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ランプ売りの青年  作者: ふん
東の国の灯台編(上)

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第二話

 男は少し屈みながら店のドアをくぐるようしてに入ってきた。

 男が改めて姿勢を正すと、店の天井に頭をぶつけそうなほど背が高い。ズボンの上からでもわかる筋肉質な脚。マントに隠された体も、肩に向かって徐々に幅が広がる鍛えられた逆三角形に膨らんでいるのがわかる。

 顔を含めて肌は白い毛に覆われている。頭頂部は黒い毛。それに同じく黒色の立った耳が生えていて、眉間の皺のように鼻筋に向かって細く延びていた。

 せり出すように伸びた口元は犬系の動物を思わせる。

 男は丸メガネの奥の冷たそうなブルーの目を申し訳無さそうに細めた。

「申し遅れました。自分はリリシア・マルグリッドフォーカス・エルソル・ララ・トゥルミルスバー・カレナリエル・シルバーランド・エミリアの部下、名はハスキー・ドッグショーと申します。今日は命を受けて、リット様をお迎えに上がりました」

 ハスキーは言い終えても、ビッと敬礼をしたままの姿でピクリとも動かない。

「あー、その……。まぁ、楽にしてくれ」

 リットが言うと、ハスキーは「はっ!」と短く返事をして、両足を軽く広げ手を後ろに組んだ。

 しばらく沈黙の時間が流れた。ハスキーは身じろぎ一つせずに、黙ってリットの言葉を待っていた。

「……エミリアの用事ってのは、絶対行かなくちゃいけねぇのか?」

「はっ! リット様にしか頼めない用事だとおっしゃっていました」

「何のためにだ?」

「内容については自分も聞いておりません。ただ、白ユリのオイルは必ず持ってきて欲しいとのことです」

 ハスキーは鞄からノーラの頭くらいある大きなガラス瓶を取り出してカウンターの上に置いた。

 上質なガラスで作られた瓶は、水で造形されているかのように透き通っている。

「その瓶の分のオイルが必要となりゃ、今日明日じゃ無理だ。一週間は掛かるぞ」

「許容範囲です。では一週間後改めてお迎えにあがります」

「あぁ、そうしてくれ」

 リットのぶっきらぼうな言葉にも嫌な顔ひとつせずにハスキーは頭を下げる。ドアを開けると、もう一度リットに頭を下げてから店を出て行った。

 ハスキーが出て行った店内では、ノーラが不思議そうな顔でリットを見つめていた。

「リゼーネに行くんスか?」

「行くぞ」

「今回は珍しくあんまりごねませんでしたね」

「しょうがねぇだろ。エミリアの屋敷で妖精の白ユリが咲くようになるまでは、依頼の途中のようなもんだからな」

「旦那が逃げないようにと、前金たっぷり渡されてますもんねェ」

「そういうことだ。店番頼んだぞ」

 リットは大瓶を小脇に抱える、店の奥へ姿を消した。


 そして三日が経ち、地下の工房で妖精の白ユリのオイルを抽出しているリットの耳にドンドンと扉を叩く音が聞こえた。

 ノックの音は鳴り止むことなく響き、埃が舞い始めるとリットは階段を上がっていった。

「うるせぇな。オレが工房にこもってる時は静かにしろ」

「そんなこと言っても。旦那ァ、今日も来てるんですよ」

 ノーラは店へと続くドアを指差した。

 リットは深いため息を吐き出しながらドアを開ける。そして誰もいない店内を歩き、外へと続くドアを開けた。

「あのなぁ……。いつまでそうしてるつもりだ? 約束は一週間後だっただろ」

 ハスキーは店の前で直立不動で周りに睨みを効かせていた。

「これはお迎えではなく警備です! リット様がオイルを完成させるまで、蟻一匹とて通しません!」

「通せよ。オマエはここをなんだと思ってんだ」

「ランプ屋です!」

「わかってるなら眉間のシワを伸ばして、にこやかに客を店の中に案内するくらいしろよ」

「申し訳ございません! 眉間のシワのような模様は生まれつきの為、どうもすることができないのです! しかしながら、この顔のおかげで小悪党は逃げていきます! 無益な争いをせずにリット様をお守りできるのです!」

 ハスキーの声は大きく、なにか発言をする度に通りすがる人は奇異な瞳を向けて、早足で去っていった。

「ついでに客も逃げてくな。――いいから、もっと楽にしろ。こんな平和な町に悪なんて二、三しかねぇんだよ」

「その二、三の脅威が襲いかからない為にも、自分が目を光らせておく必要があります!」

「エミリアの部隊だからって、真面目なところまで引き継がなくてもいいだろ。あと三日くらい掛かるから、ぶっ倒れるまで酒飲んで寝て待ってろよ」

「お心遣いの数々、誠に痛み入ります! 期待に添えるよう、よりいっそう警備に力を入れたいと思います!」

 ハスキーは感激したといったふうに頬を緩ませると、リットに向かって敬礼をする。

「話が通じやしねぇ……。もう、勝手にしてくれ。オレは工房に戻るけどよ、塀にマーキングするんじゃねぇぞ」

「はっ! 気をつけます!」

 リットはドアを閉めると、店の中にいるノーラに話しかける。

「迎えに、なにも番犬を寄越すこたぁねぇだろうに。なぁ」

「狂犬よりいいじゃないっスか」

「それもそうだな……。リゼーネに行く用意しとけ」

「ありゃ? 出発はまだ先じゃ?」

「どうせ商売になんねぇんだ。今日から寝ないでオイルを抽出する。馬車の中で寝りゃいいからな」

 リットはあくびを一つ混じらせると、地下の工房へと降りていった。



 リゼーネ王国では、より春の匂いがしていた。

 草木、料理、人々、様々なものが春特有のスッとした香りを運んでいる。特に街を二つに隔てる川から香る、雪解け水のにおいを含んだ空気は鼻をくすぐった。

「この空気、久しぶりね。故郷の風は体に染みるわー」

 チルカは全身で風を感じるように両手両足を伸ばしている。

「都会の妖精ぶってんなよ。オマエの故郷は森の中だろ」

「本当に水をさすわね……。ねぇワンコ、まだ屋敷に着かないの?」

「街中でスピードを出すわけにもいかないので、もう少々お待ち下さい。チルカ様」

 ワンコと呼ばれたハスキーは、嫌な顔をせずにチルカの言葉に答える。

 様付けで呼ばれたチルカは、満更でもなさそうに鼻の穴を膨らませた。

「鼻毛が見えるぞ」

「余計なお世話よ。――そうだ、私はしばらく森に帰るわよ」

「ずいぶん急っスね」

「前々から一度帰ろうと思ってたわよ。今回はちょうどいい機会だしね。エミリアに会ったら、ライラと出くわす前に行くわ。前は何も用意せずに飛び出してきたから取りに行きたいものもあるし、久々に妖精仲間とも話したいしね」

 チルカは馬車から迷いの森がある方角を眺めた。

「そういや、あの森には何人くらい妖精がいるんだ?」

「百人くらいじゃない? みんな気ままにくらしてるから、確かな人数は私も知らないわね。中には何年も花の中で寝てる子もいるし」

「妖精ってのはのんきに生きてんだな」

「アンタの暮らしだって大して変わらないじゃない」

「そりゃそうだな」

 しばらく話を続けていると、馬車は屋敷の前で止まった。

「エミリア様! リット様御一行をお連れしました!」

 屋敷の扉の前に着くなりハスキーが大声を出した。

「オマエなぁ、いきなり叫んだら不審者だと思われるぞ」

 リットは耳を塞ぎながらハスキーを窘める。

「はっ! 失礼しました!」

「オレに謝ってどうすんだよ」

 ハスキーの鼓膜に響く声にリットがうんざりしていると、屋敷の扉が開き、中からエミリアが出てきた。

「いいんだ。部下の声を間違えることはないからな。ハスキーご苦労だった。今日は帰って充分休息をとってくれ」

 エミリアは陽光に光る長い金色の髪を風になびかせ、顔にかかるほつれ毛を払いながら言う。

「はっ! では、お先に失礼させていただきます!」

 ハスキーは敬礼をすると、身を翻し屋敷をあとにした。

「――ったく、面倒くせえ部下をよこしやがって。もっと融通のきく奴はいなかったのか?」

「私としては予定通りだ。自分を持っていない者を送ったら、リットの言葉に丸め込まれて何ヶ月も先延ばしにされてしまう可能性があるからな」

「手紙に要件を書いてくれりゃ普通に来るっつーの。で……急用なんだろ。見たところ顔色は良さそうだけどな」

「とりあえず屋敷に入ってくれ。中でゆっくり話すとしよう」

 リット達は、昔屋敷に来た時に使っていた部屋に案内された。

 相変わらず綺麗に掃除されていて埃ひとつない部屋は、昼の太陽に照らされ過ごしやすい気温になっている。

「やっぱりこの屋敷はいいわねー。これでライラがいなければ最高なんだけど」

 チルカは部屋に入るなり、自分の何十倍もの大きさがあるベッドに飛び込んだ。

「久しぶりに姉上にもあって貰いたかったが、残念ながら私用でしばらく留守にしている。また機会を改めて、歓談の場を設けたいと思う」

「エミリア……聞こえなかったの? 私はライラに会えなくていいのよ」

「そうか。姉上はずいぶんチルカに会いたがっていたぞ。まぁ、前の時のように暴れられても困るがな……」

 エミリアは少しだけ苦い顔を浮かべる。

 リットが荷物を下ろし椅子に座ると、タイミング良くメイドが飲み物を持ってきた。

 メイドがそれぞれのコップに飲み物を注ぎ部屋を出て行くと、エミリアが急に話を切り出した。

「いきなり本題に入るが、リットにはこれから私が行く国に同行してもらいたい」

「……本当にいきなりだな。付き合いも一年になるんだ。オレがそれで「はい」とは言わないことくらいわかるだろ」

「もちろんだ。ちゃんと理由もある。リットは東の国の大灯台を知っているか?」

「当然知ってる」

 東の国は島国なので、貿易申し込みには輸送船団が必要になる。そのため、灯台は東の国のシンボルとも言えるものだ。

 なかでも大灯台は、遥か向こうにある大陸にも届くほど強烈な光を放つものである。

 その大灯台の眩い光、そして甚大な金を産出するため、黄金の国とも呼ばれていた。

「その大灯台に一緒に来てもらいたい」

 リットは腕を組んでしばらく考えると、おもむろに口を開いた。

「悪い話じゃない。一度見てみたかったしな。――ただ、東の国の大灯台は崩壊してるはずだぞ。――龍とオオナマズの戦いによってな」

「そういえば『コジュウロウ』が言ってましたね。そのせいで色々大変なことになってるって」

 ノーラは昔リットの家にいた、コジュウロウという男を思い出しながら言った。

「それから再建されたってのも風のうわさで聞いた。何の特色もない灯台になったってな」

「そうだ。それで困っているらしい。……あの大灯台の本当の役目を知っているか?」

「貿易船を呼び込むためのもんだろ」

「元はそうだ。しかし、ある不思議な現象が起こってから、大灯台の役目は別の物に変わった。――『闇に呑まれた国』から脱出する者の為の導へと」

 エミリアの言葉は耳鳴りのように耳にこびりついた。リット達から質問がこないのを確認すると、エミリアは続きを話し始める。

「東の国にある大灯台が射す光は、『ペングイン大陸』に向けられていた。そしてペングイン大陸の半分以上が闇に呑まれている。大陸の者達はその光を頼りに脱出を試みていた」

「――ちょっと待て」リットが少し声を張り上げた。「闇に呑まれていても光は届くのか?」

「中まで届いていたわけではないらしいがな。その光を頼りに船で逃げ出してきた者が何人かいる。しかし、大灯台を再建してからは、その光が全く届かなくなったらしい。ここ数年の脱出者は一人もいない。それでリゼーネ王国も協力するため、研究者を送っている――」

「――そういうことならパスだ。興味はあるけど、国としては関わりたくねぇ」

 リットの反対の言葉に、エミリアは予想通りと笑みを浮かべる。

「そう言うと思ってだ。今回は国の船団としてではなく、個人支援という形で船を出そうと思っている」

「おいおい、いくらエミリアの家が金持ちって言ってもだ。わざわざそのために船を買うつもりか?」

「前に話したと思うが、私の親は船団を組んで輸出業をしていると。その商業船に乗せてもらう。私の名目上、数人の部下を連れて行かなければならないが、リットは個人として動いてもらって構わない」

「大瓶に妖精の白ユリのオイルを作らせたのはその為か。んで、ダメだったらまた何か作らせようと言う腹だな」

「はっきり言う。そのとおりだ。妖精の白ユリのオイルで私に光をもたらしたように、東の国にも光をもたらして欲しい」

 エミリアはリットの手を両手でギュッと握ると、真っ直ぐに目を見つめた。

「……いいぞ。国は関係ないんだろ? 再建された大灯台は見てみたいと思ってたし、コジュウロウに金を取り立てに行きたいとも思ってたからな」

 リットが決断すると、エミリアの顔には笑顔が浮かんだ。

「そうか! 恩に着るぞリット! 誰だかは知らないが、そのコジュウロウとやらに感謝だな」

「エミリアがオレの店に来る一年くらい前にしばらく泊めてた奴だ。後で金を払うって言うから家具まで揃えたのに、いつまでもカネを払いにこねぇ不届きもんだ」

「使わない部屋に家具が揃っていたのはそのせいか。でも、私はそのおかげでベッドにも洋服ダンスにもありつけたわけだ」

「最近は長居する来客が多いから無駄にはなってねぇのが、またムカつくところだ。――で、オマエラはどうすんだ?」

 リットはノーラとチルカについて来るのかを聞く。

「船ってことは、もしかして海っスか?」

「そうだ。私の両親は港町ドゥゴングに住んでいる。そこから船を出して東の国へと向かう」

「じゃあ、行きます。海に行けば私の夢の三分の一は叶いますからねェ」

「なんだ。三分の一ってのは」

 リットは緩んだ顔のノーラに聞く。

「美味しい海魚を食べることっス」

「残りの三分の二はなんだ?」

「他の美味しいものを食べることっス」

「そりゃまたでっかい夢だな……」

「ブラインド村では川魚。リゼーネのエミリアの屋敷では野菜。そして次に行くドゥゴングでは海魚。いずれお肉が美味しいところにも行きたいっスねェ」

 乗り気のノーラとは違い、チルカは興味がなさそうにベッド上の転がっていた。

「オマエはどうすんだ?」

「そうね……、私は今回は行かない。のんびり森で過ごすことにするわ。魚も灯台もどうでもいいしね」

「それがいい、無理に来てもらうことでもねぇしな。――それよりエミリア。頼みごとをする時は手を握るのはやめろ」

「なぜだ?」

「指の骨が軋むまで握るのは、お願いじゃなくて脅しだ」

 リットは赤くなった手をコップで冷やしながら言った。






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