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ランプ売りの青年  作者: ふん
漆黒の国の魔女編(下)

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第六話

 リットの二日酔いが収まった翌日。妖精の白ユリのオイルの抽出の続きをしていると、沈黙の中でグリザベルが声を小さく響かせた。

「つまらん」

 同じくらいの大きさで本をパタンと閉じる音が聞こえる。

 グリザベルは本を読むのが早い上に、興味のないものはすっぱりと見切れる為、地下にある目ぼしい本はあらかた読んでしまっていた。

 グリザベルの興味があるものが何なのかはわからないが、知的好奇心をくすぐる本はいくつかあったらしく、いつのまにか勝手に本棚を自分の好きなように整理されていた。

 左から順に面白かったものが並べられているせいで、本の背の高さがチグハグに並べられ、噛みあうことのない歯車のようになっている。

「村長の家にでも行けばまだ本があるぞ。あそこは図書館も兼任してるからな。まぁ、あるのは殆どおとぎ話だけどな」

「そうではない。ここで過ごすのはつまらないと言っておるのだ」

「あのなぁ……。好きでついてきたんだから、勝手な文句を言うなよ」

「むぅ……。しかしだな……お泊り会というのは、お菓子を片手に夜通し話に花を咲かせたり、タロット占いの結果に一喜一憂したりするものではないのか?」

「……だからお泊り会じゃねぇんだよ。どうしてもやりたいなら、オレじゃなくてノーラに言えよ」

 リットは妖精の白ユリのオイルをボトルに移し替える手を一旦止めて、グリザベルの顔を見た。

 グリザベルは雨を知らせる湿った風が吹き付けてきたかのように、ふてくされたような顔をしていた。

「ノーラはすぐに寝てしまうではないかぁ……」

「チルカもいるだろう」

「チルカはいつも外をフラフラしておって見つからぬ……」

「それで、オレとルンルンお話がしたいと」

「そ、そうだ!」

 グリザベルは期待を込めた目でリットを見ると、照れ隠しのように笑い、声のトーンを少し上げた。

「あほか。オレがドキドキしながら夜中まで起きて、ワクワクするような話をする奴に見えるか?」

「見えぬ……」

「カボチャと話せよ」

「ジャック・オ・ランタンも口は聞けぬ……」

「一人でも延々わけのわからないことを喋ってられるだろ。二階に上がって部屋にこもってろよ」

「ええい! 影と違って喋ることが出来るのだから喋ればよいではないか!」

 グリザベルがどうにかしろと言わんばかりに机を叩くと、机の上でボトルの中のオイルが波打った。のらりくらりと揺れる波は、グリザベルが机を叩く度に大波へと変わっていく。

 蓋の閉まっていないボトルからオイルがこぼれそうになったところで、グリザベルはリットに地下の工房から追い出されてしまった。

「こら! 開けぬか! 我は暇で堪らぬ! 開けぬかぁ! リットぉ……」

 グリザベルは鍵のかけられた地下の工房へ続く扉を、机を叩いていた時と同じようにバンバンと叩く。

「なにしてんスか?」

 ノーラは不可解な面持ちで床にへばりつくグリザベルを見ている。

 グリザベルは慌てた顔を一瞬見せたが、体裁を取り繕うようにゆっくり立ち上がった。服についた埃を払い落とすと、ドレスを翻しながらノーラに向き合った。

「……なに、床が緩んでおったので打ち付けていたのだ」

「そんなとこ勝手に打ち付けたら旦那に怒られますぜ。――まぁそんなことより、くりくり毛の男の子見ませんでしたか?」

「むっ、侵入者か」

 グリザベルは大げさに眉間にしわを寄せると辺りを見回した。

「違うっスよ。男の子って言ったでしょう。かくれんぼしてるんっスけど、隠れるのが上手いんですよねェ」

「子供にして、隠恋慕とはませておるのう」

「ローレンじゃないんですから……。かくれんぼっていうのは、誰か一人が隠れている坊主たちを探して引きずり出す遊びっスよ」

 ノーラの説明にグリザベルは首を傾げた。穴熊狩りの様なものを想像して難しい顔をしている。

「……それはおもしろいのか?」

「おもしろいっスよ。グリザベルもやります?」

「我がか? そのかくれんぼとやらにか?」

「そうっス。まぁ、子供の遊びですし無理にとは言いませんけど」

「やる! ――いや、稚児の遊びというのも暇の潰しにはなるかもしれんの」

 グリザベルは興奮でカメのように伸びた首を、両手で押さえて冷静を装う。

「――といっても、最後の一人が見つかるまでは待ってくださいね。そしたらジャンケンして鬼を決めましょ」

「なにをしておるノーラ! 早く最後の稚児を探すぞ!」

 グリザベルはノーラを押しのけて、食器棚を開けたり野菜の入っていた空カゴをどかしたりし始めた。

「落ち着いてくださいって。二人も鬼がいちゃダメなんスよ」



 飛び跳ね、ぶつかり、転がる音。大量のウサギを放し飼いにしているような、遠慮のない音が響く。

ガラスに爪を立てたような、叫び声と区別がつかない笑い声がひっきりなしに騒ぎ立てている。

 地下の工房では、床板の隙間にこびりついた埃が振動で落とされ、粉雪のように舞っていた。

 一階では楽しそうな音も、地下の工房にいるリットは耳元で鉄を打たれているようにイライラを募らせた。

 リットは対抗するように大きな足音を鳴らして、階段を駆け上った。

「うるせぇぞ!」

 リットの怒鳴り声に騒いでいた子供達の動きが止まる。皆リットの方を向いていたが、視線はバツが悪そうに床を見ていた。

「だって他の家で騒いだら怒られるんっスもん」ノーラがモゴモゴ言った。

「この家だってオレが怒ってるだろ」

「でも、ほら。旦那って優しいですから。遊び場がない子供たちに、遊び場の提供をしてくれるって信じてますよォ」

「天気が良いんだから外で遊べよ」

 リットは窓に指差した。外では燦々と陽が降り注いでおり、詩でも読まれそうなくらい如何にも夏らしい夏の季節が広がっていた。

「そんな融通が利かない大人みたいなこと言わないでくださいな」

「ガキの融通を通してたら、あっという間にうちは廃屋だっつーの。ほれ、散れ散れ」

 リットが一歩踏み出して手をしっしっと払うが、子供たちは動かない。

「旦那の機嫌が悪いから外行きましょ。旦那の雷は根が深いところまで落ちますよォ」

 ノーラの言葉を聞くと、子供たちは何が楽しいのかキャッキャと笑いながら外に出て行った。

「おい! このゴミもちゃんと拾ってけ!」

 リットはノーラに声を掛けるが聞こえていないのか、返事の代わりにドアが閉まった。

「なんかガキにコケにされた気分だ……。オマエもそうなんだろ」

 リットはゴミと呼んだ黒い物体に話しかける。

「稚児は好かん……。わがままで、陳腐な言葉を使い、すぐに泣く」

 黒い物体の正体はうずくまっているグリザベルだ。自分のドレスに包まるようにして、部屋の隅で膝を抱えて丸まっている。

「誰かにそのまま言ってやりたい言葉だな」

「我ばかり見つかってつまらぬー! かくれんぼも、稚児も好かん! 好かんのだ!」

「そりゃ、ガキに混ざって大人がいたら見つかるだろ。その図体でどこに隠れるつもりだったんだよ」

 グリザベルはスッと指をさす。「……テーブルの下」鼻をすすり、目尻に溜まった涙を拭きながら言った。

「そりゃすげえ。ガキの目線にピッタリの場所だ。よく考えつくもんだ」

「うるさい! 我を馬鹿にするなぁ! 一度繙読したものは決して忘れぬ程の頭脳を持っているんだぞ!」

「その頭脳も宝の持ち腐れだな。ガキに翻弄されるんだから」

「ヨルムウトルに帰りたいぞ! 帰りたいんだ! 我は!」

「もう二、三日待てよ。チルカの分も含めて。妖精の白ユリのオイルがどれだけの量が必要かわからねぇんだから」

「もう固いパンも、不味いスープも嫌なのだ!」

「どうやって育ったら、そんな面倒くさい性格に育つんだよ……」



 グリザベルの我儘から三日後。リット達は馬車に揺られていた。

「もうちょっとのんびりしたかったんだけどな――」

 馬の蹄がカッポカッポと鳴り、リットの言葉を打ち消した。

「そういえばなんでヨルムウトルに戻るんっスか? 海がある街に行った方が良いと思いますけどねェ」

「なんかあったら行くかも知れねぇな。でも、まずヨルムウトルに戻って調べ直さねぇと。マーメイド・ハープの代わりになる物があるかもしれないからな」

「そうなんスか」どこか暗い声でノーラが言う。

 納得がいっていないように口元をむにゃむにゃ動かし、言葉を探しているようだった。

「海に行きゃなにかあんのか? 理由があるなら考えるぞ」

 ノーラは首を横に傾けておさげを揺らすと、リットの顔を覗き込んだ。

「いやー……、海魚はそれはそれは美味しいと聞きましてねぇ。私としては一度食べておくべきだと思うんっスよ」

「ほー、ほー、ほうか。食えるといいな」

 リットはあくびを噛み殺し損ないながら言った。

「ありゃりゃ? 連れて行ってあげようとかって気になりません?」

「飯を食うためだけに何ヶ月もかけて海に行けってか? ……明日死ぬってなったら考えてやるよ」

「そりゃ、無理ってことですねェ……。旦那が少しでも食に興味を持ってくれれば、私の人生バラ色なんスけど」

「ヨルムウトルに着いたら、影執事に美味いもんでも食わせてもらえ」

「ほーれすね」

 時間差でリットのあくびがうつったのか、ノーラも大きな口を開けてあくびをしながら答えた。


 それからまた数日経ち、カラザ山を超えたところ辺りで遠くに黒い雲が見える。

 ここからヨルムウトルに近づくに連れて薄暗くなっていくのだが、噂によく聞く『闇に呑まれる』という現象とは違うものだろう。

 やはりというべきか、リットは確信めいたようなものを感じていた。

 改めて遠くから黒雲を眺めると、ヨルムウトル王の醜い欲が渦巻いているようにも見えた。

「あっ! 魚っス!」

 ノーラが川に向かって指をさして叫ぶと、突然の大声にジャック・オ・ランタンが馬車を止めた。

「もういいだろ魚は。いいかげん海のことは諦めろよ。無視して走らせていいぞ」

 リットが言うと、ジャック・オ・ランタンは再び馬車を走らせた。

「違うっスよ。大きな魚がいたんス!」

 ノーラは腕を目一杯広げて、今見た魚の大きさを表現する。

「そういえば最初に来るときも言ってたな」

「そうっス。旦那は信じてくれなかったけど、これで確定っスね」

「川沿いを歩いてた時ならともかく、馬車の中から遠目では魚が跳ねたかわからんだろ」

「こーんな大きいんスよ」ノーラはさっきよりも心持ち腕を広げた。「小魚ならともかく、これだけ大きければ見逃しませんて」

 ノーラはずずいっと詰め寄り、リットに腕を広げさせた。自分の腕の長さで足りない分を、リットの腕を使って誇張して伝える。

「そんな大きな魚が存在してるの?」チルカは今いる中で一番賢そうなグリザベルに聞いた。

 自分が食べないことに加えて、森暮らしのチルカはあまり魚に詳しくなく、見たことがある大きな魚もリットが食べているような手のひらサイズの魚だった。

「ヤッティ・ヤリマス、アホウオ。どちらも魔女薬に使われるものだが、人間ほど大きいぞ。少し小さくはなるが鮭や雷魚もなかなかの大きさがある」

「どいつもこいつも図体ばっかり大きくなっちゃって。洗練された小ささってのがわかっていないのよねぇ」

「ふむ、おもしろい。妖精が小さき理由は我も知らなんだ」

「淑やかに主張しない胸。可憐にくびれた腰。儚げな細い脚。美とはこういうことなのよねぇ」

 チルカはグリザベルの手のひらに乗ると、片足でくるくると回って自分の容姿を見せつけた。

「……あまり身長と関係していないが、確かに小さき胸は機能性を重視しているな。飛ぶのに適した体の為にはあまり余計な肉が付かないようになっているのだろうか」

「グリザベルは主張し過ぎね。真珠のネックレスまで胸元にぶら下げて、見てくださーいって言ってるようなもんじゃないのよ――」

「オマエだって見てくださーいって光ってるじゃねぇか。見せびらかすほど乳も尻もねぇくせに」

「なによ! ――なによ――なによ――なによ! 私たちは野菜ばっかり食べてるから発育が悪いのは仕方ないの! わかる? リットがお酒ばっかり飲んでるから脳みそが小さいのと同じなのよ!」

 チルカが怒鳴ると、その度に羽が強く光った。

「別にいいだろ。乳なんて人それぞれなんだから」

「あら、いいこと言うじゃない。そういえばアンタは、排泄器官がついてるお尻の方が好きな変態だったわね」

「そうだ。だからオマエもいいかげん開きっぱなしの排泄器官を閉じて静かにしてろ」

「アンタも糞みたいなことしか言えない排泄器官を閉じたらどう? さっきから異臭が酷いんだけど」

 チルカは鼻をつまんで、ベーっと舌を出した。

「汚いは二人の会話ですよ。もうちっと仲良くしてもいいと思うんですけどね」

 ノーラは、自分の尻尾を追い掛け回している犬を見るような呆れ顔で二人を見る。

「だとよ。仲良くするか?」

「じょーだん。まずは土下座が先よ。それから、奴隷か下僕のどっちかに決めてあげる。アンタは奴隷の方が似合うと思うんだけど。どう? 一生私の世話をして生きるのよ」

「雑草を食わせて、緑の糞を掃除すりゃいいのか?」

「……妖精は糞なんてしないの」

 チルカはリットの鼻に自分の鼻をつけると睨みつける。

「よく庭に糞を撒き散らしてるだろ? 葉っぱの周りに」

 リットも睨み返すと、鼻を押し付ける力が強くなる。

「アレは青虫の糞よ!」

「ストーップ! 二人とも糞糞言い過ぎですよォ」

「そうね。……ちょっと取り乱したわ。レベルの低い生き物に合わせるなんて、どうかしてたわね」

 チルカはリットから離れると、深呼吸を繰り返した。強く光っていた羽が穏やかな光に戻る。

「なんでこう、面倒くさい性格の奴が周りに集まるんだ……」

「旦那も充分面倒くさい性格をしてますぜェ」

 そこからは特に口喧嘩もなく、上空に広がる雲のように、皆重々しく口を閉ざしていた。

 暗くなったせいでウトウトし始めていると、馬車にいる誰でもない声が響いた。

「見つけたぞ!」

 重なる男達の声で群がるように声を掛けられたのは、黒雲の下をしばらく馬車が走った後だった。






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