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ランプ売りの青年  作者: ふん
漆黒の国の魔女編(下)

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第一話

 カナブンは遠くの僅かな光を求めて飛ぶ。壁にぶつかり地面に落ちても、しばらくすると何事もなかったかのようにまた飛び始める。

 小さい体の割には、やたらと重量感がある衝突音。自分の体にぶつかってくれば、僅かな痛みを感じるほどだ。

 リットが持つ燭台に立てられた短いロウソクを通り越し、鎖骨辺りにぶつかってきたカナブンは、この世の全てが気に喰わないと言っているような変に高い舌打ちを響かせた。

「機嫌が良さそうだな」

 リットはそのまま通り過ぎて行こうとする“光る”カナブンに手を伸ばして行く道を塞いだ。

 またも舌打ちが聞こえると、「あーん?」と唸り声から入る、低く機嫌が悪そうな声の主が顔を上げた。

「臭い息を吹きかけてくるから、オークかと思ったわよ」

 チルカは手に持っていた干し肉を肉食獣のように乱暴に食いちぎると、くちゃくちゃ音を立てて咀嚼しながらリットを睨んだ。

 太陽も出ていない、妖精の白ユリのオイルもない。チルカは、足りない栄養を苦手な肉を食べて補わなければいけなくなっていた。

「肉を食う妖精か……。見世物小屋に高値で売れそうだな」

「こんなに可愛いんだもん。肉なんか食べてなくったって高く売れるわよ」

 チルカは難しい本を呼んでいるようなしかめっ面で、誰かの命令に従うかのように肉を食べ続けている。

「なんだ、元気じゃねぇか」

「そんなことないわよ。頭痛はするし、動悸はするし……。今にも死にそうよ。美人薄命って言葉、アレって本当ね」

「頭痛と動悸で死にそうになるなら、確かに薄命だな。厚いのは面の皮だけか」

「アンタには厚意って言葉がないの?」

 咥えた干し肉を上下にもそもそと踊らせながら、チルカは片眉を吊り上げた。

「近いうちに一旦家に帰るからな。それまでは、せいぜい美人を気取って苦しむしかないな」

「いつ帰るの?」

 チルカが少し食い気味に言う。

 なんだかんだ言っても本当に参っているらしく、日の当たる場所に行くなら今すぐにでも行きたいといった雰囲気だった。

「今日にでも――と言いたいが、修理が終わるまでは無理だな」

 オークの村で手に入れたヒッティング・ウッドを運ぶ為に幌を取り払ったため、骨組みをして新たな幌を取り付けるまで帰ることは出来ない。

 馬車の修理が出来るのはジャック・オ・ランタンしかいない。枝で出来た手のジャック・オ・ランタンだ。自分の顔を掘ることは出来ても、そんなに器用とも思えない。一週間は掛からないかもしれないが、二、三日は掛かるかもしれない。

「なによ、期待を持たせて」

「どうせ四六時中妖精の白ユリのオイルを使ってたんだろ。自業自得だ」

「アンタと違って、いちいちランプの火をつけたり消したりするのは一苦労なのよ。自分の体と同じくらいの長さの木の棒を持ってみなさいってのよ」

 マッチを木の棒と称するあたり、いかにも妖精らしい言い分だった。人間ならばステッキサイズのマッチを持つようなものだ。確かに面倒くさい。それに加えて浴槽みたいなサイズの火屋を取り外すなど、とてもじゃないがやってられない。

 フェムト・アマゾネスの集落での経験で、自分の大きさと合わないものに囲まれて生活するのはただならぬ苦労があるのがわかったリットは、いつものように軽口を挟まなかった。

 リットの理解を示したような瞳が気に入らないのか、チルカは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

「人が歩み寄ったってのに、その顔はなんだっつーんだよ」

「歩み寄っても無駄よ。妖精は飛ぶの。人がバカ面してのこのこ歩いてきたところを見下ろしながらね」

 チルカは手を開き、両手の親指をそれぞれ頭の左右につけて鹿の角のようにすると、頭を揺らしながらリットに向かって舌を出した。

「……オマエは本当に具合が悪いんだろうな」

「女の子の微妙な表情を読み取れないからアンタはモテないのよ」

「小さすぎて、虫眼鏡がなけりゃ顔かケツかもわからねぇよ」

「やってみなさいよ。羽の光を集めて燃やしてあげるから」

 チルカは弱々しく光る羽をリットに向ける。

「夏だからって調子に乗ってんじゃねぇよ」

「……どういうことよ」

「夏になると、発情して光る奴がいるだろ」

「……。――だからっ! 私はホタルじゃないって言ってるでしょ!」

「蛾よりマシだろ」

「あーもー! アンタと話してると胸がムカムカしてきたわ」

「じゃあ、ついて来るなよ」

 リットは耳元で大声を出すチルカを邪険にする。

 力なくフラフラと飛ぶチルカは、リットの右耳に怒鳴ったり、左耳に怒鳴ったり、いつも以上にうるさく感じる。

「道がわからなくなったんだからしょうがないでしょ。だいたい無駄に広すぎるのよ、この城は。似たような廊下ばっかり作って、妖精のことなんか一つも考えてないんだから。飛び回る身にもなってほしいわよ」

 とうとうチルカは、リットだけではなく城にまで悪態をつき始めた。

 そして、まだ不味そうな顔をして肉を食べている。一噛みするごとに、機嫌はより悪くなっていくようだ。

「この城は宝の山とか言って喜んでたじゃねぇか。ゴミを拾って」

「探しても探しても、錆びたり壊れたりしたものばっかりよ。ようやく見つけた使えそうな物は花柄の袋だけよ」そう言ってチルカは小汚い布をリットに見せた。「これなら洗えばどうにかなるわ。ナッツ入れにでも使おうかしら」

「元からナッツ入れだし、ちょうどいいじゃねぇか。二つまでしか入らねぇけどな」

「なによそれ。どれだけ大きい木の実を入れるって言うのよ」

「こんなもんだ」

 リットは人差し指と親指の先端をくっつけてオッケーサインを作った。出来た指の輪は、クルミくらいの大きさになっている。

「確かに、普通よりはちょっと大きいけど……。それでもこの袋に数十個は入るじゃない」

「まっ、人によってサイズは様々だけどな。――あんまりいないんじゃねぇか? 男物の下着に食い物を入れる奴は」

「……それじゃあ、アンタが言ってたナッツっていうのは――」

 目を大きく見開いたチルカは、同じように口まであんぐりと開けた。

「――玉だな。袋に入れるんじゃなくて、袋をしまうんだ」

 面白そうなリットとは裏腹に、チルカはこの世の終わりのような顔をしている。

 チルカは、ハッと何かに気付いたように眉を上げると腕を振り上げた。

「――最っ――悪っ――!」チルカは下着を叩きつけると、リットの肩で手を拭く。「本当に最悪! ありえないわよ! もっと早く教えなさいよ! 私が顔を埋めたらどうするつもりよ!」

 チルカは矢継ぎ早にリットを怒鳴りつける。

「洗えば綺麗になるんだからいいだろ」

「アンタは、自分の洗ったパンツに包んだものを食べられるって言うの!」

「オレは妖精じゃねぇんだ。そんなことして食わねぇよ」

「妖精だって食べないわよ! まったく、男が花柄のパンツなんて履いてんじゃないわよ。……廃城じゃなくて、普通の城ならこんなことにならないのに」

 まだチルカは執拗にリットのシャツで手を拭いている。手が擦り剥けるじゃないかと思うほどシャツで擦ると、恐る恐る臭いを嗅いで確認していた。

「そりゃいい。普通の城で物を盗ったらいいこと尽くめだ。臭い飯に昼寝までついて、死ぬまで面倒見てくれんだからな。今度、手近な城の場所を教えてやるよ」

「苦労が水の泡になった乙女に言うことがそれ? もっと優しい言葉とかないの?」

「そっちは楽なガラクタ漁りでいいじゃねぇか。こっちはフェニックスを作るためにオークの村まで行ってきたっつーのに」

「まさか、本当にフェニックスを作るなんて馬鹿げたこと信じてるの?」

「信じてはねぇよ。結構期待はしてるけどな」

「意外ぃ」

 チルカは語尾を上げて言うと、胡散臭いものを見るような目でリットを見た。

「オレは別にフェニックスじゃなくても構わねぇけどな。光る鳥が出来たら、それだけでも物好きに売れるだろ」

「アンタはお金のことしか頭にないのね」

「金がなきゃ人間は生活出来ねぇんだよ。衣食住全部金だ。さっきオマエが捨てたパンツもな」

「……忘れたいんだから、蒸し返さないでよ」



 チルカを連れて自分の部屋に戻ったリットは、苛立たしく椅子を蹴って机から離すと乱暴に腰掛けると、ソファーにいる人物に舌打ちを鳴らした。

 先に部屋にいたノーラはうんざりとした様子で机に突っ伏していた。

「僕はね。会えない時間が愛を育むなんて言う馬鹿な男達とは違うんだよ。愛は育むんじゃなくて、満たすものさ。満たすには近くにいなきゃね」

 ローレンはミスティの膝に頭を乗せていた。と言っても、ミスティは実態を持っていない影なので、ローレンは首を上げて無理やり膝枕風に見せているだけだった。

 ローレンの優雅に話す声は若干震えていて、無理な体勢がたたっているのがわかる。それでも顔はいつもどおり涼しげにすましているのが、変に不気味だった。

「なんでこの馬鹿は人の部屋でイチャついてんだ」

「知らないっスよォ」

 ノーラはリットの言葉に首を傾げる。突然やって来たかと思えば、突然イチャつき始める。ノーラにとってもローレンの行動は不可思議だった

「首のトレーニングならよそでやれよ。いいかげんキツイだろ」

 リットは尻を椅子から少しずらして、だらしなく体を傾けると足を組んだ。次に腕を組んでローレンを睨む。

「ははは! なにを言ってるんだいキミは。僕の頭はミスティの柔らかい太ももに置いてあるんだ。キツイなんてことはありえないよ。極上の時間さ」

 ローレンはリットの方へ顔を向けたが、肩が不自然にふるえている。

「ねぇ、ミスティ?」とローレンが聞くと、ミスティは微笑みで応えるように首を軽くかしげた。

「女好きってのも大変なんスねェ」

 関心したような口ぶりだが、ノーラの表情は心底呆れたような顔だった。

「女好きどころか、影絵に興奮する変態にしか見えねぇよ。平面に興奮したけりゃ、アラスタンの絵画でも買えよ」

「しっ!」ローレンは人差し指を口につける。「失礼なことを言わないでくれたまえ。彼女に聞こえたらどうするんだい。気分を害するだろう」人差し指を口から離すと、人差し指をリットに向けて、子供に注意するように振った。

「聞こえてても、なーんも言えやしねぇよ」

「まったく……。せっかく僕達のことを見せつけに来たのに……。気分を害する男だよ、キミは」

「そりゃどうも。おかげで滑稽な姿を充分に堪能させてもらってる。――その様子じゃ、村に一回帰るのにはついて来ないな」

「当然」ローレンはリットを見ずに、「いってらしゃい」とでも言うにように手をぞんざいに振った。

「――ならば我がついて行ってやろう」

 仰々しくドアを開けたグリザベルが、わざと足音を鳴らしながら部屋に入ってきた。

「立ち聞きもいいけどよ、普通に入ってこいよ」

 グリザベルは都合の悪いところは無視して話し始める。

「マーメイド・ハープについては何もかもが不透明だ。我の知恵が必要になるだろう」

 グリザベルは歩いて来てテーブルの近くに立つと、軽快に指を鳴らす。音が響くのと同時に玉座をもった影が現れ、グリザベルが座れるように設置した。

 グリザベルは玉座に、どっぷり腰を付けると「悪い話ではなかろう」と偉そうに言った。

「……悪いのは話じゃなくて、頭の方だな。オマエは、何回オレに街灯ゴーレムの話をさせれば気が済むんだ?」

 グリザベルはそう来るのはお見通しだと言わんばかりに、余裕の笑みを見せる。

「本来ならば疾うに解けておるはずだ。ヨルムウトル上空に溜まっている雲があるだろう。おそらくアレのせいでおかしくなったのだ。我が街灯をゴーレムに改造した時は、ヨルムウトルはこんな状態ではなかったからな。それに確かに夜に動くように命令はしてあるが、人目があれば止まるようにとも命じておる。街灯ゴーレムが術式通りに動かず、奇矯な振る舞いをするのもそのせいだろう」

「だいたいこの雲はいつからあんだよ」

「我が魔法陣を使い、魂を影に移してから暗雲が覆ったから……二、三ヶ月前と言ったところだ」

 グリザベルは得意顔から一転。言ってから「しまった」という顔を浮かべた。

「オマエがヨルムウトルの藪をつついたら蛇が出てきたってことか」

「……ヘビではなく、クモだ」

 グリザベルの精一杯の意味のない反論は、リットに火をつけた。

「つまり……。――オレは――オマエの――尻拭いを――してるって――わけだな?」

 リットは一語一語区切り、ゆっくりグリザベルに言った。

「よかったっスね、旦那ァ。お尻好きっスもんねェ」

「オマエが漏らした糞を拭けってのか? いよいよオムツが必要だな」

 リットはノーラを無視して話を進める。

「……だから、我は赤子ではない」

 グリザベルはリットを怒らせないよう小声で控えめに言った。

 リットがなにか言おうと大きく息を吸うと、タイミング良くローレンが割って入った。

「幼児プレイを要求するなんて、キミのほうがよっぽど変態だよ」

「オマエもいいかげん乳離れしろよ」

 ミスティは不自然なほど胸が大きくなっていて、それがローレンのリクエストだというのはすぐにわかる。

「膝枕をされて、相手の顔が見えないのは初めての経験だよ」ローレンはリットの言うことなど全く気にしていない。「――いいじゃないかリット。女性には深く聞かないものだよ。それを全て受け入れるのが男ってものさ」

「そうっスよ。今の話じゃ、雲を晴らすまでブラインド村の街灯はどうしようもないみたいですし。グリザベルもたまには日に当たらないと枯れちまいますぜェ」

「太陽に当てた方が枯れるだろ」

「ありゃ、そうでしたっけ。洞窟暮らしにはわかませんなァ」ノーラはどこかとぼけた顔で言う。

 グリザベルは、リットの様子を伺うようにチラチラ視線を合わせている。その姿は王座に不釣り合いな子供のように見えた。

「オマエ、やけにグリザベルを庇うな。なんでだ?」

「いやァ、村の子供を思い出しましてねェ。友達作りが下手な子がいるんっスよ。「あーそぼっ」の一言が言えない時は、こっちから誘ってあげるのが一番っスよ」

「遊びに行くわけじゃねぇんだけどな……。――来るか?」

 リットがそう言うと、グリザベルは待ってましたと言わんばかりに笑顔になったが、すぐに体裁を繕うように真顔になると「ふんっ」と鼻で笑った。

「そこまで言うのならば……行ってやろう」グリザベルはじっくり溜めて言うが、次の瞬間、既に声が高くなっていた。「――実はもう行く用意はしてあってだな」

 グリザベルが指を鳴らすと、玉座を持ってきた影が、今度は大きなカバンをいくつも部屋に運び入れた。

「寝間着に、トランプにタロット。万が一寝付けない時の為の魔道書も持った。――忘れていた。陽の下に出るのならば日除けも必要だな。我は泳げぬから、川遊びに誘っても無駄だぞ。山で木の実を集めるのならよいが。……となると、カゴも必要か。むむぅ……。今一度整理をしなくては――」

 グリザベルはリットの部屋で鞄を開けると、荷物の確認を始め出した。

「なんか、お泊り会の準備みたいっスね」

 グリザベルに感化されウキウキ声のノーラと違い、リットの声は暗かった。

「しかも、全力で楽しむつもりみたいだな……」






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