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ランプ売りの青年  作者: ふん
漆黒の国の魔女編(上)

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第四話

 本来ならばランオウ川は、川べりに黄色い花が群生しており、水面に映り黄色く見えるはずだが、空を覆う雲のせいか花の姿はなく、ただの川色をしていた。

 石灰の成分が多く、水が白く見えるモーモー川と合わさる合流点では、一つの川が二つの色を分けて流れていく不思議な光景を見ることが出来る。

 川の合流点を越え、今度はモーモー川に沿って歩いていると、街灯の炎がポツポツと星のように光っているのが見えた。

 雲は太陽の光を遮り、妖しい紫色に染まっている。その雲に空全体が覆われているせいで、やけに街灯の光が強く感じる。遠くから見るブラインド村は、空と地面がひっくり返ったようだった。

 村の外には人っ子一人おらず、家々の煙突から流れ出る煙に魚が焼ける匂いが混ざっている。どうやらご飯時らしい。

「村長の家ってのはどれだ?」

 リットは街灯の明かりに焦点を合わせて辺りの家を見回した。

 川沿いの水車以外は皆同じ作りなので見分けがつかなかった。

 どの家も川の水位の上昇に耐えられるように高床式になっており、玄関まで梯子のような階段で上るように出来ている。

 隣の家まで距離を開いて建てられているが、街路樹代わりのように街灯が連なっているので、隣の家の壁色がはっきりと見えた。

 街灯だけで充分な明かりを確保しているが、暗闇に一つだけランプを置いた時よりも寂しい光に感じる。

 前方に伸びる自分の影を追うように、リット達は村の奥へと歩いていた。

「生活の匂いがあるような、ないような……。不思議な感じの村っスね」

 光あるところに人はある。

 普通、村にある街灯は目印のようなもので、道全体を明るく照らすようには立てない。

 明かりが強く照らす場所は、祭り、酒場、欲望が渦巻く夜の街など、どれも華やかさに引かれ人が集まるものだ。

 それなのに、ブラインド村では光の下で騒ぐことなく生活をしている。リットが寂しく感じたのもこのせいだった。

 リットは街灯に近づくと、しゃがみこんで下を確認した。引きずって動いたような形跡はないが、代わりに足跡のように街灯の固定台が草を踏みつぶしたような跡が何箇所かあった。

 陽が当たらないせいか、草の葉は色を失い枯れかけている。

「どうしたんすかァ? 旦那」

 ノーラは、リットに近寄ると同じようにしゃがんだ。

「街灯が動いたのは本当のことみたいだと思ってな」

「まっさかァ」

 ケラケラと笑うノーラに、リットは少し目を細めた。

「……オマエが勝手に依頼受けたくせに楽しそうだな」

「まぁまぁ、もうブラインド村まで来たんですから。言いっこなしってことで。ね? 旦那ァ」

「……もういいから。ちょっとそっちから街灯を押せ。オレは引くから」

 リットが人差し指で街灯の裏側を指すと、ノーラは面倒臭そうな表情を浮かべたが、リットの苛立たしそうに動く人差し指を見ると、ニヘラと笑い素直に移動を始めた。

「いいですかァ? いきますよ。一、二の三!」

 ノーラの掛け声で街灯を動かそうとするが、少し草をめくっただけで全く動かない。

 歯を食いしばり、腕に血管を浮かばせて、鬼のような形相になってるリットに、少し引き気味にローレンが話しかけた。

「リット……。キミは街灯に親でも殺されたのかい?」

「うるせえ……っ。しょうもないこという暇があるなら……手伝え、優男っ」

「嫌だよ。僕は泥臭いことが嫌いなんだ」

「血なまぐさくなるよりマシだろっ」

 リットが顔を向けると、ローレンは慌てて顔を背けた。

「わかった! わかったから、そのブサイクな顔でこっちを見ないでくれたまえ」

 ローレンは鞄を下ろすと、しぶしぶといった具合にノーラの後ろに回り街灯に手を添えた。

 二人に合わせてグッと力を入れるが、街灯はうんともすんとも動かない。

 低く響く動物のような唸り声を上げて、全身全霊の力を込めているリットとローレンの顔を見渡したチルカは、口の端を吊り上げて笑った。

「二人共良い顔してるわよ。その顔で迫られたら世の婦女子が泣いて逃げ出すわね」

「僕は……っ。リットみたいにマヌケな顔は晒していないハズだけどっ」

 ローレンは首筋に血管を浮かせながら、精一杯爽やかにチルカに笑いかける。

「……出てるわよ。鼻水」

「よかったな……っ。吸わせて貰えっ。花の汁好きだろっ」

 リットは一人浮いているだけのチルカに、吐き捨てるように言った。

「気持ち悪いこと言わないでよ! とんだハナ違いよ!」

 結局、街灯は少し動いただけだった。持ち上げるには相当の力がいるだろう。

 街灯を動かそうとしていた三人は、仰向けに寝転がってめいっぱい肺に空気を入れていた。

「おたくら……。なにやってんだい?」

 その言葉に目を開けると、食事を終えて家から出てきた男が怪訝そうな表情で、倒れているリット達を見ていた。

「母なる大地と対話してるんス」

「そうかい……。お大事に……」

 ノーラの言葉を聞いて、男はリット達を不審人物と受け取ったらしく、早足で後ずさりながら逃げていった。

 リット達が呼吸が整うまで、遠くから吹く川風で汗を乾かしていると、恐る恐る近づいてくる足音が聞こえてきた。次第に忍び足だった者は、リット達の顔が見える距離まで来ると、音を立てて歩き出した。

「遅いから心配していたんだよ」

 聞き覚えのある声はコニーだった。

 コニーはリットの目の前に手を差し出した。

 リットはその手を掴んで体を起こす。

「御者に拒否られちまってな」

「無理もない」コニーは足元の草を千切って風に流す。「人間が食べる野菜も、馬が食べる飼葉も育たないし、すっかり旅人が近寄らなくなってしまったよ。あなた方はどうしたんです? まさか街灯に襲われたとか!?」

「人の力で街灯が動かせるか試してたんだよ。結局無理だったけどな。今は疲れて休憩してたんだ」

「良かったよ。とうとう人に危害を加えるようになったのかと……」と、コニーはほっと胸をなで下ろす。「街灯は、村の大男が二人掛かりで動かすくらい重いからね。おかげで川風にもびくともしないよ」

「そうだろうな」

「こんなところで休憩するなら家で休憩してくれ。これからのことも話したい。それに、野菜はご覧の有様だけど、魚料理くらいは出せるよ」

 その言葉にいち早く反応したのはノーラだ。背中にバネでも生えてるのではないかというくらいの勢いで立ち上がった。

「ささっ、行きましょ旦那。ローレンも」

 ノーラは、ローレンの背中を持ち上げて無理やり立たせると、鼓舞するように背中を叩いた。

「ははは、どうやらお腹が空いてるようだ。こっちだよ」



 コニーの家は他の家よりも一回り大きい程度だった。

 家に入るとコニーの奥さんが「いらっしゃい」と声を掛ける。

 案内された席に座って待っていると、すぐにスープを持って来た。

「昼の残りで悪いですけど、召し上がってください」

 木の器に盛られた白濁のスープの中には、白身魚の切り身とわずかな根菜が入っている。

 淡白な味だが、イモが溶けた魚の旨味を吸っており、噛み砕くと崩れて舌の上に上品な味を落とした。薄味な白身魚もミルクの濃厚さと混ざり味わい深いものになっている。

「これが楽しみだったんスよねェ」

 ノーラはスプーンを使うことなく器を傾けて、ズズッと音を立てて飲む。

 その様子に暖かい笑みを浮かべると、コニーはリットのコップに水を注ぎながら言った。

「さっき街灯を動かしてみたと言っていたけど、なにかわかったかい?」

「ちゃんと見たわけじゃないけど、街灯自体に変なところはなさそうだったな。オイルは何を使ってるんだ?」

「こんなことになる前から魚油を使っているよ。二つの川があるから、たくさん魚が取れるからね」

「魚ってのは、赤い目で、尖った耳に、裂けた口に、頭に角が生えてる奴か?」

「……それじゃ悪魔じゃないか。普通の川魚だよ」

「それなら、なおさらわかんねえな」

 リットは続きを食べようと器の中にスプーンを入れるが、スプーンは空気をすくった。手元には空の器だけがある。リットが首を動かすのと同時にノーラは顔を逸らした。

「よう、美味いか? ちびすけ」

「美味いっスね。特に味が染みたイモがなんとも」

「思わず人の分も食うほどか?」

「嫌っスよォ旦那ァ。その言い方じゃ、まるで私が食べたみたいじゃないっスかァ」

 そう言ってノーラはリットに顔を向けるが、視線はリットの後ろの壁を見ている。リットがちょいちょいと人差し指だけで手招きをすると、ノーラは目を合わせて乾いた笑いを漏らした。

「オマエは、そのちっこい体にどれだけ食い物を詰めれば気が済むんだ?」

「そうっスねェ……。ちっこい体が大きくなるまでっスかね」

「ドワーフなんだからそれ以上大きくならないだろ」

「わかんないっスよ。旦那好みのセクシーボデーに膨らむかもしれませんよ」

 ノーラは両手を使って空中に女性の体のラインを描いた。胸の膨らみ、腰のくびれ、おしりだけゆっくり手を動かして強調する。

「膨らむのは腹だけだろ」

「旦那なんて、お腹に入ればなんでもいいんだからいいじゃないっスか。私には栄養が必要なんス」

「まぁまぁ、おかわりもありますから」

 コニーの妻の言葉に、ノーラは器を掲げてご満悦でおかわりを頼む。

 その姿に毒気の抜かれたリットは、コニーと話を進めることにした。

「泊まる場所を聞きたいんだが……。まさかここじゃないだろ」

 リットは部屋の様子を伺いながら聞いた。

 今いる居間から見える部屋の扉は三つ。一つは寝室に間違いない。村長の家ということは、もう一つは仕事場。最後の一つも客用に空いているわけではないだろう。お世辞にも広い家とは言えないことから、あまり他の村と交易はしていなさそうだ。

 リットの視線の意味に気付いたコニーは、持っていたコップをテーブルに置くとゆっくりと話し出した。

「これでも数週間前までは、ランオウ川とモーモー川の分かれ目を見によく旅人が訪れていたんだよ。その時に活用している宿屋があるから安心してくれ。話は既に通してある」

「そうか。詳しい話と調査はまた明日ってことで、今日はもう宿に行く。長旅だったんでな。少しゆっくりしたい」

「その方がいい。……一度あの不気味な光景を見た方が早いだろう。さて、宿まで案内するよ」

 コニーは椅子を引いて立ち上がるが、それをリットが手で制した。

「場所さえ教えてもらえればいい。狭い村だから迷うことはないだろう」

 コニーはリットの物言いに、まいったなと頭を掻いたが「村の東の入り口のところが宿屋だよ。街灯に看板がぶら下がってるから、もし迷ったらそれを頼りにしたらいい」と親切に道を教える。

「わかった。おいノーラ、いつまで食ってんだ。行くぞ」

 リットはテーブルの上で寝ているチルカを、トンボを掴むように持ち上げると玄関に向かった。

「まだ、食べてる途中なのに……」

 ノーラは口の中にスープを無理やり流しこむと、慌てて立ち上がった。

「あと、そこで伸びてるローレンを引っ張ってこい」

「ういィっス」

 ローレンは旅疲れのせいか、スープを飲むことなくテーブルに伏せている。

 ノーラはローレン服の襟を掴むと引っ張って歩き出した。椅子は後ろ向きに倒れ、ローレンは盛大に頭を床にぶつけた。ノーラが一歩踏み出す度に板目に頭を打ち付けられる。

「痛い! 痛い! 自分で歩くから、手を離してくれ!」



 外に出ると、昼食を食べ終わった村人が外に出ていた。

 畑で働くものは、少しでも作物に栄養が行き渡るように、雑草を丹念に取り除いている。ブラインド村は漁業が盛んな為、網の手入れをしている姿が良く目に付く。

 宿に着くと、二階の一室に案内された。「他に部屋は空いてないのか?」とリットが聞くと、「空いてるけど、みんな一緒の部屋に居たほうが安心ですよ」と物騒なことを宿屋の主人が言うものだから、それ以上何も言えなかった。

「僕は……寝る」

 ローレンは部屋に入るなりベッドに倒れると、愛しそうに枕に顔をうずめた。そしてそのまま会話をすることもなく寝息を立て始めた。

「今のところ危害は加えたことはないって言ってやしたよね」

 コニーの言葉が頭に残っていたのか、ノーラは窓に近寄ると街灯を見下ろしながら言った。

「ここに呼ぶための嘘かもしれないけどな。まぁ、今のところ村人は怪我をしてる様子もないし、そのことは安心して良さそうだ」

 リットは、手に持ったチルカを空いているベッドに投げる。

 しかしコントロールを誤り、チルカはベッドの間の床に落ちた。

 カエルを踏みつぶしたような声が上がると、すぐさまチルカはリットの目の前まで飛んできた。

「痛いじゃないの!」

「すぐ人のせいにするなよ。わざわざ村長の家からベッドまで運んでやったんだぞ。オマエが寝返りを打ってベッドから転げ落ちたんだろ」

「えっ……。そうなの」

 チルカはバツが悪そうに、でもなにか言いたそうな顔をしている。謝罪をするか、普段のリットの態度が悪いからと弁明しようか、葛藤しているようだった。

「旦那のせいっスよ」

 ノーラが呟くように言った一言に、チルカの怒りが再び弾けた。

「やっぱりアンタが悪いんじゃないのよ!」

「ここまで運んでやったのは事実だ。道中、人のリュックの上に座ってた癖に、なに疲れて寝てんだよ」

「じゃあなに! アンタは疲れてる女の子を床に叩きつける特殊な性癖でも持ってるの?」

「叩きつけたわけじゃねえよ。放り投げたんだ」

「かーわーらーなーいーわーよー!」

 チルカはリットの耳を引っ張り、耳元で思いっきり叫んだ。

「あーうるせえ。よく寝起きでそんなに騒げるもんだ。夏の蚊と一緒だな。そろそろ、チル蚊なのかチル蛾なのかはっきりしろよ」

「どっちでもないったら! いちいち嫌味ばっかりうるさい奴ね。喧嘩を売る前にランプを売りなさいよ!」

 二人の言い合いはしばらく続いていたが、いつの間にかその場で寝ていた。

 二人を見守っていたノーラもよだれを垂らして寝息を立てている。

 宿の主人の夕食の知らせに誰も応じることなく、月が高く程の夜になっていた。といっても、雲に覆われたブラインド村からはその月を拝むことは出来ない。

 三人よりも先に寝ていたローレンは、先に一人目を覚ました。

 体を起こしボーっとしていると、ふと壁に映った自分の影が気になった。試しに手を伸ばして動かさずにいると、影は伸びたり縮んだり左右に動き出した。

 ――外から入る光が動いている。

 ローレンはベッドから飛び起きると、慌てて窓に駆け寄った。窓の外を見下ろした瞬間、全身に冷や汗が滲み出てくる。

 ローレンの両の瞳には炎が映り込み、不気味に揺らいでいた。






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