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ランプ売りの青年  作者: ふん
漆黒の国の魔女編(下)

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第十七話

「いやよ」

 チルカはリットの目を見て冷たく言い放つ。焚き火の炎で陰影を付けたチルカの顔は酷く不機嫌なものだった。

「別に羽ごと寄越せって言ってるわけじゃねぇんだ。少しくらい協力って言葉に身を任せてもいいだろ」

 リットはチルカの羽を見ながら言った。

 チルカの羽は焚き火の明かりを受けて、星屑のようにキラキラと光っている。

 チルカはその羽を煩わしそうに閉じながら、ゆっくりと下に落ちていき、小岩の上に両足を置いた。

「百歩譲ってアンタに私の羽の鱗粉を提供したとしても……。――その鱗粉をハエに塗りたくるっていうのが気に食わないのよ!」

 チルカは小岩を親の敵のように何度も踏みつけ、怒りに強く羽を光らせた。

 太陽神の加護を受けた証の金色の髪が光を集めて反射させているのか、羽そのものが光を集める仕組みなのかはわからないが、妖精の羽に付いている鱗粉は一定の光ではなく感情豊かに光る。

 しかし、妖精の羽から落ちた鱗粉は一定の光を保ち、今のチルカの羽のようにいきなり強く光ったりすることはない。

 ランプの明かりを近づけたり、焚き火の炎だったり、光の強さが変わった時だけ鱗粉の輝きの強さも変わる。

 このままだとただの輝く粉になってしまうが、ヒハキトカゲのオイルや妖精の白ユリのオイルなど、燃焼性の高いオイルを使い一瞬だけ強い炎を上げれば、鱗粉から鱗粉へと次々に反射して光り、マグニの言うようなキラキラを作ることが出来る。

 これを空に浮かべる手段は、飛ぶものに付けるのが手っ取り早い。

 チルカのように妖精を数多く連れてこられるわけはない。近辺にはホタルもいないし、遠くで捕獲したとしても連れてくる移動中に死んでしまうだろう。

 黒雲のせいで草花が育たず、そのせいで蝶やハチなどの虫もブラインド村にはいない。

 数が多く、小さく、文字を書くように独特な軌道で飛ぶハエは、この暗闇に星空を作るには最も都合の良い素材だった。

「他にいねぇんだからしょうがねぇだろ」

 リットはもう一度頭のなかで思い浮かべるが、ハエの他に適当なものは思い浮かばなかった。

「ハエなんかじゃなくても鳥でいいじゃない!」

「んなのに鱗粉付けても、あっという間にどっかに飛んで行っちまうじゃねぇか」

「……でも。――でも他になんかあるでしょう! 考えなさいよ!」

「黒くて……固くて……嫌な光沢があって……どこの家にもいる虫もいるけど、そっちの方がいいのか?」

 リットが一言付け加える度に、チルカは深く眉をひそめていく。

「いいわけないでしょ! そもそも、私がアンタに協力する義務なんて一つもないでしょう。もう一度言うわ。――い・や・よ」

 チルカはわざわざ一音一音区切って声を響かせた。

「今まで集めた分じゃ足りねぇんだよ」

 リットはリュックから小瓶を取り出すと、焚き火の炎で照らした。小瓶の中は三分の一程妖精の鱗粉が保存されており、キラキラと光っている。

「……ちょっと、それ私の羽の鱗粉じゃないでしょうね」

「オマエの以外どこの妖精の鱗粉を集めるんだよ。オマエが水浴びした後の水から採取したに決まってるだろ」

 数秒の沈黙の後、チルカの体がワナワナと震え始め、歯ぎしりをするほど食いしばっていた口を大きく開けた。

「信じらんない! 乙女の残り湯をすすり飲むなんて、変態のやることよ!」

「あのなぁ……、飲むわけないだろ。小便か糞が混じってるかも知れねぇんだぞ。いくらオレが料理の味を気にしねぇって言ったって、あからさまに腹を壊すものは口に入れねぇって」

「……私をなんだと思ってるのよ。水の中で用なんか足すわけないでしょう。ちゃんと綺麗な水よ!」

「じゃあ、いいじゃねぇか」

「よくないわよ! それに、取れた鱗粉が勝手に生えてくると思ってるの?」

「思ってる。前に自分で言ってたじゃねぇか」

 蝶や蛾の鱗粉と違い、妖精の鱗粉は太陽の光を浴びればまた生えてくる。太陽と同じ輝きを持つ妖精の白ユリのオイルがあれば、チルカの鱗粉はある程度量産出来ることをリットはわかっていた。

「言っ……たわね。――でも! だからって、協力するのは別の話よ。光る羽っていうのは一つのアイデンティティーなの。そうですかって、簡単にあげるわけないでしょ。むしろ今まで勝手に取った分のお金を貰いたいくらいよ」

「なんだったら協力すんだよ」

「そうねぇ……。アンタが私の奴隷になるとか。それも一生ね」

「ありえねぇ」

 リットは顔色も変えずに即答する。

「切羽詰まってるなら、少しは考える素振りを見せなさいよ……」

「そんなに、オレに一生一緒にいて欲しいのか?」

「……なしね。それじゃあ……、これならどう?」

 チルカは地面につま先を立てて数字を書くと、最後に金額を強調するように数字の下に一本線を引いた。

「そりゃいくらなんでも高えよ。市場に出回ってるのだって、もっと安いぞ」

「私が適正価格なんて知るわけがないでしょ。だから時価に決まってるじゃない。バカねぇ」

「ローレンからむしり取るって言ったって限度があんだよ。これならどうだ?」

 リットは地面に書かれた数字の0を、靴底を擦りつけて二つ消した。

「話しにならないわ。飢え死にしそうなら、ただのパンに大金払ったっておかしくないでしょ? あら、アンタの目の前にパンを持った可愛い天使がいるわね。どうするの?」

「普通天使なら施してくれるんじゃねぇか」

「無償で救ってくれる天使がいるなら、世の中不幸な奴なんていないわよ」

 チルカは荒れた地面に再び0を二つ書いた。

「辛辣な意見だな。だいたい、そんな大金をどうするつもりだ」

 リットは靴底を擦って、書き足されたばかりの0を消す。

「研磨布を買うのよ」

「まだ銀食器のことを諦めてなかったのか」

「当然。可愛い私には、それ相応の物を使わなくちゃね」

「野菜ばっか食ってんだから、ナイフもフォークも必要ないだろ」

「スープを飲むのにスプーンは使うじゃない」

 チルカはリットの靴跡が残る地面に、今度は0を二つではなく三つ付け足した。

「たかがスプーン一本のために、この値段はぼり過ぎだ」

 リットは数字が書かれている地面を、端から端まで靴底で擦り消した。

「そんなの知ったこっちゃないわよ。金を払うか諦めるの二択しかないわよ」

 リットはわずかに眉を動かした。

 ドラゴニュートの鱗を使った研磨布を買う金はない。かと言って、他に妖精の鱗粉を手に入れる方法もない。

 妖精の鱗粉は市場に出回ること自体は少ないが、高級品というわけでもない。使い道があまりないからだ。一番の使い道としてドレスに使われる。キラキラ光る粉を混ぜた布を使ったドレスを着れば人の目を引く。自分を良く見せるための場にはピッタリの素材だ。

 しかし、上質なシルクの光沢には敵わず、上流階級の社交界では使われない。中流階級以下の晩餐会など限られた場所のためのドレスにしか使われなかった。

 そのせいで貴重品であっても、価値が比例しているわけではなかった。

 やはり、チルカから妖精の鱗粉を手に入れるしかない。

 いっそ適当に騙して了承しようかと思ったが、チルカはそれを見透かしたようにニヤニヤと笑みを浮かべている。

 金を払うと言っても、おそらく先払いを要求するだろう。

「仕方ねぇ」

 リットは重い口を開く。

「負けを認める?」

 チルカは勝ち誇った笑みを浮かべた。

「いいや。ここからもう一勝負だ」

 リットは負けじと悪どい笑みを浮かべると、妖精の白ユリのオイルが入った瓶をリュックから取り出して、投げるように焚き火にくべた。

 ガラスの割れる音が聞こえると、焚き火はまるで火口のように燃え盛った。一瞬リットの前髪を焦がしそうな程燃え広がったが、薪にしていた流木を黒々とした炭に変えて炎を弱めた。

 リットは火が消えきる前に新たな流木を薪に焚べた。

 元の穏やかな焚き火の炎になると、突然の火柱に言葉を飲み込んで立ち竦んでいたチルカが、弾けるような大声を上げた。

「危ないじゃない! 丸焦げになったらどうすんのよ! ――というより! 妖精の白ユリのオイルを無駄にするなんて、どういうつもりよ!」

「オレも悪魔じゃない。条件を緩めろって言ってんだ。妖精の白ユリのオイルを全部燃やして、オマエが弱る前にな」

 そう言ってリットは、もう一本、妖精の白ユリのオイルが入った瓶をリュックから取り出して、焚き火の上にかざした。

「仕方ないわね……」

 チルカは舌打ちを混じえて言った。そして、要らざる潜め声でリットと交渉し始める。

「だから――で――」

「なめんな。――に――だ――」

「――なんだから――の――それくらいしなさいよ」

「……明日までだぞ」

 リットは鼻を殴られたかのように強く顔をしかめると、立ち上がってリュックを拾った。

「あれー? 帰っちゃうの? 一緒に手をパチパチして遊ばない?」

 ノーラと歌に乗せて手遊びをしていたマグニが、手は動かしたまま顔だけをリットに向けた。

「ハープの練習しねぇなら、腹でも叩いて脂肪を燃焼しろ」

 マグニのお腹を強めに一つまみしたリットは、のしのしと歩いて行った。

「もー、いきなりなんなのー! なんでボクがお腹をつねられなきゃいけないのー!」

 マグニはつままれたお腹をさすりながら、不機嫌に歩いて行くリットを見ていた。

「たぶん、ただの八つ当たりっスよ。いや~、雷は高いところに落ちるって本当っスねェ」

 ノーラはマグニのお腹を見ながら染み染みと言う。

「落とされた身にもなってほしいよー。でも、なんでリットは怒ってたんだろう?」

「チルカが要因ってことは間違いないでしょうねェ。原因は旦那かもしれませんけど」

「ふーん。あの二人仲悪いんだー?」

「さぁ、どうなんでしょう」

「種族が違うことで起こるヘーガイってやつだね。もしくは意見のソーイ?」

 自分の言葉の意味をわかっていないのに、マグニはわかったような口ぶりだった。

「旦那は珍しいタイプっスから。同族の人間にも他種族に対しても、全く態度が変わりませんからねェ。誰にでも嫌味言いますし」

「……それって結局は良い人ってことなの?」

「人によるとしか……。別け隔てなく偏見の目を持っているってことで悪い意味もあるし、ある意味差別をしないという良い意味でもあるって感じっス」

 ノーラは言いづらいことを言う時のようにモゴモゴと口を動かす。

「キビキビ歩きなさいよ。グズ」と言うチルカと、言い返すこと無く歩く速度を上げるリットは闇に消えていった。



「明かりが足りないわよ、バカ。こんな辛気臭いところで水浴びなんて出来るわけないでしょ」

 宿屋の一室でチルカが嘲るように言った。布で一枚で隔てた向こう側で、不満とともに水音を鳴らす。

「……これでいいか」

 リットはランプの調節ネジを回して火を大きくした。明るくなったことで、布にチルカの頭の影がはっきり映る。

「今度から言われる前に自分で動きなさいよ。使えない奴ねぇ。……水に浮かべる花は?」

「無茶言うな。この村のどこに花があるっていうんだ」

「それを探して駆けずり回るのがアンタの役目でしょ。無理なら他のことでご機嫌を取ったらどう?」

「……ほらよ」

 リットは右手を伸ばして布の上からチルカに木の実を渡すが、チルカから飛んできたのは感謝の言葉ではなかった。

「殻は割って渡す。常識でしょう」

 リットの左手の中で、不自然に大きな音を立てて木の実の殻が割れた。

 震える手で殻の破片をどけて、木の実をつまみ上げてチルカに渡す。

 チルカは一度木の実を掴んだが、受け取る気配はない。

「少し炙ったのが食べたいわ。焦げたら承知しないわよ」

 チルカがそう言った瞬間布の上から高い放物線を描き、木の実が床に落ちた。

 リットは黙ってそれを拾い上げると、テーブルの上の蝋燭の火で炙り始める。

「ストレス溜まりません?」

 少し前に戻って来ていたノーラが、心配そうに尋ねる。

「別に」

 そう言ったリットの眼の焦点は合っていない。

「旦那、これ何本に見えます?」

 ノーラは指を三本立てて、リットの目の前でひらひら振った。

「二本」

「……大丈夫っスか? 私が立てた指は三本ですよ」

「一本食いちぎれば二本だろうが」

 リットは食いしばった歯をノーラに見せ付けるように唇を開いた。

「物騒なこと言わないでくださいよォ」

 ノーラはスッと後ろ手に指を隠した。

「その下品な言葉も禁止ね」

「……わかりましたよ」 

「そうそう。明日の昼までアンタは、私の言うことを聞く奴隷よ」

 チルカは布の向こうから調子の良い声を響かせる。今にも鼻歌を歌い出しそうなくらいに軽やかな声だ。

「なんでまた、そんな無茶な要求聞いたんスか?」

「これでも要求を緩めたんだよ」

「へー。わたしもやってみたいスねェ」

 軽い調子でノーラが言うが、リットは眼の焦点をノーラに合わせて目を吊り上げると、ノーラは「冗談スよ。そんなに睨まないでくださいな」と笑って誤魔化した。

「オレが地獄の苦しみに耐え抜いている間に、この瓶に集めとけ」

 リットがテーブルの置いた瓶の中では、プクプクと肥えたハエが十匹程音を立てて飛び回っていた。

「まぁた変なこと始めてェ」

 ノーラは瓶の中でハエの動きを目で追い、上下左右、右回り、左回りとぐるぐる視線を回す。

「活きのいいのを捕まえろよ」

「どのくらい捕まえるんスか?」

「これがいっぱいになるまでだ」

 更に空き瓶を四つ取り出してテーブル置いた。

「瓶の中にぎゅうぎゅう詰めにしたら、中のハエが死んじゃいません?」

「ハエの尻に油を塗って、妖精の鱗粉を付けたらすぐに外に離すからいいんだよ。どうせ、魚のゴミから離れていかねぇんだから」

「あぁ、それで……」ノーラは、ようやくリットがチルカの言うことを聞いている理由を理解した。

 小声で自分自身につぶいやいてから、ノーラは布に映ったチルカの影を見た。

 チルカの影は口を大きく開けたところだった。

「まだなの? 焦がしてんじゃないでしょうね」

「焦がしてねぇよ」

「焦がしていないです。でしょ。まったく、言葉遣い一つ直せやしないんだから」

 言葉とは裏腹に、布の向こうのチルカは気持ちよさそうに腕を伸ばす。

「旦那にしては珍しく我慢してますねェ」

「明日になりゃ、魚の餌にしてやる」

「聞こえてるわよ! ――まぁ、いいけどね。仕返しをするってことは、アンタが負けを認めたって証拠なんだから。それに――今日の水浴びの分だけで鱗粉が足りるのかしらねぇ」

 見透かしたようなチルカの言葉に、リットは負けを認めるような無言で返した。口は開かないまま、無言で炙った木の実を布上から腕を伸ばして渡す。

 今度はしっかりチルカが受け取る感触がしたが、木の実はリットの顔目掛けて飛んできた。

「焦げてるわよ。やり直しね」

 顔に当たり床に落ちた木の実は、ゴマのような小さな焦げが一箇所だけ付いていた。

「あと、あのしょぼくれた城に行ってハチミツを取って来なさいよ。走ってね。馬車を使うんじゃないわよ」

「なんでだよ。馬車使ったほうが早えに決まってるだろ」

「アンタの滑稽な姿を見るために決まってるじゃない。花も草木もない場所だけど、最高の気分ね。アンタをこき使うにはいい場所だわ」

 チルカは満足気に言うと、グリザベルがハープを弾いて聞かせた曲を鼻歌で奏ではじめた。






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