第二十話
下品な笑い声に、猿のように手を叩く音が響いていた。
話の内容は自己顕示欲を満たす力自慢か、聞くに堪えない下ネタのどちらかで、その雰囲気はどこか町酒場に似ている。
いくつかに別れたテーブルの一角で一際大きな声が上がった。
「つまり、男のモノだろうと道具だろうと『返し』が大事なわけよ。前のヤツみたいに。みんなもそう思うだろ?」
黒い髪のフェムト・アマゾネスが丸太を合わせて作ったテーブルを叩く度に、樹皮が削れて木くずが舞った。
その木くずはテーブルにある鳥の丸焼きに掛かるが、フェムト・アマゾネス達は手で払うことはなく、木くずが掛かったままの肉を食べている。
「返しがあっても、肝心なところに届かないんじゃ無意味だと思うが」嬉々として話す黒い髪のフェムト・アマゾネスに、青い髪のフェムト・アマゾネスが鼻毛を抜きながら答える。抜いたばかりの黒々とした鼻毛を涙目で一度眺めると、指で弾いて捨てた。
「長くても返しもなにもないんじゃ、そこらに落ちてる棒でも変わりは出来るからね」黒い髪のフェムト・アマゾネスは真っ直ぐに腕を伸ばす。「やっぱり、これくらい立派な返しがついてないと」そう言うと手首を内側に傾けた。
「だからよ……。それを止めてくれって言ってんだ」
リットは酒樽くらいの大きさのコップに手を突っ込んで、すくい取った馬乳酒をすすり飲みながら言う。
猥談の始まりは、オークが童貞を捨てたがっているとリットが話してからすぐに広がった。
ブホホが言っていた村を出たオークは、やはりフェムト・アマゾネスに襲われたということで間違いなさそうだ。
これで、フェムト・アマゾネスはオークに対して嫌悪感や、嫌い、気持ち悪いといった感情を抱いていないことがわかった。むしろ、受け入れ体勢に入っている。
女性でオークを嫌わないのは珍しい。繁殖期で少々盲目的になっているだけかもしれないが、オークが童貞を捨てられるなら、盲目だろうが、催眠術に掛かっていようがどうでもいいことだ。
リットはざっと辺りを見回した。
リットが乗っているテーブルの周りにいるフェムト・アマゾネス達は、片膝を立てたり、椅子の上で胡座をかいたり、テーブルに足を乗せている者もいる。当然汚れた下着は丸見えになっており、慎みがないことこの上ない。
これでも男のリットがいるから多少は気を使っているらしい。
別のテーブルで集まっているフェムト・アマゾネス達は、パンツ一枚の姿で馬乳酒をあおっていたり、脱いだシャツで脇の下をふいていてそのシャツを臭ったり、あの村にいるオークじゃなくても、この有り様を見たらご遠慮願いたくなるだろう。
「アタシは中太りの方が好きさね」
ブリジットの言葉に、リットはため息も出ないほどあきれ果てていた。
「そういうことじゃなくてよ」
「わかってるわかってる。オーク達は女に幻想を抱いてるんだろ? 白いドレスでも着て、お出迎えしようかね。ナハハ!」
黒髪のフェムト・アマゾネスが、つばを飛ばしながら盛大に笑った。
「アタシ達は童貞だからって差別はしないよ。それにだいだいの男は、二、三回やれば多少は慣れるさね」
ブリジットはコップを手に取って馬乳酒を飲むと、口の端からこぼれた馬乳酒を手で乱暴に拭き取りながら言った。リットが馬乳酒に手を突っ込んでいたことは、毛ほども気にしていない様子だ。
「そういうのは思うだけで口には出すなよ。童貞のうえにナイーブな奴らなんだ。別の男を匂わせるな。それで勃たなくなったら困るからな」
「なんだい。他の男と比べるのもダメなのかい。面倒くさいし、無理やり襲ったほうが手っ取り早いさね」
「元はオマエらフェムト・アマゾネスがオークの一人を襲ったのが原因なんだから、少しは気を使えよ」
「怖がらせたのは謝るけど、オークが童貞なのはアタシ達のせいじゃないさね」
「そりゃそうだ……。でも、少しくらい淑やかな女性を演じるくらい出来るだろ。人前で屁をこかないとか、股間を掻かないとか」
ブリジットはパンツの隙間に手を入れて、太ももの付け根辺りを掻きむしっている。
「いやー、この時期は蒸れてね。いっそ脱いでおっ広げた方がいいんだけど、前に虫に刺されて大変なことになったさね。リットも刺されて腫らしたら、大きくなっていいさね。あっはっは!」
「だから、こいつは人間だと普通サイズなんだよ。あんまり言うとこいつでぶん殴るぞ」
「確かに人間ならちょうどいいサイズなんだろうけど、アタシ達から見たらあまりに小さいから心配になってね。……人間ってのはどうやってやるんさね?」
「オマエ……それ聞いて後でオカズにするつもりだろ」
ブリジットのねぶるような視線がリットの股間を捉えると、胃の腑をなぞるような奇妙な感覚が蠢いた。
下心が透けて見える男性に口説かれている女性はこんな気持ちなのだろうと、懺愧の念のようなものが強く浮かんできた。
「あっはっは! 女にオカズにされるなんて結構なことじゃないさね」
「性的欲求を満たすなら、オレじゃなくてオークにしろよ。オークは童貞を捨てられる。アンタらフェムト・アマゾネスは子供が出来るで悪いことなしだろ」
ブリジットは大きなゲップを一つ挟むと鼻をすする。
「そりゃ無理さね。オークといくらやっても生まれてくるのはオークだけ。子供を作る気はないさね」
男しか存在しないオークは、どの種族と交わっても子供が出来るが、どの種族と交わってもオークしか生まれてこない。オークが女性を攫う習性があるのもその為だ。
フェムト・アマゾネスの場合は女の子が生まれやすいだけで、男の子が生まれる場合もある。男の子が生まれた場合は育てることなく、そのまま捨て子にされる。
理由は男の子が育って、性に目覚めたら困るからだ。フェムト・アマゾネスは次々住処を変える移動種族であり、安全な場所以外での出産を望まない。食料が少ない場所での妊娠出産は親子とも命に関わる危険があるため、男が混ざり不計画な妊娠を避ける目的もある。
なのでオークの子供を産むつもりはないと言うのだ。
「あいつらは童貞捨てた相手と一生添い遂げると思ってるような奴らだぞ。んなこと知ったらショックで寝込むんじゃねぇか」
「あっはっは! そんなに愛されると、それはそれで燃えちゃうねぇ」
「……オークは真っ白に燃え尽きそうだ。まぁ、それはいったん置いておいて――アレ返してもらっていいか?」
リットは松明に目を向けていった。
フェムト・アマゾネスの住処では、十字に切れ目を入れた丸太を立てて、それに火をつけて松明にしている。
その中に一本だけ、火のついていない松明があった。
火とは違う橙色のカボチャが、火のそばにある埋められた木の杭に縛りつけられている。
片腕のとれたジャック・オ・ランタンは、リットのことをじっと見ていた。
表情が変わらないジャック・オ・ランタンの顔からは、すすり泣くような感泣の声が漏れて聞こえてくるように思える。
「アレかい? 愉快な見た目をしてるから捕まえたんだけどね。コートを剥いても中は木と枝クズだけだし、カボチャの中身は空だし……。あまりにも使い道がないんで、乾かして薪にしようと思ってね」
「セットで馬も一緒にいただろ」
「……いんや、いなかったさね」
ブリジットの言葉が終わりに差し掛かる辺りで、「ヒヒーン」ではなく「イーン」といった感じの助けを呼ぶような馬の鳴き声が聞こえた。
「……いいから食う前に返せ」
「嘘ってのはバレるもんさね」
縄を解かれたジャック・オ・ランタンは、一直線でリットの元に飛んでくると背中に隠れた。
「ったく、勝手にいなくなりやがって」
リットが苛立たしげに言うと、ジャック・オ・ランタンは焦げ始めていた側頭部に指を付け、それを使ってテーブルの上に文字を書いた。
「いなくなったのはオレの方だ? んなの走って追いかけてくりゃいいだろ」
ジャック・オ・ランタンは、またガシガシと焦げた頭に指を擦りつけてテーブルに文字を書く。
馬が文字通り道草を食っていたので、追いつけなかった。やっと言うことを聞いたと思ったら、なにか獣に吠えられて別の方向へと走りだしてしまった。馬が落ち着いてやっとリット達を探せると思ったら、今度はフェムト・アマゾネスに見つかり追いかけられた。捕まった後、解剖されて身体を隅々まで調べられた。それからも、背中を掻くのに使われたり、振り回して遊ばれたり、鳥の攻撃から守る盾にされたりと、散々な目にあったらしい。
ジャック・オ・ランタンは怨みや愚痴を、丸太の樹皮を剥がして生木にびっしりと書いていく。書き終える頃には、ジャック・オ・ランタンの頭は四分の一程欠けてしまっていた。
「あと二、三日来るのが遅けりゃ、顔の半分はなくなってそうだな」
リットがからかうように笑うと、ジャック・オ・ランタンは『二、三日遅ければ燃やされて全部なくなってました』と書いた。
「そりゃそうだ」リットはまた面白そうに笑った。
「そいつは生き物なのかい?」
リットとコミュニケーションをとっているジャック・オ・ランタンを見たブリジットが、不思議そうに尋ねた。
「どう見ても植物だろ」
ジャック・オ・ランタンはリットの肩をツンツンと突くと、首を横に振った。『ものを食べないし、誕生の発祥が不明確だから精霊に近い』と指を走らせて書いた。
「あのなぁ……あんまずうずうしい事言うなよ。元は飲んだくれの男だろ」
ジャック・オ・ランタンは、またも首を横に振って否定する。
『それは勝手に広がった話で、どうやって生まれたのかは自分でもわからない』
リットはジャック・オ・ランタンが書いた文字を見ると、馬乳酒で汚れた手を擦り合わせて払った。
「オマエって死ぬことあんのか?」
ジャック・オ・ランタンは頭を下げてなにか考える仕草をする。しかしなにもわからないらしく、顔を上げて小首を傾げた。
「じゃあ、そのもげてなくなった腕ってのは直るのか?」
ジャック・オ・ランタンのもげた左腕からは、いくつもの枝先が見えていた。
ジャック・オ・ランタンは頷くと、周囲を飛び回り枝や蔦を集めて戻って来た。片腕で器用に細く短い枝を組み合わせ、左腕を組み上げていく。
円柱を二つ作ると肘になる関節部分を蔦で縫い合わせた。
次に指を四本。同じように枝で細い円柱を作り関節部分を蔦で縫い合わせる。
最後に肩と左腕を縫い合わせると、リットに左手を向けて、どうだと言わんばかりに手をグーパーしてみせた。
「便利なもんだ……」リットは、ふとエミリアが剣を振る姿を思い出した。「――オレの知り合いに女の剣士がいるんだが……。剣の修業に使う藁人形が動けば高値で買わねぇかな」
リットのつぶやきはジャック・オ・ランタンには届かなかった。ジャック・オ・ランタンが聞き返す間もなく、ブリジットが下卑た笑いを浮かべながら鼻息を荒くする。
「ジャック・オ・ランタンってのは、どうやってその体で性行為をするんさね。その胴体の丸太みたいのが男性器に変化でもするのかい?」
ブリジットは、ジャック・オ・ランタンのマントをめくり身体を確かめる。
ジャック・オ・ランタンはスカートでも捲られたかのようにマントを手で抑えると、身体を縮こませてリットの背中にピタリとくっついて隠れた。
「シャイなんだねぇ……。よしきた! アタシが一皮向いてアンタを男にしてやろう」
ブリジットはジャック・オ・ランタンを押さえつけると、仲間にナタを持ってくるように頼んだ。そのオノと見間違うような大きなナタで、ジャック・オ・ランタンの体を削っていく。ジャック・オ・ランタンはブリジットの手から抜けだそうと身体を軋ませて懸命に暴れるが、フェムト・アマゾネスの力に適うはずもなく、とうとう最後まで削られてしまった。
ジャック・オ・ランタンの胴体の役目を果たしていた一本の丸太は、中太りしている男性器のような形になってしまった。
ジャック・オ・ランタンはあまりのショックにカボチャ頭を地面に落とすと、それを拾うことなく地面に胴体を擦り付けて形を崩そうとし始めた。
悲惨な光景だが、ブリジットは腹を抱えて笑い出した。
「あっはっは! 必死に擦り付けてるよ! なんだかいやらしい行為を見てる気分さね」
必死に何度も身体を擦り付けるジャック・オ・ランタンだが、擦れば擦るほど角は滑らかになり、男が磨かれていった。
諦めたかのように動きを止めたジャック・オ・ランタンは、地面に落ちているカボチャ頭を拾って乗せる。
マントを体にしっかりと巻いて、絶対に開かないように力を込めて手で抑えこむと、ジャック・オ・ランタンはふわふわ元気なく飛んで来て、リットの背中にくっついて再び隠れた。
リットは背中から、ジャック・オ・ランタンが小刻みに動いているのを感じた。
「泣くなよ。まぁ、涙は出てねぇけどよ。後で一緒に森に行って代わりの木を探してやるから」
ジャック・オ・ランタンはプイッと顔を右に背ける。
「オレに怒ったってしょうがないだろ」
今度はプイッと顔を左に背ける。
「オマエもオークに負けじとナイーブな奴だな」
また右に顔を背けたところで、ジャック・オ・ランタンは馬がいる方へと飛んでいってしまった。
「やっぱりいきなり剥いてやるのは痛かったのかねぇ」
「そうだな。オークの時は優しくし剥いてやれ。ナタとかナイフとか使わず手でな」
「せっかく立派なイチモツにして上げたんだけどね。男からしたら自慢だろう?」
「だから、それをオレの股間を見ながら言うなっつーの」




