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ランプ売りの青年  作者: ふん
妖精の白ユリ編

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第九話

 ノーラも体はしっかり疲れていたらしく、部屋に案内された途端にベッドの上で寝息を立てた。

 リットはそのままノーラを寝かせて部屋を出た。中庭の場所は分からなかったが、メイドに場所を聞くと丁寧に案内をされてしまう。

 こういう対応に慣れていないので、臀部から背中にかけてむず痒さが走る。なので、中庭へと続く廊下まで出ると「ここで結構」と言い、中庭へと一人で歩いて行った。

 色とりどりの花が咲き乱れ、石レンガで道を作り、中央の噴水からは涼し気な飛沫が飛んでいる。

 景観も規模もリットの家の庭とは大きく違っていた。玄関寄りの壁側に設置されている上品な椅子に、ポーチエッドが腰掛けているのが見えた。

 酒瓶を豪快に口につけている。リットの姿を見つけると、開いていないビンを見せ付けるように持ち上げて手を振った。

「こっちだ、リット」

 テーブルには二人分のグラスが置かれているが、ポーチエッドはグラスを使う気はなさそうだった。リットが来ても、変わらずにビンを傾けて口の端から酒をこぼしながら美味そうに飲み続けている。

 リットは空いている椅子に腰を下ろし、ポーチエッドから酒瓶を受け取った。

 コルク栓が抜き飛ぶなんとも良い音を奏でると、強烈なアルコールの匂いが漂ってくる。グラスにトクトクと鳴らし入れて口に運ぶと、ジャガイモの匂いが鼻から抜けていった。

 ウイスキーに擦ったジャガイモを混ぜたような味に、リットは少し顔をしかめた。

「口に合わなかったかな?」

「ここまで、ジャガイモが強いと思わなかったからな」

「どこも地酒は個性が強いからな。ジャガイモの蒸留酒も、そのうち癖になるぞ」

 ポーチエッドは、伸びた顎鬚の奥にある黒い革の首輪と喉仏を揺らしながら酒瓶の中身を減らしていく。

「名のある商家の娘の旦那なのに、そんな不躾な酒の飲み方でいいのか?」

「なぁに、ライラも自分の豪快なところに惚れたんだ」

 リットはポーチエッドの惚気に「そうか」と適当に返事をしたが、なにがお気に召したのかポーチエッドは満足気に笑う。

「言いたいことは分かるぞ。美女と野獣だと言いたいのだろう。あっはっは!」

 既に酔いが回っているらしく、ポーチエッドは豪快に笑いながら酒をあおる。リットが黙ったのが悪いのか、そこからポーチエッドの惚気話は続いた。いかに深く愛しているか、いかに深く愛されているかを語る。誇大に語られる愛の話は、お世辞にも美味しいと言えない。酒のツマミにもならなかった。

 話がリットのことまでに飛び火すると、ポーチエッドは「こうした方が男前になるぞ」と言って、リットの頭を洗うかのように、手のひらでグシャグシャと髪の毛を弄った。

「ポチ様。お戯れが過ぎますよ」

 艶がある甘い声が響くと、ポーチエッドはその手を止めて、声の住人に嬉しそうに笑いかける。

「ライラ! リリシアが婿を連れてきたぞ」

「ポチ様ったら、すっかりお酔いになられて。違いますよ。リリシアちゃんの新しいお医者様でしょ」

 赤いドレスを着て現れた美女は、リットの頭に乗せられたままになっていたポーチエッドの手を優しくどかすと、グシャグシャになった髪を手櫛で軽く整えた。

 ライラというと、エミリアの姉だ。やはり雰囲気はエミリアに似ていた。ウェーブのかかった長い金色の髪。元々細い目は、笑うと目が消えてしまう。

「医者じゃなくて、ランプ屋のリットだ。訳あってエミリアのランプを作ることになって、ここまで押しかけてきた」

「私は、ライラ・マルグリッドフォーカス・エルソル・ララ・トゥルミルスバー・カレナリエル・シルバーランド・アイリスですわ」

 リットが長い名前にうんざりしているのが見て取れたのか、ライラは「ライラでかまいません」と言ってニッコリと微笑むと、持っていた花瓶をテーブルに置いて色を添えた。真っ白なユリの花が、風に吹かれて重そうな頭を小さく揺らす。

「こっちじゃ、花で客人をもてなす風習でもあるのか?」

「綺麗じゃありませんか?」

「そりゃ、綺麗かもしれねぇけどよ」

「綺麗なら、それで良いではないですか」

 ライラは細めた目で笑みを浮かべているが、有無を言わさずの迫力があった。

 しかし、他はお嬢様らしく、言葉遣いは綺麗で一つ一つの所作も優美だ。花に手を添えて眺める姿も様になっている。

「この花は、ピクシーが宿るって言われているんですよ」

「へぇ、この街の伝説ってやつか?」

「そうですね。森の中で踊り疲れたピクシーが、休憩を取る時にこの花を使うらしいですわ」

 ピクシーは妖精の中でも、あまり直接人目につく場所には出てこない種族であるが、基本的に人間好きな種族であるために、人里に近い森や洞窟に住んでいる。貧しい者のために仕事をしたりする良い話や、夜道で人を迷わせたりする悪い話など、どちらにしても伝説として話が残っていることが多い。

「こんな金がある家には、ピクシーは来ないと思うけどな」

 庭に建てられた女神を象った彫刻を見ながらリットは言った。

 よく見ると庭のそこかしこに、ライラが持ってきた花と同じ花が植えられていた。

「屋敷には馬がいますもの。きっとたてがみを結びにいらっしゃいますわ」

「そういうもんかねぇ」

 リットは一言そういうと、興味が無いといった風に黙る。人の心の移ろいに敏感なライラはすぐにそれを悟ったが、黙ることなく話を続ける。

「年甲斐もなく、ピクシーをひと目見たいっておかしいかしら?」

「オレのとこにも妖精が一人いるけど、ろくなもんじゃねぇぞ」

 リットは、地域によっては妖精と言われるドワーフを思い浮かべた。イタズラをするわけではないが、とにかく役に立たない。料理ができないのはしょうがないにしても、鍛冶もまともにできないドワーフはドワーフと言えるのだろうか。

 頭の中で「そんなこと言われても、どうしようもありませんぜェ」と能天気に笑うノーラの姿を、頭を振って消し去った。

「どうしました?」

 ライラは青い瞳をリットに向けて、不思議そうに首を傾げた。

「……いや。イタズラ好きの妖精が増えなきゃいいと思ってな」

「イタズラをするなんて愛くるしいじゃないですか」と言って、微笑みを浮かべるライラの姿は雅やかだった。夫婦揃って子供好きなのだろうかとリットが思っていると「イタズラをしてくれないと、お仕置きできませんもの」と言うのが聞こえた。

 リットが聞き取れるほど艶っぽい吐息を漏らしたライラは、恍惚の表情を浮かべて色っぽく頬を紅色に染めている。

「お仕置きって……」

「イタズラをする子には、しっかりお仕置きをするのが道理ではございませんか?」

 そう言ったライラの表情は元に戻っていた。

 リットは見間違えたのかもしれないと思い、それ以上は触れなかった。

「でもダメね、この花は……。ピクシーが落ちてしまいますもの」

 水に活けただけのユリは、力なく頭を垂れている。それを人差し指の腹で押し上げながら、ライラは残念そうな顔をした。

「そんなにピクシーが見たいのか?」

「もちろん見たいですわ。でも、それだけではないの。ピクシーの中には、願いを叶えてくれるピクシーもいるそうよ。そうすれば、リリシアちゃんが苦しむこともなくなるわ」

 エミリアを思いやるライラを見て、リットはやはりさっきのは見間違いだろうと思った。ライラの顔が変に紅潮したように見えたのは、リットが飲み慣れない酒に少し酔ったせいかも知れない。普段リットが飲んでいるウイスキーも同じ蒸留酒だが、それよりもアルコール度数が高かった。さっきから言葉を口から出す度に、酒の匂いが鼻を抜けていく。

 ジャガイモの酒の匂いと、ライラの香水と体臭が混ざった甘ったるい匂いは鼻に届くが、白ユリの花の匂いがしてこないのに気付いた。リットは思わずテーブルから身を乗り出して鼻を近づけるが、やはり匂いはしなかった。

「造花かこれ?」

「いいえ、違いますわ」

「ずいぶん匂いがない花なんだな」

 白ユリの匂いを嗅ぐリットの鼻に冷たい花びらが当たる。リットが目線を上げると、ライラが花瓶を持ち上げてリットに近づけていた。

 イタズラに成功してクスクス笑うライラは「ポチ様は、花が苦手ですから……。鼻が利きすぎるのも考えものですね」と少し寂しげな視線を、酔いつぶれてテーブルに突っ伏しているポーチエッドに落とした。

 獣人。それも鼻が利くワーウルフの血が入っているならば、庭園というだけで鼻が曲がる思いだろう。

 この屋敷には、バラやジャスミンなど匂いがキツイ花が植えられていない。ポーチエッドが気に入っている理由はそれだ。

「このユリは、今日ポチ様が持ってきてくださったのよ」

 ライラは愛おしげにユリを眺めると、その視線をポーチエッドに移した。ポーチエッドは動物の唸り声のようなイビキをかいて、その視線に気付くことなく寝ている。

「花屋から屋敷まで持ってくるのは、この匂いがしないユリでもキツイだろうに」

「ええ……。私に心配をかけまいと笑顔で持ってきてくれたのですけど、目尻には我慢の涙を浮かべて……」

 徐々に小さくなっていく語尾は、最後には聞こえなくなった。

 ポーチエッドの心遣いに涙しているのかと思うと、ププッという唇で空気を弾く音が鳴る。ライラの顔は紅潮していた。妖しげに目を光らせると、ポーチエッドの体を優しく揺さぶる。

「ポチ様。こんなところでお寝になると、風邪をひきますよ」

 ポーチエッドは顔を数回しかめてから目を開けると、寝起きで大きなあくびをした。

「むっ……寝てしまっていたか」

「お酒はさほど強くないのですから、気を付けてくださいませ」

「うむ。しかしだな、せっかくリットがいるのだから――」

 ポーチエッドがリットに手酌をしようとすると「続きは晩餐になさってください」とライラが言い、ポーチエッドの後ろ首にカチリと金属音を鳴らした。

 ライラは「リット様、お先に失礼しますわ」と言うと立ち上がった。手には紐が握られているのが見える。ライラがクイッとその紐を引っ張ると、ポーチエッドは首輪に引かれよろめいた。

「ははは! そんなに引っ張るなライラ」

 体勢を崩したポーチエッドは、満更でもなさそうに笑う。

「それでは、ポチ様が前をお歩きになってください」

「わかったわかった。リット、また晩餐の時に会おう」

 そう言って屋敷の中に入っていったポーチエッドとライラの間には、たるんだ一本の紐がブラブラと揺れていた。



 リットが部屋に戻ると、未だノーラは体をベッドに埋めていた。その横の椅子でエミリアが座っている。リットが部屋に入るのを見ると、すぐに声をかけてきた。

「遅いではないかリット。すぐに戻ってくると思って、ずっと待っていたのだぞ」

「悪い。オレもすぐ戻る予定だったんだけどな……」

 リットは飲みかけの酒瓶をテーブルの上に置くと、エミリアの対面にある椅子に腰を下ろした。

「姉上が晩餐を開いてくれると言っていた。あまり酒を飲むと食事が入らなくなるぞ。続きは晩餐の時にしろ」

 エミリアはライラと同じようなことを言ってリットに注意を促す。

「そうするよ。で、オレを待っていた用件はなんだ?」

「今言ったことだ。晩餐を開くと言っていたから、それを伝えようと思ってな」

「そんなもんノーラに伝えときゃいいだろ」

「そうも思ったのだが、この幸せそうな寝顔を見たら、なんだか起こすのが悪い気がしてな」

 ノーラはイビキに近い寝息を吐きながら、よだれの滝を枕に流していた。猫のように目を細めて、時折口角を上げて笑みを浮かべていた。

 その寝姿は、獣人のポーチエッドよりも動物に見える。

「なぁ……。エミリアのところの姉と旦那は、どういう関係なんだ?」

「今、旦那と言ったではないか。夫婦に決まっているだろう」

「そういうんじゃなくて……、馴れ初めとか?」

「詳しくは聞いたことがないが、姉上の一目惚れだとは聞いているな。プロポーズも姉上からしたそうだ」

 エミリアが家族の話をする時は、決まって幸せそうな笑顔を浮かべる。

 姉妹ということもあって、微笑む雰囲気はライラと似ていた。そんなことを思いながら、リットは歯切れが悪く話す。

「いや……。まぁ、本人達が幸せならそれが一番なんだろうけど……」

 リットの脳裏には、リードを引かれて去っていた二人の姿が焼き付いていた。

「そういえば姉上は、昔から動物が好きだったな」

「だろうな……。さっきライラに会った時に感じたよ」

 リットは、エミリアの言う好きとは違う意味の好きを感じていた。

「なんでも、躾けると応えてくれるのが楽しいみたいだ。姉上は昔から動物に芸を仕込むのが上手かった。姉上にかかれば虫さえも芸をするのだぞ」

 無邪気に姉自慢を始めるエミリアをよそに、リットは寝ているノーラの頭を撫でた。「羽が生えてなくて良かったな」と思いながら。






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