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ランプ売りの青年  作者: ふん
漆黒の国の魔女編(下)

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第二話

「快晴! 風は北北西。微風。言うことなしね!」

 チルカが陽の光に当たりながら気持ちよさそうに言った。

「入道雲に、それを押し流すほどの風。それに夏に北風が吹くわけねぇだろ」

「細かいことはいいのよ。それくらい気分が良いってことなんだから」

 馬車はリットの住んでいる町へ行くため、ヨルムウトルがあるザラメ山脈とは反対方向にあるカラザ山を越え、草原を歩いている途中だった。

 緑がまぶしい草原は、風で寄せるだけ。返ることはない。

 馬が一歩踏みしめる度に、青臭い夏の匂いがする。暑い日盛り。湿った空気が匂いを強くした。

 新品の幌というわけではなく多少埃臭いが、チルカはそんなことを気にせず、御者台近くの一番日光が当たる場所を陣取り、久しぶりの日光浴を楽しんでいた。

 馬車の奥では、グリザベルが具合が悪そうに荷物の鞄に顔をうずめている。

「大丈夫っスかァ?」

 ずっと続く同じ緑の景色に飽きたノーラが、退屈そうに足を交互に揺らしながらグリザベルに目を向けた。

「……我、漆黒を住処とする者。『聖女ガルベラ』が放つ後光のような日輪は、我が身を焦がし、再び闇へ消そうとする。……闇と光は相成れぬのか」

「漆黒の魔女も大変スねェ。太陽に命を狙われるなんて」

「引きこもり魔女が、いきなり陽のもとに出たから目が痛ぇんだろ。夜になると元気になって高笑いしやがって、オマエはふくろうか。んなとこに顔を埋めてると、いつまで経っても慣れないぞ」

 リットは幌を捲り、グリザベルの後頭部に日差しを浴びせる。カラスの濡れ羽のような艶のある長い髪に天使の輪を作った。

「やめい! 我を昇天させる気か!」グリザベルがくぐもった声で怒鳴る。

「ヨルムウトルを出てから何日経ったと思ってんだよ。いいかげん馬車の中くらい平気だろ。もうすぐで到着するぞ。町についても、ずっと馬車の中にひきこもってる気か?」

 グリザベルは反論することなく、しばらくそのままでいたが、鞄に手を付いてグッと体を起こして顔を上げる。恐る恐る薄目を開けると、ゆっくり馬車の中を見回した。

 ダークウッドの黒い床、薄汚れた幌、鼻歌を歌って体を揺らすノーラ、陽の光を浴びて透明な羽を輝かせているチルカ。最後に呆れ顔のリットを見る時には、グリザベルの目はしっかりと開けられていた。

「……我、光に打ち克つ者なり! ふはは!」

 グリザベルは高笑いを響かせると、鞄の上に腰を下ろし、偉そうに足を組んだ。

「あー……、うるせぇ。目を開けて大騒ぎなら、ハイハイをし始めたらお祭り騒ぎだろうな」

「旦那ァ。ハイハイってなんスか?」

「赤ん坊が最初に覚える仕事だ。家中を這いずりまわって床を綺麗にする」

「人間って生まれた時から働き者なんすねェ」ノーラは感心したように言ったが、リットの顔を見ると小首を傾げた。「やっぱり、そうでもないっスね」

「オマエだって、ドワーフの癖に怠け者じゃねぇか。つーか、ドワーフの赤ん坊はハイハイしないのか?」

「しないっスねェ。だって、足があるのに這いずるってワケがわかんないっスよ」

「オマエらドワーフは短い足だから、いきなり立ってもバランスが取りやすいんだろうな」

「そんな、カモじゃないんですから」

 ノーラが言い終えると、スッと二人に無言の時間が流れた。

 グリザベルの高笑いに混じって、馬車の外から喧騒とどよめきの声が聞こえてきた。ざわざわと異様な雰囲気が広がっていく。

「祭りでもありましたっけ?」ノーラが耳を澄ませながら言った。

「ないな。うちの町じゃ稲作もしてねぇし、秋の祭りもない。春にしか祭りはねぇよ」

「それじゃ、旦那のお出迎えっスかね?」

「んな馬鹿な」

 しかし、喧騒はリット達がいる馬車に向けられている。

「漆黒の魔女なる我のことは、山を超えたこの地にも広くあまねいておったか。ならば大衆に顔を見せてやるのが名士の役よ」

 ピタッと高笑いをやめたグリザベルが得意気に言う。

 その馬鹿げた発言に、呆れ混じりに答えたのはチルカだ。

「違うわよ。この町一番の愛され妖精のことを知らないらしいわね。みんな私の帰りを待ってたのよ」

「ふむ……。それは、お主のことか?」

「そうよ。今そう言ったじゃない」

「この町では、妖精が愛玩生物として扱われておるのか……。実に興味深い。しかしそれが一般大衆にも浸透してるとも考え難い、もしやリットは町の有力者で、お主はその愛玩生物なのか?」

「はぁ!」チルカは声を裏返しながら言う。「アンタ間違え過ぎよ。合ってるのは『アイガン』だけ。私はこの町の支配者。それもみんなに“愛”される。で、リットは“癌”よ。この町のカーストの最底辺よ。この街で、アホ、バカ、マヌケ、クルクルパー、臭い、ずぼら、乱暴者、ブサイクは、全部コイツのことを指す言葉なんだから」

 チルカは息も継がずにまくし立てる。なんとも晴れやかな顔で言い切った。

「そんなことないっスよ。貧乏とずぼら以外は呼ばれてませんて――」

 ノーラの後頭部で、乾いた気持ちの良い音が鳴った。

「……あと、乱暴者もっス」ノーラは自分の頭を擦りながら言う。

「オマエは一言多いって言われるだろ」

「それは旦那もっス。一緒一緒」

 ノーラはリットの手を握るとブンブン振り回した。ノーラの手は、リットの両手をがっしり包み込み、余計なことを言っても手が飛んでこないようにしっかりガードしていた。

 リットはその思惑に気付いていたが、目が合うとノーラはエヘヘと屈託なく笑って誤魔化す。途端にどうでも良くなったリットは、ノーラの手を振りほどくと、手を頭の後ろで組んで馬車の壁に寄りかかった。

 馬車には振動がなく、馬車が止まったの感じると、リットは御者台に目を向けた。

「あぁ、みんなオマエを見て驚いてたのか」

 御者台ではジャック・オ・ランタンが困ったようにリットを見ていた。ヨルムウトルを離れれば、魔法陣の効果が届かないため影執事たちはついて来れないが、ジャック・オ・ランタンは影とは別の生物なのでヨルムウトルを離れようが動くことが出来る。

 今が夜ならば恐怖の悲鳴の一つも上がっていたかもしれないが、真昼の太陽の下でみるカボチャ頭の姿は、なんとも言えない肩透かし感があった。

「旦那旦那。ほら」ノーラはリットの肩を突っついた。

「あん? あぁ、パン屋がある角を右に曲がって、五つ家を越したらオレの家だ」

 ジャック・オ・ランタンは頷くと、再び馬車を歩かせた。



「貧乏と言うわりには、一際大きな家に住んでるのだな」

 リットの家の前で馬車が停まると、グリザベルは馬車から下りずに言った。

「まぁな、裏庭には井戸もあるぞ。おかげでわざわざ広場まで水を汲みに行かなくて済む」

 リットは馬車から自分の荷物を引っ張りだした。久しぶりに自分の家を見たせいか、安堵のせいでやたら鞄が重く感じた。

 一旦鞄を地面に置いて馬車の中に目を向けると、目の前には新しい荷物が置かれていた。

「割れ物が入っておる。くれぐれも丁重に頼むぞ」

 馬車の奥で深く腰を掛けたままのグリザベルが、リットを見下ろしながら言った。

「こりゃ、オマエの荷物だろ」

「如何にも。あと三つ程ある。我が使う部屋まで運ぶことを許そう」

「……おい、ノーラ。しばらくしたらヨルムウトルに戻るんだから、いらないもの以外は棚にしまうなよ」

 リットはグリザベルの言葉を無視して、ノーラに話しかける。

「あいあいさーっス。……で、旦那。グリザベルの荷物は?」

「あと、家に入ったら、井戸から水を汲んどけ」

 リットは鍵をノーラに投げ渡すと、早く行けと手を払って急かした。

 ノーラは首を傾げながら鍵を受け取ると、家の中に入っていく。

 チルカは先に飛んで屋根を渡り裏庭へと向かっていた。

「さて……。あとで枕くらいなら持ってきてやるから、夜はおとなしくしてろよ」

 リットはグリザベルにそう言うと、地面に置いていた自分の荷物を持って背を向ける。

「待てい! 我を家に入れぬつもりか!」

「自分で荷物を運べないならしょうがないだろ。良かったな。そこなら荷物を運べなくても、不自由しないだろ」

 リットは振り返らずに、後ろ手に手を振って歩き出す。

「野盗が出たらどうする!」

「んなもんこの町にこねぇよ。もっと金持ちの住む家がある街を狙うだろ」

「ならば、暴漢が出て襲われたらどうする! 我の貞操の危機ぞ!」

「ローレンがいねぇんだ。その心配はいらねぇよ」

「ならば……なら――!」

「虫よけなら自分で用意しろよ」

 リットが去っていこうとすると、グリザベルがリットのシャツを掴んだ。肩辺りを弱々しく握っている。

「影執事がいないんだから、しょうがないではないか……。我一人では運べぬ……。手伝ってくれんかぁ、リットぉ……」

「最初からそう言え。せめて一つくらいは自分で運べよ」

 リットは大鞄三つを馬車から引きずり出して、地面に置いた。

 グリザベルは「ふぬ! ぬぬぬぬぬっ~~!」と力が入っているんだか、抜けているんだがわからない声を出して鞄を持ち上げようとするが、鞄は一向に宙に上がらない。諦めて押し出そうとするが、やっと一センチ動いただけだ。

 その姿をジャック・オ・ランタンがハラハラしながら見守っている。

 リットはあくび混じりに空を泳ぐ雲を見上げながら、グリザベルが馬車から出るのを待っている。

「アンタは帰ってくる度に、不思議な生き物を連れてくるねぇ」

「……百年生きそうな婆さんってのも、充分不思議な生き物だと思うけどな」

 リットに声を掛けたのはイミル婆さんだ。訝しげにジャック・オ・ランタンに視線を送っていた。ジャック・オ・ランタンの容姿を下から上まで一通り眺めると、リットの方を向いた。

「わたしゃ、まだ七十歳だよ。充分女盛りさ」

「いつまで人生充実してるつもりだよ。いいかげん落ちるとこ落ちないと、生物ですらなくなるぞ」

「久々に帰ってきたと思ったのに、相変わらず口が減らないねぇ。年寄りだと思ってるなら、顔を見せて安心させてやろうとか思わないのかい」

「今帰ってきたばっかりなんだよ。どうせ食うもんないし、後で顔を見せるついでにパンをせしめに行くつもりだったよ」

「そうかい。殊勝なことを言うようになったもんだ。――さて、リット。元気なのはいいけど、汚れたままの服を着てるってのはどういうことだい?」

 イミル婆さんはリットの黒い服を見ながら言った。

「こりゃ、染め直したんだよ。言うほど汚れねぇぞ」

「言い訳はいいから脱ぎな。わたしが洗ってあげるよ」

 イミル婆さんはリットの背中を叩き、腰を曲げさせるとシャツを無理やり脱がせた。

「おいおい、なにも外で脱がせるこたぁないだろ」

「わたしゃ、アンタが裸ん坊で走り回ってた頃から知ってるんだ。今更恥ずかしがることもないだろう」

「んな小さい時にこの村にオレはいねぇよ」

「私にとっては同じようなもんさ。アンタもだよ! 脱ぎな」

 イミル婆さんは馬車にいるグリザベルに声を掛けた。

 いきなりの大声にグリザベルは、住処の穴の中で外の天敵が去るのを待っている小動物のようにビクッと体をすくませた。

「我はよい」

「いいわけないのは自分でわかってると思うけどねぇ。ドレスなのはいいとして、真っ黒に汚れてるじゃないかい。やれやれ、アンタも私が無理やり脱がせないとダメかい」

 イミル婆さんは「よいしょ」と掛け声をあげて袖をまくると馬車に乗り込む。そしてグリザベルのドレスを掴んだ。

「な、なにをする! 我は漆黒の魔女グリザベルぞ!」

「そうかい、それならわたしゃ全知全能の神様だよ。いいから脱ぎな。年頃の娘がほつれたドレスなんて着てるんじゃないよ、まったく」

「これ、脱がすでない! ほつれたのは、お主が引っ張ったからであって――」

 グリザベルの白く細い肩が見えたところで、リットは馬車の床を叩いた。

「おーい」

「リット!」

 グリザベルは助けを求めるような目でリットを見た。

「荷物は運んどいてやる。その代わりオマエはイミル婆さんの相手だ。年寄りは若者の世話焼くのが好きだからな」

「生言うんじゃないよ。アンタ達が、世話になるようなだらしない生活をするからいけないんだよ。――ほら、暴れるんじゃないよ」

「脱ぐ! 我は自分で脱げる! 脱げるのだ!」

 リットは悲鳴にも聞こえるグリザベルの言葉を聞くと、ジャック・オ・ランタンの頭を掴んで引きずって家に入っていった。



 グリザベルの荷物を二階の部屋に置いたリットは、一階の居間でノーラと一緒に寛いでいた。

 一時間程すると、店と繋がるドアが開き、憔悴した顔のグリザベルがのろのろと重い足取りで入ってきた。

「よう、村娘A。遅かったな」

 グリザベルは黒いドレスではなく、絹のエプロンドレスを着ていた。

 グリザベルは早足でリットの元まで向かうと、テーブルを蚊を潰すように勢い良く叩いた。

「あ痛っ!」

 細い手でテーブルを叩いても大した音は出ず、グリザベルはジンジンと痛む手を押さえる。

「……なにやってんだ」

「やはり、暴漢に襲われたではないか!」

「婆さんだぞ。暴でもねぇし、漢でもねぇよ。まっ、家に入れたんだしいいだろ」

「家か……」グリザベルは部屋の中を見渡す。そしてトーンは違うが、同じ言葉を言った。「家か?」

 長い間家を空けていたせいで、埃まみれの部屋。それを気にすることなく、埃まみれの椅子の上に腰掛けるリット。

 ヨルムウトル城は生活するスペースは綺麗になっていた。言うまでもなく影執事達が掃除をしてるからであり、自分の生活する城よりも汚れたリットの家を見て、グリザベルは驚愕している。

「台所もあって、テーブルもあって椅子もある。二階にはちゃんとベッドもあるぞ。これが家じゃなかったらなんだって言うんだよ」

「廃屋を勝手に使っているのではなかろうな」

「オレの家だよ。仮に廃屋だとしても、廃城を根城にしてるオマエに言われたかねぇよ」

「我はちゃんと掃除をしておるぞ」

「影執事が、だろ。オマエは影執事がいなけりゃ自分の荷物さえ運べねぇじゃねぇか」

「我の力で、魂を影に繋ぎ止めたのだ。我が掃除していると言っても過言ではない」

「結局なにが言いてぇんだよ」

「家とはもっと綺麗なものだ」

「そうっスか? 我が家って感じですけどね」

 ノーラはテーブルを指でなぞり、指についた埃をフッと息を吐いて飛ばした。

 舞い上がった埃は陽の光を浴びて、新雪のようにきらめく。

「――もしや――我の部屋というのも――」

「埃まみれだな」

 思っていたとおりの答えが帰ってきたことによって、グリザベルは落胆で肩を落とした。

「……そんなとこで寝とうない」

「そりゃ、勝手だからいいけどよ。嫌なら馬車で寝ろよ」

「……それは寂しいから嫌だ」

「金さえ払えば、この町には宿屋もあるぞ」

「……知らない人のところに泊まるのも嫌だ」

「なら、帰るか?」

「……嫌だ」

 グリザベルはふてくされてるように、話し出しを小さくしながら声を出している。

「まっ、オレだって埃まみれの中で寝るつもりはないけどな。もう少ししたら掃除をさせられる」

「なら、そんなにイジワル言うことはないではないかぁ……」

「……どうせ次にイジワルされるのはオレだからな。先に憂さ晴らししてんだよ」

「なにを言っておる――」

 グリザベルの言葉を遮るようにドアが乱暴な音を立てて開くと、掃除道具一式を持ったイミル婆さんがツカツカと部屋の中へと入ってきた。

「こら、一息つくのは早いよ。疲れが出る前に動いちまいな」

 イミル婆さんはリットに雑巾が掛かった木バケツを押し付ける。

「はいはい。床でも拭けばいいんだろ」

「「はい」は一回でいいんだよ。それにリット。アンタは男なんだから力仕事は全部やるんだよ。布団も全部庭に干すんだよ。それに工房もしっかり掃除しな。それが終わったら、こっちを手伝う。わかったかい?」

「……オレだけやること多いだろ」

「なんだい。アンタの工房を勝手にいじってもいいのかい?」

「……わーったよ」

 リットは渋々といった具合に、椅子から立ち上がった。

「ふはは! お主も子供みたいだぞ。リット」

 グリザベルは今までの仕返しとばかりに笑った。

「オマエはそのうちなーんも言えなくなる」

 リットは意味深な言葉をグリザベルに投げかけると、裏庭にある井戸へと向かっていった。

「アンタはその服似合ってるねぇ。娘のだけど、サイズが合ってよかった。別嬪さんに着て貰って服も喜んでるよ」

 イミル婆さんは、グリザベルを褒めるように言った。

「そうか……!? ふむ、質素というのも悪くない」

 グリザベルはテーブルに置いてあったランプの火屋ガラスに映る、半透明な自分のエプロンドレスの姿を見て満更でもなさそうに笑った。

「――うんうん。その格好だと掃除が好きそうに見えるよ。アンタは、リットが水を汲んできたら拭き掃除だよ。埃を散らさないように気を付けるんだよ」

「まて、我は客人だぞ! 客人は掃除をせぬ!」

「何言ってるんだい。私が掃除をするって言ったら、お客様だろうが、王様だろうが、みんな掃除をするんだよ」

「なんの権限があって――」

「わたしゃ神様だよ。ほら、雑巾を絞って」

 リットが戻ってくるのを目敏く見つけたイミル婆さんは、グリザベルに雑巾を渡すと、背中を叩いて急かした。

「こ、こうか?」

 勢いに負けたグリザベルは慌てて雑巾を絞る。

「もっと、しっかり絞らなきゃダメだよ」

「ぬぬぬっ! どうだ?」

 グリザベルが絞った雑巾は、端からだらだらと水滴が漏れるように垂れている

「まったく……力がない子だねぇ。絞るのはやるから、テーブルを拭きな」

「人使いが荒いぞ……」

「荒いのはアンタの掃除の仕方さ。こう、半円を描くようにして、一箇所に埃を集めるんだよ」

 イミル婆さんがテーブルを拭くと、埃まみれのテーブルに綺麗な木目が顔を出した。

 グリザベルも真似するように、雑巾を持った手を動かした。

「こうか?」

「そうそう、筋がいいね」

「そ、そうか? 我にかかれば、掃除も赤子の手を捻るよりも容易きことよ!」

 グリザベルは、イミル婆さんに言われるがまま次々と部屋中を拭いていく。

「扱いやすい子だねぇ……」






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