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ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(下)

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第二十一話

「あーりーえーなーいー!」

 チルカは不愉快極まりないといった表情で、不満と文句の両方を混ぜた声で言った。

 顔も大声も、リットにだけ向けられている。

 リットが一歩歩けば、チルカは一歩分後ろに飛ぶので二人の距離は変わることがない。リットの目には同じ大きさのままチルカが映っていた。

 アルクバーシルを出発し、テスカガンド城を目指してもう既に三日。リットはこの三日間、ずっと同じチルカの顔を見て、ずっと同じチルカの声を聞いていた。

「聞いてるの? ありえないって言ってんのよ!」

 リットはため息をつくと、一度地面を見るために視線を下に向けてから、改めてチルカに向き直った。

「……オレに言うなよ」

「じゃあ、誰に言えってのよ」

 チルカは眉を強く寄せて、リットを鋭く睨む。

 自分の身になにか起こったわけでも、直接的に自分になにかされたわけでもない。状態としては、自分にとって喜ばしいことが起こっている。問題はその原因がリットであることだ。

 今自分が言っているくことはわがままの類に入ることはわかっていたが、それでも文句を言わずにはいられなかった。

 ある変化が起こったのは三日前。アルクバーシルを出る前に、ランプの光の調整をしていた時だ。この時はまだ、チルカの肌がわずかにヒリつく程度で、調整の時に起こる気温の変化によるものだろうと考えていた。実際にヒリつきは化粧水のように、肌へ馴染むようにして消えていった。

 その日もいつもどおりのスケジュールだ。朝から昼まで歩き続け、昼に食事の時間をとる。その時は、アルクバーシルに滞在している間に、焚き火の遠火でじっくり乾燥させたダーレガトル・ガーの焼き枯らしを、再び焚き火の炎で温めた。

 生き物が焼ける臭いがランプの光の中に充満すると、チルカは嫌な顔を隠しもしないでカボチャにかじりついた。その後は文句を言いやすいリットにグチグチ言って、リットにグチグチ返されるというお約束を出発するまで続け、口喧嘩の余韻を残しつつ、ランプの光が届かなくなり、もうすぐ消える焚き火跡の臭いを遠くに感じていた。

 ちょうどその時だった。チルカが違和感を覚えたのは。

 嫌な臭いの中に、懐かしい匂いが混ざって香っていた気がした。

 次に違和感を覚えたのは、列の先頭を歩くエミリアだった。違和感というより、その答えを見つけていた。

 川から離れた固く乾いて砂埃を上げる土。川のすぐ横のぬかるんですべる土。その両方とも違う感触が靴裏から確かに伝わってきていた。まるで絨毯の上を歩いているような柔らかさに、思わず視線を下に向けると、靴の泥を落とすように真新しい草が伸びていた。

 その生命はとても短いもので、ランプの明かりの外ではすぐに枯れてしまうようなものだった。

 しかも、来た道を一度少し戻ってみると、今までの幻想だったかのように、草が生えた形跡はなく、新しく草が生えることはなかった。

 しかし、これから新たに進む道はランプに照らされると、地面から命が芽吹き出した。

 原因は疑いもなくランプの光だ。それもアルクバーシルで調整を終えてからのランプの光。

 久方ぶりの草の生えた植物と対面したチルカは歓喜の声を上げたかったが、リットのおかげであり、それが気に入らないという不服の声がかき消してしまった。

 その代わりに出てきたのが、三日間続く不平不満だった。

 チルカがムスッとした表情でリットを睨んで飛んでいると、チルカの言葉が止まった隙間にエミリアが言葉を挟んだ。

「そう不機嫌にリットに当たることもあるまい。私は大変満足している。これからの結果を良い風に後押ししてくれている気がしてな。チルカも植物があったほうがいいだろう?」

「そんなの当たり前よ。でも、こんないきなり生える植物なんてありえない。芽吹かしたのがコイツってのがもっとありえないー!」

「結局リットに文句を言いたいだけではないか。それに、ほらあれだ」

 エミリアの言いたい「あれ」がなんのことかわかったチルカは「やめて」と顔を歪めた。

「リゼーネに伝わる。妖精の白ユリの伝説みたいではないか」

「あー……もう最悪……」

 チルカは焚かれた煙に燻された蚊のようにフラフラ落ちていくと、ノーラの背負う鞄の上へと飛び込むように座った。

 ノーラは「まぁまぁ」とゆりかごでも揺らすように、鞄を揺らし行き場のないチルカの気持ちを慰めた。

「あの伝説ならば、植物が生えてくるのは終盤。王子と執事が出会う直前。解決へと向かうところですね。自分もこの現象は前向きに捉えています」

 というハスキーの声が聞こえると、チルカはノーラの後頭部越しにハスキーの後頭部を睨んだ。

「余計なこと言ったら怒るわよ」

「いえ、妖精の白ユリを見つけた者と。妖精本人。役者は揃っていると思いまして」

「それが余計なことって言うのよ!」

「リットも望めば王子になれるわけだ。役者としてはピッタリだな」とエミリアが珍しくからかうように笑う。

 それにチルカは「もう、エミリア。笑いすぎよ」妙に猫なで声で答えた。

 思わずエミリアは足を止めて振り返り、「大丈夫か?」と聞く。

「大丈夫よ」とチルカは力強いピースサインをエミリアに向けた。

 エミリアはその指を見てから、リットの顔を見た。

「いちいちオレに聞くなよ。まぁ……浮遊大陸に行った時に似たようなことがあった。日差しを浴びてハイになったことがな。それと似たようなもんだろ。海の上とか砂漠とかいろいろ行ったけど、ここまで植物がないところで何十日も過ごしたことはねぇからな。植物に触れておかしくなってんだろ。今まではキノコとカボチャばっかりだったからな」

「そのままにしておいて大丈夫なのか?」

「だからオレに聞くなよ。浮遊大陸の時より酷くねぇから大丈夫だろ。そのうち我に返って、自分を恥じる。で、誤魔化すためにオレに突っかかってくる」

「大丈夫なら先を急ぐか。だらだらする必要はないからな。またなにかあったら聞く」

「だからオレに聞くなって」

「リットに聞けば答えが返ってくるんだ。誰でも聞くと思うが?」

「長い付き合いで知った情報だけだ。なにを考えてるかまではわかんねぇよ」



 その日の夜。チルカはテントの先に吊り下げられたランプの光の下で、日光浴と葉浴を楽しんでいた。さすがにテンションは落ち着き、静かな深呼吸を繰り返している。

 それを見たリットは「おい、チルカ」と声を掛けた。

「なによ。久しぶりの良い気分なんだから、アンタの下劣なジョークには付き合わないわよ」

「なにか忘れてねぇか?」

「お礼でも言えっての?」

「謝礼じゃねぇよ。謝罪だ」

「なんでアンタに謝罪なんかしなくちゃいけないのよ」

 チルカはまだ気持ちよさそうに目を細めたまま、葉の海の中で寝返りをうった。

「草を生やしたら土下座でもなんでもするって言ってだろ。忘れたのか?」

 チルカは驚いた猫のように飛び上がって目を丸くすると、必死に記憶を呼び覚ました。そして、しっかり思い出したところで、ほっと長い息を吐いた。

「私はベリーのなる木って言ったの。草じゃないわよ。もう……びっくりさせないでよ。まったく……」

 チルカは力なく草の中に身を埋めると、また気持ちよさそうに深呼吸を始めた。

「まだ中途半端なテンションだな……」

「それだけでも、本物の植物だということがわかる。妖精のチルカがあそこまで影響されるのだからな」

 エミリアはチルカを見ながら言った。

 さっきまで草深く寝転がっていたチルカだったが、今は羽風で草をゆらし草の海に静かに浮いていた。

「偽物の太陽の光で、勘違いして起きてくるようなマヌケだぞ。本物かどうかまだわからねぇよ」

「ならばその光に助けられている私も、またマヌケということだな」

「残念ながらな。立派にマヌケだ。こんなことに率先して首を突っ込むくらいだからな」

「リットも首を突っ込んでいるではないか、それも私よりも深いところに」

「オレは首じゃなくて、片足を突っ込んだんだ。突っ込んだのが泥沼のせいで、足を抜こうと思えば思うほど、まったく別の方向へ進んだだけだ。まぁ、オレのほうがマヌケってこったな」

 エミリアは「なんだそれは」と小さく笑った。

「のんきに笑ってるけどよ。これは予想外のことじゃねぇのか?」

 リットは草をちぎると、息を吹きかけエミリアに向かって飛ばした。

 草汁の青臭いにおいが指に染み込む。感触もにおいも、名前は知らないが、よくある草のものだった。

「それは既に結論が出たことだと思ったが?」

 エミリアは忘れたのかと言いたげに目を細めてリットを見た。

 草の存在に気付いた初日。当然この現象について話し合いをすることになった。

 闇に呑まれた中で最初に起こった現象がこれだったら、話は長引いたかもしれないが、先に水が湧き出るということを体験したリット達には、答えは早く出てきた。

 その時と同じく波長があったということだ。川の水と同じということは、正しくは生えてきたではなく、草が現れたということになる。

「水はまだわかる。せき止められてた水が流れ出したと考えりゃな。植物はそうもいかねぇだろ。誰かが丁寧に足元に植えてるなら別だがな」

 このことに関して、グリザベルははっきりとわからないと答えていた。

 草が現れたという結論も、前の事柄があって導き出したものだ。実際に体験したということもあり、それが一番納得がいく。

 しかし、グリザベルが言うには、新しく生えてきた可能性も無くないと言うのだ。四性質である『熱』・『冷』・『湿』・『乾』は、どれも植物の成長に欠かせないものだ。それは四性質を合わせて作られる『火』『水』『風』『土』という四大元素も同じことだ。

 植物というのは魔力に影響されやすく、だからこそ魔女は『杖』という発明をした。

 つまり四大元素に合わせて、闇に呑まれるという現象を作り出した魔力の暴走の中に、新しい元素が混ざっていたとしたら、新たに芽ぐみ、成長を早める作用があってもおかしくないという。

 その説明に納得できないチルカが、ずっとありえないという文句を口に出していたわけだ。

「そもそもここはわからないことだらけだ。だが、川に水が流れ、草が生えた。空が見える日も近いとは思わないか?」言い終わると、エミリアは自分の言葉に吹き出して笑った。「最初と逆だな。ここに来たばかりに頃は、リットが私を納得させようとしていたが、今は私がリットを納得させようとしている」

「なんなら、説教をする立場と、される立場も交換してやってもいいぞ」

「別にするのならばかまわん。むしろ私に悪いところがあるのならば、忌憚なくすべて話して欲しい」

「なんだよ、自分は完璧な女だっていう自慢か?」

「どうしてそうなる……。お互いを高め合う関係というのは、傷を舐め合うことはでない。言い難いことを指摘できてこそだ」

「なるほど。つまりお互いに欠点を言い合うわけか。お望みとあらば、今すぐにでも百個くらい言ってやろか?」

「別に悪口を言えと言っているわけではない。前に私に無理して悩むなと言っていたようなことだ。部下も上官も、私にそのような提言をする者はいないからな。リットのように言ってもらえると助かるということだ。まぁ、言わせてもらえるのならば、もう少し素直に提言してほしいものだが……」

 エミリアは、普段のリットの遠回しな物言いに少しうんざりしていることを滲ませて言ったが、言われたリットは他人事のように肩をすくめただけだ。

「まぁ、機会があればな。いいかげん乳より尻を育てねぇと、いい女になれねぇぞ。とは苦言を呈してやるよ」

「頭の片隅には置いておく。いつか私も色づくことがあるかもしれないからな」エミリアは「それより――」と話を区切り、「心配事があるのならば、今日の話し合いの時にまた話題に出してくれ。皆でひとつずつ解決していこう」

 エミリアは子供に言い聞かすように丁寧に言い、励ますようにリットの肩に手を置いてから、ハスキーがしている夕食の手伝いをしに行った。

 リットは葉のことについて悩んでいるわけではなかったので、真剣にエミリアに聞いたわけではないし、後で話題持ち出す気もなかった。

 それはそれでよかったのだが、妙な慰められ方をされたようで、リットはそこだけは腑に落ちていなかった。

「旦那ってばフラれちゃいましたねェ」

 草の絨毯を楽しんでいるノーラが然程興味なさそうに言った。

「まさか口説いてもいねぇのにフラれるなんてな。驚きだ」

「まったくもって驚きっスねェ……。言いたいことはビダっと言わなきゃダメっスよォ」

「なんだ言いたいことってのは」

「それは旦那が聞きたいことですよ。これはなんだ? って聞かないでくださいよ。言ったら怒るんスから。まぁ、怒るってことは答えがわかってることだと思うんスけど……」

 ノーラは大きなクリクリの目でリットを見ると、「ね?」と同調を求めるように首を傾げた。

「オマエは……毎回妙に敏いよな」

「旦那の隠し方が下手なだけっスよ。ナッツの入った瓶の置き場所も、無理して買ってみた高いお酒の置き場所も、心の置き所も」

「つまり毎回なくなるナッツは、ネズミのしわざじゃねぇってことだな」

「旦那ァ……」ノーラは無理に作った真剣な表情で拳を握ると、重々しく「心の置き所もっスよ……」とささやくように言った。

「そうだな……今度からは鍵をかけるようにする。心にも、ナッツの小瓶をしまう棚にもな」

「もう……旦那ってばイケズっすねェ……」






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