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ランプ売りの青年  作者: ふん
漆黒の国の魔女編(下)

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第二十四話

 窓から差し込む太陽の光が、大理石の廊下を反射して天井を照らす。壁や天井には金細工で彫刻された跡が残っているが、泥や埃で汚され輝きを失っていた。

 影はあるが闇はない。城の中の雰囲気は全く見慣れないものになっていた。

「普段使わないところは掃除してなかったんだな」

「そうみたいだねー」

 リットに尾ビレを掴まれ引きずられたマグニが、お腹を廊下の泥で汚しながら答える。

「夜になると、ロウソクの明かりを反射させて光るんだろうな。その為の金細工というわけだ」

 リットは天井を見上げて、ヨルムウトルの国旗にも使われていた星形の彫刻を指して言った。

「へー、ここに住んでた人はお金持ちだったんだね」

「そりゃ、王族だからな。それにしても、見栄っ張りというか……悪趣味というか……。天井一面に彫刻なんていれなくても……と、オレは思うけどな」

 彫刻の跡は城の果てまで続いている。ヨルムウトルが繁栄していた時代の産物は、どれも金細工が取られている。全てフェニックスの捜索に使われたのだろう。

 リットがヨルムウトルの歴史とも言える風景を眺めていると、ノーラがシャツの裾を控えめに引っ張った。

「旦那ァ」

「なんだ?」

「いつになったら応接間に着くんスか?」

「あと三十分。――で着けばいいけどな……」

 闇のヨルムウトル城に慣れてしまったせいで、初めて見る昼の城内でリット達は迷っていた。元からしっかり道を覚えていたわけではないが、影執事がいた時なら迷っても呼んで案内させればそれで済んでいた。

「だいたい一本道じゃないのがおかしいんスよ。私達を迷わせるために作ったのに違いないと思うんですけど」

「そりゃそうだ。集合場所で使ってる応接間は、王座の間の近くにあるからな。敵に攻められて来た時に一直線で王座に来られたら困るだろう」

「はへェ……。旦那詳しいっスね」

「オマエが知らなすぎるだけだ。だから、城も攻めにくい山の中にあんだよ」

「偉そうにうんちくを語る暇があるなら。犬のように地面に顔を擦り付けて、グリザベルの匂いでも辿りなさいよ」

 チルカがイライラした口調でリットを責める。

「ローレンじゃねぇんだ。んなこと出来るか。肝心な時にはぐーすか寝てた癖して、あーだこーだうるせぇな」

「私は別にヨルムウトルがどうなろうが興味無いもん。でも、起きたらいきなり青空が広がってるからビックリしたわ」

「今度は年中昼ってことにはならねぇだろうな」

「その心配はいらないみたいっスよ」

 窓から差し込む光は、斜陽に変わり始めていた。青空を徐々に黄金色に染めている。これから訪れる夜の前に、世界を照らそうとするような燃えるような色だ。

 沈む太陽の後を、ぶどう酒のような澄んだ紫色の夕闇が追ってきている。

「こりゃ、早いとこ応接間に行かないと、闇の中を彷徨うことになるな」

「いっそ慣れた闇の城の方が、応接間に辿り着くんじゃないっスか?」

「ここがどこかもわからねぇのにか?」

 リット達が途方に暮れていると、大きなオレンジ色をした頭を浮かばせたジャック・オ・ランタンが、廊下の奥からやってきた。

「おお! 天の助けっスね」

「どっちかというと地獄の使者だろ。まぁでも、助かったには違いない」

「迷ってんじゃないよ。まったく……。この広い城の中を探しに来る方の身にもなってごらんよ」

「成仏しそこなったカボチャの癖に、ずいぶん偉そうだな。オマエをフェムト・アマゾネスの住処に投げ捨ててきても良いんだぞ」

 リットが詰め寄ると、ジャック・オ・ランタンは慌てて首を横に振った。

「僕の美声をカボチャと間違えるなんて、いい神経してるよ。このカボチャ君と一緒で、耳の中も頭の中も空っぽなんじゃないのかい」

 ジャック・オ・ランタンの背後からローレンが顔をだす。

「まったくその通りね」チルカは深く頷く。「そのくせ、自分は知識が有る者ぶってるんだもん。「敵が一直線に攻めてきたら困るだろぉ」だって。そんなのノーラだから通用するのに、得意ぶっちゃってまぁ……」

 チルカはここぞとばかりに、思い切りバカにした口調でリットにまくしたてた。

「まぁまぁ、今日は旦那もお疲れですからその辺で」

「……オマエも一緒にバカにされてんだぞ」

「なんと! やいチルカ。悪口の部分をもう一回ゆっくり言って見やがれってもんです」

 何を気に入ったのか、ノーラは妖精の白ユリのオイルに松明で火をつけた時のポーズでチルカに迫りながら言う。

「どうしたのよ。いきなり。リットのバカが感染したんじゃないでしょうね。こっちにまで感染さないでよ」

「知らないんスか? 私の見事な槍さばきで、見事フェニックスを成敗してやったんスよ」

「なんですって? フェニックスを作るとか言って、結局殺したの? アンタは何がしたかったのよ」

「勝手に死にかけて生まれてきたんだよ。つーかアレが本当にフェニックスだったかも疑わしいな。興奮が冷めた今じゃ、そう思う」

 フェニックスはこの世に一羽しか存在していない。

 グリザベルの言うとおり、転生を繰り返すフェニックスの生命の欠片から生まれたものならば、影執事達を冥府へと導き、自らもそこに戻っていったと考えるのが妥当だろう。

 しかし、あれがフェニックスならば、あの瞬間にフェニックスが二羽存在していたことになる。それはありえないことだ。

 少し考えたところで、リットは考えるのをやめた。これから先は自分には関係のないことだし、なにより耳障りな声が鼓膜を刺激したからだ。

「興奮って、なにアンタ。鳥に興奮するの? ド変態ね」

「オマエは鳥の餌のくせして何言ってんだ」

「……フェニックスも役に立たないわね。どうせならコイツも浄化してくれれば良かったのに。今からでも遅くないわ、地獄に行きなさいよ」

「あいにく道がわかんないんでな。先に行って待っててもらっていいか?」

「そこの窓から飛び降りれば三秒で着くわよ。いってらっしゃい」

 チルカは廊下の窓を指差すと、ヒラヒラと手を振った。

「なにをやってるんだい……。本当に日が暮れるよ。ほら、口を動かすより足を動かす」

 呆れ顔のローレンが先頭を歩き出すと、皆その後を着いて行った。

「見て見てー!」

 ジャック・オ・ランタンにおぶさったマグニが、リットの横を通り過ぎていく。

「……何がしたいんだよ」

「ペガサスナイト!」

「カボチャに乗ってか?」

「うーん……、じゃあなに?」

「カボチャと魚だろ……。一緒にパイにでも包んで焼いてもらえ」

「そうするー!」

 マグニを乗せたジャック・オ・ランタンは、そのままぐんっとスピードを上げて消えていった。

「そういやジャック・オ・ランタンは消えなかったんだな」

「影メイド達とは別物だしね」

 そう言ったローレンの背中が物悲しく見えた。ローレンの隣には、影メイドのミスティの姿は当然無い。

「わざわざ俺たちを探す役を買って出たってことは暇なのか?」

「まぁね」

 ローレンは短く答える。

「道は覚えてるんだろうな」

「当然。グリザベルがイライラしながら待ってたよ」



 応接間に近づくにつれて、食事の匂いが漂い始めてきた。

「おーそーいーぞー!」

 応接間ではたいそう立腹した様子のグリザベルが、椅子の上でふんぞり返っていた。いつものように玉座には座っていない。運ぶ者がいないからだ。

 テーブルの上には冷めた料理が並べられている。消える前に影執事達が用意したものだった

「迷ったんだよ。目印でも置いとけ」

「何度も来ているのだから、いいかげん覚えぬか。我など一度来た道など忘れぬぞ」

「誰かのせいで、昼にヨルムウトル城を歩くのは初めてのことだったんでな」

「まぁよい。影執事達が作った最後の夕餉だ。冷めてしまったが食そうではないか。――が、その前に」

 グリザベルは立ち上がると、姿勢を正してリット達に向けて頭を下げた。

「言葉無き者達の代わりに、改めて礼を言う。ヨルムウトルの住人を闇から解き放ってくれたことを、誠に感謝しておる」

「……わざわざご丁寧にどうも。裏があんじゃねぇだろうな」

 しげしげと見つめてくるリットに、グリザベルは強い眼差しで返した。

「我が名はグリザベル――」

「んなの知ってる」

「グリザベル・ヨルム・サーカス。――ディアドレの末裔だ」

「つーことは、ヨルムってのは」

「無論、ヨルムウトルのことだ。自らのルーツ。ディアドレの失敗を忘れぬ為に、自らミドルネームに記した」

「どおりでディアドレの裏事情に詳しいわけだ」

 ヨルムウトル王とディアドレの恋物語は他にも知ってる者がいるかもしれないが、エーテルの研究をしていたということを知っている者は数える程度しかないはずだ。

 ディアドレの直結の子孫。それも、かなり格式のある血筋だろう。

「ということは……。グリザベルはお姫様ってことっスか?」

「残念ながらそれは違う。疾うの昔にヨルムウトルは滅びておるからな。我の出身は遥か遠くの山奥だ。そこで祖母と二人きりで暮らしていた」

「でも、王族の血が入ってることには違いないってことっスよね?」

「うむ、まぁそうだ」

「凄いっス!」

「そ、そうか? フハハハ!」

 グリザベルは大仰に笑うと、ひっくり返りそうになるほど腰をそらした。笑い声に呼応するように長い黒髪が腰辺りで揺れる。

「別に王族の血が入ってること自体は珍しくねぇよ。犬の糞と一緒でそこら辺にうじゃうじゃいる」

「その意見には概ね同意だが、犬の排泄物と一緒にされるのは心外だぞ」

「それに、やっぱり王族の血が入ってる人ってのは少ないと思うんスけどねェ」

 ノーラがうーんと唸りながら言う。

「ヨルムウトル王は好色家だったんだろ。自分に知らねぇうちに、子供がいてもおかしくねぇよ。ローレンみたいにな」

「怖いことは言わないでくれたまえ! 僕に限ってそんなことはない!」

「わかんねぇだろ。そのうちオマエ好みの巨乳が家にやってくるんだ」

「……悪くないね」

「でかい乳を揺らして挨拶をする「久しぶりね」って。当然オマエは女の顔じゃなく胸を見て挨拶を返す」

「ふむ……。続けて」

「だが、オマエが好きだった巨乳は、もうオマエじゃなくて別の奴のものになってる。女はそいつを胸に抱いてオマエに話しかけるわけだ。「ほら、あなたのパパよー」ってな」

「ひどい話だね……。――ちょっと具合が……。風に当たってくるよ」

 ローレンはフラフラ覚束ない足取りで、応接間から張り出しているテラスに向かった。

「お主はローレンに恨みでもあるのか?」

「そりゃたくさんな。それより、グリザベルに友達がいなかった理由がわかった。ずっと婆さんと二人きりなら、そりゃ友達の作り方なんてわかんねぇわな」

「余計なお世話だ」

 グリザベルは不機嫌に頬を膨らませ、冷めたスープに突き刺すようにスプーンを入れた。



 応接間では酒を飲んでいないノーラとチルカとマグニの声が競うように響く。時折タイミングがずれたところでグリザベルの大仰な笑い声が響いた。

 一人酒を飲んでいたリットは、ぶどう酒の入った瓶とグラスを二つ持ってテラスへと向かう。

 テラスでは今にも崩れ落ちそうな頼りなさ気な手すりに、寄り掛かるローレンがいた。長い前髪を垂らして背中を丸め深く息を吐いている。

 普段ならば服が汚れるような場所には座らないのだが、雨と泥で汚れたテラスの床にどっしりと尻を下ろしていた。

「よう、色男。感傷に浸ってるのか」

「そんなんじゃないよ」

「そうか。ほら」

 リットはローレンの隣に腰を下ろすと、グラスを押し付けるように渡し、ぶどう酒を注いだ。

 まだしっかりグラスを掴んではないローレンの手の中でぶどう酒が暴れる。

「キミにしてはセンスのいいお酒だね」

「この城の貯蔵庫にあったんだ。オレはぶどう酒はそんな好きじゃねぇよ」

「霧が晴れた後の乾燥した空気のような後味。ブラックベリーにも似たフルーティな香りが鼻を抜ける。それに――」

「美味いの一言でいいだろうに」

「まったく……」

 ローレンはぶどう酒をグッと飲み干すと、次を注げと言わんばかりにリットに向かってグラスを持った手を伸ばす。

「いずれこうなることはわかってただろ」

「なんだい。本当に慰めに来たのかい?」

「まさか。本気で惚れてたなら慰めてやってもいいけどな」

「失礼な。僕はいつでも本気だよ。キミに慰めて欲しいとは思わないけどね」

「そりゃ良かった。抱きつかれてワンワン泣かれたら困るからな」

 ローレンは眉をひそめてリットを探るように見ていた。

「キミは、僕にそんな気持ちの悪い慰め方をする気だったのかい?」

「……バカ言ったよ」

「本当にね……」

「それにしても、埃臭いところは苦手なくせして、よくこんなところにずっといたな。フェミニストってのも大変なもんだ」

 リットは秋晴れの空のようにカラカラと笑ってからかった。

 ローレンもフッと鼻を鳴らして笑う。

 しかし、突然表情変えた。

「隣国のディアナ国の王様が病気らしいよ」

「なんだ突然。信憑性に欠ける話はもうたくさんだ。ここ最近ずっとそんなんばかりだったからな」

「レプラコーンに聞いたんだ。間違いじゃないよ」

「まぁ、結構歳だしな。跡継ぎにも困らねぇだろうし」

 リットは跡継ぎの人数を指折り数えながら答える。

「いいのかい?」

「誰が王になろうが、町に攻めてくるわけじゃねぇしな」

「そうかい」

 ローレンはまたも鼻を鳴らして笑うと、リットからぶどう酒の瓶を取り上げて、リットのグラスに注いだ。

 そして二人は無言でグラスを合わせた。






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