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ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(下)

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外伝の短編 その1【薫厳坊の試練】

完結してるので、ここで書く短編は

移動制限、時間のしがらみがない

一話完結の世界観深めるだけのお話

 リットはある香草を求めて、ある山にある獣道を歩いていた。

 鬱蒼と茂る山の中。子ども1人分の歩幅で道が剥げている。

 何が通るかはわからないが、確実に出入りのあとがある。


「なんだって、こんな森の中に……」


 リットが文句を垂れ流しながら歩く後ろでは、ノーラが鼻歌交じりに楽しそうに歩いていた。

 警戒することなく、自分の興味のあるものだけに集中する。

 一切の危険など考えないほどお気楽だった。


「旦那がクーに頼まれたんでしょ。東の国の妖怪がこの山に移住してて、その人から【厳草】という植物を貰ってきてって」

「寺に住んでるって言ってたんだぞ。こんな獣道を歩くと思わねぇだろう。やっぱりクーの持ってくる依頼は、一度寝かせてから受けたほうがいいな……」


 リットのため息に重ねるように、妖精のチルカが頭上でため息を落とした。


「二つ返事で受けた男が言うセリフ?」

「クーからの台詞は「お酒奢ってあげる」「依頼受けて」だぞ。これほど巧妙に仕組まれた二つ返事があるか?」

「はいはい……」

「それは二つ返事じゃねぇだろ」

「呆れてる相槌の「はいはい」よ。アンタ、あのダークエルフに、いいように転がされ過ぎじゃない?」

「ないとこにも、無理やり坂道を作るようなやつだぞ。誰だって転がってく」

「私は飛んでるから意味ないわ」

「それはどうかな」

「アンタの含みある言い方って、嫌な予感しかしないんだけど……」


 チルカがうんざりしていると、急に森の木々がざわめき始めた。

 喋りかけるように木々の葉が擦れ、サワサワと高いの低いのかわからない葉擦れの音を響かせる。

 突然の突風が吹き抜けたかと思うと、カーテンのように風でめくられた枝の向こうに寺が佇んでいた。


 これがリット達が探していた場所だった。


 古寺はとうに人の気配を失い、境内は雑草に覆われていた。

 石畳は崩れ、苔に沈み、雨に削られて歪んでいる。

 屋根瓦はところどころ抜け落ち、軒からは草が垂れ下がっていた。

 堂内は暗く、障子は破れ、畳は擦り切れて土が覗く。柱や梁は黒く変色していたが、どこかしら凛とした形を保っている。

 崩れかけていても、かつて人が祈りを捧げた重みが残り、静かな厳しさが漂っていた。

 風が吹くと、板戸がきしみ、瓦の欠片が乾いた音を立てて転がる。その響きさえ、廃寺の孤独の歴史を語っているようであった。

 リットがその空間へ一歩踏み込んだ瞬間。


「なーんじゃー! そーの格好はぁーあーあ!」


 響いたのは、侘び寂びのある風景とは間逆にある。いかにも口うるさそうな老爺のひっくり返った声だ。


 その声は風となって耳元まで吹いてくると、リットの頭を撫でるように髪の毛を触っていた。


「チャラチャラした髪をしおってからに……男はな、昔ぁみんな坊主だ! 頭を丸めて日々を正したもんじゃ。それをなんだ、最近の若い衆ときたら、髪を伸ばして染めて巻いて、まるで女形の芝居じゃねえか! しかも鏡の前で何分も何分も髪をいじくり回して、出かけるまでに一刻かかる。昔はな、起きて顔を洗って、ちゃちゃっと頭を撫でりゃもう出発だ! それが男というものよ! ……なのに今の奴らときたら、水だの香油だの塗りたくって、軟弱極まりねぇ。油は頭に塗るんじゃなくて、刀の手入れに使うもんだ!!」


 まるで痰でも飛ばしそうな勢いで言い切ると、チルカは二人の間に体を滑り込ませた。


「ちょっとちょっと! なんなのよ!」

「オレが聞きてえよ」とリットが睨みをきかせる「いや……もしかして、オマエが薫厳坊ぐんこんぼうか?」

「なんじゃ若造。オマエも厳草げんそうを奪いに来た輩か」

「やっぱそうか……クーが言ってたぞ。薫厳坊から厳草を貰ってこいってな」


 リットがなるべく事を荒らげないように、慎重に話を進めるが、そんな雰囲気をぶち壊したのは、まさかの薫厳坊だった。

「ひゃーひゃっひゃっひゃ!」と甲高い笑い話を響かせると、待ってましたと言わんばかりに何度も拍手をした。


「厳草を取りに来たということはわかってるな!?」


 薫厳坊は子どものようにその場でキャッキャと飛び跳ねると、近くにいたノーラの手を握り奥へと連れ去った。

 慌ててリットとチルカが後を追うと、ノーラはなぜか正座をさせられていた。


「さぁ! この柱を磨くのだ! 数百年もこの地を守った寺の大黒柱ぞ!!」


 薫厳坊は手に持った棍棒を、自分の手のひらに振り下ろし威嚇すると、リットとチルカもこっちに来るように言った。



 薫厳坊から厳草を譲り受けるには、彼の流儀に従った礼儀の元、依代である大黒柱をキレイにしなければならない。


 その肯定はとても単純だ。



 三礼一拝を行う


 水を一杯、柱の根元に注ぐ


 左から右へ、乾いた布で柱を磨く(逆は禁忌)


 磨き終えたら、無言で一歩下がる



 たった。これだけのことなのだが、彼もまた妖怪。

 惑わせるために様々な邪魔を仕掛けてくるし、もしも失敗したら、彼が持っている棍棒が振り下ろされるのだ。


「なんだってそんなことしないといけないのよ。私はやらないわよ」

「妖精ごときが強がるなぁ エルフも妖精も! 厳草の香りの前では無力! 無力ぅぅっっ!」


 そう言って薫厳坊が嗅がせたのは、厳草の香り。

 雨を含んだ土と、若い緑が溶け合った匂い。ひんやりとして、かすかに青く、静かに湿ったその匂いは、リットにとっては何でもないもの。


 チルカにとってはまるで小さな森のように壮大に感じた。


「なにこの香り!」

「直れ直れ! 口の聞き方がなっとらん! 座れ! 妖精! 三礼一拝を行うのだ!!」


 チルカは薫厳坊の勢いに流されるがまま、試練を受けることとなった。


 チルカが頭を下げようとしたその瞬間。急に足元の畳がひっくり返った。

 何事かと慌てて目を開けたチルカに飛び込んできたのは、ニヤニヤ笑みを浮かべる薫厳坊の顔だった。


「失敗じゃアホっ――め!」


 薫厳坊が振り下ろした棍棒を、チルカは片手で難なく飛んで避けた。


「させたのはそっちでしょう」

「受けたのはそっちじゃ」


 薫厳坊は空いた手で、チルカのお尻を引っ叩くと――スパンッ!――と良い音が響いた。


「はう!」とチルカはお尻を押さえてのたうち回る。


 薫厳坊の体そのものが大木のように堅いのだった。

 薫厳坊はキャッキャと久々の試練にテンションを上げていた。


 逆らったらえらいことになると、ノーラも黙って試練を受けている。


 その後も、水を注ごうとしたら木桶が爆発したり、急に毛虫が蛹になり蝶に変化して部屋を飛び回ったりと、とてもじゃないがまともに試練を受けられる状況ではなかった。

 その度にノーラは頭を叩かれ、チルカは正面から棍棒を避け続けた。


「これは……人間だとちょっと厄介かもね。アンタ大丈夫? ……リット?」


 チルカはいつの間にかリットがいなくなった事に気づいたが、久しぶりのお客にテンションが上りきった薫厳坊が、「よそ見をするなー!」と満面の笑みでチルカに棍棒を振り下ろしたので、言及する暇がなかった。



 一方のリットは、妖怪にさらわれたわけではなかった。

 クーの依頼元の変人に関わるとろくなことにならないのは、経験上わかっていた。

 なので、隙ができた瞬間、ひとりそそくさと逃げ出したのだった。


 そして、あまりにも暇なので、お寺の中を探索していた。


 宗教に関する道具、新しい時代に乗り遅れた文化の残骸。そのどれもがリットにとっては宝物だった。

 粗暴な性格からは想像つかないが、リットの性格上こういう歴史あるものや、知らない文化は興味の対象だった。


「おぉ……黒い小刀なんて珍しいと思ったら、乾いた血か……人間か。それとも妖怪か?」


 こびりついた血化粧を落ちている木材で剥ぎ取るが、錆びた小刀は光ることはなかった。

 そして、何も興味がなくなると元あった場所に何食わぬ顔で戻す。

 やっていることはほとんど盗賊だった。。


 次にリットが目を奪われたのは、使われていない建物に共通する、虫や小動物の住処となっていることだ。


 薫厳坊と一緒に東の国からついてきたのか、それとも妖気に当てられて変種になったのか、見たことのない虫や小動物を見かけるのだ。


 早速【クサリムシ】という、東の国の害虫に目を奪われていた。

 見た目はイエシロアリに似ているが、行動が特殊だった。虫の死骸や食べ残しなどの食料ではなく、水滴を運んでいるのだ。

 子どもが虫を追いかけるように、ワクワクしながらついていく、何百ものクサリムシが、水滴を壁の同じ場所に運んでいるのがわかった。


 特徴的なのはその臭いだ。木材特有の甘く腐った臭い。

 クサリムシはどんな素材でも、水で腐らせ、強靭な顎で穴を開ける。

 穴の下には、まるで排泄物のように濡れた木くずが落ちていた。


「目的は何だ? 木材を食料にしてるわけじゃなさそうだ……。住処を広げてるのか? だとしたら、ここは既に虫の縄張り。威嚇行動があってもおかしくはないんだけどな」


 リットは試しに指で通せんぼして、虫が攻撃してこないかと確認したが、クサリムシはただ迂回するだけで。全く攻撃の意思を見せなかった。

 運ばれている水滴は雨漏りの水であり、特別な力はない。

 リットが壁の素材が特別なのかと思い手で触れたその瞬間。

 長年かけてクサリムシが弱らせた木材は、リットの触れる力だけで砕けて穴が空いた。

 クサリムシは驚くことなく、淡々と目標に向かっていった。


 その目標は【棍棒】だった。


 リットは苔だらけの棍棒を掴むと、これがなにかを薫厳坊に聞こうと思い戻っていった。



 そして、リットが「なんか見つけたぞ」と苔だらけの棍棒を掲げて戻ってくると、薫厳坊は悲鳴を上げた。


「ワシの依代!? なぜオマエが」

「なんか虫が壁に穴を開けてて、そこから出てきたぞ」

「忌々しいクサリムシめ……。ワシが妖怪になってからも邪魔をするとは……仕方ない……お主らの勝ちだ」

 事情を理解していないリットは「は?」と素っ頓狂な声を上げた。

「厳草とは、その棍棒に生えている苔のことだ。何百年も、妖怪ごと騙してきたというのに……クサリムシに暴かれるとは」


 薫厳坊は人だけではなく、妖怪もからかう妖怪だった。

 試練もずっとからかわれ続けたということだ。


「チルカ……」と、ノーラが小さく呟くと、すぐさまチルカは理解した。

「どっせい!」と大黒柱の腐食した部分に風の魔法を当てると、リットが壁を壊したのと同じことが、寺全体で起こった。


 あちこちクサリムシに穴を開けられて朽ちた廃寺は、魔法の衝撃とともに、木くずとなってその歴史を消した。


「な、な、な……ななななななんちゅうことを!」

 薫厳坊は「ワシの依代がぁ!!!」と叫んだが、ノーラに棍棒を頭に投げられた。


「それなんでしょう。依代は……」


 ノーラはやってられないと、珍しく感情をあらわにして先に山の麓の町へ帰っていった。

 無理もない。今回ノーラは割りを食っただけだからだ。



 試練が終わり、厳草と棍棒の一件も落ち着いた。

 ノーラは先に帰り、チルカは肩の力を抜いて深く息をついて、怒りをコントロールしようとしていた。


 しかし、リットの好奇心はまだ尽きていない。


 貧相な依代がバレた薫厳坊が、孤独にうなだれているのを気にしているわけではない。

 寺の周囲を歩き回り、古木や倒れかけた柱を片っ端から観察しているのだ


 そして一周して戻ってくると「……ちょっと面白そうだな」と呟いた。


 リットは近くに生えていた小さな樹をじっと見つめると、苔むした棍棒を手に取り、その根元に無造作に埋めた。


 理由は特になかった。ただ、木と一緒になったらどうなるかを確かめたかっただけだ。


「ほら、行くわよ! これ以上ここにいたら衝動で自然破壊しちゃうそうよ」

「妖精が言うセリフか?」

「それくらい苛ついてんのよ! やっぱアンタになんか着いてくるんじゃなかった!」

「厳草はいいのか? オレはクーの依頼分剥ぎ取ったけどよ」

「あの匂い嗅いだらクソジジイを思い出して不快よ!」


 チルカ怒りに羽を強く点滅させて、夕暮れの山を先に下っていくと、リットもその羽明かりを追った


 薫厳坊と別れの挨拶をすることもなく、それから一度も会うこともなかった。





 時は静かに流れ、かつて寺があった場所はさらに深い静寂に包まれてた。

 雨に打たれ、風に揺られ、季節ごとの光が苔むした木を彩る。

 棍棒を埋めた木はやがて力強く育ち、棍棒は幹に取り込まれるようにして一体化していった。幹の節に馴染み、枝や葉に守られるその姿は、まるで木自身が依代を抱き込み、守っているかのようだった。



 ある日、薫厳坊がかすかなざわめきを感じ、木の根元を覗き込む。かつての依代――棍棒――は消えたわけではなかった。

 ただ、形を変え、木の命と一つになっている。

「……ワシの依代……ふむ、これもまた悪くはないか。そろそろ新たな礼節でも考えるか……」

 薫厳坊はにやりと笑い、木に抱かれた棍棒をそっと撫でた。



 その姿は、年月を超え、妖怪と人間、そして木の営みが静かに交わった証のようであった。


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