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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(下)

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第十二話

 両刃の欠けた剣のように硬くも脆そうな光は、砂漠の空に無数に浮かぶ星屑の一つに吸い込まれて昇っている。

 光を放っているヨルアカリグサの元まで駆け寄ったリットは、荒く外へ飛び出そうとしている呼吸を、無理やり喉元で押し留めた。

 蜃気楼のようなおぼろげな光は、ため息一つで飛び散ってしまいそうな気がしたからだ。

 リットは冷たい砂漠の砂に腹ばいになると、息を押し殺してヨルアカリグサを観察した。

 最初に見た時のような石に見える枯れた表面は、焦げたように真っ黒になってめくれ上がっている。代わりに顔を出しているのは、瑞々しい透明な新芽だ。石の凹凸のように見える歪な葉脈だけが、影という色を付けていた。

 葉脈のすじの奥から光を放っているので、瑞々しいヨルアカリグサは水面に映る太陽のようにも見える。

 リットはまだ観察を続けるつもりでいたが、それは痛みとともにあっけなく終りを迎えることになった。

「なにすんのよ!」と怒鳴り声を響かせながら、チルカがリットの頭に小さな踵を二つとも落とした。

 顔を無理やり砂漠に押し付けられたリットは、砂を吐き出しながら顔を上げて、怒りに羽明かりを強くするチルカを見た。

 最初、チルカは怒りに顔を赤くしていると思ったが、そういうわけではないらしい。頬の一部分だけが赤くなっていた。

「言っとくけど、アンタがやったのよ」チルカは目を鋭く尖らせて、自分の赤くなった頬を指した。「アンタが子供みたいに走り出した時よ。アンタに蹴りでも入れて加速して先に行こうと前に出た時、小指がぶつかったのよ」

「……それはオレが悪いのか?」

「まだ私が蹴り入れる前なんだから悪いに決まってるでしょ。じゃあ聞くけど、女の子の顔を殴っておいて、自分は悪くないって言い張るつもり?」

「オレも聞きたいんだけどよ。なんで女のビンタは甘んじて受けないといけないって風潮があんだ?」

「叩かれる時にやましいことを思い出して、動きが止まるからでしょ。今はそんな話してるんじゃないわよ!」チルカはリットに詰め寄るが、突然視線を下げて目を逸らした。「なんで光が止まってるのよ」

 言われてからリットはヨルアカリグサが光っていないことに気付いた。周りで光っているのはチルカの羽だけだった。

 思わずリットはチルカを掴み、羽明かりをヨルアカリグサに近づけて覗き込んだ。

 先程まで見ていた幻想的なものはそこになかった。新芽はまるで溶けた蝋のように、ぐちゃぐちゃになってしぼんでいる。

「なんでこんな腐ったみたいになってんだ……」

 リットが呟いた瞬間。親指と人差し指の付け根に鋭い痛みが走った。

 痛みに思わず広げた手の中から、チルカが唾を吐きながら飛び上がった。

「もう……砂と汗の味で最悪よ……」

 チルカは枯れてしまったヨルアカリグサの上に降りたって口を拭った。

 その時リットの目には、チルカの軽い体重に踏まれたヨルアカリグサが、枯れ葉のように砕けていくのが見えた。

 風に流され消えていく破片には、瑞々しさの欠片もなかった。

「まったくわけがわかんねぇな。妖精の白ユリとは違って、光ったら枯れるもんなのか?」

「知らないわよ。妖精の白ユリの時みたいに、摘み取ったんじゃないの」

 チルカは短く小さな舌を出すと、唾液を出そうと声に出してえずいて、口の中に張り付いた砂をペッペッと吐き出した。

「オレにもまったくわからない……。いつもは空の色が変わるまでは光っているはずなんだが……」

 いつの間にか来ていたキルオは、話しかけながら水筒の蓋に水を注いでチルカに渡した。

 チルカはすぐに水を口に含みうがいをすると、わざとリットに向かって吐き捨てた。

「こんな邪悪な奴が近くに寄ってきたんじゃ、植物も枯れるわよ」

「邪悪なのは否定しねぇけどな。オレ一人が眺めてる時はまだ光ってたぞ」

「なら可愛い女の子にでも弱いのかしら。正直だけど軟弱な植物ね」

「それでも、枯れることはないと思うんだがな……」キルオはヨルアカリグサを覗き込む。「これはダメだな。放っておけば、また芽を出すという状態でもない」

 簡単に答えを出すキルオに、リットは頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出した。

「こんな暗い中で見えるのか?」

「目は良くないが、夜目はきくぞ。星明りがあれば充分だ」

「目が悪い上に記憶力も悪いんじゃ、そりゃあすぐに忘れるわな」

「だが、この植物が死んでいるのは紛れもない事実だ。こんな状態のヨルアカリグサは見たことがないからな」

「見たことがないってなんだ? 枯れない植物ってわけでもないんだろ」

「そうだ。枯れるものもある。だが、枯れると異臭を放つんだ。これはアリアか……マニア様か。どっちかに聞いたほうが早そうだ。二人なら、似た症例を知っている可能性がある」

 キルオが言い終えるのと同時に、また少し遠くでヨルアカリグサが光りだした。

 チルカはリットの鼻の先に拳を押し付けると「今度は私が見に行く番よ。こっちだって、どんなのか興味あるんだから。アンタはおとなしくしてなさい」と言い残して、光の下へと飛んでいった。

 リットももう一度観察したかったが、他にもヨルアカリグサが光った安心感から、言われた通りチルカに任せることにした。

 妖精の白ユリと同じアカリグサという種類なら、人間の自分より妖精のチルカが見たほうが、なにかわかるかもしれないという気持ちもあった。

 リットは少し落ち着こうと、息を吐きながらお尻で砂を軽く掘って座り直した。

「どうやら、精神的に疲れる女と話す必要はなくなったみたいだな」

「それでもいいと思うが、わからないことは専門家に聞くのが一番だぞ」

「オレもそう思うけどよ。ああ途中で入れ替わられたら、かえって頭がこんがらがる」

「入れ替わると言うが、別人というわけではない。本人は変わらず接しているつもりだ。記憶もちゃんと共有している。引き出すのに少し時間はかかるがな」

「接してるほうが混乱したら同じことだ。だから、アリアとマニアで名前を分けて呼んでんのか?」

「今言ったばかりだろ。記憶を引き出すのに時間がかかると。友人として、アリアはこのまま普通に人生を過ごしてほしいと思っている。マニア様の執着の強い思想に引き込まれることなくな」

 キルオは疲れのため息をついた。それはリットをヨルアカリグサの生えている場所へ案内しただけではない、長い年月の心の疲れをこぼすようなため息だった。

 それが伝わってきたので、リットも名前を分けても同じ体なら意味がない。と思ったことは口に出さなかった。

 キルオもまたそんなリットの気持ちに気付いた。しかし、気遣われて流れた無言の時間がいたたまれなくなり、リットの無言の質問に、声を出して答えを返した。

「だからだ。ヒムがそうだったように、どうせ毒が回っているならと開き直ってほしくはない。別の名で呼び、その時の記憶を別々の引き出しに入れるように振る舞ってるんだ」

「人にばっか気を使って、そのざまだろ。人生それでいいのか?」

 リットは自分の頭を人差し指でつつきながら言った。

 バカにしたわけではなく、むしろ珍しくわかりやすく気を使っていた。

 指したのは頭そのものではなく、キルオの記憶力の低下を示していた。

 キルオが作ったヴィクターの超遅効性の毒をさらに遅効させる薬の副作用が記憶の欠如だ。過程はわからないが、その二つが関係のないものとは言えないだろうとリットは思っていた。

 そして、キルオの口からは予想していた答えが返ってきた。

「オレはそういった類には強い体だからな。これからの人生を悲観するほどの効果は出てはいない。アリアとヒムと三人でいたことも思い出せる。怖いのは毒より年月だ。昔は思い出の中の匂いも色付いて思い出せたんだがな……」

 その声の感情が、「オレは忘れたくもないし、見逃したくもないんだ」と言っていた時のヴィクターの寂しそうな声と重なったせいで、リットは自分がなぜ気を使っているのかがわかった。

 しかし、わかったところで、どうすればいいのかがわかったわけではない。

 お互い、曖昧に肩をすくめた。話は終わりだという合図のように。

 そうしたのはそれだけが理由ではなく、チルカが向かった先のヨルアカリグサの光が消えたということもあった。

「結局アリアと話をすることになりそうだな」

 リットはわずかに色を変えた空を見上げて言った。



「なるほど。リゼーネに生えているアサアカリグサは、呼応するように次々光るんですね」

 アリアは今言った自分の言葉を文字にして書き留めた。

「……そうよ」

 チルカは硬いつるで編まれたカゴの中から答えた。表情は不機嫌そのものだ。

 ヨルアカリグサが生えている砂漠から帰ったリットは、しばらくアカリグサのことを一言も話さずに数日を過ごしていた。余計なことを言ってチルカを反応させないためだ。

 その間にツルでカゴを編み、編み終えると気持ちよく寝ているチルカを押し込んで、無理やりアリアのいる地下の研究室まで連れてきたのだった。

 リットも妖精の白ユリのことを全て知っているわけはない。アリアもあまり研究していないのでは、アカリグサのことを一番知っているのはチルカだからだ。

 アリアと会うのを嫌がるチルカを連れてくるには、これしか手段はなかった。

「光り終えた時に、変化はないんですか?」

「……また蕾に戻るだけよ。次に太陽の光が当たるまで」

「なるほど……なるほど。リットさんのお庭に植えてあるアカリグサも一緒ですか?」

「同じだけど、光を遮るもんがないんで年がら年中冬でも光ってるな」

「一定の光を放つと枯れるわけでもなさそうですね……。もしかすると……ヨルアカリグサは光に弱いのかも知れませんね」

「自分で光るような植物だぞ」

 リットは薄暗い研究室で光る、チルカの羽明かりを指しながら言った。

 カゴに入れられているのと、黙ってここに連れられてきた事により、いつも以上に強く光っていた。

「ヨルアカリグサは、妖精の白ユリのように強烈な光を放つわけではないですから。それに話を聞く限りでは、焚き火をしていた近くのヨルアカリグサは光らず、チルカさんが近付いてもダメということなので」

 アリアもチルカの羽明かりを指して言った。

「それ以上見世物みたいに指をさすなら、このツルで首を吊って、おしっこを漏らしながら死ぬわよ……」

 チルカが睨みつけると、アリアは「ごめんなさい」と言って続きを話した。

「人間が日焼けするように、植物もいきなり強い日差しを浴びると葉が焼けるんですよ。脱皮する前のヨルアカリグサはご覧になりましたか?」

「石みたいなやつだろ」

「そうです。では光っている最中のヨルアカリグサは?」

「新芽のことなら透明だったな」

「私はそれが本来のヨルアカリグサの葉の色だと思っています」

 アリアの話では、ヨルアカリグサが石のような色になるのは、まだ瑞々しい新芽に、風に飛ばされた砂漠の細やかな砂が付着するからで、そうして砂漠の太陽と乾燥から身を守るという。

「光合成をしないってことか?」

「いえ、夜の間に次の新芽を出すまでの分の光合成をするんです。自分の放った光で。だから、自分が放つ光以上に強い光に当たると、葉焼けを起こしてしまうんじゃないかと」

 リットはヨルアカリグサの光を思い出した。月明かりと同じくらい弱々しいあの光は、チルカの羽明かりよりも弱かった。

「つまり妖精は天敵ってことか」

「どうでしょう……ここにいる間なら、いつでもできると思って研究はしていませんでしたから。繁殖方法はわかっていないんですよ。最初に土ごと持ってきて少しだけ研究したんですが、すぐに枯れてしまいまして。それ以来現物を見てもいません」

「そりゃ、ここにこもってりゃ見ることなんてねぇな」

「キルオは寒さに強いですし夜目も聞くので、一人の時は焚き火もしないですしランプも持ち歩きません。憶測で申し訳ないんですが、光に弱い可能性はあると思いますよ」

「植物学者の憶測なら、オレの妄想よりは可能性は高いだろうな」

「もし研究をするなら、ここにある道具は好きに使っていいですよ。私の為にもなることですから」

 リットは「そうだな……」と、じっくり部屋を見回してから「蒸留器はあるか?」と聞いた。

 妖精の白ユリの時と同じ方法で、まずはオイルを抽出してみようと考えたからだ。

 アリアの話から考えると、妖精の白ユリよりは外部からの刺激に強いらしく、周りの土ごと掘り起こしても一晩で枯れてしまう妖精の白ユリとは違い、ヨルアカリグサは少し研究するくらいは保つというのはわかった。

 リットはオイルを抽出するには充分な期間だと考えた。

「ええ、型は古いですけど。この部屋のどこかにあります」

「水も流れてるし充分だな。旧葉の状態なら、陽の光は気にしないでいいってことだよな?」

「そうですね。夜になってしまうと、どれがこれから光るかの確認が大変なので、太陽が出ている間に持ち帰るほうがいいですよ」

「そうする。悪いんだけどよ、蒸留器を出しておいてもらっていいか? オレがいじったら雪崩が起きそうだ」

 リットは本と紙の山が蔓延る部屋を見て言った。

「そうですね。人にいじられるとわからなくなってしまうので。蒸留器がある場所の見当はついているので、リットさんが次に来る時までには出しておきます」

「頼むわ」と言って部屋を出たリットは、荷物を下ろしたように軽い気持ちだった。

 マニアが一度も出てこなかったからだ。

 リットは「アリアの時は普通の女なんだけどな……」とこぼしてから「妖精の白ユリが太陽の光なら、ヨルアカリグサは月の明かりみたいだったな。妖精にとって、太陽と月明かりの違いとかあんのか?」

 しかしチルカからの返事はない。

「まだ怒ってんのかよ。もう終わって、部屋から出たんだからいいだろ」

 リットはなにも持っていない手を胸元まで上げた。

 するとリットの背中からは、マニアのケタケタという奇妙な笑い声と、チルカの「忘れていってんじゃないわよ! このバカァ!」という。怒りと叫びが混ざった声が響いた。






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