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ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(下)

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第八話

 チルカの舌打ちが響く。いや、響くと言うより叩きつけると言ったほうがしっくりくる。憎々しく、溜まり溜まった鬱憤を鳴らす渾身の舌打ちは、真っ直ぐ地面に叩きつけられた。

「前に旅商人にカモにされたのに、まだ懲りねぇのか」

 リットが呆れると、チルカはさらに強く舌打ちをした。

「うっさいわね。黙ってなさいよ。さぁ、もう一度。早く後ろを向きなさいよ」

 チルカが睨みつけると、リットは肩をすくめて背中を向けた。

 リットとチルカがやっているのは、穴を掘り、その中に小石を入れて大きめの石で蓋をし、そこに何個入っているか当てるという、ただの暇つぶしで始めた遊びとも言えない行為なのだが、始めてからチルカは一度もリットに勝ててはいなかった。

 チルカは「二個にしようかしら、それとも五個にしようかしら」と口に出して惑わせようとする。わざと音を立てて穴に小石を投げ入れたり、そっと抜き取ったり、やりたいことをやって石で蓋をすると、「さぁ、いいわよ」と意気込んだ。

 リットは座っていたお尻を軸にして前を向くと、チルカの顔を見た。

「上限の五個以上は入れてねぇだろうな」

「ないわよ」

「虚をついて、一つも入れてないこともありえる」

「さぁね」

「一個か……二個か……三個か……四個か……五個か……」

 リットがわざとゆっくり言いながら自分の顔を見てくるので、チルカは真顔だった表情を変えて両眉を不機嫌に寄せた。

「なんなのよ、毎回毎回。言っとくけど顔には出てないわよ」

「そうかもな。でも、入れたのは三個だろ?」

 蓋も開けずにリットに言い当てられて、チルカは驚きに目を見開いた。

「アンタ! 本当は見てんじゃないでしょうね。その汚い後頭部に目でもついてるなんて、キモすぎよ」

「ついてたら、酔って転んで打ち付けた時に失明してる。もういいだろ。どうせオレには勝てねぇんだ」

「まだよ。勝ち逃げなんてさせるわけないでしょ。早く後ろを向きなさいよ」

 チルカは同じように惑わせてから穴に石の蓋をすると、リットに正面を向かせた。

 先程までと違うのは、表情から悟られないようにチルカは顔を手で覆っている。

 リットも同じように「一個か……二個か……」と口に出していく。そして、「四個か……」と言った時、チルカの背中の羽が一瞬強く光り、焚き火の炎でできた影を薄めた。

「四個だろ。いいかげん諦めろよ」

「くーやーしーいー! なんなのよアンタ! あームカつく!!」

 チルカは蓋にしていた石を蹴るが、チルカが蹴飛ばすには少々大きいため、打ち付けたつま先の痛みにうずくまってしまった。

「こうも惨めな奴を見るのは久々だな」

「……うっさい」

「なんか賭けてるわけでもねぇのに、ムキになることもねぇだろ」

「その勝者の余裕がムカつくのよ。アンタ本当はイカサマしてるんじゃないでしょうね」

「オレは後ろを向いてるし、石はオマエしか動かしてねぇのに、どうイカサマしろってんだよ」

 リットは立ち上がると、悔しそうに考えるチルカを置いて、十数歩先にある沢の水を汲みに行った。

 鍋を沢の中に入れると、いつもある感覚がなかった。いつもは傾けた鍋の先が沢底に当たるのだが、当たらずに重く水をすくうだけだった。

 鍋を引き上げたリットは、焚き火まで戻ると「ずいぶん川に近づいたんだな。底が深くなってきた」と鍋を火の中に置いた。

「沢の曲がりは水が深くなるもんだ。まぁ、近付いているのは確かだがな」

 ヴィコットは食事の支度の手を止めずに言った。リットが汲んだばかりの鍋に乾燥させたミトリダケを入れ、掘り出したばかりのダーレガトル・ガーを焚き火の端で焼く。闇に呑まれた中で他に採れるものもないので、二つとも既に食べ慣れたものになっていた。

「深さはどれくらいかわかるか?」

 エミリアが鍋に東の国の海藻を足しながら聞いた。

「ちゃんと確認はしてねぇけど、オレの膝上くらいだな」

「そうか、丁度良い深さだな。流れも速くない。水浴びをするなら今のうちだな」

「大賛成だ」

 ヴィコットは口笛でも吹くように上機嫌に言った。

「ヴィコット殿……言っておくが、男女の時間は分けるつもりだ」

「それは大反対だ」

 ヴィコットは不服を顕に唇を尖らせた。

「小娘と、やせ細った女と、ちんちくりんと、もっとちんちくりだぞ。裸を見てなにが楽しいんだよ」

 リットの言葉に、ヴィコットは心底失望したとため息をついた。

「それが男の反応か? 男の仕事は女の裸を讃え、敬い、称賛するもんだ」

「むんむんまっの色気が服を着て歩いてるような女なら賛成だ。だけどな、そんな女だったら、酒の勢いで口説いてる」

「二人は成長が足りないとしてもだ。エミリアとグリザベルは充分過ぎるほど美人だぞ」

「ツラの良さと色気は比例しねぇよ。顔ってのは化粧でごまかせるけどな、にじみ出る色気ってのは誤魔化しが利かねぇもんだ」

 リットは焼いた魚を一つ取ってつまみ食いしながら言った。まだ少し生焼けの部分があったが、香ばしく焼き上がった皮と、しっとりとした身は絶妙に美味かった。

「偏屈な男だ。たまには素直に褒めてみたらどうだ。案外飾り立てた言葉より喜んでくれるものだぞ」

「喜ばせるの意味わかってんのか? 図に乗らせるってことだぞ。図に乗ってこれ以上小言を言われてみろ。縮み上がって消えちまうよ」

「例えばつまみ食いをするなとかか?」

 リットの後ろにはいつの間にかエミリアが立っていた。

「すぐに小言が飛んでこなかったから、どっかに行ったと思ってた」

「行っていたぞ。沢の様子を見にな。杭も打って、テントの布をかけてある。汗の臭いと一緒に、少しは減らず口を流してこい。リットがいては食事の用意も遅れる」

 エミリアはヴィコットにも水浴びを進めると、自分は料理の続きを始めた。



 リットとヴィコットが沢に向かうと、杭代わりの太く長い枝が四角形に四本刺さっており、ちょうどハスキーが布で四方を囲っているところだった。

「仕事が早えこったな」と、リットは枝の出っ張りにランプを掛けた。

「いやー……沢底は石のため、苦労しました。杭にぶつからないようお気をつけてください」

 ハスキーが汗に濡れた顔の毛を拭いながら言うと、ヴィコットが中に入る前に「ちょうどいい。男三人、裸の付き合いだ」と水浴びに誘った。

「ご一緒してよろしいんですか?」

 ハスキーは誘われていないリットに了承を取るため顔を見た。

「構わねぇよ。むしろ二人きりよりマシだ」

 リットは脱いだ服をテントの布にかけると、沢の中に入っていった。

 水は冷たく、足先から体温を奪っていくが、汗でベタついた汚れが流れていく気持ちよさのほうが勝っていた。

「失礼します」とハスキーも続いて沢の中に入る。

「獣人ってのは、こんなところまで武器を持ってくるのか?」

 リットが視線を下げると、ハスキーも視線を下げて自分の体を見た。

「いえ、これは違います」

「嫌味だ。これ見よがしに棍棒みてぇのをぶらぶらさせてるからな。それでクルミの殻でも割ってみせたら、酒場じゃ人気者になるぞ」

「そんなことをしたら、怪我をしますよ」

 ハスキーは下腹部隠すように身を捩った。

「そりゃ、腫れ上がってまた一段とでかくなるな。やめとけ」

「そうジロジロ見るな失礼だろう」

 ヴィコットは水浴び後。すぐに体を暖められるように、燃やしていた焚き火の中から薪を一本選び、それを手に持っていた。

「そっちはついてないから――で……なにやってんだ?」

 リットが視線を向けた先では、ヴィコットが持った薪の炎で出てきた影を水面に揺らしていた。

「なにって、優位な順位に上がろうともがいてるんだ。今のところは、リット。オマエが一番下だ」

 ヴィコットは見せつけるように両手を腰に当てるが、その時、手に持った火のついた薪が沢に触れ、音を立てて火が消えてしまった。ランプの明かりだけに戻った空間では、影は一つもなくなった。

「もがきも虚しく、溺れ死んでいったな。助け出して、人工呼吸なんてすんなよ。ひでぇ絵面になるからな」

「ゴーストってのはつまらんもんだ……」

 ヴィコットは心底うんざりしたように言った。

「そうか? なかなかおもしろおかしい種族だと思うぞ」

「どうせなら女のゴーストに生まれ変わりたかったと言っているんだ。考えてもみろ、男のゴーストより女のゴーストのほうが怖さが増えるだろう。それに胸も膨らんでる」

「まぁ、男のゴーストより、生身の男がいきなり部屋にいたほうが怖えからな」

「そうだろう。古今東西ゴースト話ってのは音が主流だ。それに胸も膨らんでる」

「それじゃあ、次に生まれ変わるときは絶対に女だと、期待に胸を膨らませてろよ」

「今はこのつまらない現状に、ただ頬を膨らませてろと言うのか?」

「この状況で、股間さえ膨らまさなけりゃどうでもいい。いいか? でかさ比べでそれはいろんな意味で反則負けだぞ」

 リットは腰を曲げて沢に頭を突っ込むと、乱暴に髪を手でわしゃわしゃと洗った。

「なんとも間抜けな格好だな。リット……絶対にこっちへ尻は向けるなよ」

「んなことするかよ……」とリットは顔を上げると、顔に滴る水を払いながらハスキーに目を向けた。「つーかよ、水に濡れた姿ってのはなんともマヌケだな」

「はぁ……そんなに変でしょうか?」

 ハスキーは毛が水に濡れ、やせ細ったように見える自分の体を見回しながら言った。

「パッチのは東の国で見たことあるけどよ。オマエあの時毛の生え変わりで、風呂に入らなかっただろ。体がでかい分すげえ違和感がある。まるで毛の生えたミイラだぞ」

「そうでしょうか? 自分の体は見慣れているのでなんとも……。しかし、獣人でも毛の長い種族は、乾かすのも大変だと聞きますね」

「だいたいだ」とヴィコットはリットの周りを歩き始めた。「人の体にばかりケチをつけるが、自分のはどうなんだ? そんな体だから歩き疲れるんだぞ」

「そうですねぇ……リット様はもう少し健康的な体を目指したほうがいいかと」

 ハスキーも体をじっくり見ながら、リットの周りを歩き始めた。

「これはなんかの儀式か? 周り歩いて、変な呪文を唱えても、オレには神なんて降臨しねぇぞ」

「そう、拝まれるような立派なものでもないだろう」

 ヴィコットが鼻で笑うと、リットも鼻で笑い返した。

「そうでもねぇよ、人間にしてはそこそこ立派なもんだ。人前に出しても恥ずかしくないって言うくらいの親バカではある。だいたい冷たい水を浴びてりゃ、縮み上がるってなもんだ」

「それもそうだ。風邪をひく前に上がるとするか」とヴィコットが沢から上がると、ハスキーも「そうですね」と、頭を振って水気を飛ばして沢から出た。



「どっかの誰かが水と一緒に毛を飛ばしてきたせいで、ちっともさっぱりしねぇ」と沢から上がってきたリットに、冷ややかな視線を浴びせるのはチルカだ。

「なんだ? まだ毛が落ちてねぇか?」

「アンタが落としたのは品位よ。三バカの下品な会話が丸聞こえなのよ。何が悲しくて、バカ丸出しの会話を聞きながら、ご飯を食べなきゃいけないってのよ」

 リット達が水浴びで汗を流している間。女性陣は先に食事を済ませていた。

「なに言ってる。充分上品だ。単語そのものは出してねぇだろ。ゴキブリが出たのを、アレが出たって言うのと一緒だ」

 リットが濡れた髪のまま鍋のスープを皿に装っていると、エミリアに乾いた布を頭に被せられ、そのまま乱暴に拭かれた。

「おいおい、テーブル拭いてんじゃねぇんだぞ。ハゲたら責任取れよ」

「気にしているのならば、自分で拭いたらどうだ?」

「そりゃガキじゃねぇんだから自分で拭くぞ。でも、まずは飯を食ってからだ」

「髪が濡れたままで風邪でも引いたらどうするつもりだ」

「寝込んで、薬でも飲みゃ治るだろ」

「寝込んでいる時間も、薬もここにはないんだぞ」

「時間がねぇなら、さっさと水でも浴びてこいよ。髪なんてのは焚き火とランプの光で充分乾く」

 リットはボサボサの髪をかきあげると、タオルを首元に巻いてから、がっついてスープを口に運んだ。

「まったく……まるで子供だな」

 エミリアは諦めると水浴びの用意を始めた。めんどくさがるノーラとグリザベルを引きずって、沢に向かうが、チルカは残ったままだ。

 睨みを効かせた瞳でリットの顔をじっと見ると、「見たでしょ」と声に凄みを利かせた。

「なんだよ。言っとくけどな、行きずりの女ならともかく、知り合いを覗くような野暮な男じゃねぇぞ。リスクとリターンが割に合わねぇからな」

「違うわよ。羽よ! アンタ、私の羽を見て石の数を当てたでしょって言ってんの!」

「かもな。羽が取れねぇなら甘んじて受け入れろよ」

「フェアじゃないって言ってんのよ。アンタが、一個、二個って数えないで、一発でポンと数字を言ったらそれで済む話じゃない」

「それだと、マヌケ面を晒してるのを見て笑えないだろ。そう、その顔だ」

 歯を剥き出しにして睨みつけてくるチルカを、リットは指さして笑った。

「言っとくけど、また別の方法でアンタに勝負を挑むから覚えてなさいよ」

「望むところだ。弱者をいたぶるってのは、暇つぶしになるからな」

 チルカは「いーっだ!」と、歯を出して威嚇すると、自分が水浴びをするための小さなコップを持って沢の方へと飛んでいった。

「大人気ない奴だ。たまには花を持たせてやったらどうだ」

 ヴィコットは齧りついて横腹に穴が空いた魚をリットに向けて言った。

「妖精に花なんか持たせてみろ。甘い蜜だけ吸って、その辺に捨てられるだけだ」

「ならオレと勝負してみるか? まだ一度も死んだことのない若造に負けるつもりはないがな」

「挑発に乗せようとしてんだろうけどな。どう考えてもその影を利用するつもりだろ」

 リットは焚き火の炎に揺らめているヴィコットの影を見た。手を握ったり離したり、やる気満々と言った具合にわきわきしている。

「少しアホなくらいが、いい男ってもんだぞ」

「なら、いい男の称号はアンタにやるよ。だから覗きに行ったら台無しになるぞ」

 話のどさくさに紛れて腰を浮かせていたヴィコットは、おとなしくお尻を地面に置いた。

「急に女の味方をするとはな。軟派な奴め」

「自分の味方をしてんだよ。言われるのはオレだぞ。なぜ止めなかった。リットの悪いところがうつったんだ。ヴィコット殿をそそのかすな。怒られるのはいつもオレだ」

「それは大変だな……。リットがいかにエミリアに迷惑をかけてきたかわかる」

「……ほっとけ」






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