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ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(下)

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301/325

第一話

 季節は移りゆくものだが、ここではなに一つ変わることがない。累々とそそり立つ闇は、季節というものを無に変えてしまった。

 木々の緑が風と戯れるささやきも、清涼な川の流れが運んでくる土地の匂いも、移りゆく季節の色は一つもない。荒涼の道が続くだけだ。

 太陽のない不毛な大地の上では、リット達は出口のない巨大な迷路をひたすら歩いているようなものだった。

 しかし、ヴィコットの目に映る景色は違っていた。そのことに気が付いたのは、彼が同行して何日も経ってからだった。

 ヴィコットは歩いている最中。急に足を止めた。

「いいか、大事なのは想像と現実を線で繋ぐことだ」ヴィコットは青黒い手で、切り株を指して言った。「年輪を見れば道がわかる」

「年輪が広いほうが南だから、方角がわかるってやつだろ」

 リットは知ってる情報で足を止めるなと言いたげに肩をすくめるた。さっさと先に行くぞと足を上げた瞬間。強い力で襟元を引っ張られた。

 そのままバランスを崩し倒れそうになったが、それをヴィコットは優しく受け止め、よく見てみろとリットの肩を組んで、顔を切り株に近づけさせた。

「それは違うぞ。年輪というのは傾斜によってできるんだ。木はな、倒木を防ぐために自ら強く成長する。つまり斜面の下側のほうが、年輪が幅広くなっていく。方角を知りたければ、木に登って太陽を見るほうが早い」

「登る木も、太陽もねぇから困ってんだろ」

 リットが手に持った地図を丸めて、ヴィコットの頭を小突くと、ヴィコットはそれを奪い取って地図を広げた。

「ずっと川沿いを歩いてきて、道を逸れた。地図で傾斜のある道と照らし合わせると、今のだいたいの位置がわかるということだ。坂道もわからないような闇の中だ。これ以上の情報はないだろう」

 ヴィコットの言う通り、ほとんど足元しか照らされない状況では、もはや下っているのか上っているのかはわからなかった。特に疲労が溜まった足では、余計にわかりにくくなっている。

「それはつまり……この辺りを歩いているということですか?」

 地図を覗き込んだハスキーは、ゴーストの住処があるという場所への途中の道を指した。

「そうだ。この間のミトリダケのことといい、素直でいいぞ」

 エミリアは遠慮がちに「話の腰を折って申し訳ないが」と先に謝ってから「幸運にもヴィコット殿と出会えたので、ゴーストの住処には寄らなくてもよいのだが」と言った。

「テスカガンドに行くのなら、正確な地図のほうがいいだろう? 真に正確な地図とは国や貴族という金持ちが持っているものだ。地図というのは宝だからな。まぁ、貴族といっても、住処に使っているのは没落した貴族の屋敷だ」

 ヴィコットは地図をリットに返すと、振り返り「ちょうどよく立ち止まったところだ。飯にしよう」と手を叩いた。

 すぐさま鞄を下ろす音が聞こえ、ノーラは下ろしたばかりの鞄の上に座って深い溜め息を音した。

「ようやく聞こえたんスね……。私のヌーヌーと鳴く、お腹の底から響く悲痛な叫びを」

「ばっちり聞こえたぞ。小鳥が鳴いたなら、餌をやらなければ。少し探し回れば、またなにか食べ物が見付かるだろう。どうだ、一緒に来るか?」

 ヴィコットはまたくるりと振り返り、リットに向かって言った。

「おもしろそうだけどな。遠慮しとく」

「なら、ハスキー。どうだ?」

 ヴィコットはまたまたくるりと振り返りハスキーに言った。

「嬉しいお誘いなのですが、自分は焚き火の用意をするので」

 ヴィコットが「ならば」とエミリアを見ると、エミリアは「すまない。空き時間は、これからの予定の確認に当てたい」と、彼が言い切る前に断った。

 ヴィコットは「しかたない……」と残念そうに自分の顎を撫でる。「ならば、ちゃちゃっと済ませてしまうか」と、闇に向かって一歩目を踏み出した。

 その背中に向かって「ちょっと待った!」と、声を大きくしたのはグリザベルとチルカだ。

 たまたま偶然声が合ってしまった二人は、驚いて顔を見合わせた。

 チルカが「なによ……」と眉をひそめると、グリザベルは「チルカからでかまわぬ」と発言を譲った。

 チルカは「そっ」と了解するとヴィコットの眼前まで飛んでいき、目の前に小さな人差し指を突きつけた。「ここ何日も黙って聞いてたけど、もう我慢の限界よ。植物っていうのはエルフや妖精の領分。妖精。つまり私のこと。ゴーストのアンタが、なにでかい顔で出しゃばってきてんのよ」

 チルカはヴィコットに指を突きつけた反対の手で、グリザベルにアンタもなにか言ってやんなさいと指招きをした。

 こほんと咳払いをして喉の調子を整えたグリザベルは、ヴィコットの元までゆっくり歩いていくと、腕を組んでふんぞり返った。

「闇に呑まれた中でも育つ作物というのは、ディアドレが研究しておった。つまり、これは魔女の事柄。ことディアドレに関しては、我のほうが詳しいということだ」

 二人の言葉を聞いて、ヴィコットは長い時間垂らしていた釣り針に、ようやく魚がヒットした瞬間のようなニヤケ顔を浮かべたが、その笑い顔はグリザベルにもチルカにも、煽り笑っているようにしか映らなかった。

「つまり、オレに勝負を挑んできてるというわけだ。ランプがなくても闇の中で遠くを見通せる目。疲れ知らずのたくましい足。小人の家も作れる器用な指。どんな地でも生き抜く術を知っているこの頭脳。オレは負け知らずだぞ」

「知らないならアンタの辞書に書いておきなさいよ。負けとは、愚鈍なゴーストが可憐な妖精チルカに負けて悲しいこと。って」

「それは辞書じゃなくて、日記じゃないのか?」

「なんだっていいのよ。やるのやらないの?」

 ヴィコットは「魔女の知識と――」とグリザベルを指し、「妖精の知識が――」とチルカを指し、「愚鈍な男に勝負を挑む」と自分を指した。「悪くない。成り上がりは得意だ。革命とは愚鈍な者が起こすものだからな。そしてそれは後に英雄と呼ばれる」

「二度とでかい口を叩けないようにしてやるわよ。ほら、行くわよ」

 チルカがランプを持つように言うと、グリザベルは「我はそこまでじゃないというのに……。でかい顔をするのなら、我も誘うべきだと言いたかっただけだというのに……」と、ふてくされたようにぶつぶつ言い出した。

「グリザベルの崇拝するディアドレが、妖魔録とかって本を書いたんでしょ。妖精と魔女が再びタッグを組む時が来たのよ」

 魔女に関するワードが出た途端グリザベルの顔色が変わった。機嫌はすっかり良くなり、自信に満ちた笑みを口元に浮かべた。

「しょうのない……。漆黒の魔女なるグリザベルと、妖精のチルカ。現代の魔女録に名を連ねる者だ。共闘というのは当然の結論と言えよう」

 グリザベルはランプを手荷物と「いざ!」と勇ましく踏み出したが、「ちょっと」とチルカが行く手を止めた。

「なんだ、我がせっかく気分良く邁進しようとしているのに」

「共闘ってことは、お互いイーブンな関係ってことでしょ」

「当然だ。我を友と呼ぶことを許そう」

「そうじゃないわよ……。私も……私も二つ名が欲しい」

 グリザベルは「ならば……」と少し考えた後「暁光の妖精よ。いざ進もうぞ」と再び勇ましく歩き出した。

「さぁ、行くわよ。漆黒の魔女」

 闇に向かっていく上機嫌な二人の背中に向かって、リットは「ちゃんとランプを調節して煙を出していけよ。迷っても探しに行けねぇぞ」と声を掛けた。

「言われずとも、わかっておるわ。お主はおとなしく、我の施しを待っておるがよい」

 グリザベルのフハハという笑い声の残像のように、炎が燻りランプから漏れた光る煙りが軌跡を残していった。

「賑やかでいいな。冒険というのはこうじゃないとな」

 ヴィコットもガハハと笑い声を響かせて闇の中へと消えていった。

 リットは「あのでこぼこコンビで大丈夫か?」とグリザベルとチルカが消えていった方向を見た。

「あの二人も無茶はしないだろう。それに。ヴィコット殿もついている」

 エミリアは地図を見たまま、来た道を指でなぞり、さらに行く道をなぞって、日にちを計算しながら言った。

「別々の方向へ消えていったぞ」

「なにかと面倒を見てくれている。見放すようなことをする御仁とも思えないが」

「まぁ、そうだろうけどな」とリットは今度はヴィコットが消えていった方向を見た。「たいしたもんだ。人の動かし方ってのを心得てる」

「そうなのか?」

「どっちが怒りやすいか、どっちが流されやすいか。ちゃんと判断してる」

「リットも得意ではないか、人を怒らせるし、私も何度流されたことか」

「オレのはな、その場のわがままだ」

「なかなか似ていると思うぞ。良い友人になったみたいだしな」

 ノーラは「そうっスよ」と、鞄を抱きかかえてうつ伏せになったままの体勢で顔だけ上げた。「旦那ってば、いつの間にヴィコットと仲良くなったんスかァ? 一緒にお酒飲んだりは、まぁ――別に誰とでもしてますけど、妙に信頼したりなんかしちゃって」

「あのなぁ……友情の始まりなんてものはな、自分にのぼせ上がってる思春期でも語らねぇよ」

「でも、気が合うんでしょ? 他にもいましたけど、グンヴァは弟さんですし……。セイリンよりも肯定的ですし……。あんなに気が合ってるのって、ローレン以来じゃないっスか?」

「なにを言いてぇんだよ」

「旦那って、行く先々で誰かと仲良くなるわりには、友達少ないっスねェ……」

「オレはグリザベルじゃねぇから、そんなんで泣かねぇぞ」



 時間が経ち、何本か薪を焚き火に足したところで、先に戻ってきたのはグリザベルとチルカだった。服も肌も土に汚れており、手にはそれよりも汚れたミトリダケを山程抱えていた。

「我の手にかかればこんなものだ。無駄に暗雲の立ち込めるヨルムウトルで過ごしていたわけではない」

「見付けたのは私よ。不自然に栄養を取られた木なんて、蝶と蛾を見分けるより簡単なんだから」

 グリザベルとチルカは焚き火の近くにミトリダケを置くと、服についた土埃を払った。

 手の動きとともに土埃が舞い上がると、焚き火に当たり、小さな火花が散った。

「魔女の知識も、妖精の知識も関係のないものを取ってきてどうすんだよ」

 リットが顔付近で漂う土埃を手で払いのけながら言うと、チルカはリットにあおがれ自分に飛んできた土埃を同じように払いのけた。

「なにって食べるに決まってるでしょう」

「勝負だったんだろ。相手の知識で勝っていいもんなのか?」

「こんな場所よ。他にとれるものがないんだから仕方ないでしょう。文字通り根こそぎ持ってきたから、アイツの分は残ってないわよ。つまり私達の勝ち」

 チルカは高らかに拳を上げて勝利宣言をすると、満面の笑みを浮かべた。

「森と生きる妖精が根こそぎとはな。聞いて呆れるってなもんだ」

「ここはもう森じゃないわよ。とっくに死んでるわ。それに間引くのも妖精の仕事よ」

「満足したならなんでもいいけどよ。もう川から離れてんだぞ。その土臭い服をずっと着てるつもりか?」

「……これくらいいいわよ」とチルカは自分の服を見て、今更ひどく汚れていることに気付いた。「人生負けっぱなしのアンタにはわからないでしょうけど、勝ちにこだわるって大事なことなのよ」

「オレも勝ちの味は知ってる。それも横取りする勝ちってのは格別の味がすんだ。知ってるか?」

「アンタのことはどうでもいいのよ。それより、耳を澄ましなさい。負け犬の足音が聞こえてくるはずだから」

 チルカは目をつぶると、闇に向かって頭を傾けて耳をそばだてた。

「一度は聞いてみてぇもんだな。嘘のない国の公約と、ゴーストの足音ってのをよ」リットはチルカが頭を傾けている別の方向へ向かって手を上げた。「なんか見つかったか? ヴィコット」

「そりゃ手ぶらはありえない。冒険に出ると決めたからには、成果を持って来なければ」

 そう言ってヴィコットがリットに見せたのは、なにかにボロ布を巻き付けたような楕円形のものだ。

「なんだそりゃ、近くに村でもあったのか?」

「いや、行っていたのは川だ。行ったと言うより戻っただな。前に話しただろう。土に卵を生む魚の話を。これは土の中で膜を張って出来た繭だ。この中に稚魚がいる」

 ヴィコットは両掌を合わせたくらいの大きさの繭の中心に親指を差し込むと、卵でも割るような動きで繭を剥がしていく。

 そして、空気に触れた途端。繭の中にいる、蛇のようにとぐろを巻いたダーレガトル・ガーが暴れだした。

「やはり英気を養うには肉だな。植物ばかり食べていると、元気が出てこないからな。こんな世界でもなければ、鹿かイノシシでもとってやりたいところだ」

 ヴィコットはガハハと一通り笑い声を響かせると、リットに魚を渡して闇に戻っていった。すぐにまた戻ってくるが、その両手には川で水を汲んだバケツを持っている。

「一つは調理に使うものだ」ヴィコットは焚き火の隣に一つバケツを置く。「もう一つは……」とグリザベルとチルカの前に置いた。「小舟に放置されていたバケツだが、綺麗に洗ってある。遠慮せずに使え」

「……見てたのね」とチルカは声を絞り出すように言った。

「たまたまだ。たまたま大きな笑い声が聞こえてきて、たまたまアイツの分は残さないと会話してるのが聞こえてきたからな。だから、オレはたまたま川へと向かったわけだ。魚の話はリットとハスキーしか知らないから、真似をされる心配もないからな」

「でも、私もエミリアも肉は食べないのよ。こいつのランプで擬似光合成ができるから」とチルカはリットを指すと、次いで魚に指を向けた。「つまり、この魚は私との勝負にはカウントされないわけ」

 チルカは負け惜しみを言うが、ヴィコットは降参と手を上げてあっさり自分の負を認めた。

「そうか、ならオレの負けだな。食料の調達とは、全員分を調達してこそ意味があるものだからな」

「なによ……さっきは煽ってきたくせに。調子狂うわね」

「これでも負けて悔しがっている。だが、勝負の最中の楽しさに比べれば微々たるものだ。植物しか食べないという情報も手に入れた。次は負けんぞ」

 ヴィコットはリベンジを申し込むように、チルカに人差し指を向けると、気持ち良い笑い声を響かせて魚の下処理を始めた。

 肩透かしを食らったチルカは、行き場のない思いを表情に出してリットに振り返った。

「アンタも、たまにはあれくらいあっさり負けを認めたらどうなの?」

「そりゃ無理だ。負けを認めたら負けたことになるからな。勝ちってのはな、最後まで勝ちって言い続けた奴が勝ちだ。戦争で考えればわかるだろ」

 リットのいつも言い方に、チルカは安心と嘲笑を混ぜた歪な笑みを口元に浮かべた。

「アンタは本当、こっちの期待通りの反応するから楽でいいわ」






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