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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(下)

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第十話

 虫の知らせというものが働いたのか、リットがアリアと話をしたその日からチルカは姿を消した。

 寝部屋にしている湧き水が流れる横穴に、食べ散らかした木の実の残骸が残っているので、ここから立ち去ったというわけではないのはわかるが、それにしては見事に何日も顔を合わさない。

 それはドリーも同じことらしく、リットが聞いてもわからないと答えるしかなかった。

 しかたなくアリアからの情報は後回しにして、リットはアカリグサが植えてある横穴と自作の酒がある場所を探していた。

 酒の場所はキルオに聞けばわかると言っていたが、そのキルオの姿も数日見かけていない。

 結局また横穴を一つひとつ確認していくしかなかった。

「そういうわけだ。頼んだぞ」

 リットに肩を叩かれたドリーは、眉をゆっくり疑問の形に曲げた。

「そういうの部分をまだ聞いていませんが……」

「できるできないの問答でうまく利用されて、どうせ協力するはめになるんだ。だから、無駄な時間は省略したんだ。酒かアカリグサを探せ。わかったな」

「探すのはかまわないんですけど……。お酒があるとしたら保管庫ですよね。見られたくないもの保管されてるかもしれないので、積極的に動くというのは……」

 ドリーも時間を持て余して暇ではいるが、人に迷惑をかけることはしたくない。そう思ってやんわり断った。

 リットはそのことに気付いたが、そんなことはお構いなしと、ドリーの肩に手を置いた。

「いいか? かまわないの後につけていいのは、です。の二文字だけだ。それにな、見られたくないものこそ、男が見たいものなんだよ」

「そういうものですか。僕はそういうのに疎くてですね……どこまで相手に踏み込んでいいかがわからないんですよ」

「まず玄関に踏み込まねぇと、どこの部屋に入っていいのかもわからねぇよ。相手に一つひとつ部屋を案内してくれるまでドアの前でぼーっと突っ立ってるつもりか? 泊まり込みで居座るよりも、相手の隙を見て、欲しいものを物色したらさっさと逃げる。これがコツだ」

「それは……一般に泥棒というのでは?」

「まぁ、聖人と言わないのは確かだな。どうしてもと言うなら、オレ達の中ではそう呼ぼう。わかったらさっさと聖人行為をしにいくぞ」

 強引に坂の一本道まで引きずり出されたドリーは、観念したように自分の意思で足裏を地面につけた。

「僕はアカリグサがどんなものかわかりませんよ」

「手入れされてる土かどうかくらいわかるだろ」

「わかると思いますか?」

「穴掘りをするゴブリンだろ。土の違いくらいは、見てわかるだろ」

「確かに土は身近なものですけど、見るのは表面ではなく中の土なので」

「なら光りそうな花でも見付けてくれ」

「光るといえば暗いところですかね……。それなら大丈夫です。ゴブリンの目は暗がりでもよく見えるように大きいんですよ」

 ドリーの大きな瞳が得意げに輝いている。

 リットがいいから行けと手で払うと、先程までごねていたのが嘘のように、短い足を小走りに横穴に消えていった。

「アイツもだんだん慣れてきたのか、のせて使うのにも一苦労だな……」

 リットは自分の隣に視線を落として同意を求めようとしたが、あるのは固められた地面だけだ。

 誰にも聞かれていないその言葉を、誰かに話しかけたわけではなく、これはひとり言だと誤魔化して「前はどこまで確認したか」と言葉を続けて歩き出した。



 リットあることを考えながら、横穴の探索を続けていた。

 太陽の光さえ届かない、闇に呑まれるという現象。となれば、太陽の光を放つ妖精の白ユリをどうこうして、もう一つ太陽を作り出しても意味がない。

 リットが体験した中で闇に呑まれた中で光ったものは二つ。

 龍の鱗を反射鏡にした東の大灯台と、フェニックスの転生の炎を閉じ込めたグリム水晶だ。

 本来この二つを頼るのが一番なのだが、どちらも現実的ではない。

 龍の鱗はどこにあるかわからない。グリム水晶がある場所はわかってはいるが、浮遊大陸に協力を仰ぐのは難しい。

 闇に呑まれるというのは、遠くの国で戦争が起こっているくらいの出来事だ。

 浮遊大陸では闇の柱と呼ばれ現実的なものではあるが、大陸は空の上を流れているので黙っていればすぐに通り過ぎてしまうため、地上よりは大事として捉えられていない。

 世界にとって重大なことであり、思うことはあるが、無関心も顔を覗かせる。リットもずっと噂だと思っていたことだ。

 グリザベルと出会いディアドレのことを詳しく聞き、エミリアに東の国へ連れて行かれ、現実味を帯びてきたところに、浮遊大陸で現実そのものを目の当たりにしたからこそ信じた。

 そして、当然現実として受け止めたのはリットだけではない。

 我関せず、成り行きを見て動く、まだ事実として届いていないという国が多い中、いくつかの国が重い腰を上げ始めた。

 その一つがリゼーネ王国だ。

 他国からの流民で発展した多種族国家は、今も昔も人と一緒に情報も流れ入ってくる。

 情報を照らし合わせ、自分の国がいつ闇に呑まれるかわからないとなった以上、動く必要性が出てきた。

 先行きが見えない暗い話題の中で目立つのは、太陽の光を放つランプを持つエミリアだ。

 正義感と責任感が強いエミリアが、リットのことを話すのに時間はかからなかった。

 東の国の大灯台の復興にリットを同席させたのは、不可能を可能にできるかを見極めるためだった。

 本来はその時の技術でテスカガンドに乗り込む予定だったが、龍の鱗という希少なものを使っているため、それは叶わなかった。

 結果は東の国の大灯台の光が届く範囲の調査だけだ。

 リットがそのことをエミリアの口から聞いたのは、調査隊に加わってほしいという旨を説明された時だった。

 考えの途中で「リットさん、こっちですよ」というドリーの声が響いた。

 リットが横穴から坂道に出ると、かなり下の方から声がしていた。

 途中でリットは部屋から出ないアリアのせいで、役目を果たし終える前に忘れられた短いロウソクを拾い、それに折った枝先を刺して松明代わりにして降りていった。

 ドリーが居たのはかなり下にある真っ暗な横穴の前だった。

 ドリーはリットの姿を見つけると、手招きしてから中に入っていた。

「この中か?」

 リットは顔だけ横穴の中に入れてみるが、なにも見えない。それほど真っ暗だった。

「中で白い花が咲いてますよ。それと、変わった花も」

 ドリーは暗い中でもある程度見えるので説明をするが、自分の目で確認するまでなにもわからない。

 リットは入り口に有毒植物が植えてあるという目印の黒い花がないのを確かめると、ロウソクで照らしながら中に入った。

 目に映ったのは、ドリーが言う白い花と低い天井だ。

 ここで天井が低いということは、陽が入らないように意図的に作られているということだ。

「たしかに花が咲いてるな……こんな真っ暗な中で。でも今のところ光る様子はねぇな」

 リットはロウソクで白い花の近くを照らしながら「どれが変わった花なんだ?」とドリーに聞こうとした瞬間、予想のしないものを見てしまい、突然足の血を抜かれたかのように力が入らなくなった。

 それでもなんとか持ちこたえられたのは、今は予想していなかったが、数日前には予想していたものだったからだ。

「……ドリー、オマエはこれが花に見えるのか?」

「見えないですけど、ここにあるということは少なくとも植物ということなんじゃ……」ドリーはそこまで言って、リットが後ずさりに横穴から出ようとしてるのを見て表情を変えた。「……違うんですか?」

「どう見ても……男の首――」

 言い終える前に、リットの息が止まった。

「なにをしてるんだ!」というキルオの強い口調についで、シャツの首元を掴まれたリットは、すぐ後ろの入り口まで引っ張られ、床に叩きつけられた。

 ついでドリーも同じように引っ張られ、床に叩きつけられる。

 それを見て、リットはキルオに尻尾の針を引っ掛けられて引きずり出されたのだと理解した。

 怒りに目を尖らせたキルオが二人に詰め寄った。

 キルオは「白い花に触ったか?」と聞くと、二人のこたえを待たず、間髪入れずに「どうなんだ! 触ったのか?」さらに詰め寄った。

「いや、触ってねぇ」

 キルオの剣幕に押され、珍しく焦りの表情を見せたリットは、無実を証明するために床に転がったままの体勢で両手を上げた。

 それに習い、ドリーも同じ体勢をとる。

 キルオは「びっくりさせるな……」と安堵の表情を浮かべると、また目つきを鋭くした。「触っていたら、暗闇から出られなくなっていたんだぞ」

「すいません! まさか、人が埋められているとは思わず……」

 ドリーが謝ると、リットは余計なことを言うなと顔を歪ませた。

 人が埋められているのを知ったからには、ただでは帰れないと思ったからだ。

 だが、それはすぐ杞憂に終わることになる。

「あぁ……まぁ、それはいい。それよりも重要なのは、この寄生植物には強力な光毒性があることだ」

 リットとドリーは顔を見合わせると、同時に疑問を滲ませ首をひねった。

「ひかり……毒性ですか?」

 ドリーが聞くと、キルオは大きくうなずいた。

「そうだ。日光に当たると反応する毒のことだ。この、カバネグサという寄生植物は、寄生主の体温以外の熱に触れられると、反応をして液体を出す。その液体に強力な光毒性があるんだ。もし触っていたら、数年は一切太陽の光がないところで暮らすことになっていたぞ。入り口の黒い花を見なかったのか?」

 キルオはため息を付きながら入り口を見たが、黒い花はなかった。

 しばらく頭を悩ませてから「そうだ」とハサミをカチカチと二回鳴らした。「暗い入り口に黒い花は見えにくいから、植え直すために引っこ抜いたのを忘れていた」

「本当に危ない植物も植えてるんですね……。やっぱり、おとなしくしてるのが一番ですね」

 ドリーは自分が正しいと、リットに非難の視線を送ったが、リットは視線にはこたえず、顔を向けることもなかった。

「元々はここまで危険な有毒植物は植えていなかったんだがな……」キルオは言いながらカバネグサの生える横穴を見た。「今は主にマニア様の研究の対象だ」ついで、リット達に向き直った。「ここにいていいと言ったなら、先に説明しておくべきだったな。あれがアリアの夫のヒムだ」

 死体には変わりなかったが、身元がわかったことによりドリーはほっと胸をなでおろした。

「ということは、あれは手向けの花ということですか?」

「いや……あれはそういう意味で植えているわけではない。カバネグサは肉が腐った亡骸に生える寄生植物だ。自分達が植えたことは確かだが、手向けに植えたわけではない。まぁ、寄生植物と言っても、普通の根と寄生根の二つを持っているんだがな」

「でも、腐敗してるようには見えませんでしたよ」

「そうなんだ。血管に細い根を張り巡らせ、止まった血流の代わりに土から吸い取った栄養を運搬し、心臓を強制的に動かしている。元のカバネグサにはこんな習性はない。変異したものだ」

 カバネグサをここに植えていた理由は、腐敗した死体ではなく土でも育てられるかという植物学者のヒムと、強力な光毒性を医学に利用できないかというキルオの共同研究のためだ。

 光毒性自体は珍しいものではなく、柑橘系に含まれていることが多い。ほとんどがシミや炎症が起こるなど軽度な症状で、皮膚に触れても数時間もすれば影響はないものばかりだが、カバネグサのように強力だと皮膚が焼けただれてしまう。

 これを利用するというキルオの研究は進まなかったが、ヒムの土で育てるという研究は順調に進み、腐敗した死体ではなく、土に根を張るという段階まできていた。

 だが、この時にうっかり白い花に触れてしまったせいで、暗闇の中の生活を余儀なくされた。

 カバネグサを土で育てるには暗い必要があると研究でわかっていたので、不便ではあるが問題はないと真っ暗な横穴にこもって研究を続けていた。

 アリアの心配を笑いで返し、キルオのドジだなという冷やかしにもお互い笑いあった。

 だが、時が経つにつれてその笑いが少なくなっていった。

 そのペースがあまりにゆっくりだったので、アリアもキルオもヒムの変化に気付くのに時間がかかってしまった。

 そして、声はするが姿は見えない状態から、声もしなくなるまではあっという間だった。

 アリアとキルオが気付いた時には、カバネグサはヒムの体に深く根を下ろしていた。


「ヒムの傍らには研究日誌が残っていてな。根が体に寄生しようとしてくるのはわかっていたが、知識の探求という欲に負けて、研究が止められなかったと書いてあった。一度はそこから外に出そうとしたんだが、寄生根を一つ切るたびに鼓動が弱まるんだ。あの心臓の鼓動はヒムのものではないとわかってはいるんだがな……」

 キルオは理解は求めていないといった風の自嘲を浮かべてから続けた。

「アリアはこれを寄生ではなく共生と捉え、仮死状態になっていると考えていた」

「考えていたとは……」

「オレもアリアも、もうヒムは死んだものだと理解している。だが、理解より思いのほうが強い。わかっていても諦め切れないこともあるんだ。その思いが強く出るのはマニア様の時だ。だから未だに有毒植物の研究を続けて、今の状態から息を吹き返すための手段を探している。割り切れないんだろうな……アリアの時は植物学者だが、マニア様の時は植物研究者だ」

「その二つはなにか違うんですか?」

 ドリーに聞かれ、キルオはどうしたもんかと悩んだ後、おもむろに口を開いた。

「カバネグサは腐敗した死体に生えると言っただろ。土に生えるようになるまでは、別の苗床が必要だったということだ。研究とは、時にそういうことも必要になる」

 まだ疑問の表情を浮かべるドリーに、リットは「察せってことだ」と言ってから、ようやく立ち上がった。

「自分達からなにかしたわけではない。こんな砂漠だ。歩き回れば一つか二つ冒険者が落ちてるもんだ」

「あそこは変わった墓だと思うことにするよ。深入りすると、今以上に余計な話を聞かされそうだ」

「そうしてくれ。聞かれると、どうもペラペラと喋ってしまう」

「聞きたいのは、酒の場所とここにアカリグサがあるのか。ついでにチルカの居場所を知ってたら教えてくれ」

「酒は迷った冒険者にやってしまったが、アカリグサはあるぞ。ここではなく砂漠にだがな」

「砂漠に咲くのか?」

「生涯草だ。どんな環境でも、どんな季節でも咲く。必要なら、明日にでも案内するぞ」

「それは助かるけどな……明日になったらころっと忘れてんじゃねぇのか?」

 キルオは「心配なら、チルカのようにオレにくっついていればいい」と言い、しばらく呆けたように動きを止めてから、勢いよくハサミを鳴らした。「そうだ、チルカなら帰ってきてるぞ。ここしばらくオアシスまで送っていたんだ。植えられたものではなく、自然に生えてる植物と戯れたいと言っていたからな」

「本当に頼むぞ……。こっちはアンタらの歴史を聞きに来たんじゃなくて、アカリグサを目的に来たんだからよ」

「心配するな。思い出したら引き返して戻ってくる」

「……アカリグサが咲いてる場所は覚えてんのか?」

「歩き回ってるうちに思い出すだろ。大船に乗った気持ちで待っていろ」

「砂漠で船を待てってか? 心配になるようなこと言うなよ」

「安心させたつもりだったんだが……」






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