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ランプ売りの青年  作者: ふん
妖精の白ユリ編

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第二十四話

 リット達はそのまま部屋に戻ろうとしたが、せっかく帰ってきたのだからとエミリアに夕食の席に案内された。

 急なことだったが、食堂にはしっかりリット達の分も含めた人数分の料理が用意されていた。

 リットは「やっぱり、服だけ着替えてくる」と言い、自分の部屋に戻った。数日出かけていたにもかかわらず、部屋にある窓辺のユリの花は新しいものに植え替えれていた。土も湿っており、水やりされた形跡がある。

 ニオイの元の服を脱ぎ、別のシャツに袖を通すと、リュックの中から小瓶を一つ取り出してポケットにしまい食堂へと戻った。

 食堂には先程姿をくらませたポーチエッドも戻ってきており、さっそく酒を煽っている。リットが戻るまで食べるのを待っていたようで、リットの姿を見たノーラが「旦那ァ、早く早く」と手招きをして急かした。

「なんだ。わざわざ待ってたのか」

 リットがノーラの隣の席に腰掛けると「アンタなんか待たないでいいって言ったんだけどね」と、椅子ではなく食卓に腰を下ろしたチルカが言った。

「コイツに同調はしたくねぇけど、別に待ってなくて良かったんだぞ」

「食事は皆が揃ってからと決まっているからな。湯浴みでもするのなら先に食べていたが」言い終わると、エミリアは食事の挨拶を始めた。

 相変わらずの野菜料理だったが、ここ数日は干し野菜や干し肉ばかりだったので、新鮮な野菜というだけでも嬉しかった。

 みずみずしいサラダは心地よい歯触りで音を立てる。単調な味の中に感じる、茹でアスパラの独特の匂いがどこか懐かしく感じた。

 ジャガイモとトマトの炒めものを口に運ぶと、蜂蜜のほのかな甘さと、マスタードの爽やかな酸味が広がる。

 新鮮な野菜もいいが、調味料も久しぶりだったのでいつもよりも食が進んだ。と言っても、リットは大食らいというわけではないので、徐々に食べることから飲む方へと変わっていった。

「そうだ。今日の夜は予定あるか?」

 リットは酒の入った陶磁製のゴブレットをテーブルに置くと、エミリアに話しかけた。

「予定はない。というか……わかってて言っているだろう」

「まぁな。用事があると言われても困るんだけどな」

 リットはポケットから小瓶を取り出すと、エミリアの前に置いた。

 エミリアは最初なにかわからないと言った顔をしていたが、リットが顎をしゃくり卓上ランプを指すと、すぐに理解したように頷いた。

「これが……」

 エミリアは小瓶を手に取ると、胡散臭そうに目を細めて見ていた。小瓶の先端をつまみ、ワインのテイスティングをするように軽く振ると、小瓶の中で精油が重たそうに波を打った。コルク栓を抜き、鼻を近づけて妖精の白ユリの匂いを楽しむエミリアに、リットは顔をしかめながら栓をするように手でジェスチャーを送る。

 精油の匂い自体はものすごく強いわけではないが、せっかく匂いのしない服に着替えたリットは鼻をつまんで嫌がった。新たに届く香りに刺激されて、鼻の奥に残った匂いが強くなった気がしたからだ。

「すまない。確かに食事中にユリの花は合わないな」

 エミリアの言うとおり、強い香りを放つユリの花はテーブルフラワーには向かない。それが花でなく精油でも同じことだった。

「匂いもそうだけど、飯を食う時に花はいらねぇだろ」

 リットは食卓に飾られた花を見る。真紅のバラが映えるように、口が細く背の高い真っ白な花瓶に生けられていた。

「花は食卓を演出するためには必要だと思うが」

「花を見たかったり、匂いを楽しみたかったら外で食うだろうよ」

「そうだな。中庭で食べるのも良いかもしれんな。今は妖精の白ユリばかりだが、もう少し暖かくなるとザクロやラベンダーも花をつけるぞ。そのせいで義兄上は夏から秋にかけて中庭には近づかなくなるがな」

「そうかい。それじゃ、コックにザクロのジャムでも作らせてくれ」

「なるほど。確かに中庭のテーブルは、食事をするには些か小さいな。パンというのは良い考えだ」

 通じない皮肉にリットは頭を掻く。わざわざ指摘するのも馬鹿らしくなり、ゴブレットを手に取り再び酒を飲み始めた。

 リットのゴブレットの酒が空になるのを見ると、ポーチエッドは遠くから手を伸ばして酌をしながら「ずいぶん慣れたな」と言って笑みを浮かべた。

 薬のような癖のある味には変わりないが、いつからか鼻に抜けるジャガイモの風味が病み付きになっていた。舌に射すような強いアルコールは、濃厚なチーズが合う。

 ポーチエッドに言わせてみれば、ジャガイモの蒸留酒を喉を鳴らして飲みながら、茹でイモを食べるのが通らしい。

 リットも試してみたが、あまりに押しが強いジャガイモに気分が悪くなった。そもそもアルコールが強いので、ゴクゴク喉を鳴らして飲むような酒じゃない。

 それをポーチエッドは木樽のジョッキで飲み干していく。

「そっちはビール……。いや、まるで水みたいに飲んでるな」

「男たるもの酒に強くあるべし。喉仏を大きく動かす。この仕草が魅力だろ?」

 ポーチエッドは言った通り大きく喉仏を鳴らして飲むと、ライラに微笑みかけた。

「それはもう。お髭のおかげで、よりセクシーに見えますわ」とライラもポーチエッドに微笑み返す。

 機嫌を良くしたポーチエッドは更に酒をあおった。

「あははは! そうだろ、そうだろ!」

「火をつけたら燃えそうな奴め」というリットの言葉に、ポーチエッドは「あははは! 燃えるぞ! 自分ほど燃えてる男は他にいないだろ!」と上機嫌に答えた。

 すっかり酒もまわり、ポーチエッドにもリットの皮肉が通じなくなっていた。

 リットは先程と同じように頭を掻いて呆れたが、ポーチエッドは酔っていない時でも前向きに受け取るタイプということを思い出した。

「良かったな、よく燃える旦那で。もしもの時の火葬の手間が省ける」

「でも、燃えると言っても熱くなるのは背中だけですから、心配には及びませんわ」

「背中?」

「えぇ、“戦場の傷”が熱く疼くそうです」

「戦場って言ったって、もう何十年も昔から戦争なんてないだろ」

「戦争って言ったって、なにも国同士の争いだけが全てではありませんわ」

 ライラは妖艶な表情を浮かべる。薄く紅をさした唇からはふふっと静かに声が漏れた。濡れた瞳でポーチエッドを一瞥すると、リットに視線を移す。

「そう言えば、リット様はランプ屋を営んでいるのでしたわね。ランプ本体以外のものも売っているのかしら?」

「オイルも売ってるし芯も売ってる。当然修理もしてるな。凝った細工の場合は、流石にその道の職人に下請けに出す。今回のエミリアみたいな特殊な依頼の場合は高く付くぞ。あとはそうだな……マッチやロウソクも売ってるな」

 リットの言葉に、ライラの眼の奥が心なし光ったような気がした。

「良かったですわ。リリシアちゃんの依頼が終わったら頼みたいものがあるの。いいかしら?」

「正直なことを言うと、依頼が終わればさっさと村に帰ってゆっくりしたいんだけどな。まぁ、聞くだけは聞くぞ」

「よく広がるロウソクが欲しいのですけど、頼めるかしら?」

「広がるって明かりがか?」

「いえ、垂らした蝋ですわ。特に良く跳ねて広がると良いんですけど……」

 ライラは飾られた赤いバラの花に目をやり、果物を絞った汁で味付けされた水を口に付けて唇を濡らすと、下唇をなぞるように舌で舐めとった。

「そういうプレイがしたいなら、もっとふさわしい店で買えよ」

「プレイ? なんのことでしょう? ロウソクを立てるには、蝋を垂らすのは普通のことですよ」

 細い目の奥で、ライラはなにを思っているのか。いちいちポーチエッドに目を向けるので、冗談なのかどうかもわからない。

 リットはツマミをとるために持っていたフォークを置く。

「どうした? もう食べないのか?」

 食後の紅茶を楽しんでいるエミリアがリットに話しかけた。

「あぁ……。ちょっと胸やけがしてな」

「ならば酒もやめたほうがいいぞ」

「いっそ飲んで記憶を忘れたいもんだ」

「なにを言ってる」呆れたと溜息をつくと、エミリアはリットから酒瓶を取り上げた。

「なぁ、エミリア。この家の燭台にはピンが付いてるよな?」

「当然だ。ロウソクが倒れると危ないからな」

「だよな」

 リットは、酔って大言壮語を吐いてるポーチエッドの話を否定することなく、相槌を打ちながら夫を立てているライラを一度だけ見た。



 華やかな食堂から一変して、月もない闇夜。重々しい雲に隠れ、星も姿を隠していた。湿った空気が土の匂いを押し上げるように運んでくる。

 エミリアの部屋からは声が漏れていた。

「どうだ?」

 心配そうにリットが尋ねると、エミリアは少しだけ顔を歪めた。

「まだ少し痛む」

「そうか……。こっちはどうだ? 少し強くしてみたんだが」

「うむ、いい感じだ。心地良い」

 開けられた窓から夜風が入り込むと、エミリアの瞳に映った橙色の炎が揺らいだ。エミリアは苦痛に顔を歪めることなく、真っ直ぐ炎を見つめている。

 リットとエミリアはテーブルを挟んで向かい合い座り、テーブルの上にはいくつもの小皿が重ねられている。

 オイルで汚れた小皿は、火が灯る度に怪しく反射した。

 リットは新たに小皿にオイルを入れて、浮かべた芯に火をつける。

 今度の火は薄橙色に光り、はっきりとテーブルの木目調を照らし出した。

「少し光が強いか?」

「いや、こっちの方が安らぐ」

 そう言ってエミリアは、絹糸のように細い髪の束の中に手を入れてかきあげる。指の隙間からこぼれる髪の毛は一本一本が輝いていた。

 橙色から透明へと、炎を昼間の太陽の色に近づける度にエミリアの表情は和らいでいった。朝焼けや夕焼けの暖色系の炎よりも、降るような真昼の光線のような光りが合うらしい。

 リットは透明な花びらの精油をベースにして、葉の黄色の精油を少しずつ混ぜていく。

 花びらの精油だけを使った、透明に揺らぐだけの炎ではエミリアには効果がなかった。

 葉の精油だけを使った黄色い精油は勢い良く炎が上がり、あっという間にオイルを食い尽くしてしまった。

 花は燃える時間、葉は光の強さ。混ぜる分量が違うだけで、まったく別の光になる。そのせいで、調整に調整を重ねて試すしかエミリアに合う炎を作り出す方法はなかった。

 単調な作業だが、集中しているためリットとエミリアの間には会話というよりは、問診のような義務的なやりとりが行われていた。

 部屋の中には、リット、エミリア、ノーラ、チルカ、の四人がいるが、起きているのはリットとエミリアだけだ。

 最初はノーラも、わざわざ面倒くさい思いをして取りに行った成果が気になり様子を見ていたのだが、今はエミリアのベッドの上で寝息を立てている。

 チルカは、あーでもないこーでもないと口を出していたが、いつの間にか降り出し始めた雨の音を子守唄代わりに船を漕いでいた。

 エミリアも長いこと炎を見続けているせいか、しきりに目を擦っている。

「少し疲れたな」

 そう言うと、珍しくエミリアは大きく口を開けて隠すことなくあくびをした。

「眠いなら寝てもいいんだぞ」

「いや、大丈夫だ。止めてしまってすまない。続けてくれ」

「でも、この時間に眠くなるなんて久しぶりだろ? 寝ても平気なのかも知りたいから丁度いい」

 リットは、エミリアのベッドで寝るノーラの腰を掴んで持ち上げると椅子に座らせた。

「なんなんですかァ、旦那ァ」

 ノーラは猫が顔を洗うような手付きで目を擦ると、喉から息を漏らすようにあくびをした。

「オマエ、本当はドワーフじゃなくて、猫の獣人なんじゃないのか?」

「猫の手を借りたくなったら言ってくだせェ」

「それじゃ、オイルで汚れた小皿でも洗ってもらうかな」

「嫌っス。猫は気まぐれなんスよ」

 そう言ってノーラはテーブルに腕を伸ばして顔をうずめる。その数秒後には寝息を立て始めた。

「ノーラには悪いことをしたな。せっかく寝ていたのに」

「気にすんな。ベッドで寝たきゃ、自分の部屋に帰らせる」

「そうか。それでは少し横になる。なにかあったら遠慮せずに起こしてくれ」

 エミリアはベッドに横になると目を閉じた。

 ベッドの近くに妖精の白ユリのオイルを入れたランプを置くと、エミリアの影が部屋の壁に伸びた。眩しそうに強く目をつぶることなく、安らかな顔をしている。

「オレから言っておいてなんだけどよ。よく男が側にいて寝られるな」

「なにかあっても、リットなら腕尽くで阻止出来るからな」

「そりゃそうだ。話しかけて悪かったな」

「あぁ」

 再び沈黙が訪れ、静かにランプが燃える音が聞こえる。ポツポツとした雨が強くなり、雨粒が不規則に窓を叩いた。

 リットは立ち上がり窓際に近づく。窓際は雨粒で少し濡れ汚れていた。半分開いていた窓を完全に閉め、椅子に戻りコップに水を注いだ。

 テーブルをトントンと指で叩く音が響く。

「……リット」

 ベッドからエミリアの声が聞こえた。

「悪い悪い」

 リットはテーブルから指を離す。背もたれに体重を預けると、足と腕を組んで目を閉じた。まぶたの向こう側でランプの炎が揺れる。

 そのまましばらくじっとしていたが、リットは不意に立ち上がりベッドに近付いた。手を伸ばしエミリアの顔にかざすと、エミリアは顔をしかめた。

「リット……」

「あんまり安らかに目を閉じてるから、死んでんのかなと」

「私を寝かせる気はあるのか?」

「あるよ。むしろさっさと寝て欲しい」

 エミリアは、リットに聞こえるようにため息をつくと「研究熱心なのはけっこうなことだが、そう落ち着きなくされると眠れない」と言って壁に顔を向けた。

 エミリアの呼吸音は次第に寝息に変わっていった。






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