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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(下)

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第二話

「闇を夜と考えるのならば、太陽を閉じ込めるという発想は悪くない。だが、太陽の光が届かないから、闇に呑まれるという現象で呼ばれている。インクの海にマッチの火種を落とすようなものだ。つまり、消えてしまう」

 グリザベルが長いスカートの中で足を組み直すと、夜の海のように波打つ黒いスカートの衣擦れだけが馬車の中で寂しく響いた。

「たしかに我々人は、ガラスの中に火を閉じ込め、夜を過ごす術を手に入れた。が、それは常しえ夜を生きるためのものではない。わかるか?」

 グリザベルは足を伸ばし再びスカートを波打たせると、つま先で対面にいるリットの膝をつついた。

「だから今からウィッチーズ・マーケットで、代わりになるようなものの情報を手に入れようとしてんだろ」

 言いながらリットは、グリザベルのつま先から逃げるように足を組み替えた。

「ならば、話題を変えてやろう。リゼーネのマイノリティー種族と、独自の発展を遂げた魔法道具についてだ。リゼーネは他種族国家であり、信仰も様々だ。種族のつながりという多様性はあるが、宗教で制約されるということでもある。禁忌とされるものを堂々と広げていては問題が起こるからな。既存している魔法の発展と衰退の差が激しいということだ。これは魔法だけではなく、文化にもいえることであろう」

「さっきからなんなんだよ……。少しは黙っていられねぇのか」

 リットはうんざりとした様子で言った。

 朝にリゼーネを出てから、ずっとこの調子でグリザベルに話しかけられている。

 チルカは森から帰ってきていないので同行しておらず、ドリーは御者台に座っているので、馬車の中はリットとグリザベルの二人だけ。

 グリザベルの話し相手は必然的にリットになる。

 リットが話を終わらせようとしても、そういえば、ならば、しかし、話は変わるが、などと繋げて、グリザベルが話を終わらせることはなかった。

 リットの適当な相槌も限界にきていた。

「お主こそ、我が書いた旅のしおりを見たのか? この時間は意義のある会話を知的に楽しむ。そう書いておいただろう」

「旅のしおりってのは、この人を撲殺できそうな凶器のことを言ってるのか?」

 リットは床に投げおいていた旅のしおりを手に取った。

 しおりと言っても、古代言語を翻訳した本のようにとても分厚い本のようで、それも行きと帰りようで二冊もある。

「そうだ。二十七ページに書いてある。しっかり読んでおかないから不満が出るのだ」

「馬車の中で渡されて、ずっと話しかけられて、いつ読めってんだよ」

「それについては一ページ目に書いてある。食事休憩、トイレ休憩、手が空いた時に読むようにと」

「そのペースで読んでりゃ、行って帰って来ても読み終わらねぇよ」

「お主は字を読むのが好きであろう」

「これを読むくらいなら、小便で地面に書いた文字を読むほうが有意義だ」

 リットが旅のしおりを横に置いてあくびをすると、グリザベルはページを一枚めくり、難しく眉をひそめた顔を本にうずめるように近づけて小さく唸った。

「そうして、オレの代わりにじっくり読んどいてくれ」

「そうではない。二十八ページに、この時間はキャッキャウフフの会話で盛り上がると書いたのだが……。これはキャッキャの会話になるのか、ウフフの会話になるか悩んでいたのだ」

「小便の話題でキャッキャしてりゃ頭がおかしい奴。ウフフしてりゃ変態だ。今後呼ばれたいほうを選べよ」

「……お主は会話を楽しむ気があるのか?」

「会話を楽しみてぇなら、少しは興味のある話題を出せよ。魔女の酒とか売ってねぇのか?」

 リットが話題を出したことにより、このチャンスを逃すまいとグリザベルは身を乗り出した。

「当然ある。酒とは儀式にも使うものだからな。本当は到着する直前の二百九ページで説明しようとしていたことだが……ウィッチーズ・マーケットについて説明しておこう」

 グリザベルは冗長な説明をするが、話を短くするとこうだ。

 ウィッチーズ・マーケットとは由緒ある催事であり、魔女の発展とは切っても切れないものだ。

 魔女の庭とも呼ばれるウィッチーズ・マーケットは、使い魔と契約するための香草や、杖のもとになる木などの植物が売られたことに由来する。

 そうリットが頭のなかで短くまとめていると、グリザベルが唐突に話を区切った。

「魔女三大発明を覚えているか?」

「使い魔と杖と魔宝石だろ」

「そうだ。当然、魔宝石の技術もウィッチーズ・マーケットで広まった。ミランダ・ヘッコニーの不等辺六芒星が発表されたのもウィッチーズ・マーケットだ。つまり売買の場だけではなく、研究の成果を発表する場でもある。我の研究も魔女会を震撼させるものだ」

 グリザベルは自信満々に胸を叩いた。

「ちょっと気になったんだがよ……」

「なんでも聞け。わかりやすくこたえてやろう」

「グリザベルの使い魔ってのは、オレに手紙をよこすフクロウだろ。一緒にいるところ見たことねぇんだけど、どうしてんだ?」

 聞かれたグリザベルは胸においていた拳をゆっくり膝におろした。そして、その動作と同じくらいゆっくり息を吐くと、静かな瞳でリットを見た。

「我の研究のテーマだったな。なにを隠そう――」

「それもあとで聞いてやるよ。届けられた招待状が偽物で、ウィッチーズ・マーケットに入れなかったら意味がねぇから聞いてんだ」

「べつに……四六時中一緒にいるわけではない……。雑務を任せるため、一緒にいる使い魔もおるが、そういう場合は二匹以上の使い魔がおる魔女の場合だ……。我の使い魔は伝達用だ」

「うすうす感づいてたけどよ。もしかしてポンコツ魔女なのか?」

「使い魔に関してだけだ! 懐かないんだからしょうがないであろう! 我だって、飼えるものならペットを飼いたいのだぁ!」

 グリザベルが地団駄を踏むと、何事かと思ったドリーが馬車をとめた。

「大丈夫ですか?」と心配するドリーに、リットは「ただの癇癪だ」と伝えて、気にせず馬車を走らせるように言った。

「それで、その懐かないフクロウってのはどこにいんだ?」

「知らぬ……。呼ぶときは魔法陣の上で香草を焚く……魔法陣ごと燻らせた煙には魔力がこもっており、それを見つけた使い魔が来るというわけだ。……普通の魔女は。我の場合は五枚燃やして、一度来るかどうか……」

「魔法陣を書くだけなら、そんなに手間もかからねぇんだろ。呼べば来るなら便利でいいじゃねぇか」

「書くのはともかく、魔力を流すのは疲れるんだぞ! 日に何度もできるものではない! そうして苦労して出した文を、お主は何度も何度も無視しおって!」

「オレは魔女じゃねぇんだから、フクロウで手紙なんか出せねぇよ」

「返書の仕方は、最初の文に書いておいたわ! 出した文を燃やせば、その煙を見つけ、返書のためにフクロウが戻ってくる。ウィッチーズ・マーケットの招待状を見ただろう。文にも特殊な紙を使っておるのだ」

 グリザベルが言っているのは、魔法陣と重ねて指でなぞると文字が浮かび上がってくる招待状のことだ。

 手紙には使い魔を使役する時と同じ香草を混ぜて作られているため、それによって手紙のやりとりが行われる。

 行ったことのないウィッチーズ・マーケットから招待状が来るのは、グリザベルは祖母が使っていた香草をそのまま使っているからだ。

 本来は香草を調合し、自分だけの匂いを作って使い魔に覚えさせるのだが、それをしなかったせいで使い魔と上手くいっていないかもしれないと説明したところで、グリザベルは「それより」と話題を変えた。

「我の魔女研究についてだ。お主も興味があろう」

「先祖のディアドレのことだろ。今さら仰々しく説明するようなことなのか?」

「たしかにディアドレの研究はしているが、それは趣味のようなものだ。我の研究とは、お主も見たことがある影についてだ。ヨルムウトルの影執事や影メイドは、器を作っただけに過ぎん。原動力となる残留思念みたいなものは、我が作ったものではない。悲話によって期せずして生まれたものだ。空の器に魔力という生命を授けるのが、我の研究というわけだ。成功すれば、魔女三大発明のうちの一つ。『使い魔』が、新たに『影』として上書きされるであろう」

 ヨルムウトルの影たちは、城の中という制約があったが、グリザベルの命令で自由に動くことができた。動物の使い魔と違い、形も変えられる影は多岐にわたり効果を示す可能性があった。

 なにより使い魔に懐かれないグリザベルにとっては、掃除も食事の支度もしてくれる影執事のほうが肌が合っていた。

「その失敗作があのゴーレムか」

 リットがグリザベルと出会うきっかけになったブラインド村の事件。街灯が勝手に動き出し、村人が怯えているからどうにかしてくれという内容だったが、原因はグリザベルが街灯をゴーレムに改造したからであり、そのゴーレムこそグリザベルの研究の一端だったということだ。

「ゴーレムも魔力を動力にしているが、ルーティン化された行動だけではなく、影執事のように動き回れれば面白いと思ったのだがな」グリザベルはそこで言葉を止めると、強い眼差しをリットに向けた。「先に言うておくが、あの街灯ゴーレムは責任を持って止めたぞ」

「別に責めやしねぇよ。害がないってわかった時点で、オレの仕事は終わってんだ。代わりに、ディアドレの尻拭いという長い仕事をするはめになったけどな……。なんにせよ、そういう研究の成果の発表の場なら、なんかおもしろい光の研究もあるかもしれねぇな」

「魔法関係でわからぬことがあったら、遠慮なく我を頼ると良い」

 グリザベルはフハハという高笑いを響かせると、羽根ペンを取り出して、旅のしおりに新たに書き込んだ。

「足されても読む気はねぇぞ」

「図らずとも意義のある会話をしたからな。完了済みの印をつけておるのだ。寝る前のガールズトークは……お主にはおなごのフリも無理であろうから、ドリーと楽しむことにするか。お主とできそうなのは、明日の朝食のメニュー当てといったところだな」

「明日はスープだ。オレが作る。ちょうどいい焚き付けも手に入ったからな」

 リットはグリザベルに背を向けるように横になると、会話を続けようとする言葉を、いびきの音でかき消した。



 今にも折れそうなヒョロヒョロとした枝が伸び、その先に蓮のような大きな葉を一枚だけ生やす木。それが『蛙のこうもり傘』と呼ばれる木だ。

 枝は別れながら広範囲に広がり、隙間なく気根を生やして地面に下ろす。そうして壁に覆われたような気根の内側で、ウィッチーズ・マーケットが開かれる。

 今グリザベルとドリーの目の前に広がるのは、夕焼けのようなオレンジと、それに焼かれたような黒い人影だ。

 並んだ店が通りを作り中心の幹まで続いている。

 雑踏に踏み固められたばかりの土の道へ、一歩目を踏み出しながらドリーが口を開いた。

「魔女というのは皆黒い服を着ているんですね」

 既にウィッチーズ・マーケットの中にいる魔女も、これから中に入る魔女も、ドレス、スカート、ズボン、マント。服装は様々だが、等しく黒色の布に身を包んでいる。

 それがドリーには珍しくてしょうがなかった。

「黒とは何色にも染められぬ色だからな。だから、魔法陣を書くのも混ざらぬ黒い墨を使う。それが影響していると言われている。もう一つ有力な話があるが、聞きたいか?」

「興味はありますけど……。とりあえず中に入りませんか?」

 ドリーは気根を掴んだまま固まっているグリザベルを見たが、グリザベルはドリーに向かって手をかざした。

「しばし待て、胸の高鳴りが足と仲良く手を繋いでいるところだ」

 グリザベルの足元を見ると、静かだか確実に震えていた。

「つまり、緊張しているってことですか?」

「ドリーよ……言葉を違うな。期待に満ちた胸の高鳴りが足に伝染したにすぎん。よいか?」と誤魔化そうとしたところで、突然肩を掴まれたことにより、グリザベルは「はひっ!」と頓狂な声をあげた。

 無愛想な表情の男が「招待状……」と言って、手を差し出している。

「招待状……そうだ、招待状がなければ入れんな。気にするな持っていけ」

 グリザベルが招待状を渡すと、男は墨で模様を書き足して「お返しします……」と招待状を渡し返した。

「むっ……たしかに思い出に取っておくのも一興。お主の心意気確かに受け取った」と、背筋を伸ばして振り返ると、男はすでに別の魔女の招待状を受け取っていた。そして、同じように模様を書き足して返している。

「ルールがわからぬところは怖いのだぁ……。もう、帰りたいぞ……」

 グリザベルはうなだれてとぼとぼと歩き出した。 

「リットさんでも呼んできます? ルールがわからなくても、勝手にルールを作って行くと思いますよ。問題は素直に起きてくれるかどうか……」

 ドリーは馬車が停めてある方角へ振り返った。

 無理に起こして、場の空気が悪くなるくらいなら置いていこうという、グリザベルの提案でリットを寝かせたままだ。

「よいよい、放っておけ。そのほうが魔女である我の必要さに気付くであろう。我がせっかく書いた旅のしおりを焚き付けにした仕返しなのだ」

「でも、また泣いちゃいますよ」

「泣いてはおらん……。現実に打ちひしがれていただけだ。それに、リットが助けを乞う姿を目に浮かばせると、涙も引っ込むわ」

 グリザベルはふふんと笑いをこぼすと、軽くなった足取りで歩き出した。

 ドリーは「やっぱり泣いていたんですね」と突っ込むことはせず、心配そうにリットがいる馬車の方へ振り返ったが、好奇心には勝てず、グリザベルと一緒にウィッチーズ・マーケットの光の中へ消えていった。






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