いろいろな意味でな」

「……わかんない」

 言っていることの意味がわからずに小首を傾げるヨメニーを無視して、リットは明るくなった港町跡をゆっくり見回す。

「ここ、遊ぶようなもんあるか?」

「……これ」

 いつの間にかヨメニーの手には貝殻が数枚握られていた。

「ただの貝殻じゃねぇか」

「……ぴったりと合うのを探す」

 ヨメニーは片割れ同士の貝殻を合わせ、ピッタリと合うのを確かめると、少し自慢気に鼻の穴を膨らませた。

「……それ、楽しいか?」

「……けっこう」

「まぁ、邪魔にならねぇように、その辺で遊んでろ」

 ヨメニーは月明かりに貝殻を透かすように持ち上げながら頷いた。

「本当にわかったか? もしオマエになにかあったら、オレはオツルに殺されるんだ。そのことをよく考えて遊んでろよ」

「……わかった……この火から離れない」

 ヨメニーは両拳を握り、小さく意気込む。

「その火が消える前には戻ってくるからな」

 リットはまた適当な材木を拾って火をつけると、それを持って港町跡をうろつき始めた。

 子供の遊び場だけあって、小さな足跡や、よくわからないガラクタなどが散乱している。

 リットが家を三つほど見終えたところで、パッチワークが砂浜付近で手を降ってリットを呼びつけた。

「お兄さんこっちニャ」

「なんだ、人魚の死体でもあったか?」

「違うニャ。人魚がいた証拠ニャ」

 パッチワークの言うとおり、ヘビが這いつくばったような尾びれの跡が、海と砂浜を往復していた。

「でも、こっちにあるのは人間の足跡だぞ」

 リットの言ってることも間違いではなく、人間の足跡も海と砂浜を往復するようについていた。

「大きな魚を獲って、引きずって戻ってきたのかニャ?」

「漁をしてるのは反対の海岸だろ。それに、この跡は奥まで続いてない」

 尾びれの跡も、人間の足跡も、砂浜の途中で止まっている。

 どちらかがハーピィの足跡ならば、途中から空を飛んだことも考えられるが、人間と人魚ならば空を飛ぶ手段がない。

「ということはやっぱり人魚ニャ。人間なら村まで足跡が続いているハズだニャ」

「それもそうだな。どっちにしろ、今はいねぇみたいだな」

 リットはしゃがむと、尾びれで削れた砂から顔を出した貝を拾い上げながら言った。

「ヨメニーにかニャ?」

「いや、酒のツマミだ。あの家で飲んだらエミリアがうるせぇからな」

 リットは上着の中から、テンコの家から持ってきた酒瓶をチラッと見せる。

 それからいくつか貝を拾うと、二人は松明代わりに燃やした木板の場所まで戻った。

 ヨメニーは言いつけを守って火のところで退屈そうにボーッと座っていた。

「待たせたな」

 リットは燃えて短くなった木板に、新たに木板を焚べて焚き火にした。

 そこに海岸で拾ってきた貝を投げ入れる。

「……なにしてる?」

「焼いて食うんだよ。オマエも食うか?」

「……内緒で食べたら怒られる」

「なら尚更食ったほうがいいな」

「……なんで?」

「秘密ってのは、なにより美味いスパイスだからな」

「同感だニャ。秘密の密は蜜の味だニャ」

 パッチワークは焼き貝の匂いを嗅ぎながら頷く。

「たまに親に心配をかけるのも子供の仕事だ」

 リットは焼けて開いた貝を二つに折り、片方の貝殻で身をこそいで食べやすくすると、それをヨメニーに渡した。

 ヨメニーは一瞬ためらったが、リットとパッチワークが美味しそうに食べるのを見て、思い切って口に入れた。

「……美味しい」

「だろ?」

 リットは空になった貝殻をコップ代わりにして、酒を注ぎながらニヤリと笑う。

「ニャーも貰うにゃ」

 パッチワークも殻になった貝殻をリットに差し出し、酒を注いでもらった。

「ヨメニーは食いたいだけ食ったら、先に帰ってろよ。酒盛りに終わりはねぇからな」

 リットとパッチワークは夜の海でバカ笑いを響かせる。

 リットの言葉通り、二人の酒盛りは終わりそうにないので、ヨメニーは先に家に戻っていた。

 家の前では、まだコジュウロウとオツルの攻防が繰り広げられていた。

「オツルー! 頼むから開けてくれでござるー!」

 ヨメニーは、戸に張り付くコジュウロウの裾を引っ張った。

「……家……入る」

「おかえりでござる」

「……ただいま」

 ヨメニーが満腹感から小さいゲップをするのと同時に戸が開いた。

 オツルが手招きをして、ヨメニーを家に入るように促す。

「おかえり。ヨメニーは入っていいよ」

 ヨメニーが家の中に入ると、オツルはコジュウロウを睨んでから戸を閉めた。

 再び戸を挟んで言い合いが始まるのを聞きながら、ヨメニーは小さくつぶやく。

「……第三らうんど開始」






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