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ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(下)

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第十五話

 マージルの街の家は都市だというのに家は少なく、その代わり一つ一つの家がかなり大きく作られていた。

 そしてそのどれもが、とてつもなく巨大な本を伏せたような形をしている。地面に付きそうなほど長く傾斜した屋根の形状がそう見せていた。

 丸太で組まれた家に釘の類はなく、トナカイの獣人は自らの角で丸太を削り、溝同士を組み合わせて壁を作る。

 そのような作りなので、中は一部屋しかないが、部屋の中心に仕切りのようにレンガが横に長く積まれていた。長さも厚みも、その上で人が一人寝むれるくらいある。

 リットはそのレンガの塊に「ここには椅子もねぇのか」と腰掛けた。

「ここはトナカイの獣人の家だ。そんなものがあるわけなかろう。お主の弟妹を思い出してみよ。椅子に座っておったか?」

 グリザベルはレンガの塊に寄りかかると、疲労のこもったため息を静かに吐いた。

「たしかにな」と、リットは弟のグンヴァと妹のシルヴァを思い出し、椅子を探すの諦めた。

 マージルの街の家は、長い角が引っかからないようにドアは横長に作られ、長い胴体が引っかからないように家具は少ない。どれも人間であるリットにとっては、使い勝手がいいものではなかった。

「一休みもいいが、二人共やるべきことは先にやるように」

 エミリアは家の中に薪が保管されていないのを確認すると、ヴィコットとノーラを連れて外へ探しに行った。

 チルカは家に残るメンバーを一瞥すると、エミリアと一緒にいるほうが楽しそうだと後をついていった。

 エミリアがいなくなると、リットとグリザベルが自ら進んで働くことはなく、ひとりハスキーがテキパキと荷解きと掃除を始めた。

 一応は邪魔にならないようにと、グリザベルもレンガの塊に座り床を開けた。

「ところでだ……リットよ、寒いとは思わぬか?」

「もう慣れた」

「お主はそうかもしれんが、我は慣れておらぬ」

「なら、もう少し自制心を大事にしろよ」

「心の持ちようで、体が温まるなら最初からしておるわ」

「なんだ、普段の言動の話じゃねぇのか。暖炉に火でも入れりゃ済むだろ。テーブルか棚でも割って薪にしろ」

「その暖炉がわからぬから、探してくれと言っているんだ!」

 グリザベルはレンガの塊から飛ぶようにして降りると、駄々っ子のように自分の太ももを叩いて不満をあらわにした。

「どう考えても、これが暖炉だと思うぞ」

 リットはランプを高く掲げて、天井を見るように言った。

 リットが座っているレンガの塊はエル字型になっており、片方は天井を突き抜けるようにレンガが組まれていた。その煙突の下には、薪を燃やすための炉床のスペースもある。

「暖炉ならば、この無駄なスペースはなんだ。燃やすスペースよりも、レンガの壁のほうが多いではないか」

「さぁな、インテリアかなんかなんだろ。邪魔なら壊すか? 椅子代わりにはいいけど、部屋の真ん中にあるしな」

 リットがレンガの塊から降りて、壊すための硬いものを探そうとするのを、ハスキーが慌てて止めた。

「壊していけません! これはペングイン大陸の伝統的な暖炉です」

「ごたごたが解決したら、ここを博物館にでもするつもりか? ここのを壊しても、伝統的なら他の家にもあんだろ」

「もちろん壊すことにも反対なのですが、リット様が座っていた部分も煙突になっているので、そこを壊すと煙に燻されて死んでしまいます」

「あぁ……。だから、部屋のど真ん中にレンガの壁を作ったわけだ」

「そうです。自分もリゼーネに移住をしてきた者から話を聞いただけですが」

 ハスキーの言葉に納得をみせたリットとは逆に、グリザベルは不機嫌に口をとがらせた。

「納得しあっていないで、我にもわかるように説明せよ! すぐに仲間外れにするでない! いじわるするなァ!」

「このレンガの壁の中を通ってから、煙突を通り、外へ煙が排出されるということです」

 ハスキーはレンガを指でなぞりながら言った。

 薪や石炭を焚くのは普通の暖炉と同じだが、マージルの暖炉とは火そのもので部屋を暖めるわけではなく、その火で熱を蓄えたレンガで暖をとるものだった。

 本来ならば煙突から煙とともに排熱をさせるが、レンガの壁の中にある煙道を何度も蛇行して登っていく間にレンガ自体に蓄熱させる。

 熱をため込んだレンガはゆっくり放熱するので、炉床の火が消えてしまっても長時間部屋を暖めることができる。

 トナカイの獣人は朝に薪を焚いて一斉に仕事にでかけ、仕事終わりの夕方に暖まった家へと戻る。帰宅と同時にまた薪を焚いて、起床までの熱を確保する。

 そうして一日中家の中を温めておくことで、長く厳しい冬を過ごしていた。

 というハスキーの説明を聞いたグリザベルだが「意味はわかるが、理解はできぬ」と眉をひそめた。

「そりゃ、年がら年中引きこもって、部屋に根っこを張ってるからだろ。普通の奴は外に出る。ペングイン大陸ほどの寒冷地なら、一度家が冷え切ると暖まるまでアホほど時間がかかる。ずっと家にこもって薪を焚べてりゃ必要ねぇけどな」

「お主はいちいち我をバカにしないと、話を進められないのか……」

「余計な一言を付け足さなきゃ、話は終わってだろ。意味がわかったなら、理解できねぇとか言う必要ねぇんだよ」

 リットが責めるように言うと、グリザベルは不機嫌に顔をそらした。

「チルカが最後に一言足せって言ったもん……」

「一言と余計な一言ってのはな、美人と化粧をしたら美人くらいの違いがあんだ。だいたい会話じゃなくて、暖炉に火を入れろって話だろ。外に行った奴らが薪を持ってくるまで、おとなしく待ってろよ」

 リットはレンガの上で足を伸ばして寝転がると、ふとエミリアが言っていたことを思い出し、それについて考えた。

 時間というのものは進むというのが普通であり、止まると戻るというのは普通ではないことだ。その普通ではないことを手に入れる力こそが、ディアドレがテスカガンドで求めた『エーテル』という魔力元素だ。その失敗が『闇に飲まれる』という現象。

 考えている途中。

 リットの耳に「ゆえに我はカオスと呼ぶ」というグリザベルの声が届いた。

「……なんだよ」

「そういう顔をしておった。エミリアとチルカの話を考えているなら無駄なことだ。カオスの相反はまたカオスだ。どこを引っ張ってきても答えは出てこぬ。熱のウィッチーズ・カーズは冷。というような単純なものではない」

「ディアドレの魔法陣を解明したんじゃなかったのか?」

 グリザベルはホコリを被ったレンガに指で円を描くと、その中に適当に線を書きなぐった。

 そして、「これが、ディアドレの魔法陣だ」と言うと、横に新たな円を描き、その中に正確な五芒星を描くと「それを我はこうするだけ」と言った。

「意味がわかんねぇよ。当然――理解もできねぇ」

「ただ無にするということだ。我はディアドレと同じ現象を引き起こし、それをおさめることができる。それは修復ではなく、治療ということだ。つまり無に回復させる。修復ができるのならば、我は今頃エーテルでも作っている」

 グリザベルは言ってやったと口元をニンマリさせるが、リットの表情は変わらなかった。

「失敗作を修復させても、同じ失敗を繰り返す未来しか見えねぇよ」

 グリザベルはむうとむくれて見せたが、ため息と同時に表情を整えて「道理だ」と呟いた。「だからこそ、我は治療という選択肢を選んだのだからな。魔法陣に精通している我だからこそ、選べる選択肢だ。褒めるなら遠慮なく褒めよ」

「オレも精通はしてる。褒められるようなもんじゃねぇよ。一人心で大人の仲間入りを喜ぶもんだ」

「お主は……人生に一度くらいは最後まで真面目に話を聞こうとは思わぬのか?」

「今日の話は最後まで真面目に聞いてたぞ。話し終わった後の戯言に、戯言で返しただけだ」

 リットは起き上がると、暖炉から降りて、急に床の埃を箒で掃きはじめた。

「こらー! なにをしている! 話はまだ終わっておらんぞ!」

「なにって掃除だ。必要なことだからな」

「必要なのは、我を褒めてから話を終えることだ」

 グリザベルはリットから箒をひったくると、前に立ちはだかった。

「いいから返せよ。話より掃除のが必要なんだから」

「いいや! 掃除より話だ!」

 何度か同じ問答を繰り返していると、リットの声に賛同する声が一つ増えた。

「大事なのは掃除だ。めずらしく自分から働いているリットを、グリザベルが邪魔をしてどうする」

 薪を持って戻ってきたエミリアの目には、グリザベルがリットの掃除を邪魔しているようにしか映っていなかった。

「違うぞ! 邪魔をしていたわけではないのだ! 元々リットも――」

「話は聞くが、まずリットに箒を返すんだ」

 グリザベルは腑に落ちない顔で箒を返すと、リットはニヤニヤと笑っていた。

「なっ、必要なことだっただろ? 少なくともオレには」



「このチクリ魔め……」とリットは呟いた。

 そろそろエミリア達が戻ってくると思い、掃除のフリをして小言を回避しようとし、途中まで成功していたリットだが、同じ留守番組にハスキーがいたことにより、結局はサボっていたのがバレてしまった。

 リットが食事をしているハスキーに恨みがましい視線を送っていると、エミリアに「また手が止まっているぞ」と活を入れられた。

「そう思うなら、エミリアが代わりにやったほうが早く終わるぞ」

 リットは捌いたダーレガトル・ガーの骨をエミリアに突きつけるように持って言った。

「それでは罰にならないだろう」

 魚の切り身と野菜を一人前分。陶製鍋に層状に入れ、蓋をして、熱いオーブンで調理する。

 オーブンというのは、もちろん暖炉のことだ。普通の暖炉とは違い、薪を詰め込むような使い方をするので、下火で調理することができず、いつものスープを作ることができない。それで一人分ずつ調理することになった。

 陶製鍋はこの家の中で見つけたもの。わざわざ外に出て焚き火でスープを作らないのは、ヴィコットの気分転換に文化に触れてみようという提案のせいだった。

「言っとくけどな。この気まぐれの提案は恨むぞ」

 リットが恨みがましく言うが、ヴィコットは気にした様子はなく、ご機嫌でオーブンの中から鍋を取り出した。

「ほら見てみろ、ゆっくりと火で似たからシチューのようにトロトロしてるぞ」

 鍋の蓋を開けたヴィコットはスプーンを入れてみせた。

 柔らかく煮られた魚も野菜も、ナイフを突き刺したようにスプーンが入っていく。ザクザクとスプーンを入れて層を崩し、カボチャの甘い匂いが全面に出てくると、ヴィコットは熱いままのそれを口の中に入れた。

「これぞ文化の味だな。そうは思わんか?」

「オレはまだ食ってねぇよ。どこぞの子豚がおかわりを要求してきたせいでな」

 リットは鼻水をすすりながら、鍋をかっこむノーラに目を向けた。

「旦那ァ……私のおかげで食べられるんスよ。私がこの陶製鍋を見つけたから、味気のなかった旅のスープから、ノッタラとしたシチューを食べられるってなもんです」

「だからまだ食ってねぇんだよ」

「アンタのことはいいから、カボチャは焼けたの? 焦げてたら承知しないわよ」

 チルカはレンガの壁の上から声を掛けた。

 レンガの上には木の板が一枚置かれ、レンガの放熱によりまるで湯船に浸かっているかのような暖かさがある一番良い場所を陣取っていた。

「なんでオレが妖精の餌やり担当なんだよ」

「料理番よ。無理難題を押し付けたわけじゃないんだから、感謝しなさいよね」

 エミリアがリットに与えた罰とは、チルカの言うことを一つ聞けということだった。リットには一番こたえるだろうという考えの罰は、やはり効果があった。

 ここで長くごねてエミリアの小言とチルカの罵詈雑言の両方を聞いているよりも、さっさと言うことを聞いたほうが早く終わることを、リットは知っていたからだ。

 薄く切ったカボチャをベーコンのようにカリカリに焼いたものをチルカに渡すと、チルカはこれ見よがしに音を立ててカボチャをかじった。

「言わせてもらうけどよ。オレと仲良くサボってたグリザベルは、今度はノーラと仲良く飯を食ってるのはどういうこった」

「我は労働したからだ。お主と違い、ごねずにすぐ掃除を手伝った」

「オレもごねて無駄だと思ったから、子豚共の餌を作ってるんだけどな。太らせて食わずに、肥えたままの姿を見世物にするぞ」

「しょうがない……わかった。私が代わってやる」

 エミリアは立ち上がるとリットの隣に並んだ。

「代わってやるってな。もう食ってねぇのはオレだけなんだよ。最後の一食を作ったくらいで、恩の押し売りをするつもりか?」

「誰も最後の一食だとは言っていないだろう」

 エミリアはノーラを顎で指した。

 ノーラは「冷えた体が温まりますねぇ……」とほっと息を吐くと、「どれ、もう一杯。旦那に付き合いますかァ」と空になった鍋をエミリアに渡した。

「そういうのは酒を飲んでる時に言ってくれ、もう一杯飲む言い訳にできるからよ。つーかよ、さっきグリザベルも言ってたけど、そんな寒いか?」

「寒いっスよォ。特に外は、まぁ凍えるほどじゃないっスけど」

 ノーラがレンガの上で暖まるチルカに視線を送って聞くと、チルカは肯定の頷きをした。

「ふむ」と興味深げな声を出したグリザベルは、少し考えてから「エミリアはどうだ?」と聞いた。

「私は寒いとは感じなかったな」

「ほう……。それで、リットも寒くはないと。共通しているのは、先頭と後尾ということか」

「なにが共通してんだよ。白黒ゲームじゃねぇんだ。端で挟んだって色は変わんねぇよ」

 リットは暖炉を見つめながら、自分の分の鍋が煮えるのを見守りながら言った。

「先頭と後尾。ランプを持っているのはお主ら二人ということだ。つまり一番ランプに近いということ。ランプの影響をしっかり受けているから寒さを感じず、一定に保たれた気温に包まれているのやもしれぬ」

「さらっと言いやがって……。テスカガンドっていう魔力が暴走してる中心地に近付いてるせいで、ランプの効力が薄れてきたってことだろ」

「そうは言っておらぬ。川が二つに別れた時のように、またランプの炎を調整すべき所に来たというだけだ。お主が繊細な心を理解できれば、繊細な調整もできるであろう。この機会に少しは勉強すればよいのだ」

 グリザベルは言ってやったと、高笑いをフハハと響かせた。

「それってオレが調整をミスれば道連れってことだから、さっきの仕返しにはなってねぇぞ」

「……だから死ぬ気で学べと言うておるのだ」

「学んだところで、グリザベルを讃えて持ち上げるようなことはしねぇぞ。それでも、繊細な心ってのは必要か?」

「……必要ない」

「グリザベルももう少し押しが強ければ、旦那に負けないと思うんスけどねェ」

 ノーラは鍋に手を伸ばしながら言った。

「おい、ノーラ。それはオレの分じゃねぇのか」

 リットが手を伸ばすより早く、ノーラは食べ始めた。

「いやー、もう少し押しが強ければっスよ」






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