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ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(下)

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第十三話

 一年の半分以上続くペングイン大陸の長く厳しい冬。

 背の高い針葉樹が屹立しているマージルの森は、雪が融けたときの水だけで成長する。この森は山をも飲み込み、いくつもの川を跨ぎ、果ての見当もつかないほど茫洋と広がっている。

 森に人が歩く道はなく、獣道も毎日降り積もる雪に日ごと隠される。唯一迷うことなく安全に移動できるのは、この森に古くから住み、土地を知り尽くした森と生きるトナカイの獣人だけだと言われていた。

 マージルに住むトナカイの獣人は短い夏の間に、冬に輸出する為の木材を確保するために、頭の角を使って木の高いところに印を付けながら森を回る。その印を見分けることで、トナカイの獣人は深い森でも迷うことがない。

 そして、見通しのいい夏の間に準備を済ませ、成長が止まる冬になると木を切り倒して、冬の輸送業の傍ら自らの土地の木材も運び売る。

 しかし、闇に呑まれた現在ではそんな文化も目印も意味をなさず、朽ち倒れた木々の荒野に森の面影はない。

 今は森に阻まれることもなく、ただ川沿いを歩いていくだけだった。

 森という言葉に淡い期待を寄せていたチルカだが、結局いつもと同じ光景が続くので飽き飽きしてしまい、特に興味がある話題でもなかったが気分を変えるためにも「テスカガンドってどんな場所なのよ」と口にした。

 すると、すかさずグリザベルが「太陽と月が交わる場所だ」とこたえた。

「……私がそんなこと知りたいと思うわけ?」

 国の特産や名物や街並みなどの特色が知りたかったチルカは、返ってきた答えにがっかりし、それを露骨に顔にあらわした。

 しかし、こたえたグリザベルもチルカと同じ顔をしていた。

 影の映らない足元の速度を少し緩めてしばらく歩き、無言の代わりに足音を鳴らす。考え事をしながらの足取りはちぐはぐで、その足音は音痴の拍子に合わせて踊るような不気味なリズムを刻んでいた。時折何か言おうと口元を動かすが結局はつぐみ、そのせいで足音の拍子は転調を繰り返していた。

 そのせいで後ろにいるリットまで足取りがおぼつかなくなってしまっていた。

 我慢ができなくなったリットが膝で腰を小突くと、グリザベルはようやく真っ直ぐ歩き出した。そして、足音のリズムが一定に戻ると、おもむろに口を開いた。

「――思うてはいないが、それくらいしか情報がない。テスカガンドが滅んだのは遥か昔のことだ。実際のテスカガンドを知っている者は、長寿の種族くらいのものだ。魔女の口伝で情報は残っておるが、ヴィコットのほうが詳しかろう」

 長寿であるゴーストという種族。その種族のヴィコットならば、仲間のゴーストの誰かがテスカガンドへ行ったことがあるかも知れないと、そして話を聞いているかも知れないと話を振ったが、ヴィコットは言葉を口に出す前に、首を横に振って否定をした。

「テスカガンドの話は禁忌だ――というわけではないが、わざわざ話す者はいなかった。誰も滅んだ国には興味がないからな。生前に行ったとしたら記憶は失われているし、ゴーストになってから行ったとしても、そんな遠い昔の記憶は残っていないだろう」

「ならば我が話すしかないようだな」

 グリザベルが嬉しそうに咳払いを挟むと、さらにチルカが野暮ったい咳払いを挟んだ。

「瞬間の暇つぶしに振った話題なんだから、別に広げなくていいわよ。グリザベルが話し出すと長くなるんだから」

 そう言うチルカの言葉は聞く気もなく、グリザベルは続きを話し始めた。

「太陽に月。それに星。それらに照らされている土地というのは、魔力が満ち溢れている土地だ。それらの図形は魔法陣に使われると共に、皆無意識に国の象徴にする」

 ディアナは月の国。ヨルムウトルは星の国。ディアドレが好む国というのは、太陽や月や星に深く関わりがある国だということは、前にグリザベルが話していたことだ。

 そして、テスカガンドは太陽と月の二つを国の象徴としていた。雪が振り空が見えない時でも、太陽の光と月の光は地上に届き、方角を教えてくれていた。

 それがただの伝承でも、ディアドレにとっては研究に丁度いい場所だった。太陽と月。二つの力が集まる土地ならば、ヨルムウトルでの失敗を取り返せると思い目をつけていた。

 テスカガンドの王も、ヨルムウトルの王に劣らずの欲深き人間だった為、エーテルという幸福をもたらす魔宝石の研究の了承は簡単に取れた。

 鉱物資源が豊富なスキップ山脈に近いアルクバーシルという街があり、マルヴィー川が凍る冬でもトナカイの獣人が魔宝石の材料となる鉱物をテスカガンドまで運んでくれる。まさに研究に没頭するにはあつらえ向きの国だった。

 しかし、この時にはディアドレもエーテルを完成させるという欲に溺れていたのかも知れない。より強大なエーテルという力を目指し、結果、ヨルムウトルよりも大規模なウィッチーズ・カーズが起こり、闇に呑まれるという現象になってしまった。

「――そうして、深く自省したディアドレは、魔法というものへの理解を深める為に各地を回り、魔録シリーズを書き始めた。というのが、魔女達の話を噛み砕き、我が飲み込んで栄養にした見解だ」

 喋り終えて満足気なグリザベルとは違い、チルカは不満気に口を結んで話を聞いていた。

「だから、そんな自分の中で消化されすぎて糞みたいな持論になるのよ。だいたい、魔女に魔女、魔女、魔女魔女魔女。人間関係の浅さが滲み出てるわよ。たまには魔女抜きでなにか話せないわけ? 私はあんな店があったらいいわねぇとか、美味しいもの食べたいわねぇとか、その程度の話をしたいのよ。それを魔女魔女魔女――」

「わかったわかった! もう言わぬ。……だが、我の話題は魔女知識だけでいっぱいいっぱいなのだ……しょうがなかろう……」

 グリザベルはふてくされたように口を尖らせて言った。

「本当に寂しい人生歩んでるのね……」チルカはグリザベルに憐れみの視線を向けると、きょろきょろと辺りを見回した後、リットを見て顔をしかめた。「アンタはねぇ……パスよ」

「そりゃありがてぇ。なにを考えてるかは知らねぇけど、関わったらろくなことにならなさそうだからな」

 そう言ったリットの言葉を無視したチルカは、一度ノーラを見てからヴィコットの眼前まで飛んでいった。

「アンタでいいわ。ちょっと付き合いなさいよ」

 ヴィコットは「まかせろ」と胸を叩くと、チルカの言いたいことは全てわかったという顔をして、グリザベルに振り返った。「女心を極め、一度は身も心も女になろうと思ったオレが、実に簡単な会話方法を一つ教えよう。簡単だが奥が深いぞ。大事なのは二つ。共感と否定に見せかけた共感だ。いいか? 見てろ」

 妙に乗り気のヴィコットに不安を覚えながらも、チルカはんんっと咳払いをしてヴィコットの顔を見た。

「……テスカガンドってどんな場所なのかしらね」

「わかるー、どんな場所なのかしらぁ」

 ヴィコットは身悶えるように腰をくねらせながら言った。

「……私は王様がいるんだから、美味しいものもあるし、庭も綺麗だったんだと思うんだけど」

 ヴィコットは「うそー」と言ってからグリザベルの顔を見た。「――今のうそーは言葉は否定的なものだが、相手に伝える感情は肯定的なものにしなくてはいかん。声色で難しいと感じたら、表情で伝えるんだ」

 ヴィコットがグリザベルに表情の指導をしようとしたところで、ヴィコットの頬にチルカの蹴り上げた右のつま先が刺さった。

「このバカ、誰が相槌の練習に付き合えって言ったのよ。これじゃあ喋ってるの私一人じゃない」

「なにを言ってる。相槌も立派な会話だぞ。それにこれは初歩も初歩だ。これからステップツーの褒める相槌は、さすがに始まり、そうなんだで終わる。さしすせそ編を始め、上級テクニックである効果的なうんうんの使い方まで一気に駆け上がるつもりだ」

 チルカは空いている左足でもう一度ヴィコットの頬を蹴った。

「一に対して百で返したり、質問じゃなくて会話なのにイエス・ノーで答えるなって言ってるのよ。話を聞いて欲しいんじゃなくて、会話がしたいって言ってるの」

 チルカはおまけにと両足でヴィコットの頬に飛び蹴りを入れると、その反動を利用して一気にグリザベルの眼前まで飛んでいった。

 そして、たった今会ったばかりのように「いい天気ね」と、片手を上げて言った。

「なにを言っておる。ここは闇に呑まれているんだぞ。天気などないに等しいものだ」

「……いい天気ね」

 チルカがもう一度すごんで言うと、グリザベルは怯みながら「う、うむ、いい天気だ」と答えた。

「だからそのことを言ってんのよ。いい天気ね。なんて、ただの会話の入りに決まってるじゃない。それをなにオウム返しで返してんのよ。こっちは言葉を教えてるんじゃないのよ」

「いい天気だと言われたら、いい天気ということだろう。だから我も同調したのだ。なにも間違っておらんもん……」

「洗濯物がよく乾きそうとか、天気がいいから外を歩きたくなったとかなんでもあるでしょ。いい? 会話っていうのは二人で発展させるものなのよ。そしたら、私もまた少し発展させて言葉を返す。そうして話題が膨らんでいくの」

 チルカの言葉に真っ先に頷いたのはヴィコットだ。「まさに口説きのテクニックだ。少しずつ話題を変えていき、相手の食いつきがいいとそこで一旦止める。そして、飽きが来る前に次の食いつく話題に少しずつ変えてを繰り返し、距離が縮まったら一気に引き上げる」

「うっさい。もう用無しだからどっか行きなさいよ」

 チルカがシッシと手で追い払うと、ヴィコットはつまらなさそうに肩をすくめて、今度はハスキーに話しかけて歩き出した。

「言うておくが、我は太陽が苦手だ。ゆえに晴れた日にわざわざ外には出かけぬ」

「そしたら私は、なんで外に出たの? 買い物? って聞くわよ」

「確かに買い物には出るかも知れぬな。食料がなくなったか、インクがなくなったかでもすれば、外に出ることもあり得る」

「そう答えるなら、私はどこの店から美味しそうな匂いがしていたとか、どこの店が安売りしてるとか答えるわよ。ほら、これで会話成立よ。グリザベルの嫌いな長い無言の間は訪れない」

 チルカは簡単でしょと言う風に両手を広げた。

 グリザベルは「むむっ」と難しく眉を寄せた後、「ほう……」としかめた眉を緩める。そしてまた「むむっ」と両眉をよせてから、不敵な笑みを浮かべた。

「なんだ簡単なことではないか!」

「だーからそう言ってんでしょ。どうしてもイエス・ノーの言葉が先に出るなら、最後に一言足すのよ」

「むうぅ……せっかく理解してきたというのに、またわけのわからぬことを……」

「グリザベルの魔女話よりかはわかりやすいわよ。さっきと同じことをすればいいだけよ。いい天気ねと聞かれて、いい天気だって返しちゃったんなら、その後に足せばいいの。いい天気だ。溜まっていた洗濯物を一気に干してきたとかね。私はわかんないけど、魔法陣とかにもそういうのあるんじゃないの?」

「たしかに、同じ魔法陣でも前後を入れ替えることもある。術式は人の癖が如実に現れるものだ。同じ冷という四性質を魔宝石にこめようとも、術式は十人十色だ。つまり術式のように、会話のパターンを暗記すれば我に死角はなしということか!」

 グリザベルは誰かを殴るのではないかと思うほど強く拳を握ると、

「あのねぇ……根本的に間違ってるわよ」

 というチルカの言葉は、もうグリザベルには聞こえていなかった。

「まずは同じ会話が通用するか試して見る必要があるな……」と小さく呟くと、グリザベルはエミリアの元に早歩きで近づき「良き天気だ」と言った。

 エミリアは歩く足を止めずに、顔だけを空に向けた。

「そうだな。闇の向こうの空は晴れかもしれんな」

「うむ。……む?」

 模範になかった返しに困ったグリザベルは助けを求めてチルカを見るが、チルカはとっくに呆れ果ててグリザベルの視界から消えていた。

「まったく……まるで子育てよ。まぁ、私が教育係になればグリザベルも少しはまともに会話ができるようになるでしょうね」

 チルカは自慢げに口端を吊り上げてリットに言うが、リットの言葉は「うそー」の一言だった。

「まだ卵が孵ってオタマジャクシになったくらいよ。足が生えるのはこれからね。私にかかればカエルだって空を飛ぶでしょうよ」

 リットはまた「うそー」と一言で返した。

「アンタねぇ……ヴィコットの会話を聞いてたからって、露骨に真似すんじゃないわよ。なにその声色、気持ち悪いわよ」

 苛立ってきているチルカに、リットは全く同じ声色で「うそー」と同じ言葉を繰り返した。

「もー! アンタに聞いた私の頭がどうかしてたわよ!」

 苛立ちに任せて両手を振り下ろしたチルカに向かって指をさすと、リットは意地の悪い笑みを浮かべた。

「わかるー」

「あーっ! アンタ、本当ムカつく!!」






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