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ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(上)

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第十八話

 青薄く、白く煙たい空に少しばかり慣れてきた頃。誰と飲もうがいつ飲もうが、ここでは陰気な酒ばかりだと気付いたリットは、珍しく酒を遠ざけて、エミリアの話に真面目に付き合っていた。

 外に出した机を挟んで向かい合わせになって座り、足元の焚き火で暖を取りながら話し合いを進めている。

「安易な答えを出すわけにはいかないが……。安定の地というものがあるのならば、調査が格段に楽になる」

 エミリアはペングイン大陸の地図を開くと、東の国からの灯台の光が届く範囲を人差し指で一本なぞった。

 これはこのオルカァイからロープで繋がっている道だ。

「安定って言ったって、天井に穴が空いて光が差し込んでるってわけでもねぇだろ。濃い酒か、はたまた薄い酒かくらいの違いかもしれねぇぞ」

 リットはグリザベルの言っていたことに、あまり期待はしていなかった。

 グリザベルにとっては尊敬に値する祖先のディアドレの軌跡を辿れるものなら、それが思想や行動原理など大きなことから些細なことでも、なんでも興味の範疇に入るからだ。

 リットにとっては解決の糸口に直接繋がらないような事柄は、今はいったん考えの外に置いておきたかった。想像上の話を重ねておとぎ話を作ったところで、それ以上にも以下にもならないからだ。せめて安定ということが、具体的にどういうものかわかるまでは、深く触れるつもりはなかった。

 それはエミリアも同じで、自分の甘い考えを振り払うかのように、眉を寄せて真剣な表情を作り直した。

「そうだな。今は確定していることから、考えを詰めていかなければならない。少なくとも、ロープを張った調査範囲内では、植物は枯れ朽ちてしまっているからな」

「つーかよ、この地図は役に立つのか? いくらランプがあっても、闇に呑まれた中じゃ方向なんかすぐにわからなくなるだろ」

 リットはエミリアの人差し指の先に指を置くと、道に迷ったようにでたらめに地図上に指を走らせた。

「はっきり口に出すと、役には立たんな。だが、目安にはなる。テスカガンドではなくゴーストの住処へのだが」

「そういえば、ゴーストに協力を仰ぐんだったな。まず本当にいるのか? ゴーストは」

「姿は何度も見かけている。調査が進むにつれ、灯台の光から逃げるように姿を見せなくなったのは不安だが……」

「ゴーストってのは種族だろ? 弟妹にゴーストと似たようなウィル・オ・ウィスプがいるけど、あいつらは光どころか太陽の下でも普通に生活してるぞ。自身が燃えてるってのもあるけどよ」

「私もその現場をみたわけではないが、調査をしていた兵士の話では、そのゴーストは光を恐れているようだったと報告が上がっている」

 エミリアは報告書の束をリットに渡した。

 報告書を見ると、最初は友好的な関係を築いていたが、ロープを伸ばすために灯台の明かりを固定するようになってから、急に姿を見せなくなったと書かれていた。それからも、一人のゴーストだけは変わらず来ていたが、独り言と不思議な動きをするだけで、関わりを持とうとするわけでもなく、自分のやりたいことを一通りやると勝手に姿を消すという。彼も今では姿を見せなくなってしまった。

 そのゴーストから聞き出せた情報は、彼の名前は『ヴィコット』ということだけだ。

 言動から不安はあるが、一番長く灯台の光の元にいた彼ならば協力を仰げるかもしれないと考えているらしい。

「ゴーストに協力を仰ぐってのは、このヴィコットって奴を探すってことか?」

 リットが報告書から顔をあげると、エミリアの姿はなかった。

 エミリアはリットが報告書を見ている間に椅子から立ち上がり、焚き火で沸かしていたお湯をコップに注いでいたからだ。

 椅子に戻ると「そういうことになる」と短く肯定した。

 木製のコップから冷たい空気に湯気が立ち昇ると、エミリアの顔が隠れた。

 その湯気をかき分けるようにして、湯気の中からチルカが出てくる。

 手には小さな自分用のコップ。エミリアのコップからお湯を汲むと、蜂蜜を一滴垂らして植物の茎でかき混ぜた。

「灯台の光は大丈夫かもしれねぇけどよ。この光る妖精を見たら大抵は逃げ出すぞ。手癖も悪けりゃ、口も悪い。そして、なにより胸くそ悪い」

「いまさら自己紹介なんかしなくても、アンタのことは嫌でも知ってるわよ」

 そう言ったチルカの顔は笑顔だった。リットの言葉はどうでもよく、口に広がる蜂蜜の甘さと、喉から胃に流れ込むお湯が体を温める感覚が心地よかったからだ。

「今からでも置いていったらどうだ? こんなんでも荷物は増えるぞ」

 エミリアは言いにくそうに「いや……」と区切ってから「チルカには重大な役目があるんだ。まだ……話してはいないが……」さらに言いにくそうに言葉を濁した。

「なんだ? 疑似餌にでもして魚を釣るのか?」

「それも間違いではない……」

「間違ってない?」

「そのゴーストは……女性が好きらしくてな……その情報元の兵士は泥酔していたので、信憑性には欠けるのだが……」

 言いながらエミリアは報告書の中からいくつか選んで並べると、それぞれ報告書を書いた兵士の名前を指でなぞったので、リットはその名前を読み上げた。

「ジュリアにアシュレイにジェマ。三人とも似たような名前で、明日にはごっちゃになってるな」

「そうじゃない。彼と会話したのは皆女性兵士ということだ。男性兵士が話しかけても反応が悪かったらしく、名前を聞き出せたのも向こうから勝手に名乗ってきたからで……」

 エミリアが言いにくそうにしてると、リットがあっさり口に出した。

「釣るってのは、魚じゃなくて男のことか? 説教が好きな女に、根暗な女。脳天気なちんちくりに、それより小さい年中無駄に光ってる妖精。なんなら陽気な踊り子でも連れってたらどうだ? オレはその方が嬉しいぞ」

 リットは冗談で言ったのだが、エミリアは恥じるように少し顔を背けて頷いた。

「その案も出た……」

「まさか、リゼーネで待たされた会議ってのは、そのことを話し合ってたんじゃねぇだろうな……」

「すべてがその話ではないが、その会議も入ってる」

 リットは「エミリアが頭を抱えて帰ってくるわけだな」とリゼーネで疲れた様子だったエミリアを思い出した。「ただの顔見知りを合わせただけの調査隊ってわけじゃねぇと思ってたけどよ。なるほど……女が多いわけだ」

「それだけが理由ではないぞ。闇に呑まれた中に入る時は、気心が知れた者が一緒にいると効果があるのはわかっている。お互いを知っているというのは大事だ。だから、兵士達も仲の良い者同士で組ませている。そのせいで、泥酔という事態も起こったのだが……その酒の席にヴィコットというゴーストが混ざり情報が聞けたのも事実だ……。褒めていいのか叱っていいのか……」

 エミリアはコップの湯気よりも多い、白いため息をフーっと吐き出した。

「褒めてやれよ。多少の失敗くらい目をつぶれ」

「闇に呑まれたペングイン大陸を前にした小舟の上での酒盛りだぞ。景気付けに一杯を飲んだら、止まらなくなってしまったそうだ。言っておくが、そのこともありペングイン大陸上陸の前日のお酒は禁じてるからな」

「なにやってんだ、怒れよ。些細な失敗が、どんだけ周りに迷惑をかけるか教えてやれってんだ」

「私が担当してる兵士ではいから、私が心配する話でもないのだがな」

「なんだ……オレで遊んでんのか?」

 リットがぶっきらぼうに言うと、エミリアは小さく笑みを浮かべた。

「それだけ、心に余裕ができたということだ。リットの言う通り、船の上では不安ばかりが広がり、余裕がなくなっていたからな」

「ちょっと……なに落ち着いた雰囲気だしてんのよ。なにが悲しくて、私がゴーストのご機嫌取りをしなくちゃいけないのよ!」

 チルカはビールでも飲み干すかのように一気に蜂蜜水を飲み下すと、音を立ててコップを机に置いた。

「エミリアとグリザベルがいて、よくもまぁ……自分がゴーストに話しかけられると思えるな」

 リットはコップにお湯を注ぐと、それを一口飲んだ。その時に小さく吐いた息は、寒さに色が付き、チルカからは盛大にバカにしたため息のように見えていた。

「なにが言いたいのよ」

「エミリアもグリザベルも性格はともあれ、世の中一般的に見ると美人の類だ。酒場に行きゃ、酒を奢られ、ちやほやされ、良い気分で帰れる。金を使わずにストレス発散ができるわけだ。酔っぱらいのポケットから小銭を抜き取る。どこぞの妖精とはわけが違う」

「そのどこぞの酔っぱらいは、抜き取った小銭を貯めて買った服に気付かないみたいだけど?」

 チルカはリットの目の前まで飛んでいくと、磔にされているかのように両腕を広げて服を見せびらかした。

「家の中にこそ泥が住み着いてんじゃ、金が貯まんねぇはずだ……。いっそゴーストと手を組んで窃盗団でも作れ」

 リットは目の前を飛んでいるチルカを手で追い払うと、再び報告書に目を通し始めた。

 リットが集中したのを見たチルカは、もうなにを言ってもしばらくは反応がないことはわかっていたので、エミリアの近くに腰を下ろした。

「それで、そのゴーストが出てきたらどうするの? まさか網持って捕まえるわけじゃないんでしょう?」

「普通のゴーストだったら問題なく協力を仰ぐが、報告書にあった女性が好きなゴーストだったらリットに任せるつもりだ」

「まぁ……慣れてるでしょうね、女好きの扱いは。一番の親友が女好きで、父親も女好きなんだから」

 エミリアはディアナの前王のヴィクターを思い浮かべ「肯定はできないが……」と濁してから、「リットの経験を買うということだ。少なくとも、私達よりは色々な人物に会って話をしているからな」

「仲良くなるより、敵を作るほうが多いわよ。荷物の中に、ゴーストの好きな物でも入れておいたが利口じゃないの?」

「ゴーストという種族の好みはわからなくてな……。かなり自由な種族らしい。いろいろな種族が、生を終えたあとに転生するのがゴーストと言われている。だから、ゴーストだからこれが好きといったものもないらしい」

「新鮮な死体が欲しいなら、当てはあるんだけどね」

 チルカは横目で死体の当てを見るが、リットはまだ報告書に視線を落としたままで、チルカの言葉は一つも耳に入っていなかった。

「せめてゴースト達が顔を出さなくなった理由がわかればいいのだが、やはり灯台の明かりが原因なのか……」

「光が嫌いなんて変な種族ね」

「ゴーストだけの問題ではないのだがな……。このオルカァイにも、夜の間に何度か灯台の明かりが通り過ぎる。それで体調を崩す兵士もいるんだ。灯台の反射鏡の角度を変え、ペングイン大陸の地面を照らすようにしてもらっている。そのせいで、オルカァイには光が直接当たってしまうんだ」

「明るいと眠れないなんて、エミリアのとこの兵士ってのは軟弱なのねぇ」

 チルカのバカにした言葉に「まったくだ」と同意したのはエミリアではなくリットだ。

「オレなんか夜中に飲んで、明るいに昼に寝てるってもんだ」

 リットは読み終えた報告書を、突っ返すようにして乱暴にエミリアに渡した。

「今はツッコまないでおいてやろう……。報告書になにか気になることはあったか?」

「アシュレイの書く字は丸文字で読みづれぇ」

「特にないということか」

「特にないもなにもだ。なにもなかったことを書いてどうすんだよ。こりゃ日記か?」

「どこに重点的に起こったのかが書いてあるだろう。なにもなかったというのは結果だ。重点的に取り組む事で何が変わったのか、なにに気が付いたのかといった発問ができる。そうして新たな知見を得たり、必要ではない情報を排除できる。それが報告書だ。個人の日記とはわけが違う」言いながらエミリアは報告書を眺めて眉間に浅くしわを寄せた。「たしかに……この報告書は、空白を埋めるために無駄な事書きも多いが」

「無駄なのは文字じゃなくて紙だ。いちいち書くようなことでもねぇだろ」

 すっかり報告書に興味をなくしたリットは、さっさとしまってくれと手を払うが、エミリアはもう一度報告書リットに寄せた。

「これを元に会議をするのだから無駄にはならない。本当に気になったことはないのか? あるのならば書いた者を呼ぶが」

「憂さ晴らしに、ゲストの特権を生かして、誰かをいびりたくなったら呼んでもらうよ」

 リットは報告書には手を伸ばさず、机に片肘をついて遠くを見るようにそっぽを向いた。

「なにをイラついているんだ?」

「顔に似合わず、本から知識を得るタイプだから不安なのよ。もうすぐ出発でしょ? いまさら尻込みしてんのよ」

 話に飽きて、机にうつ伏せになってゴロゴロしていたチルカは、その体制のまま腕だけ伸ばしてリットを指さした。

「そういえば、リットはなにかを始める時にはまず本を読んでいるな。なにか本があるか聞いてみようか?」

「なら、できるだけ分厚い本を貸してくれ」

「聞いては見るが、もうすぐ出発するのに読み切れるのか?」

「三秒ありゃ終わる。机の上で転がってるお喋り妖精の上に落とすだけだからな。返す時は妖精の栞付きだ。悪い話じゃないだろ」

「その話の中に、少しでも良い部分があるなら教えてもらいたいものだ……」

「良くなるだろ、オレの気分は。もしかすると、景気も良くなるかもしれねぇぞ。試してみるか?」

「そんな都合の良い話があるわけないだろう」

「そうか? 少なくとも葬儀屋は儲かる」

 リットはもう用がないならと立ち上がり、去ろうとしたが、急に踵を返し報告書を一枚手に取った。

 しかし、持ち去る前に「それは置いていくんだ」とエミリアが止めた。

「寝る前に読めば、なにか見付かるかもしれねぇだろ」

「その報告書は泥酔した兵士が書いたものだ。それを材料に、酒をせびりに行くつもりだろう。報告書の紛失は認めないぞ」

 リットはしばらく考えたが次に出る言葉が思いつかなかった。仕方なくエミリアの言う通り報告書を机に置くと「良い言い訳が思いついたら戻ってくるからな」と言い残して歩いていった。

 その足早に去っていく背中を見たチルカは「アイツも落ち着かないのねぇ」と小さく呟いた。






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