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ランプ売りの青年  作者: ふん
二つの太陽編(上)

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第五話

 ゴウゴから白い結晶が届けられた日。リットはリゼーネにいるエミリアに手紙を出していた。

 返信は早く、数日のうちに届いた。それというのも、人手ではなくグリザベルの使い魔のフクロウによって届けられたからだ。

 すぐに迎えを寄越すので家にいるように。と簡潔に書かれているだけだった。

 また数日もしないうちに、リットの家の窓をフクロウがくちばしでノックした。二通目の手紙はグリザベルの冗長な文で書かれた近状報告と、エミリアが書いた用意するもののリストが同封されていた。

 エミリアは親切心でやったことだが、そのリストを見たマックスは、いちいちこんなことを書かれているのは、リットが信用されていないのではないかと心配になった。

 もともと鎖国的な国であったディアナだが、ヴィクターが王になってからあちこちの国と友好な関係を持つようになった。リゼーネもその一つであり、海のない内陸のディアナが持つ船ムーン・ロード号は、リゼーネの国土にある港町のドゥゴングに停泊している。

 マックスはリットがなにかをやらかして両国間関係にヒビがはいるのを恐れていた。協力が摩擦に、信頼が不信に変わってしまってはリットとも会いにくくなるからだ。

 それというのも、リゼーネとディアナの国境を超えるのは、他の国の国境を超えるより緩くなっている。他国から流れてくる種族を受け入れる多種族国家のリゼーネと、ムーン・ロード号で貿易を盛んにしようというディアナの利が一致したからだ。これにより、ドゥゴングに運ばれた品がスムーズにディアナまで運ぶことができる。

 それでも、商人や冒険者が踏まなければいけない手順はいくつがある。顔パスとはいかないが、リットはその手順を一つ、二つ飛ばすことができる。

 両国の関係にヒビが入ると、国境を渡るのが厳しくなってしまう。

 だからマックスは、リゼーネからの迎えの馬車が来る日。馬車を待っている間、そわそわした様子で店と生活を行ったり来たりしていた。

「落ち着けよ、マックス。オマエが行くわけじゃねぇだろ」

 昨夜にマックスから急かされながら旅支度をし、今朝も早く起こされ荷物の確認をさせられたリットは寝不足で少し機嫌が悪かった。

「自分で行くなら心配はしないです。兄さんだから心配なんですよ……。それより、本当に荷物はそれだけでいいんですか?」

 マックスはリットの傍らにある少ない荷物を心配そうに見た。

「妖精の白ユリ、白い結晶、替えの芯、メンテナンスをする道具。あとはまぁ諸々だ。他はリゼーネに着いてから用意すんだよ。絶対に必要なものと使い慣れた道具を持ってこいって書いてあったのを、オマエも見ただろうが」

「そうっスよ……。だいたい必要なものは旦那が持つんですから、私は早起きする必要なかったじゃないっスかァ……」

 ノーラは支度の終えた荷物に上から抱きつき、ベッド代わりにして、さっきから何度もあくびを繰り返していた。

「ノーラは本当に朝に弱いわね。朝日を浴びるのが、生まれてから死ぬまで一生美人でいるコツよ」

 小さなポシェットに木の実を二、三個いれただけのチルカは、ノーラの頭のまわりを元気に飛び回っていた。

「生まれてから死ぬまで、一生好きなだけ寝られるほうがいいっスねェ……」

 ノーラが若干恨みがましく視線を送ると、マックスは爽やかな顔で得意気に笑った。

「結束を高めるのには連帯行動が大事。今から息を合わせないと」

 その言葉を聞いて、リットはバカにするようにフンっと鼻を鳴らして笑った。

「なんですか?」

「好きそうな言葉だと思ってな。連帯感とか連帯責任とか」

「……それのなにが悪いですか?」

「悪くねぇよ、むしろ褒めてんだ。オレの連帯保証人も喜んで引き受けてくれてな。言っとくけど、オレになにかあったら酒場のツケを払うのはマックスだぞ。払えるのか?」

「人の心配より自分の心配をしてください。もし、兄さんがリゼーネ王に無礼を働いたら、国交断絶。ムーン・ロード号はただの置き物になる可能性もあるんですよ」

 色々な心配事が重なったマックスは、ため息と一緒に少しでも心労を吐き出すことができたらと、肺の空気を全て出しきるような長いため息をついた。

「そんな心配しなくても、大丈夫っすよ。それどころか、もしかしたら、ひょっとすると、万が一、何か間違ったら英雄になって帰ってくるかもしれませんよ」

 お気楽に言ってのけるノーラに、今度はリットが大きくため息をついた。

「あのなぁ……国の調査隊に入るってことは個人活動じゃねぇんだ。そうなると、当然国の手柄だ。オレがどうこうって話じゃねぇんだよ。じゃねぇと、協力してる他の国がマヌケだろ。まぁ、リゼーネから金がもらえるから、しばらくは客を選り好んで気ままに商売するよ」

「いいんですか? 兄さんが望むのなら、ディアナだけでもパレードをするように掛け合いましょうか?」

 それではあんまりだと思ったマックスが気を遣ったが、リットからは正気を疑うような視線を浴びせられた。

「婚約周年祭みたいに、間抜けな格好して街の中を練り歩くのか? だとしたら嫌がらせ以外なんでもないぞ。だいたいな、名声なんてなんになるってんだ」

「こういう言い方は品格を下げるので嫌いですが……。酒場に入ると、皆から一杯奢ってもらえると思いますよ」

「そう考えると悪くないな……。なら帰ってきたら、オマエが一杯奢ってくれ」

「本当に……帰って来たらどうするんですか」

「さぁな、嫁探しでもするか」

 リットはあくびをしながら言う。

「それはいいわね。死ぬまで楽しめる趣味じゃない」

 チルカは笑いながらノーラの背中に落ちると、さらにそこから笑い転げた。再び飛び上がるが、そこでも空中で笑い転げている。

「用意周到で、さっきからやたらと上機嫌だけどよ。オレはオマエを連れてくなんて一言も言ってねぇぞ」

 チルカは落ち着くために深呼吸をすると、リットの眼前まで飛び、鼻先に人差し指を突きつけた。

「――美しき妖精は、自らの可憐なる羽の光にも負けぬを光を求めた」

「なんだ? 妖精の笑い話の常套句か?」

「妖精の噂話の出だしよ。紆余曲折、大言壮語を混ぜて都合のいい物語にするの。スパイスは、ひとつまみの真実よ。だから最後までついていくわよ。むしろ、アンタが私の後をついていると言ってもいいわね。しっかり後ろ姿を見てついてくるのよ」

「その小さな尻はすぐに見失いそうだ。人の尻を捲る暇があるなら、どうせなら羽じゃなくて尻を光らせろよ。なんなら白い結晶を塗りたくって、ケツに火をつけてやろうか?」

「アンタこそ。もう少しお尻を据えて物事を考えたらどうなの? 私は尻拭いはごめんよ」

 リットとのいつもの口喧嘩で、チルカがコロコロと表情と機嫌を変えていると、店にドアを叩く音が響いた。

 それに一番慌てたのはマックスだった。

「忘れ物はないですか? ハンカチは持ちましたか? 襟が立っていますよ。いいですか、くれぐれも恥ずべき行為はしないでくださいね」

「初デートの息子を送り出す母親か、オマエは。言っとくけど、門限には帰るつもりはねぇぞ」

「そういうところですよ。いいですか? リゼーネ王国はディアナとは違うんですよ。くれぐれも、物腰は柔らかく、大きな声で、愛想よく。大事なのは安心と信頼ですよ」

「なんだそれは。新しい介護向けスローガンか? そういうのはイミル婆さんに言ってやれ」

 リットがカバンを持つのと同時に「お迎えに上がりました」とリゼーネの兵士の声が聞こえた。



 リゼーネに向かう馬車の中。ノーラが唐突に「そういえば、具体的になにをするんですか?」と言った。

「……オマエはオレの話を一つでも覚えてるのか心配になってきた。本当にランプに火をつけるだけだと思ってるんじゃねぇだろうな……」

「いやっすよォ、旦那ァ。テスカガンドに行くのはわかってますって。ただ、行くまでと行った後どうするかって話ですよ」

「エミリアの手紙を読むと、まだ話し合いが続いてるって言ってたな。なるべく安全なルートを選びたいから、少しずつ道を広げて様子を見てるらしい」

「闇に飲まれてるのに道なんてあるんスか?」

「東の国の大灯台の明かりが届く範囲までだとよ。本来はあれを直して、テスカガンドまで光の道を作る予定だったらしいぞ。それが届かなかったから、オレが駆り出されたってわけだ」

「旦那以外にはいなかったんスかねェ。闇に飲まれた中でも光るものを研究してる人って」

 ノーラは幌の隙間から、小さくなっていく町を眺めながら言った。

 空は太陽の光を薄く伸ばして貼り付けたように清々しく晴れていて、地上が遠くまで見渡せる。まるで心残りのようにいつまでも町が見えていた。

「いるにはいるらしいぞ。ただな、東の国大灯台を直したことによって、オレには実績がでちきまったんだ。浮遊大陸で闇に飲まれる経験もしたし、闇に飲まれた中に入るのはうってつけってわけだ。だから向かうのは、とりあえずリゼーネだ。そこで諸々の用意を済ませたら、ドゥゴングでディアナの船に乗る。ペングイン大陸に着いたら、東の国の大灯台の明かりを頼りに伸ばしたロープに沿って進む。ロープが届かなくなったら、そこからはあのランプの出番だ。それでグリザベルをテスカガンドまで運ぶ」

「そんなにトントン拍子にいきますかねェ……」

「まだ切羽詰まってるわけじゃねぇからな。闇に飲まれる現象は広がってくんだ。それはテスカガンドを中心に徐々に広がるわけじゃなく、ある時別の場所で急にできる。グリザベルが言うには増殖してるらしいぞ。だからリゼーネやディアナの一部が闇に飲まれて、切羽詰まる前に対処しようってわけだ。つまり、無理をする必要はねぇってことだ。まぁ、ノーラが言うようにトントン拍子で進んだなら、解決しろってことだろ」



「――と、オレはそう聞いてたはずなんだがな……」

 リゼーネ城の玉座の間から出たリットは、隣を歩くエミリアに不満ありありの様子で言った。

「決定事項ではないと言ってあったはずだぞ。上手くことが運べば、一気に解決まで進めるのは変わっていない。変わったのは、ペングイン大陸にいるある種族の協力を仰ぐことだ。闇に飲まれた中でも光るランプがあっても、方角と距離がわからない。その種族にテスカガンドまで案内してもらう」

「そんな都合のいい種族なんているのか? 闇に飲まれてるんだぞ」

 リットは着慣れない正装が苦しく、首元を緩めようと指を入れたが、エミリアにまだ城の中だと止められた。

「ウィッチーズカーズというものは、魔力を入れる器がない人間や獣人に強く影響するものだ。このウィッチーズカーズが闇に飲まれるという太陽の光を消さないものだったなら、チルカに影響はすくなかったということだ。闇に飲まれた中でも、飲まず食わずで生きられる種族もいる。それが、テスカガンドにいる『ゴースト』だ。魔力を持つ種族の中でも、精霊体と霊体の種族は特にウィッチーズカーズの影響を受けにくいらしい。彼らを見つけ出し、協力を仰ぐことが今回の我々のやるべきことだ」

「それなら、オレは各国の王を集めてどんちゃん騒ぎがしたい。わかるか? 答えは無理ってことだ。進まずに探索するってことは、それだけオイルを使うってことだぞ。どう考えても、ゴーストを探してからテスカガンドに向かうんじゃ足りねぇよ」

「ゴーストは生きているモノが好きだから、彼らの住んでいる場所に近づけば、向こうからコンタクトを取ってくるはずだ」

 城門を出て、城から商業地区に出る橋を渡ると、急にエミリアが立ち止まってリットをまじまじと見つめた。

「それにしてもだ……」

「なんだよ。言っとくけど、この服はそっちが用意したんだぞ。いつもの格好で城に入れるわけにはいかないって。似合わねぇって言うなら自分のセンスを疑え」

「それもあるが、敬語を使えるのだなと思ってな」

 リットは今しがたリゼーネ王と謁見を終えたばかりだった。初顔合わせはエミリアやマックスの心配はよそに滞りなく終わった。

 というのも、当然世間話はなく、闇に飲まれた中で光るランプの説明だけをしたからだ。

「十四、五の小僧じゃねぇんだぞ。使えるに決まってるだろ。どんだけオレを見下してんだよ」

 リットの当たり前だろうという口ぶりに、エミリアは呆れたと首を横に振った。

「普段そう思われるような行動を取っていないからだ。まったく……話し始めるまでは肝を冷やしたし、話し始めてからは笑いを堪えるのに必死だったぞ」

「良い返しができるようになったじゃねぇか。で、オレはいつまで首を絞められてればいいんだ?」

 リットはエミリアから許可が出る前に首元のボタンを外すと、今まで水中にいたかのように大きく息を吸い込んだ。

「屋敷に戻るまで我慢できないのか?」

「できたら文句なんか言わねぇよ。それで、こっからオレは何をしてればいいんだ?」

「まだ少し待機になるな。これからディアナに船の要請をし、東の国へ灯台使う許可を申請する。他にも、こちらもこちらで進めることがあるんだ。リットはリットでグリザベルと情報を纏めておいてくれ」

「急かされて来たのに、待たされるとはな。さすが国だな。いい身分だ」

「意見が衝突してるんだ。より安全なルートを選ぶためにな」

「んなもん多数決でいいだろ。ガキの遊びの陣取り合戦をやってるわけじゃねぇんだ」

「大きな声や多人数の意見で押さえつけるのは、討論ではなくただの口論だ。それこそ子供の喧嘩になってしまう」

 そこまで言うとエミリアは「さて」と立ち止まった。「私はまだやることがある。ここからはリット一人で帰れるな?」

「オレとしては、酒場がある通りを過ぎる前にその言葉を聞きたかった」

「だからだ。リゼーネ王との謁見も済ませたんだ。城の者に酔いつぶれているところを見られると、信用をなくすぞ」

「わーったよ。屋敷の中で酔いつぶれることにする。ポーチエッドの酒でもくすねて飲めば、金を払わなくて済むしな」

 リットはエミリアの小言を聞く前に、逃げるように人混みの中へと消えていった。






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