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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(下)

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第二十三話

 チルカがランプから視線を逸らさずに、注意深くゆっくりとその周りを三周した。

 チルカの透明な羽はランプの明かりと同化するように消えて見え、小人が浮遊してるように見えていた。

 さらに一周すると、今度は視線を落として足元を見て、机に張り付く自分の影がないことを確認する。ついで、下ろし立てのシャツを来たときのように、シャツの生地を引っ張ったり、スカートの裾を摘んで広げてみたりと、どこかに影ができていないか確かめていた。

 全員が口を開くことなくチルカの行動を見守り、発せられるであろう第一声を待っていた。

 例えばこれがノーラだったらリットもなにか言っていたが、光と共に生きる妖精という種族のチルカであるため、なにか重要のことを喋りだすかもしれないと思ったからだ。

 言葉を待つという焦らされるリット達の心は知らず、チルカは体操するように両腕を伸ばしたり、

深呼吸をしたり、またランプを凝視したり、マイペースに自分がしたいことをすべて終えてから、ようやく机に足をつけて降り立った。

 そして眉をひそめてリットを見て、ランプに向かって人差し指を向けた。

「これ火がついてるの?」

「オマエにはがっかりだ……」

 リットがため息をつくと、チルカは勝手に期待されて勝手に落胆された不快な気持ちを、顔のいたるところにしわを作ったムッとした表情であらわした。

「だって芯の先に炎は見えないし、周りを飛んでも全然熱くないんだもん。私になにを期待してたか知らないけど、アンタは砂漠でも試してるんでしょ。なにか知りたいなら自分で考えなさいよ」

「砂漠の時はこんな現象は起こってねぇんだよ。なんせ明かりが小さかったからな」

 言ってからリットは思い立って立ち上がり、棚に立てかけてある筒を取って戻った。

 そして、蓋を開け、中に入っている魔法陣を取り出して広げたところで、チルカの蹴りが頬に打ち付けた。

「だから! なにかやるなら一言声をかけなさいよ! それ広げたら闇に呑まれる魔法陣でしょ!」

「今……本気で蹴っただろ。虫歯ができてたら死んでるぞオレ……。広げたくらいじゃ発動しねぇんだよ」

 魔法陣は二つの紙から作られており、一つは基盤となる四角い紙。もう一つは中心にある円形の魔法陣で、中心をピンで止めてある。これを回転させて図形を合わせることにより、魔法陣の発動と停止ができるようになっている。

 それを知らないノーラは、ルーレットを回すように指の腹でひっかくように弾いて、円の魔法陣を回転させて遊びだした。

「まぁた変なのを作ったんスねェ。こういうのって回したくなりますよねェ」

「遊ぶのはいいけどな。五芒星にすんじゃねぇぞ」

「……五芒星というと、五つの角がある星型のことっスよね」

 ノーラは目の前の魔法陣にできている図形を確かめながら言った。

「そうだ。真ん中の丸い魔法陣を回転させて、周りの図形と合わせて五芒星にすると闇に呑まれるからな」

 リットが言い終わった瞬間、二つのことが起こった。

 一つは「まだ片付けてないのかい……」と、眉間にしわを寄せてアリエッタが帰ってきたこと。

 もう一つは、隣の部屋。いや、バーロホール中から悲鳴と困惑の声が響いたことだ。

 リットは焦ることなく「やっぱり急にやったら危険だな……」と、円形の魔法陣を回し、五芒星の図形を四芒星に変えた。

 すると、慌ただしい足音とともに一人のドワーフが「大丈夫か? 急に部屋中の火が消えて真っ暗になったかと思ったら、また急に火がついたんだ」と安否の確認をしにきた。

 部屋の向こうでも、「バーロホールが崩落したのかと思った」「急に目が見えなくなった」など、心配の会話が聞こえている。

 一人タイミングよく、明るいところから明るいところへと戻ってきたアリエッタだけが、なんのことを言っているのかわからないといった顔をしていた。

「こっちは大丈夫だ。おかしなこともあるもんだな」

 リットは適当に話を合わせてドワーフを帰らせると、ほっと一息をついた。

「なんだいなんだい……。フライパンを借りに行って帰ってきた間に、私だけ仲間はずれかい?」

「詳細を話すと、色々弁償させられそうだからな。寂しかったら、旦那に慰めてもらってくれ」

 リットの耳には心配から安堵に代わり、口々に文句を言う「びっくりして皿を割ってしまったよ」や「こっちは鍋を倒して夕飯の作り直しだ」などという声が聞こえていた。

「慰めてもらうより、家事の手伝いをしてもらいたいもんだよ。何度も言っても手伝いやしない……。せめて片付けくらいしといてくれよ」

 アリエッタはぶつぶつと旦那への文句を言いながら、夕飯の支度を始めた。

「いやー……図形って、こう……合わせたくなるもんですよねェ」

 ノーラが調理の音に紛れるような小声で言った。

「否定はしねぇ。でも、オレが殴られた時のチルカの言葉を聞いたら、普通は図形を合わせようとはしねぇよ」

 リットは円形の魔法陣を回し、四芒星からまったく意味のない図形にすると、端から巻いて筒に戻した。

「うーむ……実感がないな」とマグダホンも小声で会話に参加する。

「なにがだ?」

「私は闇に呑まれたところから逃げてきた。当然同じ体験をしたら、パニックになるはずだ。なのにどうだ? この部屋は明るいまんまじゃないか」

「それを作るためにこっちは苦労してんだから、それでいいだろ。なんなら今度はこのランプの明かりが届かないところで、魔法陣を広げてみようか? オススメはしねぇけどな」

「そうか、なら成功を祝わないとな」マグダホンは「アリエッタ! 酒だ!」と声高らかに言うと、目の前に包丁が突き刺さった。

「黙って野菜の皮を剥くか、暑苦しい髭を剃って、まだ自分から進んで手伝ってくれてた新婚の頃に戻るか、好きな方を選んどくれ」

「言わせてもらうが、今でも手伝う気はあるんだぞ。いい夫とは、言われずにやるものだと思っているからな。私の目下の目標もいい夫になることだ。言われてからやっては、いい夫にはなれんだろう。だから私は、あえて今はなにもしないというわけだ」

「なら私も初心に帰っていい妻になることにするわ。あなたの大好きな脂っこいものばかり作って、大好きなお酒も酔いつぶれるまでお酌する。で、運動はさせない」

「……いいかリット。いい夫っていうのは、妻のためには意見を変える男のことだ。それが長生きをするコツだ」

 マグダホンは机に刺さった包丁を抜き取ると、短い足を小走りに台所に向かい、野菜の皮を向き始めた。

「オマエの親父ってのも、なかなかの苦労人だな」

 リットはランプをじっと眺めているノーラに話しかけた。

「お互いに苦労を感じるから、夫婦ってもんらしいですよ。苦労を感じなくなったら、ただの他人らしいっスからねェ」

「できるなら、オレはこれと他人になりてぇ。なにやってんだ?」

 リットはチルカを見る。

 チルカはランプの周りを、氷の上で滑って踊っているように優雅に低空で飛んでいた。

「なんか光を纏ってるみたいで調子がいいのよ」

 チルカは「ほら」と、片足でコマのように回転したり、全身を広げて高く飛んだり、思いつくまま体を動かしている。

 リットがランプの芯を沈めて明かりを落とすと、チルカの動きも止まった。

「なによ。せっかくいい気分だったのに」

 チルカの羽が不機嫌に強く光って見えるのと一緒に、その足元には影が復活していた。

「無駄遣いするなら、妖精の白ユリのオイルだけにしてくれ。この先何回試すかわからねぇんだ」

「この明かりだからいいのよ。夜明けの瞬間の、太陽が生まれる時の心地良い光みたいで。まぁ、アンタにはわからないわよね」

「おいおい。オレは男だぞ。瞬間的な気持ちよさはよくわかる。ここは浮遊大陸じゃねぇんだ。ハイになるのは程々にしとけ。またオレに醜態を見せることになるぞ」

 リットがチルカにいじられないようにランプの芯の調節ネジをきつく締めていると、アリエッタが「あっ!」と声を上げた。

「なんだいなんだい。急に影が出てきたよ」

「母さん……違うぞ。急に影が消えていたんだ」

 という夫婦の会話を眺めながら、リットはぽつりと呟いた。

「あれで結構おとぼけなんだな」

「なんて言ったって、私のママっスからね」



 夕食を食べ終わり、リットとノーラがバーロホールの入り口で、ロウソクの明かりを傍らに、真下から吹き上がる川の夜風に当たり涼んでいると、「やっと見つけました」とドリーがやってきた。

「見つけたって、かくれんぼのオニは代わらねぇぞ」

「そうじゃないです。さっき魔法陣を開きましたよね? 突然はびっくりするんでやめてくださいよ……。ちゃんと四芒星で発動を止めてから、図形をずらして意味のない形にしてから筒に戻しましたか?」

 バーロホールにいる者の中で闇に呑まれるという現象を体験したのは、逃げてきたノーラの家族と、砂漠で魔法陣を開く時に一緒に居たドリーだけだ。

 なので、ゴブリンの中でドリーだけが一瞬の暗闇の原因を理解していた。

「それなら、旦那がなんかごちゃごちゃしてましたよ」

 ドリーは「よかった」とほっと胸を撫で下ろした。

「そんなに手順が大事なんスか? バコっと図形を合わせたらいきなり発動しましたけど」

「グリザベルさんの手紙には、五芒星で暴走させて発動し、四芒星で安定させて停止させる。そして、安定させてから、意味の無い文字列に戻して、筒にしまうと書いてました。四芒星で安定してからじゃないと、それこそ今広がっている闇に呑まれる現象と同じことになってしまうそうです」

「おぉ……いやー危なかったスね。もう少しで、また一家で逃げ出すことになってましたよ」

 ノーラが火のついていないランプを指でつつきながら言うと、ドリーもそれに目をやった。

「でも、ここでのんびりしてるってことは、特に問題はなかったんですね」

 リットは「まぁ……」と濁してから「成功といえば成功だな」と続けた。 

「歯切れが悪いっスねェ。光ってたじゃないっスか。自信ないんスかァ?」

 ノーラがまたランプつつくと、ロウソクの明かりが火屋に反射して、地面に映る影の一部を切り裂いた。

「闇に呑まれた中で光ること自体は成功でいい。だけどな、明るすぎて煙が見えなかったからな」

「節約とか言ってやつっスか?」

「そうだ。まぁ、そっちは確かめる方法はある。だけどな……」

 ため息と同時に抜けるように消えていく語尾に、ドリーが心配に顔を曇らせた。

「だけど。なんですか?」

「これに火をつけられるか?」

 リットはノーラの横に置いてあるランプを顎でしゃくって指した。

「もしかして……バカにしてます?」

「できることならそうしてぇよ」

 リットはマッチ箱をドリーに投げ渡すと、できるならやってみろと肩をすくめた。

「いいですか? ランプに火をつけるなんていうのは、一緒に旅をして何回もやったことですよ」ドリーは火屋を外すと、そう意気込んで言ったが、その後言葉が続くことはなく、マッチを擦る音だけが何回も響いた。

「な? つかねぇだろ」

 というリットの言葉を聞いても、ドリーはマッチを擦るのをやめなかった。箱の中のマッチが空になり、手に最後の一本を持ったところで、リットにそれを取り上げられた。

「いいんだよ。オレもつかなかったんだから」

 言いつつもリットはどこかドリーに期待をしていた。

 意地になってマッチを擦ってるうちに、火がつく可能性があるかもしれないと思っていたからだ。

 しかし、焦げたリンの匂いだけが虚しく漂うだけだった。

 ドリーから取り上げた最後のマッチをノーラに渡すと、「またやるんすかァ……。マッチを擦ると指が熱くなるんすよォ……」と、渋々マッチを擦ってランプの芯に近づけた。

 火柱の暴力的な眩さが一瞬辺りを襲うと、すぐに柔らかな眩しさがランプを中心に三人を包んだ。

 砂漠のときよりも遥かに強い明かりに、しばし見とれた後、ドリーは目を吊り上げてリットに詰めよった。

「僕にもできますよ! ラット・バック砂漠ではできたんですから!」

 ドリーは落ちているマッチから、まだ火がつきそうなものはないかと探し始めた。

「オレもオマエのその執念と、結果に結びつける努力にすがりたいところだけどよ」

 リットはなぜノーラ以外がマッチを擦ってもランプに火がつかないのか、なんとなく理由がわかっていた。

 火をつける時も、結晶の焦げを作る時と同じ火力がいるということだ。リットやドリーが焦がした結晶に火をつけるのならば、誰でも火をつけることができるが、ドワーフの女性が持っているようなヒノカミゴと呼ばれる力や、チリチーのようなウィル・オ・ウィスプのように火の魔力を使える種族が焦がしたものならば、同等かそれ以上の力がないと火がつかないということだ。

 リットがそれを言おうとした時、花を片手に持ったチルカがツバメのようなスピードで飛んできた。

「私言ったわよね……今日は早く寝るって」

「んなこと言ってたか?」

「言わなくてもわかるでしょう! 寝不足、つまり早く寝る。どんなとんちきだって気を使うわよ普通は! つまりアンタは普通以上にバカってことね!」

「今日は旦那も飲んでないから騒いでないっスよ。風の音じゃないっスか?」

 なだめてくるノーラに、チルカは手に持っていた花を突きつけた。

 淡い青色の小さな花の芳香がノーラの鼻をくすぐった。

「この花がどうかしたんスか?」

「この花は朝に咲くのよ。わかる? 夜じゃなくて朝。太陽が出ているように見える?」

 チルカは持っている花を指示棒のようして月を指すと、今度は振り下ろして寝床に使っているボロス渓谷の丸い大地を指さした。

 ランプの明かりはそこまで届いており、肉眼でも色とりどりの花が咲いているのが見えた。

「いいや、出てませんねェ。でもこう明るいと、月が太陽に見えてくるから不思議なもんスよ」

「そうじゃないのよ、ノーラ……。花が朝だと勘違いして、咲き出したのよ。この意味わかる? 妖精って言うのは、朝に開く花の匂いで目覚めるのよ!」

 そう叫んでチルカが睨んだのは、リットでもノーラでもなく、落ちている使用済みのマッチをいじっていたドリーだった。

「えぇ!? 僕じゃないですよ」

「指からマッチを擦った時の匂いがぷんぷんしてるのよ!」

「いえ、たしかにマッチを擦ったことは擦ったんですが……」

 ドリーは指についたススをズボンで拭くと、右足を後ろに引き逃げる体勢に入ったが、それと同時にチルカも羽を立てて追いかける体勢に入った。

「別に正直に話したからって、許すわけじゃないわよ」

 二人は崖から落ちないように、ランプの明かりが届く範囲を駆け回り始めた。

「いいんスか? 旦那ァ」

「まぁ、いろいろ問題は残ってるけどな。花も騙せる光を作ったってことだし、とりあえずは心配いらねぇだろ」

「いや、そうじゃなくてドリーっスよ。この明かりの中じゃ、寝不足のチルカも元気になるから、いつまでも追いかけられますよ」

「なら、穴に逃げ込めば安全だって教えてやるか? 火をつけたのオマエだから、矛先が向かってくるぞ」

「そうさせたのは旦那っスよ」

「なら、チルカが疲れて眠るまでドリーに頑張ってもらえばいい」

「まぁ……そうっスねェ」






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