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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(下)

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272/325

第二十二話

 晴れときどき火柱。

 そよとも吹かない風は、青々と清々しく広がる空に、汚れのように小さな白い雲を残している。

 その一点に狙いを定め、突き刺すかのように、今日何本目かの火柱が上がった。

「そのうち鳥の丸焼きでも降ってきそうだな」

 リットは消えた火柱が残していった陽炎を見ながら言った。まるで空気が傷つけられたかのように、遠くの景色がゆがんでいる。

「そうなれば嬉しい特技なんスけどねェ。……それより先に私の指が黒焦げになりそうですよ。いったい何回ほど火をつければいいんスか?」

 ノーラの足元には柄の先まで真っ黒に焦げたマッチが、数本転がっていた。

「念のためだ。あと数本は燃やしてみてくれ」

「力を貸すとは言いましたが、ちょいと人使いが荒くないっスかね」

「ドワーフってのは働き者の種族なんだろ。飽きもせず、トンテンカンって音が響いてるぞ」

 リットが顎をしゃくって指したバーロホールの入り口からは、打楽器のみで奏でられた音楽のように、金属を叩く音が漏れ響いていた。

「私思うんスよ。種族らしさっていうのは、同じ種族でずっと固まって過ごしているから身につくものであって、他の種族と一緒に過ごしていると、特有の種族らしさってのは薄まると思うんスよ。ほら、旦那のご兄弟がいい例じゃないっスか」

「まぁ、一理はある。出会った時に働き者だったら、もっと説得力があったけどな」

 リットに視線で訴えかけられたノーラは、舞台役者のように大げさに首を傾げた。

「おんやぁ……どうやら評価を上げるのに失敗したようで」

「もう一つの方は成功してるからいいだろ。どこで覚えたか知らねぇけど、話題逸らしを使っての休憩はすんだか?」

「なにをなにを。旦那を見て覚えたに決まってるじゃないっスかァ。さぁ、では――いざ」

 ノーラが意気込んでマッチを擦ると、なにもない空に向かって火柱が高く上がった。

 何回もマッチを擦っているものの、まだ結晶を焦がすことはしていなかった。

 ドワーフの女性だけが持っている『ヒノカミゴ』という力。本来はこの力を使って火の強さを制御し、様々な鉱物を加工するのだが、ドワーフとしては半人前にもなってないノーラは制御できるはずもなく、こうして何回もマッチを擦って、一番火力が上がる瞬間を探しているのだった。

 条件がわかれば一番火力の強い状態で結晶を焦がそうと思っていたのだが、リットが見ている限りでは、毎回同じ火柱が上がっていた。

 ノーラが制御できないというのは小さくできないということであり、毎回全開で、力の限り火が上がってるように見えた。

 リットが高々と空に昇っていく火柱を見て確信していると、チルカがせわしなく羽動かし、苛々とした様子で飛んできた。

「なによ……」

 眉をひそめるチルカに、リットは眉をひそめ返した。

「なんだよ」

「そっちが呼んだんでしょ。何度も火柱を上げて合図して……なんの用なのよ」

「違いますよ。私の練習っスよ」

 ノーラは言いながら、また一本マッチを擦った。

 すぐ近くで上がった火柱の眩しさに、チルカは手で目を覆う。

「練習っていうのは、私に嫌がらせをする練習?」

「まさかまさかっスよ。機嫌が悪いのは、どうやら寝不足と見ました。なんかあったんスか?」

 チルカの不機嫌に細めた目の下には、不機嫌の元凶であるくまができていた。

「昨日はよく眠れなかったのよ。酔っ払いどものせいで。で、今はこれよ」

 ボロス大渓谷の中心にある丸い大地。そこは周りの荒野とは違い、自然豊かに緑が実っている。数少ない草木や花がそこには固まってあるので、チルカはバーロホールの穴ではなく、いつもそこにいるのだが、昨夜は酔っ払いの大声が響いてきたせいで眠れなく、日が昇りやっと寝付けると思ったら、ノーラの上げた火柱の光が木陰を消して目が覚めてしまった。

「穴の中は涼しいっスよ」

「あんな燃えカスと汗の臭いが充満してる穴の中なんて嫌よ。いい? 妖精っていうのはね。朝に開く花の匂いで目覚めて、月明かりに閉じる花と一緒に眠るものなのよ」

「人の家の食器棚を寝床にしてる奴が言うセリフか?」

 リットは妖精らしくない生活をしているチルカを煽って言ったのだが、チルカの口から出てきたおは反論ではなく肯定的の言葉だった。

「そう! それよ! 砂漠に荒野に穴の中! 森のもの字もないところばかり。アンタの家が恋しくなる日がくるなんて思いもしなかったわよ……」

 チルカは眠そうに目を閉じると、はぁ……と深くため息をついた。

「言っとくけどな。オレはまだ庭を森として受け入れてねぇぞ」

 言いながらリットはノーラの家から黙って持ってきたフライパンを片手に持って、焼き魚に塩でもかけるように白い結晶をばら撒いた。

「アンタの都合とは関係ないわよ。何度も言うけど、森っていうのは――なにしてんのよ。朝ごはんでも作る気なの? 今頃?」

 リットが妖精の白ユリのオイルをフライパンに入れるのを見て、チルカは空を指さした。

 太陽は斜めから顔を出し、朝とも昼とも言えない中途半端な位置から荒野を照らしている。

「結晶を焦がすんだよ。白い結晶のままじゃ使えないからな」

 チルカは眠気が吹き飛んだように目を見開くと、不満をあらわに両手を振り下ろした。

「また勝手に! なにかやるなら一言声をかけなさいよ! なんの為にアンタについていったと思ってるのよ。旅のおとものためじゃないわよ! 説明くらいできるでしょう」

「妖精のうわさ話に使うなら結果がわかりゃ充分だろ。何度も説明すんのはめんどくせえんだよ」

 リットがなにも言わずノーラに向かってフライパンを差し出すと、ノーラもなにも言わず、フライパンに引かれた妖精の白ユリのオイルに擦ったマッチを近づけた。

 マッチの種火は一瞬にして轟々と燃え盛る火炎となると、辺りの空気を吸い尽くして大火となり、天高く昇っていった。

 熱風が通り過ぎた後の体には、秋の終わりのように乾いた涼しげな風が吹いた。しかし、それも一瞬のことで、すぐに川風の湿気を含む風に戻り、フライパンから立ち上る煙を重そうに揺らした。

「あー……びっくりした……」と声を上げたのはリットだ。

 フライパンを地面に置くと、焦げた腕毛をはたき落とした。

「び……っくりしたのはこっちよ! たった今説明しなさいって言ったばかりでしょう!」

「だから説明をするために実物を作ってんだろ。……それにしても、ちょっとむちゃだったな。一瞬息ができなかったぞ」

 リットはフライパンに視線を落とした。フライパンと同化するように結晶が真っ黒に焦げている。冷えるまでには、まだ時間がかかりそうだった。

「もう……目が覚めちゃったじゃない……眠いのに……」

 チルカは鈍く痛むまぶたをパチパチとさせた。一度眠るまですっきりしないこの不快なまぶたの重さは、チルカの睨みをいつも以上に鋭くさせた。

「まぁまぁ、この私がぐっすり眠れる方法を伝授しましょう」

 自信有りと笑みを浮かべるノーラに、チルカは言いたいことをお見通しと首を横に振った。

「言っておくけど、食べ物を詰め込んで満腹になって寝る。なんて、乙女にあるまじき行為はしないわよ」

「そうっスか。満腹になると、いい感じの気だるさが眠気を誘うんスけどね。他になんかありますかねェ……」

「いいのよ。別にノーラに怒ってるわけじゃないんだから。私が怒ってるのは、そこの自分の股間に話しかけてる男よ」

 チルカはぼーっとフライパンを眺めるリットの頭に蹴りを入れた。

「誰が話しかけるか。ここでやる気を出したら後悔するぞって、なだめても言うことを聞かなくなった時から、会話は諦めてんだよ。ほらよ。ピーチクパーチクうるせぇから説明してやる」

 リットはフライパンを持ち上げると、チルカに向けて差し出した。

 まだ煙は薄く立ち上り、むせるような妖精の白ユリの匂いを漂わせている。

 チルカはそれに勢いよく息を吹きかけ煙を飛ばすと、真っ黒な結晶を見て顔をしかめた。

「これって……やっぱり朝ごはんじゃないのよ。よく見るわよ。こんなのをノーラが作ってるのを……」

「ヨルアカリグサの白い結晶を焦がしたんだ。可燃性の高い妖精の白ユリのオイルを使って、ノーラに火をつけさせることによって、強い炎の光を閉じ込めたってわけだ」

 リットがまた黙って持ってきたフォークの先で表面をつつくと、黒く焦げた結晶は治りかけのかさぶたのように簡単に剥がれた。フライパンの上で軽くかき混ぜて強引に冷ますと、妖精の白ユリのオイルが入った瓶に、焦がしたヨルアカリグサの結晶を少しだけ取って入れて、瓶に蓋をすると、よく振って混ぜた。

「それが、私に了承を得ないまま勝手に魔法陣を広げて、闇に呑まれた時に使ったオイルってわけ?」

 チルカの言葉の端々には、怒りと恨みがこめられていた。

「声はかけただろ。暗くなるから気を付けろって」

「そんなランプの明かりを消すみたいに言うからでしょ。いきなり真っ暗になって、空が落ちてきたのかと思ったわよ」

「オレだってな。あの魔法陣の範囲があんなに広いものだとは思わなかったんだよ。せいぜい部屋が闇に呑まれるくらいだと思ってんだ。……ノーラ、代われ」

 リットは疲れたと大きく息を吐くと、ノーラに小瓶を投げ渡した。

「旦那みたいに振ってればいいんスか?」

「まだ、結晶が見えてるだろ」小瓶の中では、妖精の白ユリのオイルと黒い結晶が目に見えるほど存在していた。「しっかりと混ざると、オイルの色が夜明けの空みたいな瑠璃色になる」

「ほうほう。それで、どのくらい時間がかかるんスか?」

「そうだな……砂漠でやった時は、腕が疲れすぎて小便の狙いが定まらなくなるくらい振ってたな」

「言っておくけど、私はこんなの持って振れないわよ……」

 次は自分に順番が回ってきそうだと思ったチルカは、両手を広げて自分の体の小ささをアピールする。

「落として割られたら困るんだ。やりたいって言ってもやらせねぇよ。砂漠の時はオレとドリーとキルオの三人しか振るやつがいなかったけど、ここには人がいる。適当なゴブリンをとっ捕まえて振らせりゃ、夕方前には混ざるだろ。振る舞ったグリム水晶の酒の値段をチラつかせりゃ、嫌とは言えねぇだろ」

「それで、足りない分もゴブリンに取りに行かせるの?」

 チルカはフライパンに残った黒い結晶に目をやった。ランプに詳しくないチルカでも、結晶の量が足りないことはわかっていた。

「結晶は後から家に届く。そのために魔宝石を売りつけてきたんだ。今は試せる量があれば充分だ。届いた分を振らせるのは、届いてからエミリアにでもやらせりゃいいだろ。体力が有り余ってる奴だからな。それじゃあ、あとは頼んだぞ。疲れたゴブリンでもドワーフでも捕まえて代われ」

 リットは酒臭い息をゆっくり吐いた。二日酔いも陽に当たることによってだいぶマシになっていたが、酔ってやらかした穴掘りの筋肉痛と、それを再び刺激する瓶を振るという行為で、また気だるさが増していた。



 リットが気だるさから寝て、起きたのは夕方になった頃だった。

 もう明日は仕事にならないであろう、腕をおさえて疲れた顔をしたゴブリンを四、五人作った頃には、小瓶中のオイルは夜明けの期待に満ちたような瑠璃色に変わっていた。

「妖精の白ユリが光り出す頃の空の色ね」

 チルカは鏡で自分の姿でも見るように、小瓶に入った瑠璃色のオイルをまじまじと眺めていた。

「チルカは早く起きますもんねェ。私はその時間、布団を被り直して寝てますよ」

「早起きはいいものよ。朝露に濡れた蜘蛛の巣はキレイだし」

「それは朝ごはんが取れなくて大変そうっスねェ」

「朝に咲く花の匂いが風に漂うし」

「隣の家から漂ってくるごはんの匂いってお腹が空きますよねェ」

「……空気は美味しいし」

「ほうほう、何味なんスかねェ。私としては朝は爽やかな塩味がいいんスけど」

「なんで全部食べることに結びつけるのよ……」

「最後のは誘導された気がしますけど。だってもう夕方っスよ。全世界が、今日の晩御飯はなんだろう? って思い浮かぶ時間っス。そりゃ、お腹も空くってなもんですよ」

 ノーラは横目でリットを見た。

 マグダホンも時間通り今日の分の鍛冶をやめており、本来なら夕食の支度が始まっているはずだったが、リットが机を使ってランプを分解して掃除し場所をとっているため、この部屋からだけ料理の匂いがしていなかった。

「言っとくけど、直接的に言おうが、間接的に言おうが、遠まわしに言おうが、作業はやめねぇぞ。どんな光を使うのか、マグダホンに見せておいたほうがいいと思って」

「私も言っておくが、もう仕事の時間は終わってる。なにを見せられても、今日はもう作業はしないぞ。残業というのはな。計画が立てられない愚か者がすることだ」

 マグダホンは面倒臭そうに髭を撫でている。

「だから、オレが油壺を洗って、芯を取り替えて、火屋についたススを拭いてんだ。手伝わせてねぇだろ」

「だが、どう考えても仕事に関することだろう……。これまた言っておくが、私は簡単に拗ねるぞ」

「ここは穴の中だ。どうせ飯を食うにも明かりが必要だろ。それにもう終わる」

 消耗品を交換し、汚れを拭き取ったリットはランプを組み立て始めた。

 チルカが顔を映して遊んでいる小瓶を取ると、中のオイルをランプの油壺の中に入れ、芯の先を浸すと、オイルを吸って白い芯が薄い藍色に染まった。

 そして、芯の先にマッチで火をつければ燃えるはずだった。

 しかし、いくらリットが火をつけようとしても、水を吸わせた濡れた芯のように、マッチの炎はジュッと音を立てて消えてしまう。

「すぐ終わるというのは、すぐに火が消えるという意味なのか?」

 マグダホンはそう言うと、髭を撫でていた手をそのままおろして、今度はお腹を擦り「腹が減った……」と呟いた。

「おかしいな……焦がしすぎたのか? 砂漠じゃ上手くいってたんだけどな……。オレが火をつけても、キルオがつけてもちゃんと火がついた」

「だが、火はつかんぞ。ほれ」

 マグダホンがマッチを擦ってランプの芯に火を近づけたが、先ほどと同じで燃え移ることはなかった。

「失敗したなら明日やればいいさ。いいかい? 仕事の時間が押すってことは、それに比例して主婦の仕事の時間も押すってことなんだよ。それに、ほら。さっきからノーラがないてるんだよ」

 アリエッタがさした指の先では、ノーラがお腹をおさえて、グーグーと鳴くお腹の虫をなだめていた。

「そうは言うけどな。どうにかしねぇと、また砂漠まで行かねぇとならなくなんだ」

「それじゃあ、もう一度試して火がつかなかったら諦めるんだね。グダグダされても困るから、私がつけるよ」

 アリエッタがマッチを擦ると大きく炎が上がった。その炎がマッチの柄を食い尽くす前に、手慣れた様子でランプの芯に近づける。

 すると、先程まで昇らなかった煙が芯から昇った。

 しかし、ランプに火が灯ることはなかった。

「それじゃあ、私は隣からフライパンを借りてくるからそれまでに片しておくんだよ。まったく……どこにいったんだか、うちのフライパンは……」

 アリエッタが消えたフライパンの行方にブツブツと文句を言いながら部屋を出ていくと、リットはノーラにマッチ箱を投げ渡した。

「おい、ノーラ。火だ」

「旦那ァ……帰ってきて片付いてないと怒られますよ。言っておくけど、イミル婆ちゃんには負けますけど、長いですよ。お説教」

「片付けなんて、掃除道具をしまうだけなんだからすぐだ。マッチを擦るのもすぐだろ?」

「もう、しょうがないっスねェ。旦那も諦めが悪いんっスから。はいさァっと」

 ノーラがマッチを擦ると、一瞬にしてマッチの柄まで燃えた。それが燃えきる前にランプの芯に近づけると、触れた瞬間に周りの景色が一瞬にして変わった。

 ここに居る人も、備え付けられた家具も、落ちている道具も同じまま。部屋の明るさも同じだ。

 それなのにあからさまに景色が違っている。

 ノーラは「ほら、やっぱり無理ですぜェ」と、マッチの箱を机に置いた。

 そのマッチの箱は、リットには描きかけの絵のように目に映っていた。

 リットがあることに気付いてマッチに手を伸ばすと、それ見て全員もそのことに気が付いた。

 この部屋からは――影だけが消えていた。






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