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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(下)

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第一話

 二度目の無精髭を見られたリットは、エミリアに目の届く屋敷に連れ戻された。

 そして一週間が経ち、窓に差し込む太陽の光が真上から平等に降り注ぐ日。その光はリットがいる部屋の一室にも届いており、椅子に座り昼食後の一休みをしている頬を照らしていた。

 心地の良い眠気に誘われ、そのまま一眠りをしようか、立ち上がり眠気を飛ばそうかと考えていると、隣の部屋からドリーの「わかりました!」という声が、産声のように高らかと響き渡った。

 声の残響が残る中、短い足音が部屋の前まで移動し、ドアを開けたかと思うと、すぐさま第二声が響き渡る。

「文化と風習の違いです。こっちは妖精の文化として広い定義で書かれていますが、もう一つの本はミスティ・ウッドの森にいる妖精の風習として狭い定義でかかれているんです」

 ドリーは二冊の妖魔録を机の上においたが、リットはそれに目をやることはなかった。

「そりゃよかったな。ついでにこれも調べてくれ。なぜクジラは浜に乗り上げるかだ」

「クジラですか? たしか海にいる生き物ですよね……それならまず海に行かないと」

「余計なことはするなって意味だ。先に頼んでた猫は見つけたのか? もう一週間以上経ってんだぞ。わかってんのか? 一週間ありゃ、出会って、結婚して、離婚までできんだぞ。二足歩行の猫見つけるくらいわけねぇだろ」

「それが……リゼーネに住んでいる種族が多すぎて……普通の猫を見つけるほうが簡単なんです」

 パッチワークが見つからないのは、単純に逃げ回っているからだ。

 毎日城で顔を合わせるエミリアの話では、仕事で手が離せない。ということになっている。リットは私用だと伝えてあるので、私用よりも仕事を優先させるべきだと考えているエミリアは、無理に時間を作るようには言えない。

 詳しいことを話せば無理やりパッチワークを引っ張ってくるのはわかっているが、そうするとパッチワークの裏の仕事もばれることになる。

 リットはその部分に頼ってることが多いので、今回のことでばれてパッチワークが自由に動けなくなるのは避けたい。

 だが、ドリーが買わされた家の代金に、最初の約束と違う御者を連れて行くはめになった文句をつけて、上乗せさせて返金させるにもパッチワークを見つける必要がある。

 ウィッチーズ・マーケットでいくら使うかはわからないが、情報を買うにはお金がかかるからだ。

「これに頼るのがそもそもの間違いか……」

 リットはドリーの頭を見下ろしてため息を付いた。

「大丈夫ですよ。時間が掛かっても必ず見つけ出しますから」

 ドリーは意気込むと、胸元で拳を握った。

「オマエのことだ。きっと見つけるだろうよ。オレが老衰する前にはな」

「きっとじゃないです。絶対にです」

「訂正してほしいのはそこじゃねぇんだけどな……。まぁ、まだ時間はある。最悪エミリアに妖精の白ユリのオイルを先買いしてもらえばいい。説教と小言のおまけ付きだけどな」

 リットはドリーの頭を掴み、杖の代わりのようにして立ち上がった。

「また、図書館に行くんですか?」

「そのつもりだ。酔っ払って足腰が立たなくなったら別だけどな」

「ということは酒場ですね」

「そうだ。エミリアには言うなよ。息抜きって言葉を知らねぇから、いちいちうるせぇんだ」

「怒られるまで飲まなければいいんじゃないですか?」

「気を使って飲むのは息抜きとは言わねぇんだよ。オレのことより、ちゃんとその本をグリザベルに返しとけよ」

 リットはポケットに手を入れてお金があるか確認したが、小銭の一枚もなかった。しかし、どうにかなるだろうと部屋を出ていった。



 リットが中央広場につくと、昼過ぎということもあり、屋台通りからの帰りの人でごった返していた。

 人混みを歩く気分にはなれなかったリットは、人通りが薄れるまでベンチにでも座って待とうと、辺りを見渡した。

 すると、食べ残し目当ての鳥や犬や猫などの姿が目に入った。

「普通の猫か……」とつぶやくと、思わずその後を追っていた。

 猫は人々の足元を縫うように歩き、屋台通りを進んでいく。しかし、それはただの通り道で、猫は消えるように狭い路地へと曲がっていった。

 リットが半身になりながら狭い路地の角をいくつか曲がり、開けた場所に抜けた頃には姿を見失ってしまった。

 開けた場所と言っても、半身にならなくても済む程度の広さであり、先は家の塀で行き止まりになっているので、狭く映る空を見上げるくらいしかできなかった。

 だが、見え上げたことにより、屋根へと消えていく猫の尻尾を見つけた。

 いつもならばさっさと引き返すところだが、リットは塀に足をかけると屋根の上へと登っていた。

 屋根から聞き覚えのある鈴の音が聞こえてきたからだ。

 屋根のレンガをいくつか崩して這い登ると、猫に向かって話しかける猫の後ろ姿が見えた。

「久しくなかったな。こういう恋い焦がれる気持ちってのは」

 というリットの言葉と、パッチワークが振り向くのは同時だった。

 パッチワークは尻尾を抱きかかえたまま、目を丸くして固まっていたが、思い出したように両手を両足に変えて四つん這いになると「なー」と高い声で鳴いた。

 リットはパッチワークの首根っこと掴んで持ち上げると、下卑た笑みを浮かべた。

「最近の野良猫ってのは、服を着てんのか?」

 パッチワークの返事は、また「なー」と鳴くだけだ。

「なるほど。なー、ね。頭まで毛を刈り取られる前に、言葉を思い出してくれると助かるな」

「なー……んだ。お兄さんじゃないですか。久しぶりに会ったんで、顔を忘れてたニャ。突然の出会いは感動するニャ。そう、思わず言葉を呑み込むほどニャ」

 リットに手を離されたパッチワークは二本の足でしっかり立つと、ご機嫌を伺うように手をすり合わせた。

「ついでに御者の件も思い出してくれると助かるな」

「思い出す前に、ニャーの話を聞いてくれると助かるのニャ」

「話を聞く前に、紹介するってのは顔を合わすまでのことだと思わねぇか?」

「……わかったニャ。ニャーも商売人の端くれニャ。自分の非を認めるのニャ」

 パッチワークがなにか合図を出すと、周りにいる猫達が一斉に走って屋根から降りていった。

 リットが一匹の猫の姿を見送っていると、手を叩きながら「さぁさぁ」とパッチワークが仕切り直した。

「ここじゃ人目につくから、移動するのニャ。この時間にうってつけの路地があるのニャ」

「おい――」とリットが口を開こうとするが、パッチワークは肉球を見せるように手をかざしてそれを止めた。

「大丈夫、お兄さんの言いたいことはわかってるのニャ。ちゃんと変わりの御者を用意するのニャ。それも完璧でな優秀な御者を。もちろん代金はニャー持ちニャ」

 パッチワークは逃げるわけではないが、急ぎ足で屋根を降りていくので、リットはそれについていくしかなかった。



 リットが連れて来られたのは屋台通りの奥外れにある魔宝石屋の前だ。

 小さな広場の中心に、水が止まっている噴水が陽の光を浴びていた。

 パッチワークは既にいる野良猫を手で追い払うと、「さぁさぁ一番いい席に座ってくださいニャ」と、噴水を囲むレンガでできたへりを指した。

 座ると、リットはお尻に陽の光の熱を感じた。

 リットは「あのなぁ……」と口を開いたが、その続きは膝の上を通り過ぎる猫に遮られてしまった。

 パッチワークの言う一番いい席というのは、一番陽が当たる場所のことだ。

 他の野良猫も、この陽の光に暖められたレンガを目当てに集まっているので、追い払ってもすぐにまた戻ってきてしまう。

 一匹の猫がリットもレンガの一部だと言わんばかりに靴の上で丸くなると、リットは諦めて続きを口にしようとしたが、「お出ましなのニャ」というパッチワークの言葉に再び遮られてしまった。

 パッチワークが目を向けた路地からは縞模様の猫が一匹。そして、その後ろについて同じような縞模様の猫の獣人が現れた。

「どうも。リットさんですね」と言って伸ばされた手をリットは掴まない。

「いいや、違う。帰っていいぞ」

 追い払おうとするリットの手を隠すように、素早くパッチワークが前に立った。

「相変わらずお兄さんは冗談がお好きで。こちらはオスカー・メース。腕利きの御者ニャ」

 パッチワークが紹介をすると、オスカーはかぶっていた山高帽子を取って深々と腰を曲げた。

「この道二十年。自分の手足のように馬車を扱えますのでご安心を」

「そうなのニャ。ガルバン地方で十年。パーシック地方で三年。他にも点々と馬車を走らせて、今はリゼーネに来てるのニャ」

 パッチワークの補足説明に、リットは意味ありげに頷いた。

「なるほど……。一箇所に留まれないってことは、人付き合いに難ありってことだな」

 リットのバカにしたような笑みに、オスカーは乾いた笑いを漏らした。

「そうとも言えるかもしれませんね……。しかし道には自信があります。有名な街、無名な街。どこへでも連れていけますよ。それこそ猫の額ほどの土地でも」

 オスカーはいかにもジョークを言ったという顔で紳士的に笑ったが、リットが同調して笑みを浮かべることはなかった。

「なるほど。自慢話が好きと」

「えぇ……まぁ……自分を売り込むのも仕事ですから……。それで、お仕事をいただけるのでしょうか……」

「結果を急ぎすぎる傾向あり。気が向いたら結果を知らせる。帰っていいぞ」

 リットが手で追い払うと、オスカーは腑に落ちない顔で頭を下げてから路地へと帰っていった。

 パッチワークはその消えていく背中に「必ず結果を知らせるのニャ」と手を振った。ついで困った顔でリットを見る。「オスカーはなかなかいい人材だと思ったんだけどニャ……。まぁ、お兄さんが好みにうるさいことはわかっていたことニャ」

「だからな、オレは」

「みなまで言わなくても大丈夫ニャ。ほら、次の面接者が来たのにゃ」

 パッチワークの指した路地では、面接の順番待ちの列ができていた。



 陽が陰り、暖かい場所を求めて野良猫の姿が見えなくなった広場では、パッチワークが重いため息を落としていた。

「今ので最後ニャ……。乾きたてのタオルのように、絞ってももうなにも出てこないのニャ」

 パッチワークが紹介したのはオスカーを含めて六人の猫の獣人。リットはその全てを同じように難癖をつけて追い返していた。

「そりゃ良かった。これ以上連れてこられたら、夜になってるとこだ」

「本当に雇う気があるのかニャ?」

「ねぇよ。御者の代わりよりも、何年か前にゴブリンに売った家があるだろ。覚えてるか」

「ゴブリン……ゴブリンと」

 パッチワークは懐から紙束を出すと、一枚一枚めくって確認をはじめた。

 そして、五枚、六枚とめくったところで手を止めた。

「ブリトンはお亡くなりなったから……数年前だと……ドリー・コロットというゴブリンに家を売ったという記録があるニャ」

「そう、そいつだ。その家を買ったときの倍の値段で売りてぇ」

 パッチワークは大きく目を見開いた後、地面に笑い転げた。

「ジョークの腕は落ちていないようで。充分に笑わせてもらったニャ」

「ジョークってのはな。少なくとも言った本人が笑ってるからジョークなんだ。オレが笑ってるように見えるか?」

 リットの真面目な顔を見て、パッチワークは笑顔のまま表情を固めた。

「笑っていてほしいニャ……。いくらなんでも倍の相場は。というより、そもそも本人の承諾がなければ無理な相談だニャ」

「ほらよ」

リットはパッチワークの持っている書類の上に、紙を一枚のせた。それは、ドリーの家から持ってきた家の契約書だった。

「なんなら本人を呼んでもいいぞ。エミリアの屋敷にいるからな」

「エミリアさまのお客様だったのかニャ……」

 パッチワークは手を出す客を間違えたと顔を歪ませた。

「まだオレの客だ。でも、そのうちエミリアの客になるかもな。例えば猫が逃げた場合とかな」

「二倍も返すと、明日から空気をおかずに埃を食べないといけなくなるのニャ。なんとか五割増しで勘弁願いたいのニャ」

「ないところから搾り取るのは無理だな。それでいいぞ」

 契約完了の握手をしたところで、パッチワーク顔を上げた。

「ところで、お兄さんが進んで人助けするとは珍しいこともあるのニャ」

「人助けするとな。いつか自分に返ってくるんだよ。具体的には五割増しで」

「……なんか騙されたような気がするのニャ。二倍で売る気はなかったような気がしてならないのニャ……。ふっかけてから値段を下げるのは詐欺の手口だと思うのニャ……」

「ドリーはいらない家を売れた。パッチは値切りに成功した。オレは旅の資金が手に入る。全員が得して終わりだ」

「お兄さん以外は損しかしてないと思うんだニャ……」

「あっちいってこっちいって金がねぇんだ。今度ディアナの外交官でも紹介してやるから、気持ちよく払ってくれ」

「話半分で信じておくニャ。くれぐれも、お金の出所はエミリアさまには内緒で頼むのニャ」

 パッチワークはリットと一緒に路地から出てくるのを見られないように、先に広場から出ていった。

 しかし、パッチワークが路地の影に消えた瞬間に、濁点がついたような猫の鳴き声響き渡った。

「いきなりなにするんだニャ! お兄さん! 助けてほしいんだニャ!」

 リットが駆け寄ると、ドリーが馬乗りになってパッチワークを押さえつけていた。地面にはパッチワークの財布からこぼれた硬貨が落ちている。

「あっ、リットさん! 見てください! ちゃんと見つけましたよ!」

「そりゃよかったな。今度は落ちてる小銭でも見つけてくれ」

「あれ、もしかして一足遅かったですか?」

「いいや、助かったぞ。おかげで飲み代が浮いた。一割もらってくぞ」

 リットは硬貨を拾うと、安酒一杯分だけポケットにしまい、残りをパッチワークの目の前に置いて路地を出ていった。

 手を振ってリットを送るドリーを、パッチワークは恨めしそうに睨んだ。

「お客さんはニャーの貧乏神かなんかかニャ……」






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