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ランプ売りの青年  作者: ふん
漆黒の国の魔女編(上)

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第十八話

「いやー……。オークに似合う靴というのは、なかなかないものですね」

 西日を受けてライトの額が光っている。汗を拭い、一息つくと、小さな体を目一杯後ろに反らした。そして姿勢を正すと、丸い目をパチパチさせた。

「そりゃそうだ。犬に二足歩行を教えるほうが簡単だからな」

「でも、気に入る靴があったようでなによりです」

 ライトとリットはオーク達に目を向けた。オーク達は新品の牛革の靴を履いて、お互いに自慢しあっている。普段は裸足のせいもあり、若干立ちづらそうにしているが、片足を上げて、西日にさらし、色艶を確認しては笑みを浮かべていた。

「――ところでだ」リットはしゃがみこんで、ライトと視線を合わせる。「レプラコーンってのは森の妖精だろ?」

「森というより、洞窟や岩陰、それに廃墟などを住処にしています。尤も今は、大きい自慢の店がありますけど」

 ライトはシルクハットの反り上がったつばを、人差し指の先端に乗せてくるくる回しながら答えた。

「そんな森を捨てたレプラコーンにとって、いいものがあるんだが……買わねぇか? オマエらの命に関わることだと思うんだが」

「なにやら物騒な話ですね。ま、聞くだけ聞いてみましょう」

 ライトは人差し指でシルクハットを弾き、頭を少しかがめると、浮かんだシルクハットをかぶった。

 リットは妖精の白ユリのオイルを高値で売りつけようと話を始めた。

 最初は興味深そうに聞いていたライトだが、途中から盛り上がった目玉をキョロキョロさせて退屈そうにしている。

 ライトが堪え切れずあくびをしたところで、リットは話を中断した。

「なんだ、興味ないのか? オマエらにとっては死活問題だろ? 工房にこもって太陽を浴びれない時とか役立つぞ」

「太陽神の加護を受けていない私めには必要のないものですから」

「まったく、そのとおり」レフトが相槌を打った。「レプラコーンは一日中工房に篭っては、トンテンカンと靴を作ります。太陽なんて浴びる暇もないのです。よって太陽神とは何の関わりもありません」

「なんだよ、引きこもり妖精かよ」

 定期的な収入が見込めると思っていたリットは、当てが外れたことに、この上なくつまらなそうに息を漏らした。

「お金がほしいのならば、オイルもそうですが、あなた様のその技術を王国にお売りするという手もありますよ」

 紹介しましょうかと、ライトはへつらいながら手のひら同士をすりあわせた。

「研究所なんて偏屈な年寄りばかりで息が詰まる。それに、こういった依頼は隠れてやってんだよ。国にバレたら面倒事が増えるからな」

「国の干渉というのは、戦争中でも平和になっても我々の敵ですな」

 ライトの言葉を聞いて、レフトは「まったく、そのとおり」と、先程と同じように相槌を打った。

 雑談を挟みながらもレプラコーンの二人は、袋から出した靴をしまって帰り支度を始めている。

 ライトは、見本の靴を見せびらかし合っているオークの足元にも素早く入り込むと、靴を脱がせて素早く鞄に入れた。

 何が起こったかわからず、キョロキョロしているオークを尻目に、リットはローレンに話し掛けた。

「で、服はどうすんだ? 機織り上手のアラクネの店でも知ってんのか?」

「もちろん知ってるよ。でも、夏のこの時期は産卵期でね……」

「なんだ、食われでもするのか?」

「いや……。情緒不安定でね。キミみたいな口の悪い男が近くにいると危険なんだよ。まぁ、どのみちその店は出張販売はしていないからね」

 そう言うとローレンは、顎に手を当てて考え始める。

 ピッグノーズの話では、この辺りには他に町はない。一番近くでも、ヨルムウトルまで戻らなければならない。それも、ヨルムウトルはグリザベルが住んでいるだけで、城としては機能していない。服がある村にまで行くには、ブラインド村まで戻る必要がある。

 ローレンが悩んでいると、帰り支度を終えたレプラコーンがシルクハットを脱いで腰を曲げた。

「では、三日以内には靴を届けにまいります」「また御用があれば」「笛をピーッと吹いていただければ」「すぐにまいりますので」

 レプラコーンはそれぞれ言うと、せーのと息を合わせるわけでもなく、そのままの調子で声をそろえた。

「「またご贔屓に」」

 レプラコーンが右足を軸にその場で何回転かすると、次第にレプラコーンの姿が薄くなっていく。

 夏の日差しで枯れ落ちた広葉樹の葉が、風に流されリット達の目の前を通り過ぎると、レプラコーンの姿は消えていた。

 その場に残ったレプラコーン二人分の足跡を、ローレンはしばらく見ていたが、思い立ったように自分の靴裏を擦りつけて消した。

「さて……どうしたものか。オークのサイズにあった服になると、すぐに用意することは出来ないね」

 ローレンは塗りつぶした足跡の周りをゆっくり回り出した。

 かなりの時間ウロウロしたせいで、ローレンの足跡は足跡ではなく、円が描かれていた。

「なにしてんるダ! 飯が出来たゾー!」

 遠くからオークに呼ばれる声で、ようやくローレンは顔を上げた。

「今晩はカルガモの煮込みだデ。朝からキノコと一緒に煮込んでとろとろになってるはずだデ。食べたい部位が重なったら、じゃんけんで決めるだデ」

 オークは木皿にカモの煮込みを取り分けながら言った。

「いざとなったら旅人の服を追い剥ぎでもしろよ。あそこのオーク達を引き連れて」

 リットはご飯の匂いがする集まりへと歩いて行った。

「なんとも下劣な考えだね。キミの方が、オーク達よりもオークっぽいよ」

 ローレンが鍋を囲むようにして座っているオーク達の間に割りこむように腰を下ろすと、全員が集まったのを確認して、ご飯を食べ始めた。

 リットがカモの油の浮いた煮汁を飲んでる時、早くにご飯を食べ終えたブホホが鍋で何かを煮ていた。

「まだなんか食うつもりか?」

 リットが近づいて声をかけると、ブホホは鍋の蓋を開けた。

「違ウ。カモの血が服に付いてしまったから、染めることにしたんダ」

 鍋の中ではシャツと黒い物体が、湧き上がる熱湯の中で踊っている。

「アーテルカラスの羽だね。その羽と一緒に煮込むと、布が少し光沢を帯びて黒く染まるんだよ」

 答えたのはブホホではなく、ローレンだ。イチイの実で作った黄金色の果実酒を飲みながら、機嫌よく足をふらつかせている。

「よく知ってんなそんなこと」

「最近じゃ家庭的な知識を持ってる男がモテるんだよ」

「あっちこっちの女に、ようやるわ……」

「広く浅く、時に深くが、僕のモットーだからね」



 翌朝になり、慣れたと言ってもまだ眠い目を擦りながら、リットはベッドとして使っているブホホの家の二つ合わせた椅子から体を起こした。

 いつもならブホホが寝起きのストレッチで目を覚ましている最中だが、今日はブホホの姿は見当たらなかった。

 のろのろとした足取りでブホホの寝室を覗くが、そこにもいない。先に外に出たのだろうと、リットがあくびと同時に家のドアを開けると、外では朝からオーク達が大忙しで走り回っていた。手には大量のシャツやズボンが山のように抱えられている。

 リットはこぼれ落ちたシャツを拾い上げると、オークが走っていった方向へ歩いて行った。

 近づくにつれて、夏の熱気だけではない、肌に纏わり付いてくるような生ぬるい風が吹いてくる。体に当たる風がそのまま汗になるようなムワッとした空気だ。

「大掃除ならぬ、大洗濯ってか。朝からご苦労なこったな」

 鍋から水蒸気がもうもうと昇り立つ向こう側で、うざったそうに前髪をかきあげるローレンの影が見えた。

「バカなこと言ってるんじゃないよ。なにが悲しくて、僕がオークの洗濯物をしなくちゃならないのさ。染物をしてるんだよ。服がないなら作ればいいじゃない。色を付けて少し形を変えるだけでも、付け焼き刃にはなるよ」

 ローレンの目の前にある鍋の中では、服とアーテルカラスの羽がグツグツと煮られていた。牛小屋のような臭いが、鼻の粘膜に粘りつくように臭ってくる。

「昨日はこんな臭いしなかったぞ」リットは思わず片手で鼻をつまみながら、こもった声で言う。「まさか、内蔵も一緒に煮込んでんじゃないだろうな」

 ローレンの傍らには、今朝方獲ったと思われるアーテルカラスが、羽をむしられ丸裸の姿で転がっていた。

「ブホホの時は羽の量が少なかったからね。真っ黒に染めるには、大量に煮込まないと」言い終えると、強い臭いが鼻に届いたのか、ローレンは顔を歪めながら背ける。

「リゼーネまで行って、ヒッティング・ウッドを買えばこんなことしなくて済むのに、そんなに金を使いたくないのか。ケチくせぇ男だ」

「誰がどう見ても。なにもせず、金も出さないキミの方がケチくさいよ」ローレンは呆れて一度言葉を区切ると、「手伝う気はあるのかい?」とリットに聞いた。

「ねぇよ、そんなもん」

「それじゃ、邪魔をしないでくれたまえ。巧遅は拙速に如かずというわけにはいかないんだから」

「なんだそりゃ」

「ゆっくり考えなよ――どっかよそで」

 ローレンは眉をひそめると、リットを邪険に手で追い払った。

 ブホホは立ち去ろうとするリットの背中に声を掛け、肩を叩く。リットが振り返ると干し肉を渡された。

「今日は忙しいから、これが朝飯ダ」

「腹に入りゃなんでもいいよ」

 リットはお礼を言う代わりに、後ろ手を振りながら森の中へと入っていた。

 


 リットは、干し肉を噛み、唾液を馴染ませ柔らかくして、少しずつ食べながら森を歩く。

 いつもの川で顔を洗い、寄り道をしながら村へ帰る途中。逆光の太陽に霞む視線の先に、葉が生い茂るオリーブの樹があった。

 丸みのある楕円形の葉の隙間に手を入れて、熟していない緑色のオリーブの実を摘む。

 まだ小指の先程度の大きさにしか成長していないオリーブを齧る。一日一日経つにつれ、実に油を貯め秋頃に熟すオリーブの実は、全然と言っていいほど油がなかった。

 リットは、オリーブの実のアクが混ざった唾液を地面に吐き捨てると、シャツの裾を広げて、オリーブの実を摘み始める。

 オークの腹ほど膨らむまで摘むと、村に帰った。


 村に帰ったリットは、ブホホが使おうとしている鍋を取り上げると、オリーブを鍋に入れて、叩きつけても割れない程度の太さの枝でオリーブを潰していく。

 丹念に丹念に潰し、ペースト状にしていくと、今度は混ぜるように枝を動かした。

 ここからもひたすら混ぜて、油分を浮き上がらせる。オイルと果肉が分離してきたのを見て、なにか絞れるものを探すが、手頃な布がない。

 リットは上着を脱ぐと、濾布代わりにしてオリーブを絞った。あんなに量があったオリーブの実は、コップ半分にも満たない程度の、果汁とオイルが混ざった濁った液体になる。

 今度は、果汁とオイルが分離するのを待たなければならない。

 コップが倒れないように地面を少し掘り、そこに埋めるように置くと、リットはオーク達の元へと歩いて行った。

「これも洗っといてくれ」

 ブホホに汚れたシャツを投げ渡すと、体にオリーブの汚れがついたブホホは嫌そうな顔を浮かべた。

「洗濯をしてるわけじゃなイ。染物ダ」

「じゃあ、一緒に染めといてくれよ。黒く染めりゃ、汚れも目立たんだろ」

「オレはリットの召使じゃないゾ」

「ついでだし、いいだろ。オレも忙しいんだよ」

 上半身裸で村をうろつくリットは、どう見ても忙しそうには見えなかった。

「暇そうに見えるガ……」

「これからスライムを探しに行かなきゃいけないんだよ。どこにいるかわかるか?」

「大賢者様のペットのスライム……カ?」

「そうそう。ピッグノーズの家に行きゃいるか?」

「たぶン」

「そっか――それじゃ、しっかり働けよ」

 リットはブホホの背中を激励するように叩くと、ピッグノーズの家に向かう。「リットに言われたくなイ……」と、つぶやいたブホホの声は届かなかった。

 ピッグノーズの家に向かっていると、ちょうど向こうからピッグノーズがスライムを抱きかかえながら歩いてくるのが見えた。

「よう、ちょうどいいところに」

 リットは片手を上げてピッグノーズに近づくと、上げた手でスライムを掴んだ。

「わしのスライムちゃんになにをするのじゃ!」

「ちょっと貸してくれよ。試したいことがあんだ」

 ピッグノーズの返事を聞く前に、リットはスライムの体の中に手を突っ込み、中のコアを取り上げる。すると、いままでブヨブヨしていたゲル状の体がただの水になり、果実のような甘い匂いを放ちながら地面に流れ落ちた。

 その光景を見たピッグノーズの声にならない悲鳴が響く。

 リットは気にせず、軽い足取りでオリーブオイルを作っていた場所まで戻った。

 オイルの上澄みを取り、果汁が混ざっていない純粋なオリーブオイルを別のコップに移すと、スライムコアをその中に入れた。

 スライムコアは、オリーブオイルの中で一度大きく膨らむと、徐々に元の大きさへと戻っていった。元の大きさに戻るにつれて、オリーブオイルはゲル状に近づいていく。

 スライムコアが完全に元の大きさに戻るのを見ると、リットはコップから自分の手のひらにオリーブオイルを移した。

「液体ならなんでもいいのか……。スライムってのはおもしろい生き物だな」

 リットの手のひらでは、黄金色のスライムがふるふると揺れるように動いていた。

「そういうことをするなら、前もって言っておいて惜しいのじゃ。老体で走るのはちとキツイからのう……」

 遅いながらも懸命に走って追いかけてきたピックノーズが、肩で息をしながら言った。

「あまりに青色で気持ち悪かったからな」

「スライムと言ったら青色じゃろ……。わしが長年かけて配合した木の実の汁で薄めた水で青くしとったんじゃ」

「たまには違う色ってのもいいだろ」

 リットの手のひらで、スライムはニュルっと体を伸ばし、リットの言葉に頷くように先端を曲げた。

「そうかのう……」ピッグノーズは疑問の声を上げたが、スライムを見て同じように頷いた。「しかし、スライムちゃんも気に入っておるようだし、しばらくはこのままにしとくかの……」

「体はずいぶん小さくなっちまったけどな。あとは――」リットは、木綿紐で作った芯をポケットから取り出すとスライムの体に刺した。「これで完成っと」

「なんじゃ? それは、おしゃれかの?」

「いいや……。前から動くランプってのが欲しかったんだよ。ランプを持つのも面倒くさい時があるからな」

 リットが片手で器用にマッチを擦ると、スライムは怯えるように細く伸びてから縮み、リットの手のひらからこぼれ落ちるようにして逃げ出した。

 地面に落ちたスライムは、油分で滑り、驚く程のスピードで逃げていった。

「……逃げちまったか」

「当たり前じゃ! ――まっとくれ! スライムちゃん!」

 慌ててスライムを追いかけるピッグノーズの背中を見ながら、リットはつぶやいた。

「――あぁ、暇だ……。ノーラかチルカ………。どっちか無理やり連れて来りゃよかったな……」






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