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ランプ売りの青年  作者: ふん
妖精の白ユリ編
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第八話

 リゼーネ王国は森の一部を開拓して作られている。城と街を囲むように城壁が一周し、さらに森の木々が城壁を囲んでいた。森から続く一本の川は街を二つに隔てている。一つは城を中心とした城下町、もうひとつは商業都市として役割を分けるように町割りをしていた。

 元々は城下町として発展していたのだが、リゼーネ王国は森の中で冷やされた風が吹き抜けるので、夏になると涼しさを求めて各地から人が集まってくる。過ごしやすさからそのまま居ついてしまうことも多い。

 そこで一つは国としての厳格な区域。もう一つは移民が行き交う商業としての区域の二つに分けることとなった。

 交易が行われる商業地区は誰でも入ることができるが、城がある区域に入る場合は通行書が必要になるし、チェックが厳しい。

 リットとノーラは検問が行われる橋の向こうの城下町を眺めながら、露天で買ったばかりの茹でたイモを食べていた。

 塩茹でされたジャガイモに乗っているバターが熱で溶かされ、芳醇な匂いが鼻をヒクつかせる。

 一口食べると、実が砕けるような歯ざわりの後にくる。塩味とバターの甘みを楽しむ度に、頬袋に熱気を溜めていく。熱を逃がそうとハフハフと息を逃すと、パセリの香りとほのかな苦味が鼻に入ってくる。

 リットの横で、同じく熱い息を逃がしながら茹でイモを咀嚼しているノーラが、顔をほころばせながら言う。

「旦那ァ。コレが料理ってもんですぜ。ただ茹でたイモにバターとパセリを乗せるだけで、ビコっと味に深みが出るんでさァ」

 リットは得意気に語るノーラの頭を、オマエも作れないだろといった風に軽く肘で小突いた。

「でも、確かに美味いな。これなら家でも作れそうだ」

「いいですねぇ。帰ったらジャガイモを買い溜めしときましょうかァ」

 川の流れを眺めながら、浮かぶ水鳥の飛沫を目で追う。一言二言中身の無い会話を繰り返していると、リゼーネに着いてから私用で離れていたエミリアが戻ってきた。

「同じ味は無理だと思うぞ。リゼーネのイモは甘いからな。他のイモではこの味は出せない」

「イモが特産なのか。ということは酒もか?」

「そうだ。葡萄酒もあるが、イモを蒸留して作った物が多いな」

「へぇ、錬金術士様様だな」

 蒸留技術は錬金術士が確立させたものであり、それ以前は醸造酒が一般的だった。醸造酒は劣化が早く、冷暗所などの保存場所がない場合は、ワインに海水を加えたり、ビールに蜂蜜を加えたりして、古くなった酒を美味しく飲むために工夫がされていた。

 蒸留された酒はアルコール度数が高く保存しやすく、薬理効果もあるので、生命の水なんて呼ばれたりもしている。

 良い技術というものは、元の使い方以外でも多岐にわたり効果を示すので、こういう技術はランプ作りにも影響してくる。古臭い技術で模索するよりも新しい技術を発見した方が、エミリアの依頼をこなせるかもしれない。

 急に考え事をして黙りこくるリットの顔を、ノーラが不思議そうな顔で見ていた。

「旦那、どうしたんすかァ?」

「新しい技術を確立するとなると、金と時間が足りねぇなと思ってな」

「難しい話はやめましょうって。それじゃ、なんの為にここに来たのか分かりませんぜェ」

 旅行気分のノーラは、食べかけの茹でイモを口に放り込むと、川面から飛び立った水鳥に手を振る。あまりに無邪気な行動に、悩む為にリゼーネ王国まで来たと釘を刺すのも無粋な気がしたので、リットは口をつぐんだ。

 二人が食べ終わるのを待ってから、エミリアが口を開いた。

「遅くなってすまない。屋敷へと案内する」

 エミリアに連れられて街路樹で繋がれた道を歩く。中央の広場に向かい、そこから枝分かれをした道は、それぞれ商業スペース、住宅地などへと続いているようだ。賑わう広場は、途切れることなく人の影を作っている。実際は人だけではなく、角が生えている者、尻尾を揺らす者、様々な種族が道を歩いていた。

「ずいぶんと色んな種族が歩いてますねェ」

 はぐれないようにリットの服の裾を握りながら歩いていたノーラは、猫の耳をした売り子を見つけると、裾を引っ張って主張した。

「確かに、これだけ混濁してる国ってのは珍しいな。オレのとこの町は殆ど人間だしな」

「リゼーネ王国は、多種族国家だからな。だから、多種族の夫婦が多いぞ。むしろ純血の種族の方が珍しいくらいだ。私の家系もかなり血が混ざっている」

「あぁ……。だから、そんなに名前が長いのか」

 リットは『リリシア・マルグリッドフォーカス・エルソル・ララ・トゥルミルスバー・カレナリエル・シルバーランド・エミリア』という長い名前を思い出していた。

「ファーストネームの『リリシア』というのが生まれた時に付けられた名前で、ラストネームの『エミリア』と言うのが、成人の儀式を済ませた後に、新たに付けられる名前だ。だからエミリアと呼ぶのは、リット達と職場の者くらいだ」

「私はただのノーラですけどねェ。旦那もそうっスよね?」

「あぁ……そうだな。それより、迎えの馬車とか来ねぇのか?」

 目を凝らせど屋敷は見えなかった。小さな住宅街が続いているだけで、エミリアの家までは先が長そうだ。そう考えると、思わずその言葉がリットの口から漏れ出た。

「できることは自分の力でやることが大切だろう」

「今は一人じゃないんだから、他人のことも考えろよ」

「旦那ァ、エミリアは鎧を着て歩いているのに情けないですぜェ。おっ! あっちには美術館がありますね」

 相変わらず元気なノーラは、目新しい物を見つける度にリットの裾を引っ張って知らせている。

「つーか、なんで鎧を着て歩いてんだ?」

「この格好だと身分証明が楽だからな。落ち着ける場所に着くまでは、基本この格好だ」

 リットも鎧の紋章を見てエミリアの素性を確認したので、確かに有効な手なのかもしれない。

「疲れを残さない為にも、普段着で歩いたほうがいいんじゃねぇのか?」

「どうせ鎧を担がねばならないなら。着ていようが一緒のことだ」

 真面目な返答をするエミリアに文句を言っても馬車は来そうにないので、リットは諦めて多種族の波の中を歩いて行った。



 エミリアの家に着いたが、屋敷の中に入るには正門からまたしばらく歩かなければいけなかった。

「やっぱり、すげぇ金持ちなんだな」

「先祖は交易商だったらしくてな。昔は旅をしながら仕入れては売りを繰り返して生計を立てていたらしいが、各国から商人が集まるこの国の風に導かれたらしく、リゼーネに居ついて成功したらしい」

「それじゃ、今は商人の組合長だったりするのか?」

「いや、両親の代からこの街の商売からは引き上げて、別の街で船団を組んで輸出業に携わっている」

 淡々と話すエミリアの口調からは、金があって当たり前という貴族の娘の考え方というよりは、親の金は親の金。自分の金は自分の金と、しっかり線引きをしているように感じた。

「その娘がいきなり、城の兵士だもんな。よく親に反対されなかったな」

「最初はされたが、姉上の夫が城の兵士だったのでな。色々と口利きをしてもらった」

「現場の声ってのが一番か。今は大規模な戦争も起こってないし、起こる予定もなさそうだもんな」

 エミリアと話していると、遠いと思っていた玄関にすぐに辿り着いた。

「おかえりなさいませ」の声と共に、待ち構えていた執事の男が玄関のドアを開ける。

 階段の踊り場からの逆光で影になっていてよく見えないが、男が立っているのが見えた。

「おかえり、リリシア」

「ただいま帰りました」とエミリアが返事をすると「来ていたのですね、義兄上」と続けた。

「うむ。ライラにせがまれてな。それで、そちらは客人かな?」

 男がエミリアの後ろにいるリットとノーラに視線を向けると、エミリアはリットがランプ職人であること、ノーラはその助手であること、自分の為にリゼーネ王国までついてきたことを説明した。

「そうか、リリシアの症状はライラも私も気になっていたんだ。よろしく頼む」

 聞きなれない名前にリットが混乱していると、エミリアが紹介をした。

「ライラというのは私の姉上だ。そして、その夫のポーチエッド」

 ポーチエッドと呼ばれた男は、とても大きな男だった。焦げ茶色の伸びた顎鬚はもみあげまで繋がり、同じ色の髪の毛へと続いていた。オールバックで纏めているが後ろ毛は無造作に逆立っている。リットの不躾な視線に怒ることもなく、自ら髪に手櫛を入れると自慢気に笑う。

「男なら毛並みに気を使わなくてはな。それにしても、真っ先にこの髪に目を付けるとは……。君とは仲良くやれそうだ」

 ポーチエッドが笑みを浮かべ、リットの手を掴み強引に握手をすると、ピクピクと髪の中で何かが動くのが見えた。

 動く正体を耳と見破ったノーラが「ワーウルフっスね」と言って、耳に手を伸ばすようにつま先で立つと、ポーチエッドはしゃがんで三角の動物の耳を触らせた。

「大分人間の血が濃くなっているがな。ワーウルフの名残など、艶のある髪の毛と耳。あとはこの鼻くらいだろう」

 人間より少し出っ張っている鼻をぴくぴくと動かして、人間ではない部分を主張する。

 寿命が短い人間の血は濃い。多種族は人間と交配を重ねることで、人間に近づいていってしまう。

 ハーピィなど女しか生まれない種族や、オークなど男しか生まれない種族は例外だ。その場合は、相手が人間だろうが、獣人だろうが、ハーピィやオークとして生まれてくる。

「混血ならそんなものだろう。純血のワーウルフは森から出てこないって聞くからな」

「自分も純血のワーウルフは会ったことがないな。自分は人間に比べると力は強いが、その他は同じだ。満月の夜に変身することもない」

「その耳がなければ、人間と言われても分からんな」

「獣人と人間の混血の場合は、獣耳があれば獣人。獣耳がなければ人間だからな。リットは人間なのかい?」

「オレが知ってる限りは人間だな。こっちはドワーフらしいけど」

 リットは、ポーチエッドの耳を触っているノーラを引き剥がしながら言った。

「そうか。それでは、優秀な助手なのだな」

 ポーチエッドは、ドワーフと紹介されたノーラを手放しで褒める。手先が器用で、優れた匠であると、既成概念のままのドワーフだと思っているからだろう。

 ノーラも否定することもなく、頭を掻いて満更でもない顔を浮かべながら、ポーチエッドと握手を交わしていた。このまま優秀な助手として通すつもりだろう。リットの見様見真似で、ランプ作りのあれこれを語っている。

 調子に乗ってふんぞり返るノーラを鬱陶しく思うことなく、ポーチエッドは感心の言葉を並べて聞いていた。子供の相手は慣れているようだった。

 リットは、これ以上ノーラが調子付く前に、会話を打ち切った。

「悪いが、そろそろ荷物を置きたいんだが」

「そうだな。部屋へ案内する」

 エミリアは控えていたメイドを手で制すと、こっちだと手で合図をした。

 エミリアについて行くリットの背中に「後で中庭に来てくれ。酒でも飲もう」とポーチエッドが声をかけた。

「義兄上。まだ早い時間ですよ」

「この屋敷の中庭は綺麗だからな。眺めながらリゼーネ特産のイモの蒸留酒でもどうだ?」

「いいな。エミリアに話を聞いてから興味があった。荷物を置いたら行く」

 酒が飲めるならと、一も二もなく食いついたリットに、エミリアは「リット……」と呟いて額に手を当てて呆れたといった表情をしめす。

「そっちだって、長時間の馬車移動で疲れてるだろう? 今日は、お互い旅の疲れを癒やすことにしようじゃねぇか」

「酒を飲むと、寝ても疲れが取れないぞ」

「もてなす態度としては、ポーチエッドの方が正しいと思うけどな」

「前から思っていたのだが、酒の量が少し多いと思うんだ。減らしたほうがいいぞ」

 部屋へ案内されている間。エミリアにクドクドと私生活の文句を言われて、それに「はいはい」と生返事をするリットを見て、ノーラはニシシと笑い冷やかした。

「かみさんの文句ってよりは、母親にお節介焼かれてるみたいっスね」

 エミリアは「ノーラもだ」と向き直った。「暴飲暴食の気があるのは感心できないな」

「うわっ! こっちに飛び火したっス!」






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