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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(下)

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第九話

 それから七日が経ち、わかったことは地下へと続く一本道は、キルオの毒の一つによって固められたものだということだ。

 砂漠の砂に混ざるある成分と反応すると、砂岩のように固まる。それを使って表面の柔らかい砂漠の砂を固め、道や横穴を自由に作ることができる。

 このラット・バック砂漠にいる数少ない動物は穴を掘るという習性があるため、それらに侵入されないためにもかなり堅牢性の高いものになっている。

 数年に一度の大雨による砂漠の上を走る雨水だけが、研究所にとっての脅威だ。乾ききった砂漠の砂というのはすぐに水を吸収せず、行きどころのない雨水のせいで地表は激しい洪水となってしまう。

 研究所に水が侵入してくると、坂道を下り水に埋め尽くされてしまうので、植物のための明かりとりのための天穴や入り口は石の蓋で封鎖する必要がある。他にも雨水が研究所を迂回するように溝を作ることもしている。

 キルオは砂漠の見回りも兼ねてその溝を修正している。リット達がキルオと出会った砂山も、雨水が迂回するようにと人為的に作られたものだった。


 それからさらに三日が経ってわかったことは、キルオの毒で砂を固められるのに、研究所の道はなぜ歩きやすい階段ではなく、歩きにくい坂道なのかだ。

 理由はアリアの足の衰えだ。ほとんど歩くことはせず、地下深くにこもっているせいで足が上がらなくなってしまっている。研究所内の移動もキルオの背中に乗ってするほどだ。

 しかし、キルオは溝の整備や迷った冒険者が天穴に落ちないように見回りをするので、日のほとんどを外に出ている。結果的にこもる時間が多くなってしまうのだ。

 リットが合計十日掛けて聞き出した情報はこれだけだ。キルオは外にいる。アリアは部屋にこもる。話をする機会がほとんどないのだ。

 特にマニアが厄介な存在で、マニアの状態の時もほぼ部屋から出ないのに加わって、わずかに出た時も、毒性の強い植物の畑の中にいるため、リット達は中に入ることができない。

 今までの情報が聞けたのも、たまたまキルオの背中に乗って上層部の畑を観察しに来たアリアに出くわしたからだった。その時も結局途中でアリアからマニアに変わり、まともに会話ができなくなってしまったので、妖精の白ユリの話を聞くことはできなかった。

 この十日間腐っていたのはリットだけで、チルカは日当たりの良い環境に調子が良くなっているし、ドリーもゴブリンとは違う掘り方がされた横穴を興味深そうに観察していた。

 そして十一日目。リットは持ってきた酒がなくなったのを、口実ときっかけの二つを理由にして、アリアがこもる地下へと向かっていた。

 雨雲がピタリと後をついてくるように、坂道を下るたびに暗さは増していく。

 本来なら、リットはアリアがいる地下へ自分の都合でさっさと押し掛けに行くのだが、チルカが生首を見たというのを聞いたせいで、なかなか腰を上げることができなかった。マニアの存在と生首。この二つが合わさると、どうにも都合のいい想像に結びつかないからだ。

 人の目を気にせず好き勝手生きてきているリットも、殺されたり実験材料にされるのは万が一の想像でもごめんだった。

 チルカの不安感からくる見間違いか、たまたま見かけずに済んだのか、幸いにもリットはアリアがいる部屋前まで何事もなく、なにも見ることもなくつくことができた。

 ここにアリアがいるというのは、ドアでわかった。他の部屋は横穴でドアなどついていないからだ。

 リットは珍しく遠慮がちにドアをノックするが、中からの反応はない。数度繰り返しても反応はなく、自分の喉元にナイフを突き刺すかのような心情で、恐る恐るドアに手をかけた。

 幸か不幸か、押し止める間もなくドアは簡単に開いてしまった。

「なにか御用ですか?」

 机に積まれた本と髪と植物に埋もれた隙間から、アリアが整えていない形の悪い眉をピクリとも動かさず視線を向けた。

 リットにはそれが不機嫌なのか、なにも思ってないかの判断はつかないが、マニアではなくアリアがいたということに内申ほっとしていた。

「……一応要件は二つある。聞きかけのアカリグサのことと、ここに酒があるかだ」

「お酒はやめておいたほうがいいですよ。酔うというのは頭がおかしくなるという意味です」

 リットはお前が言うなという言葉を、ぐっと我慢して飲み込んだ。

 その表情が苦悶に満ちたように見えたアリアは、なにかを否定するように片手を振った。

「意見を押し付けているわけではありませんよ。ただ、なにか考え事をしているようなので。考えを一度リセットするのにはいいのかもしれませんが、答えを出すのにはアルコールは邪魔なだけだと思います。」

「ありがたいねぇ……聞いてもいない助言で責められるってのは。言っとくがオレは泣き虫だぞ」

「そうですね。余計なお世話でした。アルコール植物もいくつか育てているので、私が作ったお酒ならありますよ。研究の一環なので、美味しくは作っていないですけど。キルオに聞けば場所がわかるはずです」

「ありがとよ。もう一つのほうも、答えてもらえるともっと助かるんだが」

 アリアは「植物の話をするのは、やぶさかではないんですけど」と目の前の机にある植物を見てから、「今は我慢してください。話しながらだと作業に集中できないんです」と断った。

 リットが今日もこれだけで話が終わりかと思っていると、アリアは「どうぞ座ってください」と、すっかり本置きになってしまっている椅子に座るように勧めた。

 リットはその一言を聞いて、心臓に錆びた釘を打たれたかのような不安な動悸に襲われたが、不安の種は種のまま芽吹くことはなかった。

「静かにさえしていてもらえれば、待っていてもらっても大丈夫です。間違いがあるといけないですから、私の作業ペースは変えられませんけど」

 リットから返事がないのを遠慮の現れだと思ったアリアは、椅子に置いてある本をどかそうと、座っていた椅子から立ち上がる。しかし、両手を机においたまま急に一点を見つめて固まってしまった。

 リットが恐る恐る「大丈夫か?」と声を掛けると、アリアは目頭を抑えながら「立ちくらみが酷くてですね……。基本座ったままなので」とこたえた。

「なら座っとけ。こっちは勝手にやっておく」

 リットは本を手早くどけると、椅子に座った。

「気を使わせてすいません」

「倒れられたら、話を聞けねぇからな」

 アリアは「では、失礼します」と言ってから、濃い隈に染まった目をこれでもかというほど植物の葉に近づけた。葉は既に枝から切り落とされており、片手に持った小さなナイフで自分にしかわからない部位ごとに、薄く小さくバラバラに分解しはじめた。

 緻密な作業を続けるアリアを見て、リットは音に出ないように、細く長く安堵の息を吐いた。

 なにがマニアへと変わるきっかけになるかわからないせいで、アリアの一挙手一投足がリットの緊張の糸を張り詰めさせていた。

 なにかに反応させてはいけないと、リットは言われたとおりに静かに口を閉ざしたまま部屋をゆっくり見回した。

 確かに部屋だった。横穴ではなく部屋。壁も天井も床も木の板。机も椅子もある。棚には本人しかわからない整理のされ方をしている本と紙の山。滝でも流れているかのように本棚の前にも紙が積まれている。気になると言えば匂いだ。植物そのものの匂いや、青臭い汁の匂いが充満している。

 リットは匂いを遠ざける為にもなにかに集中しようと、手近な本を一冊手に取った。

 それはアリアが書いたのかマニアが書いたのかわからないが、図譜に焦点を当てた本草書だった。

 一つの植物に何ページも使われている。成長過程の全体像、部位ごとに季節を分けて書かれていたり、様々な過酷な環境で育てた独特な研究の内容など、カレナリエルの薬草学本とはまた違う観点からまとめられていた。

 大きな違いは、アリアが書いた本草書は誰も内容がわからないだろうということだ。カレナリエルの薬草学本は誰かに伝えるためにわかりやすく書かれているが、アリアの本は自分がわかればいいというように書かれている。悪い言い方をするなら、自分の記憶を留める日記のようなものだった。

 新しい知識に押し出されてしまう、古い知識を保存しておくために書いたもの。内容は理解できなくとも、リットの好奇心をくすぐるには充分なものだった。



「どうでしたか、理解できましたか?」とアリアに声をかけられるまで、リットは自分の時間が止まっていたように感じた。気付けば、足元に読み終えて積んだ五冊の本が積まれていた。

「まったく理解できねぇ」

「そうでしょうね。それならアカリグサについては、なるべくわかりやすいように説明しようと思います」

「作業は終わったのか?」

「まだまだ終わりませんよ。休憩です。少し休まないと、自分で書いた文字も見えなくなってきましたから」

 アリアは目をギュッと閉じて目頭を片手でつまみ、ぼやけていた視界を少しだけクリアに戻すと、おもむろに話しだした。

「『アカリグサ』には大きく分けて二つに分類されます。朝に光る『アサアカリグサ』と、夜に光る『ヨルアカリグサ』。アサアカリグサは太陽に反応し、ヨルアカリグサは月に反応して光を放ちます」

「オレが妖精の白ユリって呼んでるのは、アサアカリグサってことか」

「おそらくそうでしょう。アカリグサは『光袋』という光を別の物質にして溜めておける特殊な小さな器官を持ち、どんな過酷な場所でも自ら光合成することができます。この光袋がある場所は葉や茎、花など種類によって変わりますが、とても壊れやすく、壊れると植物自体が枯れてしまうんです。特に根がとてもデリケートなので、外部からの力で圧迫されたりしても枯れてしまいます」

 妖精の白ユリが妖精を媒体にして繁殖するという大きな理由がこれだった。

 土を踏むということは力が加わるということだ。加わった力は土から根へと続き圧迫されてしまう。それはスコップを入れても同じことだ。そうした変化がある土には根が伸びなくなるらしく、他の土と馴染むまで何年も掛かるということだった。

 虫の餌にならないよう、卵を産み付けられないように、花が咲く時に強い光を放ち追い払い、日光浴や月光浴を目的に使う妖精に花粉を運んでもらうという繁殖方法をしている。

「そういえば、チルカが蜜は不味いって言ってたな。それも枯れないために進化したってことか」

 リットはいつぞやのチルカの文句を思い出していた。

「そうですね。妖精に傷付けられないように、その場所にいる妖精の舌に合わないように、蜜の成分を変化させるんです。それによって光り方が変わり、アサアカリグサとヨルアカリグサに別れたのじゃないかと思っています」

 アリアが考察を話している間。リットはチルカの文句をさらに深く思い出していた。

「でも、冬は主食だって言ってたぞ」

「それは面白い事実ですね。チルカさんに詳しく話を聞けば、アカリグサの研究が進むはずです。徐々に積もる雪の重みで外部からの刺激に慣れるのか、寒さで神経が鈍感になるのか……。よければ、チルカさんにここに来て、話してもらえるように頼んでくれませんか? ――そうして、アサアカリグサとヨルアカリグサに別れたのじゃないかと思っています」

 リットは「無理だろうな……」と顔を引きつらせた。

 チルカが苦手意識を持っていることだけではなく、話している間にアリアの言葉の前後がおかしくなってきたからだ。

「やはり、妖精は人間と馴れ合わないんでしょうか……」

 そう言った時から、アリアの眼球の動きが左右別々に動き出した。

「いや、そうじゃなくてだな……。まぁ、それは伝えておく。それよりだ――」

 アリアの様子が徐々におかしくなってきたのを感じたリットは、結論を急がせるために言葉を早めた。

「聞きたいのは、アサアカリグサとヨルアカリグサの光り方が違うってことは、その二つを配合するとまた別の光り方をするかもしれないってことだな。その二つを合わせたもので、闇に呑まれた中で光ることは可能だと思うか?」

「私は光に関しては詳しくないのですが……。太陽が昇れば月は沈みます。月が昇れば太陽が沈みます。二つが同じ力れ昇ることはありません。そういうことだと、アタシちゃんは思うのれす」

 アリアは眼球がこぼれ落ちるのかと思うくらい目を見開くと、口元だけにニンマリ笑みを浮かべた。

「……どういうことだ」

「月はどうして丸いんれすか? ……見ました? そうれす! アカリグサとヨルアカリグサに別れたのれす」

「……一通りここの畑を見たんだけどよ。ここにアカリグサはあるか?」

 マニアは一度頭を大きく振ってから「あい、マニアれす」とこたえた。

 これはダメだと思ったリットは椅子から立ち上がった。

「邪魔して悪かったな……また来る」

 リットが部屋を出てドアを閉めると、ケタケタと大きく笑うマニアの声が不気味に響いた。






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