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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(上)

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第十五話

 しばらく泣いていたホリーだが、突然通り雨のようにピタリと泣き止んだ。

 ホリーは「もう、大丈夫。落ち着いた」と自分に言い聞かせると、「今から、何事もなかったかのように振る舞うわ」とノーラの胸から顔を離して立ち上がった。

「よかったっスよ。まぁ、旦那は犬みたいなもんスから、あんまり気にすることないっスよ」

 ノーラも立ち上がると、自分とほとんど背の変わらないホリーに笑いかけながら言った。

 その笑みはホリーをあやすというよりも、リットをフォローするような笑みだ。

 そんなノーラの心情を知らずに、リットはドリーを酒に付き合わせて、ほろ酔いの笑い声を響かせていた。

「犬ならもっと可愛いと思うけど……。おっきいし……」

 ホリーはリットの大きな背中を不安げに見た。

 大きいと言ってもゴブリンやドワーフから見たらそう見えるだけだが、ドワーフのように筋肉質な横に大きい背中ではなく、人間の縦に大きい背中に尻込みしていた。

「怒ってても喜んでても、ワンッと大きく吠えるだけっスよ。まぁ、誰かれ構わず噛みつきますけど、本当に噛まれるわけじゃないっスから」

「そう思うと可愛いのかも」

 ホリーは短い足をちょこまかと動かしてリットの前まで歩いていった。

「ねぇ、巨人。これをあげるから仲直りしましょう」

 ホリーはオーバーオールのポケットから、一番価値の低い硬貨を一枚取り出すと、リットに見せた。

「おい、小人。これをやるからどっかに行ってろ」

 リットも同じ硬貨をポケットから取り出すと、ホリーに軽く投げて渡した。

 受け取ったホリーは、同じようにちょこまかと小走りでノーラの元へ戻ってくると、口の端に笑みを浮かべた。

「貰っちゃった……。今から喜ぶわ。わーい」

 両手を上げて喜ぶホリーに、ノーラは目を丸くしていた。

「いやー、ビックリしましたよ。勇気ありますねェ……。ついさっき泣かされたばかりだというのに。ドリーと一緒で行動派なんスね」

「お兄ちゃんより軽はずみじゃないわ。それより、思ってたよりも良い人ね。あの巨人」

「なかなか理解されませんし、理解されようとも思ってませんけどねェ。でも……ホリーはあんまり近寄らないほうがよいかもしれませんよ」

「あら、もしかして嫉妬? 今から勘ぐってゲスい笑顔を浮かべるわ」

 ホリーは口の両端を高く上げてニヤニヤと言葉を口にした。

「そういうわけじゃないんですけど。せっかく旦那に良い印象を持ったのに、ハッキリと言っていいものなのかどうか……」

「それなら、今から声を掛けてきてもいいわけね」

「どうぞどうぞ。まぁ、何事も経験っスからね」

 ノーラは道案内でもするように、手をスッとリットの方へと向けた。

 ホリーは小さな胸を勇ましく張って、再びリットの元へと歩いていく。

「ねぇ、巨人」

 ホリーが肩をつつくと、リットは乱暴に手を払った。

「おい、聞いてなかったのか? どっか行ってろって言っただろ。長い耳は飾りか? 飾りなら、切り取って土産物屋に売っぱらうぞ」

 リットが睨みつけると、ホリーはゆっくり数歩後ずさったあと、走ってノーラの元へと戻っていった。

「あんな怖い生き物は初めてよ!」

「だから、言ったじゃないっスか。素直な子供は、旦那が一番苦手なタイプなんスよ。どうしていいかわからないから、ムダに威嚇するんス」

「今から反論するわ。三十歳だから、素直な子供じゃなくて、私は素直な大人よ」

 それを聞いて、「はぁ?」と声を上げたのは、ノーラではなくリットだ。

「三十ってオレとたいして変わらねぇじゃねぇか。……体が小さい種族ってのは、精神年齢も低いのか?」

 リットはノーラとホリーを見比べて言う。

「あらー、どうして私を見て言うんスかねェ……。だいたい、体の大きさと精神年齢は変わらないっスよ。グリザベルだって大きいのに、よく泣くじゃないっスか。それにほら、コジュウロウも人間ですけど、あんなんスよ。種族も関係ないですよ」

「まぁ、そうかもしれねぇが……。ってことは、ドリー。オマエはオレより年上ってことになるな……」

「そうみたいです……ね……」

 そう言ったきり、ドリーは口を手で押さえて黙り込んだ。

「その動作は良く知ってる……。吐くなら外行ってこいよ」

「動けません……。飲みなれていないものを、無理やり飲まされたからフラフラで……」

「オレは飲めるか? って聞いたぞ。オマエが飲めますって答えたんだろうが」

 口に出したところで、ドリーはなんでもできると肯定から入ることをリットは思い出した。

 しかし、今度ばかりは、リットが「大丈夫か?」と聞くと、ドリーは「もうダメです」と生温かい吐息を漏らした。

 ドリーの顔が自分の方へと傾き、吐く体勢になってきたのに気付くと、リットはドリーを担ぎ上げて急いで外へと向かって走っていった。



「言っておくけどな。本来、泥酔して世話されるのはオレの役割なんだぞ」

 リットはバーロホール入り口の橋の横で、吐き終わった後の酸っぱいヨダレを垂れ流すドリーに向かって言った。

「ご迷惑おかけしてすいません……」

 ドリーはその場で全身の血を抜かれたようにうつ伏せに倒れ込んでしまった。

「ったく……酔っ払いを担いで走ったのなんて、実家の酒場を手伝ってた時以来だ」

 リットも安堵からその場に座り込む。

 まだ充分に日が照っている時間だが、酒と走った汗で火照った体に、谷風が心地良く吹き抜けていく。

 リットが心地よさに任せて目を閉じ、これまでのことと、これからのことを考えていると、太陽ではない光がまぶたを照らした。

「ビックリしたわ……」というチルカの声とともに、リットは目を開けた。

「こっちのセリフだ。いきなり現れたのはそっちだろ。オレはさっきからここにいた」

「違うわよ。ビックリするほど黄昏れてるのが似合わないって言ってるのよ」

「黄昏れてるわけじゃねぇよ。ただの酔い覚ましだ」

「どっちにしろ似合ってないわよ。いつも酔ったままじゃない」

 そう言ってチルカはリットの顔を覗き込む。

 表情から心のうちを探られているような気がして、リットには鬱陶しく感じ、目を伏せてチルカを手で追い払った。

 チルカは飛んで軽快にリットの手を避けると、またリットの顔を覗き込むような位置に止まった。

「それでいつ帰るの?」

「来たばかりだろ。目的を忘れたのか?」

「あの光る石のこと? 本当にアレが目的だったの?」

 チルカの心に直接話しかけてくるような言い方に、リットは酔いの心地良さも、酔い覚めの心地良さもすっかり消えてしまっていた。

「他に何があんだよ」

「ふーん……まぁ、アンタがそう言うなら別にいいけど。自分で決めたんだから、後で後悔してグチグチ言わないでよ。うざったいから」

「なんの話だ」

「自分の心に聞いてみなさいよ。生まれた時からの付き合いなんだから、ひねくれた心が何を言いたいかくらいわかるでしょ」

「そうだな……」とリットは数秒目を閉じる。そして、目を開くと同時に口も開いた。「もっともらしいことを言って、人を惑わすのはやめとけ。って、オマエに伝えろとよ」

「妖精だもの。人を惑わしてなんぼよ」

 チルカはポーズをとるように、リットの目の前で回った。

 風に遊ばれ、スカートがひるがえるのを見ると、リットは鼻を鳴らして笑った。

「妖精ってのは、糞を漏らしたパンツをはいてる奴のことをいうのか?」

「土よ! 土! 可憐な妖精らしく自然豊かな大地と戯れてたのよ!」

「そこの奴みたいにか?」

 リットは顎をしゃくって、大地に体を預けて倒れ込んでいるドリーを指した。

「なにあれ。うつ伏せに地面に倒れ込んで……今頃性にでも目覚めたの?」

「それが可憐な妖精が言うことなのか?」

「これはアンタが好きなゲスいシモネタジョークよ。言い返すために勉強してるの。そんなことより、ノーラのお父さんはいたの?」

「いたぞ。気になってたんなら、遊んでないでついてこいよ」

「ついてこいって……。まさかアンタ……のこのこついていって、親子の再会に立ち会ったんじゃないでしょうね」

「いや、ついてきたのはノーラの方だぞ」

「本当アンタって、デリカシーがないわね。気恥ずかしいに決まってるでしょ。普通は私みたいに、距離をおいてあげるわよ」

「ノーラがそんなタマかよ。再会もあっさりしたもんだ」

「何も考えてないのね」

 チルカは呆れ顔をさらに歪ませた。

「わかったようなことを言ってるけどな。オレのほうがノーラとの付き合いは長えんだぞ」

「だから、いまさら言葉にしなくてもわかるってわけ?」

 今度は呆れ顔を、バカにしたような顔に変えてリットを見る。

「やけにそこにつっかかってくんな」

「アンタの泣き顔と一緒に、帰りの馬車に乗るのが嫌なだけよ。どうせ泣くなら、私に泣かされなさいよ」

「なに言ってんだか……」

 しばらくリットとチルカの二人は、まるで睨み合っているかのように視線を交わしていたが、リットがこれ以上話す気がないのがわかると、チルカは肩をすくめて視線をそらした。

「まっ、いいわ」

「見当違いだとしても、まさかオマエに心配されるとはな」

「私が心配してるのはノーラよ。アンタのことを考えてる時間があるほど、暇じゃないわよ」

「なんにせよ。ノーラの親父に、石のことを聞くまで予定は決まんねぇよ」

「思ったんだけど、石のことなら、ドワーフに聞くよりも、そこのボンクラに聞いたほうが知ってるんじゃないの?」

「どうだかな。人の手じゃないにせよ、加工されたもんだからな。天然の鉱石を掘り出すゴブリンに聞いてもわかるかどうか」

 リットはポケットから、キュモロニンバスの天空城の壁石を取り出すと、それでドリーの頬を叩いた。

「おい、起きろ」とリットが声をかけると、寝ぼけているかのような気だるい声でドリーが「起きてますよ」とこたえた。

「こんな石を掘り出したことがあるか?」

 一度普通に石を見せたあと、石を手で覆い、影を作って光っているところを見せたが、ドリーは首を横に振るだけだった。

 そして、リットの手が顔から離れるのを見ると、また地面に突っ伏してしまった。

「オマエの勘もあてにならないな」

 リットがバカにした視線で見ると、チルカの羽が不満に強く光った。

「私のせいじゃないでしょ。だいたい、アンタこそ。その石のことを調べてどうするか考えてんの? 勘で動いて成果なしじゃ、私のことをあーだこーだ言えないわよ」

「魔力と光の流れは似てるってグリザベルが言ってたからな。ディアナの魔宝石で作られた鏡はオマエも知ってるだろ。この石が光を反射させて光ってるにしても、光を閉じ込めているにしてもだ。使い道はあるってことだ」

 チルカが「意味がわかんないわよ」と言う途中で、リットが手で制して言葉を遮った。

「浮遊大陸で見つけた、ディアドレの残した紙があっただろ。魔力の増殖。闇に呑まれるって現象が、魔力の増殖によって広がってるなら、光の増殖で中和すればいい。闇の中で光り続ける、このキュモロニンバスの天空城の壁石は、光を増殖させてるのか、それとも生み出してるのか。どっちにしてもだ。鍵にならなくても、鍵穴にさきっぽくらいは入るだろ」

 リットが言い終える頃には、チルカの羽は沈み始めた太陽よりも強く光っていた。

「しっかり考えてんじゃないわよ!」

「しっかりは考えてねぇよ。それはこれからのグリザベルの仕事だ。とにかく、ここに来た大きな理由はそれだ」

「わざわざ強調しなくても、もう言ってないでしょ。自分から蒸し返す気?」

「たしかにな……忘れてくれ」

 それからリットは、空の色が変わるのを見届けてからバーロホールの中へ入っていった。






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