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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(下)

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第四話

「まだ拗ねておるのか。我が書いたしおりを最後まで読めば、魔女の歴史・文化がわかるようにしておいたというのに。読まぬお主が悪い」

 グリザベルは足取りが遅いリットをそのままに、テントの入口に顔を傾けて店を覗いた。使い魔のフクロウを呼ぶための香草を買いたいと思ったがその店にはなく、次の店も顔だけ覗かしては歩を進める。

「どこにあるか聞いたほうが早くないですか?」と聞いてくるドリーに、グリザベルは「うむ……まぁ……」と曖昧な返事をする。

 店の中に入り声をかけるのが恥ずかしいのかと思ったドリーは「僕が聞いてきましょうか? リットさんでもいいですし」と提案するが、グリザベルの返事はリットの大きなため息にかき消されてしまった。

「あのなぁ……ゴブリン坊や……周りをよく見ろ。女ばっかりだ」

「魔女の庭ですから、そうでしょうね。なにが言いたいんですか?」

「知らねぇのか? 女三人集まれば、邪論だけで男を殺せんだ」

「そうだとしたら、そこら中に死体が転がってるはずですよ」

「世間的にって意味だ。死体を埋める場所にも困らない、実に効果的な殺し方だ」

「嫌だったらいいんですよ。僕が聞いてくるので」

 ドリーは小さい体で、魔女達の足の間を通り抜けて目の前のテントの中に入っていった。

 グリザベルは待つために足を止めると、機嫌よくスカートの裾をひるがえしてリットに振り返った。

「相当こたえたようだな。これに懲りたら、我の話はよく聞いておくことだ」

「長話を聞かないために、長話を聞いてたら意味ねぇだろ」

「我は女尊男卑などというカビの生えた考えは最初から持ち合わせておらん。優劣は国も性別も種も関係なく、個に与えられるものだからな」

「そりゃ、ご立派な考えで」

「我の言葉――と言いたいところだが、尊敬する祖母の言葉だ。聞きたいか?」

「どうせ話すんだろ」


 グリザベルの故郷はヨルムウトルの遥か西。川を三つ渡り、山を二つ超え、また川を三つ渡ったところにある『水の都ドゥルドゥ』という町だ。魔女の店は一つもなく、グリザベルの母親である『リビィ・ディスカル』は魔女ではないし、父親である『エゴ・ディスカル』も魔法使いではない。

 だが、魔法とまったく関係のない暮らしをしていたというわけではなく、魔女薬の材料となるハーブを育てる仕事をしていた。

 ドゥルドゥの肥えた水もちのよい用土で育てられたハーブの香りはよく、魔女薬だけではなく料理やお茶にも使われるため、魔女として生計を立てる必要がなかった。

 グリザベルも四の歳までは魔法に興味はなかったが、ある日ハーブを買いに来た祖母が、お茶を淹れるために魔宝石を使用したところ、目の前で起こる不思議な現象に幼い瞳は釘付けになった。

 同時に、この魔宝石を発明したディアドレと言う名が深く脳裏に焼き付く事になる。

 魔法に関する本が家になかったグリザベルは、一年に一、二度ほどの祖母の来訪を心待ちにし、魔法に関する話を楽しみにしていた。

 家でハーブを育てているということもあり、最初は調合に失敗しても危険が少ない魔女薬について教えられたが、これはグリザベルの肌に合わないらしく飽きと失敗の繰り返しだった。

 しかし、魔女薬とは反対に魔法への興味は深まるばかりで、同年代の子供が花やお姫様の絵を描いてる間、グリザベルはでたらめの魔法陣を地面に書いていた。

 でたらめの魔法陣は作動しないのだが、ある日偶然に偶然が重なり一つの魔法陣が発動してしまう。

 雨上がりの水たまりのように、子供の足跡分の畑のごく一部を水に沈めただけだけであり、両親もいたずらを叱る程度で収めたのだが、そのあとに起こったウィッチーズ・カーズで乾燥した足跡がしばらく残っているのを見ると、将来に不安を隠せなかった。

 それというのも、グリザベルは怒られたことよりも、偶然とはいえ自分が描いた魔法陣が発動した喜びを知ってしまったことだ。

 両親はこれを偶然ではなく必然と考え、安全を学ぶ為にも祖母に預けることにした。

 両親と離れて暮らす悲しみもあったが、魔法を学べるということがグリザベルの心臓を強くつかみ、悲しみよりも喜びで心を震わせた。

 祖母の家は町から離れた月がよく見える森のなかにある。

 その道中。祖母は背中を向けたままグリザベルに語りかけた。

「いいかい……グリザベル。魔法陣を通したからこそ、畑で済んだけど。もしかしたら、枯れていたのは自分の腕かもしれないんだよ……」

 諭すような祖母の言い方に、グリザベルは地を見るようにうなだれたが、「だけどね……」という言葉に顔を上げると、祖母の笑顔が目に飛び込んできた。

「だけどね……たいしたものだよ。誰にも教わらず、魔力を流したんだからね。失敗を恐れては魔女にはなれないよ。サーカスの血を継ぐだけはあるね」

「ふははは!」という盛大な笑い声は、グリザベルの背中を強く押すように響き渡った。


「そして、我が十の歳になった時、祖母の『アチェット・サーカス』から魔女の姓をもらい『グリザベル・ディスカル』から『グリザベル・サーカス』となったわけだ」

 そこまで話すと、グリザベルはようやく満足げな顔で一息ついた。

「それで、いつになったら尊敬する祖母の言葉とやらが出てくんだよ」

「物語にするのならば、まだプロローグだ。始まってもおらぬ。その言葉のことを聞きたいならば、少なくとも八章まで話さねばならぬ。聞きたいのならば、話す準備はできておるぞ」

 グリザベルは咳払いをして喉の調子を整えると、いそいそと話す姿勢に入ろうとした。

「一つだけ聞いていいか」

「しょうのないやつだ……。そんなに我の話が聞きたいか。言うてみよ」

「何章あるのか知らねぇけどよ。その中に友達って単語は出てくるのか?」

 リットが聞くと、グリザベルは上機嫌に曲げてた口を不機嫌に曲げた。

「……よいかリット。我は幼きうちに祖母の家へと行ったのだ。祖母の家に我と同じ幼子が来ると思うか?」

「思わねぇから聞いたんだ。来るのは優しい婆さんばっかりだろ」

「よう知っておるな。我の言葉に聞き逃さぬようしっかり耳を傾け」

「耳が遠いからな」

「子供の我と同じ目線で語りかける」

「腰が曲がってるからだろ」

「時には朝から夜まで語らうこともあった」

「そりゃ、ばさんだからな。一度椅子に座ったら、重い腰はなかなか上がらねぇもんだ」

「今思えば……友と呼べる存在だったのかもしれぬな」

「向こうは孫が増えたと思ってるぞ」

「……少しは黙って聞けぬのか」

「黙ってたら延々喋り続けるだろ」

 リットはテントから小さい影が出てくるのを見つけると、早く来いと手招いた。

「遅くなってすいません……弟子の使いと言うまで、なかなか話を聞いてもらえなくて……。五軒先と八軒先のテントで売ってるそうですよ」

 ドリーは短い足を走らせてくると、ふぅーと長く息をついた。

「なら、話は終わりだ」とリットが背中を叩くと、グリザベルは不服そうに視線を返してから歩きだした。

 その後ろをドリーが、さらに少し離れてリットが続く。

「グリザベルさんは弟子をとらないんですか」

 ドリーは横を通り過ぎた自分と同じ背の人間の女の子を見ながら言った。

「今は我のことで手一杯だからな。今は二人入れば充分だ」

 グリザベルは軽く振り返り、リットに向かってニヤッと笑ってみせた。

 リットの手には羊皮紙の束、ドリーもインクや水などグリザベルが買ったものを持たせている。

 閉じ込められたテントからリットを出すときも、自分の弟子だと言って出したので、その証拠に荷物を持たせた。荷物を持って魔女の後ろを歩くのが、ウィッチーズ・マーケットでは弟子の証だ。

「言っておきますけど……今だけですよ」

「かまわぬ。師匠というのは親のような存在だからな。無論、親がそのまま師匠ということも多い。今は家族が増えては邪魔なだけだ。少なくとも、ディアドレのことが片付くまではな」

「意外ですね。グリザベルさんは、どっちかというと家族が近くにいて欲しいタイプだと思ってました」

 グリザベルは「我が欲しいのは友だ」と言うと、今度は声を潜めて「家族ごっこが好きなのはあっちだ」とドリーにだけ聞こえるように言った。

「それこそ意外なんですけど……」



 香草や薬草を売っているテントの中は、大釜から煮える音が聞こえていた。

 大釜の中を覗き込んだドリーは、独特のにおいに咳き込んでしまった。

「なんですか……これ」というドリーの質問に、グリザベルは「魔女薬だ」とだけこたえる。

 すると年をとった魔女が「それはベースだよ。飲みたければ作るけど」と付け足した。

 ドリーと店を回るうちに、グリザベルは相手にも話をさせるということを覚えていた。

「我はもらおう。少し疲れたのでな」

「疲労回復なら、アレルの葉とニニネヌの皮とドドの種だね」

 魔女は吊るしてあった材料を取ると、全部すり鉢で潰して、大釜から注いだ濁ったお湯の入ったコップの中に入れた。

 それを受け取ったグリザベルは、汚れた革靴のような色になった魔女薬をためらいもなく飲み干す。

 魔女は「そこの小さいのもいるかい?」と勧めたが、ドリーは「いいです……」と断った。

「まぁ、元気そうだしね。そこのしかめ面の男は飲んでおいたほうがいいよ。いかにも頭と具合が悪そうな顔をしてるからね。せめて顔くらいは正常にしてかないと」

 リットは顔を背けるだけで、返事はしなかった。

「あんまり弟子の教育はしてないみたいだね」と魔女が言うと、グリザベルは「話は聞かず、自分のやりたいことばかりやる。粗暴も悪ければ行儀も悪いで、ほとほと困っておる」と、ここぞとばかりに言いたいことを言う。

「男なんてそんなもんさ。階段一段分でも女の上に立ちたいと思うようなやつばかりだからね。そうすれば頭頂部が薄くなっても気付かれないってわけさ。だから弱みを握られた男は、妻に頭が上がらないって言うんだよ」と魔女が笑うと、グリザベルもふはは!と笑いを響かせた。

 ドリーはまた恐る恐る大釜を覗き「大丈夫なんですか?」と聞いた。とてもじゃないが、色もにおいも体に良いものには思えなかったからだ。

「悪くなるのは明日以降だね。一応明日から悪くなるように調合してあるよ」

 ドリーの心配をよそに、魔女はひょうひょうと言ってのけたが、グリザベルも気にした様子がない。

「え? そんなものを飲んだらダメじゃないですか!」と驚くドリーだが、魔女は「なにも教えてないのかい?」とグリザベルに聞いた。

「魔女薬は苦手なのでな」

 苦手と言っても説明できるくらいの知識と技術は持っているのだが、自分の口からではなく魔女の口から説明させるためにわざとそういう言い方をした。

 そして「しょうがないね……」と説明を始める魔女を見て、グリザベルは上手く会話を誘導できたと心の中でガッツポーズをした。

「魔女薬は力の前借りだよ。例えば……目が冴える魔女薬を飲めばすぐに目が冴えるけど、次の日には眠くてしょうがなくなる。東の国にも漢方という似たものがあるけど、私に言わせればぜんぜん違うね」

「そういうことだ。我もこれを飲んでから、ウィッチーズ・マーケットにいる間は元気だが、帰りの馬車では疲れて動けないであろう」

「そこまで強くは調合はしてないよ。寝起きは辛くなるかもしれないけどね。それで、買ってくかい?」

「魔女薬の薬草ではなく、使い魔を呼ぶ香草を欲しいのだが……キャットプットとホールヒップ。あと……ホホカジリ草は置いてあるか?」

「キャットプット、ホールヒップ、ホホカジリ草ね……」

 魔女が頼まれた香草探すのにしゃがんだところで、グリザベルは振り返ってスムーズに会話が進んだことを自慢するように満面の笑みでリットを見る。

「なんだよ」

「これが正しい買い物の仕方だ」

「そりゃすげえな。オレは六歳になるまでできなかったぞ。たいしたもんだ」

「一人でテントも出られなかった男がよく吠えるわ。だいたい――」

「ホールヒップはないね。オカジリ草でもいいかい?」

 魔女は顔をあげずに、木箱をあさりながら言う。

「いや……ホールヒップでないと、迷ってしまうのだが……」

「大丈夫。ホホカジリ草を使うってことは使い魔はフクロウだろう? 調合さえ間違えなければ、ちゃんと飛んでくるよ」

「弟子の男が無能でな。その調合じゃないとフクロウが飛んで来ぬのだ。まったく困ったものだ、図体がでかいだけで役に立たん」

「それはろくなもんじゃないね。縦に伸びると頭まで血が通うのに時間がかかるんだから。しょうがない……もう少し探してみるよ」

 魔女は言うと、グリザベルと一緒に笑いを響かせた。

 しかし、グリザベルの顔は笑ってはいなく、リットに向けてすまなさそうな表情を浮かべていた。

「魔女薬と一緒だ。前倒しってことを忘れるなよ。怒りは後でくるぞ」

「ここはウィッチーズ・マーケット。魔女の庭だ。我の顔を立ててもらわないと困る」

 グリザベルは声を潜めて言った。

「だから、口を挟まずにいるだろ。話を振ってんのはそっちだ。黙って顔を立ててやってんだから、黙って腹を立ててることくらい受け入れたらどうだ」

「そう、目くじらを立てるな。面子を立てるには、時として嘲笑も必要なのだ。酒場に入り浸るお主ならわかるだろう」

「わかるぞ。でもな、酒場じゃ基本受けて立つだ。……薹が立ったで終わる、女を貶すジョークを思いついたんけどよ。あの魔女に言ったら、まためんどくさいことになるよな」

「わかってるのならば、なにも言うな……。頼むから……」






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