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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(下)

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第六話

 風に吹かれ、波のような模様だけが広がる荒涼な乾いた砂漠。その地平線の果てに、蜃気楼のように緑に色づいた清涼な高い山脈が囲うように並び立つ。

 山脈に湿った空気を遮断されてできたこの『ラット・バック砂漠』は風が強く、振り返ったときには既につけてきた足跡が消えてしまうほどだ。

 河川はなく、あるのオアシス一つ。それも、移動するという不思議な現象がある。

 そのせいでラット・バック砂漠には町の一つもなく、長年冒険者も足を踏み入れなかった。

 オアシスの移動には法則性があり、山の雪解けと地下水脈の流れが関係している。季節感の薄い砂漠だが、一般で言う春夏秋冬で湧き出る場所が変わるのだった。

 そのオアシスの移動の法則性を見つけ出したのが、リットの父親であるヴィクター・ウィンネルス。

 この発見のおかげで、砂漠に入る前の季節を軸に考えれば、確実にオアシスを通るルートを通れるようになった。

 だが、ラット・バック砂漠にはなにもなく、横断する必要もないため、ある一つの条件を覗けば、未だにここに足を踏み入れるものはいない。

 リット達がそんなラット・バック砂漠に向かったのは、迷いの森から帰ってきてすぐだった。

 一度自宅に戻り、地図と妖精の白ユリの種とオイルを取ったあと、地図を頼りにラット・バック砂漠を囲う山脈の一つであるクスス山脈を横切り、麓の町で一晩泊まった。

 その酒場で言われた「あそこは頭がおかしい奴だけさ」という言葉が頭にこびりつきつつも、食料と水を補充してラット・バック砂漠に入り、もう六日経っていた。

「誰が! なにを! どうしたら! 太陽にこんなにしばかれるのよ!」

 雲のない空の下で、チルカが叫ぶような大声を上げた。

「やめとけ……叫んだら喉が渇くぞ」

 砂山の影に隠れた馬車の中で、リットがぼそっと呟いた。

「喉が枯れたら、アンタの喉元を食いちぎって血で潤してやるわよ……。だいたい、アンタわかってるの? 人生最大のピンチなのよ!」

 チルカは暑さと疲労でへばりきった馬を指して言った。

 草原を走る馬にとって砂漠は、リット達以上にこたえる。走りなれない砂の海はいちいち足を取られるし、棘のあるサボテンを食べることができない。

 かといって、麓の町はラット・バック砂漠から離れているのでラクダもいない。荷物を運ぶのには、馬車を走らせるしかなかった。

「そう責めてやるなよ。どうにかなると思ってたんだからよ」

 リットが視線をやると、ドリーは深くかぶったフードを少しあげて視線を返した。

「言っておきますけど……リットさんですよ。馬車のまま砂漠に入ろうって言ったのは……」

 それだけ言うと、ドリーはまたフードを深くかぶり、長く尖った耳でフードに猫耳のような形をつけた。

 チルカは「やっぱりアンタのせいじゃないの!」と飛び上がったが、「あぁ……太陽神様。どうか私だけに柔らかな日差しを」とぶつぶつ言いながら馬車の床にゆっくり落ちていった。

 リットはチルカを拾い上げると、羽明かりで地図を照らした。

 そんな扱いに文句をつける元気は、先程の叫びでチルカにはなくなっていた。

「おかしいなぁ……」

 リットは地図と外の景色を見比べる。

 波打つ砂模様中に、ヒビの入った深いくぼみ。ヴィクターのメモによると、ここがオアシスあとで間違いない。

「おかしいのは僕たちですよ。もう、三日もここでこうしてるんですから……。いいかげん戻らないと水も食料もなくなってしまいますよ」

 ドリーは今にも湧き出してこないかと、オアシスあとを強い視線で眺めるが、虚しく砂が舞い上がるだけだ。

「人を待ってんだ。地下水が湧き出る四つの場所を定期的に回る奴がいるはずなんだよ」

「きっとそいつはもう死んだのよ。アンタが誘うなんて変だと思ったのよ……私もここで殺すつもりでしょう」

 チルカは少しでも涼しい場所をと、より色濃い影に向かって、腹ばいに体を引きずりながら移動した。

「そもそも……マニア・ストゥッピドゥという植物研究者に会いに行くと聞いていたんですが……」

 ドリーは水筒の蓋を開けると、蓋に水を注いでチルカの目の前に置いた。

 チルカは一気に飲み干すと「そうよ!」声を強く言った。「植物研究者に会いに行くのに、なんで植物がない場所に来てるのよ」

「ここに住んでんだよ。そのマニア・ストゥッピドゥが」

「誰に聞いた情報なのよ」

「親父だ」

「アンタの父親が冒険者やってたのは何十年も昔の話でしょ。ここに何十年も住んでたら、死んでるわよ」

「そんな昔の話じゃねぇよ。ディアナの城の庭園を作ったのがマニア・ストゥッピドゥだからな。十年以内くらいだったらなんとか生きてるだろ」

「あんまり言いたいくないけど……アンタ考えられる脳みそあるんだから、もっと考えて行動しなさいよ。しっかり考えて行動してるときもあるでしょ」

「二日待ってりゃ絶対に会えるって聞いたんだ」

「ヴィクターみたいな強運の持ち主と、アンタの幸薄い人生を一緒に考えた結果が今のこれでしょうが。私は死ぬ時は花のように散っていくって決めてるの。いやよ、木の一つも生えてない場所で、ミイラみたいに干からびて死ぬのは」

「なら砂塵を見付けてくれ。そいつがいりゃ、マニア・ストゥッピドゥのところまで案内してくれるはずだからな。まぁ、オマエには無理か」

 リットはチルカではなくドリーに向かって言った。ムキになったドリーなら、時間が掛かっても見つけてくれるかもしれないと思ったからだ。

 一種の神頼みみたいなものだが、ドリーの返しの言葉は良い方向に裏切ったものだった。

「ありましたよ。こっちに近付いてきています」

「あのなぁ……。騙すならいつもどおりやれよ。僕はできます! って反論してからだろ……」

 リットはまったく信じていない様子で馬車から顔を出し、ドリーと同じ方向を見た。

 すると、空に引っ張られたかのような細い砂塵がこちらに向かってきていた。



 砂塵の主はリットたちを見つけると、尻尾を自分の顔の前に突き刺して急激にスピードを緩めた。

 そして、尻尾を砂から抜き取り、先の針をリットに向けると、「病気か、行き倒れか、迷子か、オアシスを間違ったか。まさか……マニア様に会いたいってことはないよな?」と、両手のハサミをカチカチ鳴らした。

「もしかしてマニアの弟子か?」

 リットは目の前のサソリの男に向かって指をさす。

「まぁ、そういうことになってる。一応友人なんだけどな。それにしても、おかしいな……しばらく来客の予定はないはずなんだが」

 サソリの男は腰から伸びる尻尾で器用に頭をかくと、その尻尾を倒れている馬に向けて指した。

「あら、新種のラクダか?」

「アンタの中で馬をラクダと呼ぶならそうだ」

「どういう神経をしてたら、馬で砂漠に来ようなんて考えるんだろうね……。そりゃ、たまには馬車で来る連中もいるよ。でも、たいてい暑さに強い馬を使うもんだ」

 サソリの男は言いながら近付いていくと、馬のお尻に尻尾の針を突き刺した。

 すると馬痛みに悲痛な声を上げて立ち上がった。鼻息荒くたてがみをなびかせると、今度は元気にヒヒーンと鳴いた。

「これで、今は大丈夫。早いとこ水を飲ませて草でも食べさせてやんな。数日休めば元通りだ」

 立ち去ろうとするサソリの男に向かって、チルカがランプのオイルをかけた。

「さっさと涼しいところに案内しないと、アンタに火をつけるわよ……」

「おっと……忘れてた。アンタ達はどこに行きたいんだ? 馬車も一緒に運ぶとなると時間は掛かるが……ここからだと……ガステル山脈側が近いかな」

 サソリの男は尻尾を方位磁石のように動かしながら言った。

「マニア・ストゥッピドゥに会いに来たんだけどよ。アンタが案内してくれるんじゃねぇのか? こっちは暑さと疲れで死にそうなんだ」

 リットは尻尾を掴むと、サソリの男の頭に向けた。

「まぁ、いいけど……。大丈夫かな……とりあえず会ってみるか? ダメだったら諦めてくれ」

「助かる」

 リットがほっとしたところで、サソリの男はハサミを高く鳴らした。

「そうだった。オレの名前は『キルオ・リオン』。気軽にドクターとでも呼んでくれ。それでアンタ達は?」

 と聞いたところで、キルオの目に火のついたマッチが映った。

「聞いてたか? 死にそうなんだ。なんなら道連れにするぞ」

 いつの間にかリットだけではなく、チルカもマッチに火をつけてキルオの頭上に飛んでいた。

「おっと……忘れてた。どうも最近忘れっぽくてな。古い情報のほうが覚えてるんだ。場所はそう遠くない。地下水が湧き出る四つの場所のちょうど真ん中に研究所があるんだ。ちょうど地下水脈が交わる場所で……そうだった案内だったな。さぁ、いこう」

 さらに増えたもう一本のマッチを見て、キルオは研究所がある方角に尻尾の先を向けて歩き出した。

 それを見て、ドリーはマッチの火を静かに消した。



 キルオに案内されたのは、平たい石三つでできた大きな入り口だ。

 建物はなく、入り口は地下に向かって続いている。

「いやー、ピッタリ後ろを着いてきてくれて助かったよ。最近畑を広げたから、一歩でも踏み外せば真っ逆さまだ。よく考えたら馬車もギリギリだったな」

 笑いながらキルオは入り口を降りていく。

 リット達も馬車のまま入り口を降りていった。

 まず気付いたのは、キルオの足音が変わったことだ。砂をかくような足音から、床を歩くような足音に変わっている。

 リットが馬車から身を乗り出して確認すると、地面は砂のままだがキルオの六本の細い足がちょこまかと動いても崩れないほど固まっている。

 それを確認した時に気付いたのは、ランプの明かりが無くても明るいということだ。坂になって地下に向かっているのがわかるほどだが、砂漠とは思えない柔らかな日差しが差し込んでいる。

 坂の途中いくつも分かれ道があり、アリの巣のように広がっているのも見えた。

「こりゃ一種の魔法か?」

 リットは御者台まで出ていくと、光が差し込む薄い砂の天井を見上げながら言った。

「まさか、ここは植物研究者の研究所だぞ。あれは光を遮る葉を生やす植物を植えてるんだ。葉が砂と同じ色をしているせいで、上から見ると同化して見えるんだ。だから、オレはオアシスを往復して、誰かに踏み抜かれないように注意してる」

「僕達は注意されませんでしたけど」

 リットが出てきたことにより、狭くなった御者台で身を縮こまらせるてドリーが言った。

「あーっと……また忘れてた。まぁ、ほとんどはオアシスに沿って歩くから問題ない。たまに迷った冒険家が中心までふらふらっと歩いてくると落ちてくるんだ」

「見たことのない植物ね」

 チルカも馬車から出てきた。それほど暑さが和らいだということだ。

「マニア様が品種改良して作った植物だからな。葉の重なり具合で、日光の調整ができるから、いろいろな植物をここで育てられる。地下水脈に近づけば気温も下がるから、さらにいろいろ育てられる。まぁ、そのせいで……」

 キルオが言葉を濁すと、チルカがここぞと噛み付いた。

「品種改良するなんてろくでもない奴ね。どうせその探究心のせいで、ラット・バック砂漠に自生してた他の植物の生命を奪ったんでしょ」

 キルオはまた「それならまだいいんだが……」と言葉を濁す。

「良くないでしょ! 勝手に生み出されたものと、勝手に生まれたものは。コイツと私くらい違うわよ」チルカはコイツとリットの頭を叩いた。「どっちが悪いか一目瞭然でしょ」

「あっ、もうすぐ地下水が滲み出る水溜まりにつく。適当な雑草を生やしてるから、馬の休憩にもいい。マニア様を呼んでくるので、ここで待っていてくれ」

 チルカの言葉など聞いた瞬間からこぼれ落ちた様子で、キルオはカサカサと六本足を走らせてさらに地下へと降りていった。

 坂から横の通路を進むと、まるで岩清水のように固められた砂から地下水が滲み落ち下に小さな池を作る広場に出た。

 底を中心に地面に草が広がっている。

 天井は高く日差しが差し込み、まるで草原の一部を切り取って移植したかのようだ。

 馬はつくなり新鮮な草を食べ始めた。

 リットは空になっていた水筒で水を汲むと、「また穴の中か……」と呟いた。

「僕の実家とは、全然違いますけどね。ここはもう外と同じですよ」

 隣で同じく水を汲みながらドリーが言う。

 壁がなければ、もしくは壁が見えないほど広ければ、ドリーの言う通り外と変わりない。今のままでも、とても砂漠の中とは思えないほどだ。

 リットとドリーは違和感を覚えながらも、久しぶりの植物に落ち着いていたが、チルカは草の先端を揺らすように、地面スレスレの低い軌道で飛び回っていた。

「で、オマエはなにしてんだ」

 リットに声をかけられるとチルカは止まり、茎の太い雑草の上にゆっくり飛び降りた。

「ここに生えてる植物が、品種改良じゃないか調べてるのよ」

「そんなに大事なことか?」

「アンタが女を連れ込んで脱がせたら、胸が服を着てたときの半分くらいしかなかった。くらいの納得のいかなさよ」

「わかる。……わかるけどよ。そんなんでいいのか?」

「……他にうまい例えがあるなら言って」

「作り物だろうが、同じ水で育った植物だろ。落ち着けよ」

 リットが言うと、ドリーが水を入れた水筒の蓋をチルカに差し出した。

「順応と鈍感は紙一重よね」

 チルカは呆れてみせたが、ぬるい時間が経った水ではなく、汲んだばかりの冷たい新鮮な水を飲むと、表情を柔らかくさせた。

 それからしばらく時間が過ぎ、「あのサソリ男、忘れてんじゃないでしょうね……」とチルカがこぼした時、ちょうど通路からカサカサという六本足の足音が坂道を上ってくるのが聞こえてきた。

 確認のためにドリーが顔を出して坂道を覗くと、それに気付いたキルオが手の代わりに尻尾を振った。

「今日は大丈夫そうだ」と言うキルオの背中には、人間だと思われる影が乗っている。






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