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ランプ売りの青年  作者: ふん
妖精の白ユリ編
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第四話

「ノーラ。これからしばらくエミリアと工房に篭もるから邪魔するなよ」

 そう言ったリットは、お手製のランプに明かりを灯して、木板の扉を開けて地下へと続く階段を下りていった。

 上にいる時には感じなかったひんやりとした空気が流れ、ランプの中で燃える火がほのかに手元を暖めている。

 天井の吊りチェーンにランプのフックをかけると、ぼんやりと工房の全貌が見えてきた。

 火の入れてないるつぼ窯が淋しげな存在感を放ち、作業台に置かれた枝分かれしているフラスコは、香気を漂わせて何かを錬成していた。窯の対面にある棚には、本が隙間なくびっしりと埋められている。

 地下にある工房の窓は、横長の小窓一つで、鉄格子が嵌め込められてるようなものだった。そこに厚手の布を貼り付けて、わずかに入ってくる太陽の光を遮る。

 吊り下げたランプの下のテーブルに注文書を置くと、リットは手で椅子に座るようにエミリアを促し、自分も座った。

「さて、ランプを作る前に色々試したいことがあるから、しばらくエミリアには付き合ってもらうぞ」

「それは構わないが、さっきから呼ぶエミリアというのはなんなんだ?」

 自分の名前を呼ばれているエミリアは不思議そうな顔をしながら椅子に腰掛けた。

「何ってアンタの名前じゃねぇか。自分の名前をもう一回言ってみろって」

「『リリシア・マルグリッドフォーカス・エルソル・ララ・トゥルミルスバー・カレナリエル・シルバーランド・エミリア』だ」

 まるで呪文を詠唱するかのように、長い名前を息もつかずに言い切る。

「そんな舌を噛みそうな名前を毎回言えるわけないだろ。だからエミリア」

「大抵は上の名前でリリシアやリリスと呼ばれるから……。ふむ、なかなかに新鮮な感じだ」

「納得してもらったんならなによりだ。まず聞きたいのはコレの光の感じはどうだ?」

 リットは人差し指を上へ向けて、吊り下がっているランプを指す。特に工夫が施されているものではなく、普通という言葉が似合う一般的なランプだ。

 答えは分かりきっているがエミリアの返答を待った。

「何も感じないな」

 やはりそうだろうというのがリットの感想だ。

 調節ネジを回して火の大きさを変えても、エミリアの反応は変わらない。

 それからも、他のランプでも試したが効果はなかった。

 マッチの火、ロウソクの火、直接オイルにつけた火を試すも、光を遮った部屋で灯る炎は、エミリアの答えと同じく、どれも頼りなさげに揺れていた。

 しかし、リットにとっては収穫があった。エミリアの夜になると胸が痛くなる原因は“暗闇”ではないということだ。今はまだ太陽が昇る時間。四方を壁に囲まれた部屋に一時間はいるが、症状は現れていない。

 それを目で確かめられただけでも、充分だった。これで絞る方向性が決まるからだ。

 単純に太陽の光でなくてはダメなのか、それとも太陽の不思議な力が関係しているのか、どちらにせよ直接的な火の明かりという考えは捨てたほうがよさそうだった。

 窓の布を外すと、陽の光が空気に埃を映し出す。僅かに入る太陽の光だけでは明かりが足りないので、再び天井に吊るしたランプに火を灯した。

「なかなか骨が折れそうな依頼だな」

「生まれた時からずっと悩んでることだ。すぐにできると言われた方が信用できない」

「とりあえず今日の夜にでも試してみてもらいたいモノがあるから、それを探してくる。その間は休憩だな。上で休んでてもいいし、町を見てきてもいい。適当に時間を潰しててくれ」

「そうか。ならば好きにさせてもらう」

 そう言ったエミリアだが、座ったまま動く気配がない。リットはエミリアをその場に残して階段を上がった。

 地下から地上へ出る時の開放感は、体を伸ばしたくなる。指を組んで両手を上げると、腹の底から沸き上がってきたような大きなあくびが出た。

 目尻に溜まった涙越しにイミル婆さんの姿を見えた。

「なんだ、まだいたのか」

 イミル婆さんは椅子に座り、ノーラと一緒にお茶を飲み寛いでいた。リットの姿を見ると、カップをテーブルに置いて呆れた表情を浮かべた。

「アンタが工房に篭っちまったから、ランプを取りにいけなくて待ってたんだよ。それより、嫁さんを貰えとは言ったけど、躍起になって選ぶと後悔するよ」

「邪推するなよ。特注品のランプの注文が入っただけだ」

「おや、さっき掛けた魔法が早速効いてきたのかねぇ」

 イミル婆さんは冗談交じりに言って笑う。

「入った金を、婆さんの店で使うとは決まってないけどな」

「きっと使うさね。あれが証拠だよ」

 視線の先には、ノーラがイミル婆さんの店で買ってきた高価なジャムが置いてあった。

「そりゃ、贅沢を覚えたバカが勝手に買ってきたんだ。返品できるもんならしてぇよ」

「そんな勿体無いこと言わないでくださいって、旦那ァ。育ち盛りの私には、高価な栄養も必要なんスよ」

 ノーラは育つ予定のない胸を強調するように胸を反らせた。

「そんなもんより、“人魚の卵”知らないか?」

「どうせそんなもんスよォ。人魚の卵って言うと、旦那が前に高い金を払って衝動買いした小汚いアレですかァ?」

「そうそう。間違って使わねぇようにしまったはずだが、工房になかったんでな」

「大事そうに宝石箱にしまってるのは見ましたけどねェ」

 宝石箱に入れたのなら、どこか棚の中に入れたハズだ。記憶を思い起こして出てくるのはベッドと酒。

「そうだ。面白いから酒に入れて遊んでたんだ」

「うげぇ……よくあんな苔生したような見た目のモノを入れた酒を飲めますねェ……」

「ほっとけ。婆さんも今のうちに修理が終わったランプを持っていってくれ」

「わたしゃ客だよ。まったく人使いが荒いねぇ」

「そう思うなら、二十年も昔のランプの修理じゃなくて、オレの作ったランプでも買ってくれよ」

 階段を上り寝室へと向かい、ベッドのサイドテーブルの引き出しを開ける。指輪を入れるような小さな宝石箱があった。中に人魚の卵が入っているのを確認すると、そのままベッドに腰掛けて眺める。

 卵と呼ぶには、あまりにもゴツゴツとしている。緑々しい色はノーラの言っていた通り、確かに苔生しているようにも見えた。そう思えば思うほど汚く見えてくる。

 確かに、よくこれを酒に入れた飲んだものだ。酔ってる時の人間はろくなことをしないと改めて認識させられた。



 しばらくベッドの上でボーっとしていたが、そろそろ時間も潰れただろうと、リットは階段を下りてコップに水を入れると地下の工房へと戻った。

 てっきり外に出て太陽でも浴びていると思っていたが、エミリアは興味深しげに工房内を見ていた。

「ここにずっといたのか?」

「まるで学者の研究所みたいだと思ってな。なんの為に植物学の本があるのか気になっていたとこだ」

 エミリアは本棚を指なぞりで一つ一つ確かめている。動物学、植物学、鉱物学。ランプ作りには必要のない分野の本の方が多い。それに、蒸気を発しているフラスコ。エミリアの疑問はもっともだった。

「一つは紛い物を掴まされないために、もう一つはエミリアみたいな特別な注文を受ける時に役立つ」

 言いながらリットは、コップをテーブルに置き、箱から取り出した人魚の卵をその中に入れる。

 人魚の卵は、開けられた小さな穴から気泡を発生させ、上昇して水面にあぶくとなり消えていく。

 水の中で気泡が人魚の卵から離れる度に、青白く発光している。二人の顔がぼんやり見える程度の淡い光だった。

「これは?」

「南の国で稀に取れる二枚貝だ。全部が全部光るわけじゃなくて、ある特定の生物が穴を開けて食べられた貝殻だけが、この性質を持ってるらしい。稀に海水に押し上げられて、不思議な光を発しながら海面に浮いてくるから、人魚の卵って呼ばれてる」

「こんなものがあるとは驚きだ。しかし、最初と比べて随分と光が弱まっているぞ」

 空気の出が悪いのか、淡い光は人魚の卵がかろうじて見えるくらい弱い光になっていた。

 リットがコップを持って、酒に浸るときのように回して水を揺らすと、穴の凹凸にこびり付いていた気泡が水面へと上がっていき、再びお互いの顔が見えるくらいの明るさを取り戻した。

「気泡が貝殻から離れる時に発光する不思議な性質を持っているんだが、これを明かりとして使うには光が弱すぎるな」

 今回に限っては、明かりの強さよりも性質に問題があるだろうと考えているので、使える素材だろう。しかし、望みは薄い。

「温かくない光とは不思議な感じだ」

 エミリアは、リットがやったようにグラスを持ち上げて軽く振る。表情は変わっていないが、人魚の卵の明かりを楽しんでいるようだ。

「残念ながら、その大きさだとわずかな時間しか光らねぇ。夜を照らすには短すぎる」

 貝の中の空気の量によって発光する時間が変わるし、穴の大きさや気泡ができる速度によって発光の強さも変わる。人間の手で穴を広げても発光の強さは変わらず、穴を開けた生物の特殊な成分が影響しているというのが、今のところの有力説だ。ただ、その生物が何なのかは未だにわかっていない。

「オイルランプだけがランプではないと言っていたのは、こういうことか」

「大体はそういうことだな。この状態じゃ、オイルに芯を浸して火を着けただけみたいなもんだから、実際に客に渡す時には、もっと使いやすいように改良してからだ」

「改良と言っても、水の中に入れるだけではないのか?」

「気泡が出る速度を早めたり遅めたりして明かりを調整するには、水じゃない新たな液体を精製する必要があるな。油みたいな液体と水じゃ、気泡が人魚の卵から離れる時間も変わる」

「なるほど、それで色々な分野の本があるのだな。でも、元は海で採れたものだろ? 水以外でも光るのか?」

「水の中だけじゃなく、酒でも光るのは実証済みだ」

 リットはコップの中から人魚の卵を取り出すと、穴が開いてる方を下にして布の上に置き、空気の代わりに貝の中に入った水を切った。

 ついで、水で濡れた指を布の端で拭きながら続けた。

「他にも吊りランプにするか、テーブルランプにするかによって構造も変わるし、職人としては装飾にも拘りたいもんだ」

「私は贅沢を言える立場ではない。効果があるなら吊りランプでも、テーブルランプでもどちらでもかまわない」

「とりあえず“炎”以外の明かりだとどうなるか知りたいから、今日の夜はコレを試しながら寝てみてくれ」

「うむ、了解した」

 今日はもうやることがないと伝えると、エミリアはお礼を言って宿屋へと帰っていた。



 エミリアは宿を取った二階の部屋で、夕日が落ちるのを眺めていた。オレンジの空が紫に変わり、やがて夜になる。

 生まれた時から付き纏う症状のせいで、晩御飯は日が落ちる前に食べる癖がついていた。野菜のスープにサラダ、マッシュポテト。特に野菜サンドは絶品だった。

 そんなことを考えていたら、見下ろす景色はランプに照らされ始めていた。あの中にリットが作ったランプはどのくらいあるのだろう。

 工房のことを思い出していると、突然心臓を針で刺されるような痛みが広がる。胸を押さえると痛みのせいで鼓動が大きくなっているのがわかった。

「キたか……。今日は些か早いな」

 最初の鋭い痛みの後は、チクチクといたぶってくる。

 肺に上手いこと酸素が入っていかない。吸う空気は重く、吐く空気も重い。口の中の空気だけを、何度も吸ったり吐いたりしているようだ。

 堪らず水を入れて用意してあったコップに人魚の卵を入れると、ゆっくりと青白く光りだした。

 闇の中で揺れる気泡が宝石のように見える。

「わるくない……」

 痛みは治まらなかったが、幻想的な青い光は少しだけ呼吸を楽にさせた。

「しかし、痛みは引かないか……。今夜も眠れそうにはないな……」






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