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ランプ売りの青年  作者: ふん
東の国の灯台編(上)

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第十九話

 拡散する妖精の白ユリのオイルの光が、反射鏡により一つに集められ闇夜を照らした。

 光線になって伸びる光は、製鉄炉から溶けた鉄が流れるような朝日色の道筋をつけて遠く光る。

 その光景は、太陽の光が妖精の白ユリに降り注ぐ光の柱に良く似ていた。

「『光落とし』とはなんだ?」

 聞いたことのない言葉に、エミリアが疑問を口にした。

「光落としってのはですねェ。迷いの森に住む妖精が日光浴する時に使うんスよ」

 ノーラは鼻の穴を広げて、得意気な口調で答える。

「ノーラ、オマエはあの時寝てたじゃねぇか。なんで知ってんだよ」

「そりゃあ、チルカに聞いたんスよ。旦那が人の話を聞かないって愚痴と一緒に」

 そう言うとノーラは声を出さずに肩をひくつかせて笑った。

 笑う度に二つのおさげが揺れ、振り子のように動く影を床に映した。

「なに笑ってんだよ」

「思えば、あそこから旦那とチルカの仁義無き戦いが始まったんだと思いましてねェ」

「チルカとは誰ですか?」

 キスケが自分の知り合いの顔のパーツを適当に組み合わせて、見たことのないチルカの顔をモヤモヤと頭に思い浮かべながら言った。

「勝手に家に住み着いた蛾だ。それよりパッチ。なにかわかったか?」

 リットは、自前の古臭い望遠鏡で光の行方を見ているパッチワークの肩を叩いた。

 パッチワークはどっち付かずの唸り声を上げるだけで、リットの答えになるようなことは言わない。

 一度大きく唸ると、望遠鏡をリットに渡した。

「ニャンとも形容しがたいのニャ。光は遠くまで伸びているのは確かニャンだけど……」

 リットはパッチワークに代わって望遠鏡を覗く。

 パッチワークの望遠鏡はかなり遠くまで見える代物だった。

 灯台の光はペングイン大陸の方角へ向けて真っすぐ伸び、夜行性の鳥が驚いて光の周りを慌ただしく飛んでいた。

 順調に伸びていた光はかすれ消えるのではなく、突然ピタッと消えている。

 壁に遮られたような、闇に吸い込まれているような。 

 光が物体になり、鋭利な刃で先を切り落とされたと言うのが一番しっくりくるかもしれない。

 リットは望遠鏡を目から離すと、持ったままの望遠鏡をもう片方の手のひらに向けて、トントンと打つ。

「あぁ! それは高いから気を付けて扱ってほしいニャ」

 乱暴に望遠鏡を遊ばせるリットを見て、パッチワークが頓狂な声を上げながら慌てて望遠鏡を取り返した。

「奪い取る方が危ねぇよ」

「この望遠鏡には、今はもう手に入らないグリム水晶のレンズが使われているから、壊れたら二度と手に入らないのニャ」

「天使族の特産品だろ? 今はもう取れなくなったと聞いたが……盗んだのか?」

「違うニャ! うら――ちゃんとしたルートから手に入れた物だニャ」

 エミリアがいることを思い出して、パッチワークは言葉を変えた。

「猫が猫をかぶってどうすんだよ」

「お兄さん……約束は守ってほしいのニャ」

 パッチワークが恨みがましくリットを見る。続けて何か言おうとしたが、ハスキーの声に遮られた。

「なんか焦げ臭くありませんか?」

 ハスキーは鼻を鳴らすと、ニオイの元を探すように首を動かした。

 ハスキーが臭いの場所を見つけるより早く、キスケがしまったと言うように「あ!」と声を漏らした。

「一箇所に光を当てているせいで、壁が焦げ始めているんです! すぐにオモリを巻き上げて来ます!」

 キスケが慌ててハシゴを下りていく。

 ハシゴから足を滑らせ、尻もちを付く音が聞こえると、ゴブリンが野ネズミを追い回すようなバタバタとした乱暴な足音が遠ざかっていった。

 錆びた鎖が巻かれる音が下からしばらく響くと、ゆっくり台座が回り始めた。

 灯台の光が一周すると、慌ただしい足音と荒い息が近付いてきた。

 急いで戻ってきたキスケはハシゴを上り切ることはなく、体を半分出したままの格好で床に肘を付き、肩で息をしている。

「そういや、残念ながらオレが持ってきたオイルは役に立たなかったぞ」

 キスケは何か言おうとしているが、息が切れているため壊れた笛のようにハヒハヒと口から空気が抜けるだけだった。

「なぜこのタイミングで言うんだ?」

 誰かがおぶさっているように背中を丸めて息をするキスケに、エミリアが手を貸して引き上げながら言った。

「疲れてる時ならショックも小さいと思ってな」

「なにか手はあるんだろう?」

 エミリアは次はどうするんだと言った具合にリットに聞いた。

「オレを城の優秀な研究員と間違えてんじゃねぇのか。オレができるのは、牧師と一緒で適当な言葉と神の名前を使って人を慰めるくらいだ」

「旦那が人を慰めることなんてあります?」

「そうだな……。手始めに来年辺り、適当な誰かを慰めて牧師を気取ってみるか。お布施も貰えるし、密造酒を作っても文句も言われねぇ。……ランプ屋より楽な暮らしができるかもな」

「旦那旦那、邪教って言葉知ってます?」

 ノーラが呆れた瞳をリットに向けた。自分の尻尾を追い掛け回して、時間をつぶす犬に向けるような目だ。

「知ってる。国の発展に邪魔になる宗教を陥れる時に使う言葉だろ」

 リットはそんな視線を気にせずに、のうのうと答えた。

「旦那の信者になった人は、もれなく堕落の道っスねェ」

「神頼み人頼みに依存する奴は、それだけで堕落してるっつーの」

「誰よりも神様を崇拝する天使族に聞かれたら、戦争を仕掛けられそうな発言っスよ」

「いっそ戦争でも起こした方が闇も晴れるんじゃねぇか」

 リットはペングイン大陸の方角を見ながら言った。

「なんの為に、リットを連れてきたと思っているんだ……」

 エミリアが呆れて開いていた口からため息をこぼすと、息を整えたキスケが顔を上げた。

「まだ、手はあります」

キスケは誰も覗くはずのない灯台内なのに声を潜めて言った。

 そして辺りを見回してから、人差し指を口元に持っていき、静かにとジェスチャーを送ると、リット達に向かって手招きしながらハシゴを下りていった。

 リットとエミリアは目配せをして「なんだ」「さぁ」と無言の会話をすると、「早く」と小声でキスケが呼びかけてきたので、後を続いた。

 イッテツを起こさないように忍び足で階段を降りて灯台の外に出ると、灯台横の納屋へとリット達を案内した。

 キスケは納屋に入る前に、もう一度辺りを見回してからゆっくりドアを閉めた。

 狭い納屋でかたまっているリット達を掻き分けて、棚の間にある箱を引きずり出した。

 そして中身を取り出すと、それをリット達に見えるように胸元に持ってロウソクの火で照らした。

「龍が灯台にぶつかった時に剥がれ落ちた鱗です」

 キスケの持っている龍の鱗は、顔が隠れる程の大きさがあり、鱗と呼ぶにはとても厚かった。

 夜明け前の空のような瑠璃色をしているが、光の具合によって日陰に咲く草のような濃い緑にも見える。

 光を反射しないような暗い色をしているが、鱗はロウソクの火を強く反射させ壁に光を映す。

 壁にもう一つロウソクがあるかのような明るい光だ。

「灯台で使ってる反射鏡よりも、反射率がいいんじゃねぇか?」

 リットは反射で照らされる壁を触りながら言った。

 壁は火を近づけたかのように、ほのかに暖かくなっている。

「龍は天高く空の上、太陽の近くまで飛ぶため、太陽に灼かれないよう鱗は光を良く反射するようになっているのです」

「地下深くに引きこもってたくせに、そんな高く飛ぶのか?」

「龍が地下から飛び立ち、空の散歩をする時に地震が起こるんですよ」

「その龍がいなくなったってことは、もう地震の心配はいらねぇな」

「それがオオナマズに代わっても、身体を揺する度に地震が起きますよ。術者が要石でオオナマズの力を弱めていますが、恵みの力まで封印されてしまうので、完璧には封じていません。詳しいことはカモン城に行けば教えてくれますよ」

「いいよ、ナマズは見飽きたからな。それより、この鱗を反射鏡に使えば解決にはならねぇのか?」

 リットの言葉に、キスケは難しい顔で龍の鱗を眺める。

「この一枚だけでは足りません……。しかし、もう一枚あれば反射鏡を作ることが出来ます。龍の鱗で作った反射鏡ならば、闇に届くかもしれません」

「東の国に龍の住処はないのか?」

「どうでしょう……。数十年に一度、龍からオオナマズへ、オオナマズから龍へ、周期で地下の主が代わるというのはわかっていますが、追い出された龍がどこにいるのかはわかりません。運が良ければ僕が生きている間に、もう一度龍が現れますね」

「過去に落ちた鱗とかでは代用できないのか?」

 胸が傷んできたエミリアが、少し顔を苦痛に歪めながら自分のランプに火をつけて言った。

 妖精の白ユリのオイルの光が納屋を明るくてらしたので、キスケは口をすぼめてするどく息を吐きロウソクの火を消した。

「東の国の島々と一緒に龍が生まれたと聞いてますから、もしかしたらあるかもしれません。ただ、東の国には存在してないことは確かです」

「この国の一番のお偉いさんが隠し持ってたりしねぇか?」

「可能性がないわけじゃないですが……。価値がないものを隠し持ってたりするでしょうか?」

「価値がないのか?」

「龍は東の国にしかいませんし、過去に龍の鱗が出回ったという話も聞きません。もっと知られていたら別でしょうが、見たこともなく、何に使うかもわからないものに価値が出ますかね」

「確かにな……。龍の鱗って聞いたところで、こっちは盗もうとも思わねぇしな。――ただ――これから価値が出て出回るかもな」

 リットの含みのある言い方に、キスケは食い気味に身を乗り出した。

「龍がいないのに、どうやって出回るのですか?」

「龍は灯台にぶつかって鱗を落としたんだろ? 他の剥がれかけの鱗が飛んでる最中に落ちてもおかしくねぇ。珍しい色をした鱗だし、拾った誰かが宝石と吹聴して回れば、希少価値の高い宝石として認識されることもある。運がよけりゃ、大金を払って二枚目の龍の鱗を手に入れることができるかもしれねぇ」

 キスケは小首をかしげて深く唸る。リットの言うことを信じてないと言うわけではなく、万が一という言葉よりも少なすぎる可能性だからだ。

「そう、その反応が正しい。コジュウロウが灯台守を継ぐくらいありえねぇことだからな」

 リットはキスケの心中を察して同意する。

「フェニックスの羽を探すか、龍の鱗を探すか、別の道を探すか。どの選択肢をとっても探すしかない。闇雲に探すことにならないよう一つに絞り、しっかりと考えなければ」

 ランプから放たれる太陽の光を浴び、いつも通りの顔に戻ったエミリアだけは前向きに受け取っていた。

「まぁ、ゆっくり考えろよ。オレはエミリアの意見に合わせるから」

 リットはドアに手を掛ける。

「どこに行くんだ?」

「そっちがゆっくり考えてる間。こっちはゆっくり灯台でも見てくる」

 そう言って、リットは一人納屋の外に出た。



 人のざわめきに似た海鳴りの音を聞きながら、リットは北の大灯台を見上げる。

 世界一高い灯台と呼ばれるだけあり、光の位置が高い。

 暗がりの遠くまで届くように放たれる光は本物の太陽のようだ。

 一陣の強い風が岬の雑草を頭を垂れさせるように吹くと、ヒューヒューと高い音が響いた。

 灯台を称える音楽のように聞こえてくる。

「これが昨日話した角笛岬の所以でござる」

 コジュウロウが目尻を乱暴に擦りながら、リットの隣に立つ。

「……まだ家に帰ってねぇのか」

「そのことで、拙者、リット殿に提案があるでござる」

「残念ながら――」と言ったところで、なにをコジュウロウに言い訳する必要があるのだと思い、リットは一言で済ませた。「却下だ」

 しかし、コジュウロウはリットの言葉を聞かずに続きを話し始める。

「大の男二人が必死に謝ればきっと許してもらえると考えた。だから、リット殿も一緒にオツルに謝ってほしいでござる」

「オマエは小さい大人だろ」

「そんなことを言うリット殿も、器は小さいでござる」

「……夫が妻に優しくされるのは。どんな時か知ってるか?」

「知ってたら、実践してるでござるよ」

 コジュウロウがむくれるように言う。

「大金を稼いで帰ってきた時か、ボロボロになって帰ってきた時だ。簡単なのはボロボロになって帰る方だな。手伝ってやるよ」

「リット殿に面倒を掛けるのは悪いでござる。拙者、先に帰るでござる。――御免」

 乾いた笑いを浮かべて身を翻すコジュウロウの肩を、リットが掴んで止めた。 

「遠慮するな、たったひと手間だ。岬の端に立って尻込みするコジュウロウの背中を押すだけだからな」

「離すでござる! 殺人は罪でござるよ!」

「そういうのはローレンに言ってやれ」

「あやつは罪深き男でござる!」

 リットは深く息を吐くと、暴れるコジュウロウから手を離した。

「たまに帰ったなら、怒られようが家にいてやれよ。それが良い父親ってもんじゃねぇのか」

「わかったようなことを言うでござるね」

 コジュウロウの口調には、独身のくせしてという言葉が混じっていた。

「うるせぇな……。そのうち父親って存在自体忘れられるぞ」

「そんなことありえないでござる」

「お客様扱いされたら最後だな。血が通った親子じゃなく、ただのゲストに成り下がる」

「リット殿の体験談でござるか?」

「さぁな。オレの話か、オマエの未来予想図か」

「怖いこと言わないでほしいでござる……。怪談話にはまだ早いでござるよ」

 リットは一瞬父親の顔を思い浮かべたが、すぐにどうでもよくなり、また灯台を見上げた。






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