表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(下)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

318/325

第十八話

 犬のしっぽが重たげにゆさゆさと左右に揺れている。

 先頭を歩くリットにはその姿が見えているわけではなかったが、毛が擦れるさざ波のような音が、ランプの光の中でやけに大きく響いているので、実際に見なくても感じ取ることができた。

 しっぽを振るような人物は、当然一人しかいない。

「この状況を楽しんでねぇか?」

 リットの声には若干の苛立ちが混じっていたが、ハスキーはまったく気付くことなく「はい」と正直に答えた。

「そりゃ、楽しそうでなによりだ」と言うリットの皮肉にさえも気付いていない。

 マージルを出発し早十数日。変わらず川沿いを歩いていた一行だが、テスカガンドが近づいているので、上り下りが険しい山道が多くなっていた。

 それでもやはり、川沿いを歩いたほうが確実で安全なので、それを徹底していたのだが、がけ崩れによって大岩に道を阻まれてしまった。

 一度はその大岩を登り、周囲を確認してみたのだが、その規模がどれほどのものかわからず、岩の上を進んでいくのは危険だという結論に至った。

 見た限り岩はいくつもあり、崩れて砂になったものと土と混じって、足場は不安定。足を滑らせれば闇に飲み込まれてしまう今の状況では、遠回りを選択するしかなかった。

 不幸の中に無理やり幸いを考えると、そのがけ崩れのおかげで川の幅が狭くなったことだ。

 正常の世界ならば、川の水がせき止められる規模のがけ崩れだが、ランプの光の中では水がせき止められることはなく、光の端から水があふれるようにして流れている。

 川は充分に渡れる幅になったことと、闇に呑まれた中ではがけ崩れの規模がわからない。そこで、その川を渡り右に道を探すチームと、左に迂回するチームに分かれることになった。

 分かれるといってもそのまま別々の道を進むわけではなく、マージルの川倉庫で見つけたロウソクを使い、二本が燃え尽きるまで探索を行い、また川に戻ってきて報告をする。

 そして、改めてどちらに進むか決めるという話になった。

 ロウソクで時間を計るというのは、風が吹かない闇の中ではちょうどいい物差しになる。

 二つのチームは同時に一本目のロウソクに火をつけると、それぞれ別の方向へと歩き出した。

 リットはグリザベルとハスキーと共に、川を渡って右へと向かっていった。

 そして、一本目のロウソクが消え、二本目に火をつけて歩き出したところで、ハスキーがしっぽを振る音が聞こえてきたのであった。

 リットが感じた通り、「故郷でもよくやっていたんですよ」と言うハスキーの声は実に楽しげなものだった。

「荷物を持ちをか?」

「いえ、道選びをです」

「ガキの頃から人生に迷ってたのか、そりゃ堅物になるわな」

「遊びですよ。自分の村では伝統的な――」

 ハスキーの言葉の途中で、グリザベルが「ええい!」と大声で口を挟んだ。

「我が真ん中にいるのに、飛び越えて会話するではないわ! どっちか我に話を振ろうとは思わんのかぁ!」

 グリザベルがその場で地団駄を踏むと、燭台代わりに使っている平たい石の上に立たせたロウソクが倒れかけた。

 ハスキーは慌ててロウソクを指で支えると、溶けた蝋に押し付けて再び真っ直ぐにロウソクを立たせた。

 毛についた熱い蝋を取るより早く、ハスキーは「気をつけてください。時間を計る大切なものなのですから」と、グリザベルを諌めた。

「むう……悪かった……。だが、それと我を仲間外れにするのは関係ないわ! 泣くぞ。泣いたら我の涙でロウソクの火が消える。それでもよいのかぁ……」

 いつもどおり感情的なグリザベルだが、呆れるリットとは違い、ハスキーは気にした様子もなく続きを話し始めた。

「自分の故郷はボンゴという獣人の村で、実に様々な獣人が暮らしているんです。同じ種族が集まっていると、問題がないように思われる方が多いんですが――いや、実際に問題は少ないんです。しかし、子供の遊びとなるとそうもいかないんです。視野が広い者、聴覚が鋭い者、嗅覚が良い者。平等に遊ぶということが難しんです」

「平等というものはありえぬ。個を重んじるべきだ。それがたとえ子供だとしてもだ」

 グリザベルは、リットの子供同士の遊びのことなんか知らないだろ。という視線に無視を決め込んで、わかった風に言い切った。

「グリザベル様の言う通りです。合わせるのではなく、各々自分の長所を生かして遊ぶことに決めたのです。それがいつからか、『道選び』と呼ばれる遊びなったのです」

「そうは言うが、いまいち遊び方がわからぬな……。子供の遊びというのは、手遊びや地面遊びと相場が決まっておる。……――次その目で我を見たら、本気で泣くぞ」

 グリザベルに釘を差されたリットは、もう邪魔はしないと肩をすくめた。

「自分の村は森の中にありましたから、周りには川も湖も洞窟もあり、地面もなだらかではありません。そこで、出発点と終着点だけを決め、出発時刻だけ同時。あとは各々自由な道を選んでゴールへ向かうんです。自分で道を選んで進むから、道選びというわけです。そのままですね」

「それは良いな。取り柄を伸ばせば個性が生まれ、行き止まれば欠点に気付く。そうして個という人格に磨きをかけるわけか」

 調子よく喋っていたグリザベルだが、ハスキーの「グリザベル様は幼少の頃どのような遊びをなさっていたんですか?」という質問に、言葉が詰まってしまった。

「わ、我か?」

「はい、グリザベル様のことです」

「我は……あれだ……おままごと? や、手遊び?」

 疑問形で答えるグリザベルに、ハスキーは「はぁ……」とうやむやな返事で答えるしかできなかった。

 ハスキーに助けを求められるような視線を向けられたリットは、「グリザベルは魔女の修行をするために、ガキの頃から婆さんと二人暮らしだ。茶をすすり、茶菓子をがっついて世間話。昼寝をして起きたら、また同じ話題の世間話。ガキの遊びなんて知ってるわけねぇだろ」と、どっちに出したのかわからない助け舟を出した。

「うるさい! 我にとって、それはもう有意義な時間だったわ」

 グリザベルは拗ねて顔をそらしたが、ハスキーの「グリザベル様が見識のある人物に育った理由がわかりました」という言葉に、ふははと高笑いを響かせた。

「そうであろう。我という個は、大人の中で揉まれてできあがったというわけだ。児戯に勤しむ暇などない」

 グリザベルの高笑いを中断させたのはリットだ。

「揉まれるから、乳ばっかり育って中身が育ってねぇんだよ。ガキってのは遊ぶもんだ。遊ばれるもんじゃねぇよ」

「そこまで偉そうに言うなら、お主がなにをして遊んでたか言うてみろ」

「家畜小屋の壁に石を投げて、誰が一番大きな音を鳴らせるかで遊んでたぞ」

 グリザベルは一度右に首を傾げると、今度は左に首を傾げてから正面を向いた。

「……それは遊びなのか?」

「それが遊びだ。大人に遊ばれてたら、怒られるようなことはできねぇからな」

「それでなにを得る」

「なにも。強いて言えば、ニッカーはいつも幼い妹を連れてくるから逃げ遅れるってことくらいだ」

「まったく意味がわからぬ……」

「簡単に言や、見捨てることの大事さとか、罪の押し付け方だ。あぁ――まだあった。押し付けられて、ケツが腫れるまで叩かれた恨みだ。ありがとな、危うく忘れるところだった」

「我の思惑と違うところで礼を言うではないわ。それにしてもだ――」グリザベルは改めてリットとハスキーの顔をそれぞれ見た。「幼少の頃の思い出に花を咲かせる。まるで長年の友のようではないか」

 ハスキーは「そうなればいいですね」と肯定したが、リットは鼻で笑った。

「また、お主はいちいち……」

 グリザベルの苛立ちの視線を、リットは首を振って否定した。

「別に今回はそういう意味で笑ったわけじゃねぇよ。やっぱりオレが正しかったって思っただけだ。話に夢中だけどよ。迂回できるルートがあるかどうか見てねぇだろ」

 土砂の壁が続き真っ直ぐ歩くしかないので、先頭のリットはランプで確認しながら土砂沿いを歩き、後尾のハスキーも話をしながらも周りの様子を確認していた。

 しかし、グリザベルは話し相手のリットを見たりハスキーを見たりの繰り返しで、周囲の確認をしていなかった。

 その通りだったと唖然とするグリザベルに、リットは「ガキの頃に罪の押しつけかたを学んどきゃ、説教から逃げられたのにな。オレはチクり方も学んでる」とからかって言った。

「二人が周囲を見ていればよいではないか……。一人見逃したところで、問題はあるまい」

「オレもそう思う。でも、エミリアって奴は一人ひとりに意見を聞くぞ。身に沁みてわかってんだろ」

「……我にできることはあるか?」

「そのロウソクが永遠に消えないように祈るってのはどうだ?」



 グリザベルの祈りも虚しく、二本目のロウソクは溶けてなくなり、集合場所に戻ることになった。

 帰り道。グリザベルはもう開き直って、ハスキーとのおしゃべりに花を咲かせていた。

 幼少の思い出話の続きから、グリザベルが祖母の元を離れてヨルムウトルへ向かった理由。ハスキーが村を出てリゼーネの兵士に志願した理由など、話題に事欠くことはなかった。

 ハスキーがいちいち相槌を打ち、話を続けるように促すので、グリザベルの口も止まることはない。そのことにテンションが上りすぎて、なにを話したかも覚えておらず、また幼少の頃に話題が戻ると、ハスキーは話しやすいようにと家族の話題を振った。

「自分には姉がいて、よく言われるんですよ。パッチと自分。二人合わせて割るとちょうどいいと」

「パッチワークとは同郷と言っておったな。我には兄弟はおらぬが、師事を受けた魔女の老婦達のことは、家族だと思っておる」

「グリザベル様は故郷へ顔を見せに行ってはいないのですか?」

「うむ、帰らぬ。だが、誤解はするな。両親と仲違いをしておるわけではない。なにか成し遂げてからと決めておるのだ。今回のことに決着がついたのならば、一度帰ってみるのもよいかもしれんな」

「それがいいかと。自分はリゼーネから近いこともあり、報告を兼ねて定期的に帰郷しています。帰るたびに、時間はもっと自分のために使えと言われるのですが……どうも自分にはその自由な時間というものが苦手で……」

「それはもったいないぞ、ハスキー。自由な時間こそ。己を高めるのに最も重要な時間だ」

 今までは二人で話していたのだが、ここで唐突にグリザベルは「お主はどうなんだ?」と、リットに話を振った。

「オレは酒を飲む」

「そんなのはわかっておる。自由な時間じゃなくとも飲んでおるだろう。そうではなく、ディアナに戻るのかと聞いておるんだ。お主の家族というのもあるが、ディアナは今回の支援国だぞ。我は顔くらい出しておいたほうが無難だと思うが」

 グリザベルがこの話題を振った理由は、リットはではなくリットの家族に気を使ってだった。

 リットがディアナに行ったのは、闇に呑まれるという現象に関わった結果たまたまだ。この問題が解決すれば、また疎遠になるのではないかと考えていた。なにより、ヴィクターという繋がりが消えてしまっては、リットも遠慮しているのではないかと、助け舟を出したつもりでいた。

 声に出して言わずとも、その表情からすべて伝わってきたので、リットは頭を抱える思いだった。

「あのなぁ……オレはもう気を使ってるわけでもねぇし、遠慮をしてるわけでもねぇんだよ。家族だから帰りたい時に帰るって言ってんだ。だいたいオレの故郷はディアナ城じゃなくて、そこから離れた村だ。調査隊の報告が終わったあとに、二つも故郷に戻ってみろ。せっかく生きて帰っても、疲労で死んじまうよ。無事に帰ったのはマックスに言や伝わる」

 グリザベルは「ほう」と感心の吐息を漏らした。「お主にしてはずいぶん素直に心境を吐露したものだ。だが、もう少し素直になってもよいと思うが」

「偉そうに感情を押し付けてくる目の前の女を泣かせてやりたいとかか?」

「普段のお主よりは偉そうではないわ。ただ、先送りにしても解決はしないということだ」

「似たようなことを、昔誰かにも言われたよ。でもな、珍しく本心で話してんだ。突っかかられる理由はねぇぞ」

「我も本心だ。突っかかっているわけではない。だが、まだ我の中でも咀嚼できておらぬ。ただそう伝えておいた方が良い気がしただけだ。今はこういう世界だ。ここでの後悔は、二度と取り戻って来れぬぞ」

「忠告ありがとよ。お礼に告げ口はしないでおいてやるよ」



 再び集合し、話し合った結果。迂回ルートはエミリア達が向かっていた方に決まった。こちらも土砂崩れは広範囲に広がっていたが、土砂が坂道となり崖を登ることができたからだ。

 しかし川への道も土砂に埋もれて壁になってしまっているので、何日も川沿いではなく土砂沿いに歩く羽目になった。

 そして、ようやくまた川が見えたのは、テスカガンドの城がある一つ手前の都市。『アルクバーシル』に到着した時だった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ