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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(上)

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237/325

第十二話

 麺棒で伸ばしたように薄く広がり、コネたように縮まる。パン作りのように表情豊かに変える雲がある空とは違い、代わり映えのない地上の景色は、どこを歩いても荒野の真ん中にいるような気分にさせる。

 乾いた平たい荒野に残す薄い足跡は、強風に吹かれ消えていった。

 食事を済ませ、ホニー・サイドの街を出たリット達は、既に四日ほど荒野を歩いていた。

 補充した保存食は充分にあるが、そろそろ水がなくなるとなったところで、誰かが心配を口にする前に、ドリーの提案で水を補充することになった。

 しかし、ドリーに連れてこられたのは水場ではなく、小さな岩の前だった。

「で、水はどこなのよ。また適当に調子の良いこと言ったんじゃないでしょうね」

 そう言ってチルカは岩の上に降り立ったが、すぐに足を離すように飛び上がった。

 そして、何かを探るような目つきでベタベタと岩を触り始めた。

「これが、『水源岩』です」

 ドリーは人差し指を岩につけると、爪を立てた。そして、ささくれ立たせた一部分をつまむと、かさぶたを剥がすように引っ張った。

 すると、岩は透けるような薄さで剥けた。

 リットとノーラには不思議な岩に見えていたが、チルカは岩の正体を見抜いていた。

「これが葉っぱなのね」

「そうです。水源岩という名前が付いてる植物です。外側は枯れ葉ですが、中の新芽には水分を蓄えていますよ」

「蒸散を防ぐために、こんな岩みたいに丸くなってるのね。乾燥地帯ならではねぇ」

 チルカは物珍しげに、水源岩の周りを飛んでいる。

「知らなかったんスか? チルカは植物に詳しいと思ってましたよ」

 ドリーが水源岩の葉を剥がすのを手伝いながら、ノーラが言った。

「森の植物にはね。知ってたら、コイツに騙されたりしないわよ」

 チルカはアロエの黄色い汁を口に入れたときのように、苦い顔をリットに向けた。

「そういえば、浮遊大陸の植物にもそんなに詳しくなかったもんな」

 リットの言葉に、チルカは不貞腐れるように視線を逸した。

「原種とかけ離れ過ぎてたらわからないわよ。地上の森と空じゃ、全然気候が違うんだから。元は地上にあった植物でも、あれは別物よ」

「オレから見れば、植物と認めていいのかわからねぇほど別物だったけどな」

 リットは改めて水源岩に目を向けた。

 茶色の外葉が剥かれ、緑の葉が顔を出しているが、岩のように丸まっているのは変わらない。

 ドリーは新芽も剥いていくと、それを鍋に山盛りに入れた。

「これを焦げないように少量の水で煮れば、水分が出てきます」

 そう言って、今度は火をつけるために、剥いた枯れ葉を一箇所に集め始めた。

「馬車を暴れさせるだけが特技じゃねぇんだな」

「そうです。僕はできるんです。馬車だって、もっと時間をかければ上手く手綱を握れました」

 ドリーはチルカに向けて、自慢げな表情を見せた。

「なに勝ち誇った顔してんのよ。言っとくけど、今のはリットの皮肉よ」

「そうなんですか?」と聞いてくるドリーに、リットは鞄からマッチを探しながら「自分で考えろよ」と適当に返事をした。

「だそうです」

 ドリーは再び自慢げな瞳をチルカに向けた。

「ちょっと待ちなさい……。なんで、今の言葉でそんな顔ができるのよ。考えろって言われたんだから、考えなさいよ。そして、考えたらわかるでしょ」

「やればできる子と言われてましたから。そして、そのとおり育ったんです」

「そんなの子供の頃に言われる常套句よ!」

「でも、ちゃんと森で大きな木の実も見付けてきましたし、馬車だって最後の方は慣れました。時間はかかってもできるんです」

 チルカもだが、ドリーの方も意固地になって主張を曲げない。

 両者の睨み合いの横では、リットが見つからないマッチを探すために、鞄から荷物を出していた。

「ノーラ、マッチ見なかったか?」

「ランプとセットじゃなければ、ポケットの中じゃないっスかァ? 旦那は大抵そこに入れてますよ」

「そう言えばそうだったな」

 リットはズボンのポケットの中からマッチを取り出すと、ノーラに投げ渡した。

 ノーラは箱からマッチを一本取り出す。

「旦那ァ、そこにいると危ないっスよ」

「わーってるよ」

 リットは鞄と出した荷物をノーラから離すと、その離れた場所で荷物を鞄に戻し始めた。

 リットが離れたのを見て、ノーラがマッチに火をつけた。

 小さなマッチからは、手のひらが燃えたかのような火が上がる。

 その火を枯れ葉の山に投げ込むと、空に向けて登る龍のように火柱が立ち上がった。

 ノーラの不思議な力を初めて見たドリーは、チルカとの意地の張り合いを止めて、立ち上る炎を見ていた。

 やがて、火が普通の焚き火程度におさまると、りんごが二つくらい入りそうなほどあんぐりと開けていた口を閉じた。

「驚きました……。ノーラさんはアレなんですね。ほら、アレ……」

 ドリーは言葉になって出てこないアレを思い出そうと、自分の頭を軽く叩いてみるが、結局アレという言葉しか口から出てこない。

「そうだ、アレだ。驚いたろ」

 リットは焚き火に鍋をかけながら言った。

「はい、びっくりしました」

 ほーっと胸をなでおろすドリーを見てから、ノーラはリットを見た。

「なんスか? アレってのは」

「オマエが脳天気なのは、火を見るより明らかってことだろ」

「まぁた、適当言ってるんスねェ」

「そりゃな、アレでわかるわけねぇだろ。オレが、アレを持って来いって言ってわかるか?」

 ノーラは無言で鞄の元まで行くと、酒瓶を持って来てリットに渡した。

「はい、どうぞ」

「ハズレても正解になるような物を持ってくるなよ……。なんも言えなくなるだろ」

「責任は旦那にあると思うんスけどねェ」



 水源岩の葉を煮る鍋の横で、リットは靴を脱いで、中に入り込んだ砂を落としながら、横目で地面に置いた地図を眺めた。

 風に煽られ、地図の四端は羽ばたくように音を立てている。

「ボロス大渓谷まで、あとどれくらいかかるんだ?」

 リットが地図に重しの石を乗せながら聞くと、ドリーは少し考える素振りを見せてから口を開いた。

「ちょうど半分まで歩いたくらいですね」

「オレは歩いて三日くらいと聞いたから、ホニー・サイドで馬車を借りなかったんだけどな」

 リットはもう片方の靴の砂を、わざと風に乗せるように高い位置から落とした。

 風に流された砂は粉塵をまとうように、ドリーの顔に向かって飛んでいく。

「そのハズなんですけど。もしかしたら、僕がリゼーネにいた十年の間に地殻変動があったのかもしれません」

 ドリーは大きな目に入った砂を、手でこすり落としながら言った。

「そりゃ、よくあることだ。地図が勝手に書き換わることもな」

 リットは空を見上げる。太陽の位置から考えても、道を逸れていることは明白だった。

 ボロス大渓谷はドリーの故郷ということもあって、地図を見ることなく、道なりを任せきりにしていたせいだ。

 大きく迂回していることには変わりはないが、無事にたどり着きそうなことを確認したリットは、風に飛ばされる前に鞄に地図をしまいこんだ。

 そんなリットの心情を知ってか知らずか、ドリーは唐突に話題を変えた。

「そういえば、目的はなんなんですか?」

「選択肢を減らすために、空欄を埋めに来た」

「よく意味がわかりませんね……試験でもあるんですか?」

「役に立つか立たねぇかわからねぇけど、足掻く前に、先に足掻いておこうってわけだ」

「結局足掻くのなら、同じことじゃないんですか?」

「行き詰まった時に足掻けば、前しか見えなくなるからな。先に足掻いとけば、後ろに戻って別の道を探せる」

「もしかして、わざと遠回しな言い方してますか?」

「よく気付いたな。それに気付いたなら、もう一つ気付け。遠回しな言い方は、説明がめんどくせえから聞くな。って意味も含まれてるってな」

 リットが酒瓶の栓を指で抜いて飛ばすと、焚き火の上に橋を架けるように弧を描き、ノーラの膝の上に落ちた。

「そういえば、今回はろくに下調べもしないで、急に家を出ましたもんねェ」

 ノーラは同じように焚き火の上に弧を描くようにして、栓をリットに投げ返した。

「急に金が転がり込んできたからな。あと、コイツの親探しも含まれてる。こっちのほうが理由は明白だ」

「ついでみたいな言い方っスね」

「実際ついでだからな」

 リットとノーラの話を聞いて、ドリーは「うーん」と声に出して頭を悩ませていた。

「子なしのドワーフ……。残念ですが、そんな人は知りませんね……」

「オマエは知らねぇだろうよ」

「いえ、十年前のことでも、ちゃんとバーロホールの住人のことは覚えてます。その上で知らないと言ったんです」

「その十年の間の話だ。オマエがリゼーネの特産のイモを食ってる間に、ノーラはウチに転がり込んできたんだ。だから、うんうん唸っても出てくるのは屁くらいのもんだぞ。それともノーラみたいに屁に引火させて、火柱でも上げようってのか?」

「旦那ってばァ……。いちいち火をつける度に、にぎりっぺなんてしませんよォ。そんな自由自在におならを出せるなら、今頃それで空でも飛んでますってなもんです。チルカみたいに」

 やれやれと気だるげに首を横に振るノーラの目の前に、チルカが物凄い勢いで飛んできた。

「ちょーっと! いくらノーラでも、今のは聞き捨てならないわよ!」

「ありゃ? でも、飛ぶ瞬間に風の魔法の力を使うって言ってませんでした? 今みたいに」

 ノーラはさっきまでチルカが座っていた場所に目を向ける。

 チルカがいた場所では、砂埃が渦のようにして舞っていた。

「そう、魔法よ。『ま』と『ほ』と『う』。『へ』も、『お』も『な』も『ら』もないの。――まったく――全然――別物よ。前にリットが言ってたのと同じ考えじゃない。アイツと同じレベルなんて、アホのフンコロガシと一緒よ」

「でも、同じく体内から放出するもんですぜェ」

「なら、牛のミルクもおしっこも一緒ね。なんなら飲んでみる?」

 まるでチルカの風の魔法に横っ面を叩かれたかのように、ノーラは勢い良く横を向いてリットを見た。

「旦那、おならと魔法はまったく――全然――別物っス」

「そりゃ、知らなかった。なら、小便で雪に自分の名前を書くのも水魔法じゃねぇな」

 リットは酒瓶に口をつけると、一足先に喉を潤した。

 その時、アルコールではない、刺すような臭いがチルカの鼻に届いた。

「ところで、ドリー。変な臭いがしてるけど、本当に飲めるんでしょうね」

「もちろんです。旅商人がやっているのを見てましたから」

 ドリーが鍋の蓋をあけると、酷い臭気が立ち込める。

 青魚とカメムシを一緒に煮込んだような臭いの湯気は、顔をしかめるには充分すぎるほどだった。

 蓋を開けたドリーでさえも、あまりの臭さに顔のパーツを全て顔の中心に集めて、苦痛の表情を浮かべている。

「飲めるものなら、飲んでみなさいよ」

 鼻つまみ声でチルカが言う。

「害はない……ハズです」

「そうだとしても、この臭いなら、かえって吐いて水分がなくなりそうだな。大事な水だ。オマエら三人で飲んでいいぞ」

 リットは自分は酒があるからいいとでも言うように、酒瓶を掲げて鍋から顔を背けた。

「旦那ってばズルいっスよ。自分だけお酒が飲めるからって……。そうっスよ、そのお酒のアルコールを飛ばせばいいんスよ。少なくともアレよりはマシっス」

 ノーラの言葉に、ポンッと手を打ったのはドリーだ。

「そうだ。水ではなくお酒で煮るんでした」

 ドリーはやってしまったという顔ではなく、良いことを思い出したという顔で言った。

 その晴れ晴れとした顔とは違い、リットの顔は曇りに曇っている。

「その、そうだ。ってのは、もう少し先に出ないもんか? 少なくとも、取り返しが付く前にだ」

「まだ、大丈夫なはずです。僕を信じてください」

「信じてくださいってのは、騙すために騙す前に出す言葉だぞ」

「騙すなんてとんでもないです。臭みをアルコールと一緒に飛ばす必要があるんです。たしかに、そう言っていました」

 ドリーは自信満々に胸を叩いてから、酒瓶を受け取るために手を出した。

 リットが酒瓶を渡そうとすると、その腕にチルカが下りてきた。

「ちょっと、信じるつもりじゃないでしょうね」

「そうは言ってもだ。ここが半分の地点だとして、あと三、四日だ。水を飲まず歩いたら、ぶっ倒れるぞ。それとも、このカラカラに乾いた空に雨でも降らせるようにお願いするつもりか?」

 リットに言われ、チルカは空を見上げる。

 風が強く雲は流れていくものの、雨が降りそうな気配はない。

「わかったわよ……。その代わり、アンタが責任を持ちなさいよ」

「そんなの嫌に決まってんだろ」

「よく真顔で返せるわね。責任能力がない奴を信じるなら、信じた奴が責任を取るのは当たり前でしょう」

「これっぽっちも信じてねぇよ。ダメもとだ」

 リットとチルカが言い争いをしているうちに、ノーラが今のうちにと手でジェスチャーをした。

「慣れてるんですね」

「いつものことですから」


 しばらく時間が経つと、チルカの口は悔しさの形にへし曲がっていた。

 ドリーの言ったとおり、酒を入れたことによって、再び蒸気が出る頃には臭いはほとんど消えていたからだ。

 無味無臭の水とまではいかないが、十分飲める範囲の水だ。

「このように、後からお酒を入れても効果があるということです」

 ドリーは煮出した葉を取り除きながら言う。

 お湯の中に入っていたのに、まるで乾燥したかのように葉はカサカサになっていた。

「飲まないんスか? 井戸水に比べたら劣りますけど、喉を潤すには充分範疇ですよ」

 ノーラが専用の小さいコップにお湯を入れて渡すと、チルカは渋々といった表情で受け取った。

 そんなチルカの様子を見ながら、リットはドリーに声をかけた。

「よかったな」

「はい、できるってことを証明できてよかったです」

「そうじゃねぇよ。チルカが今おとなしいのは、溜め込んでるだけだぞ。猛獣と一緒だ。静かに近づいて、噛み付く瞬間に吠える。オレの場合は、寝てる時に鉢を落とされた」

「なにがよかったんですか……。危険じゃないですか」

「チルカは目先の怒りにとらわれるからな。これでしばらくオレは安泰だ。だからよかった。間違ってないだろ」

 ドリーから飲み込む音が聞こえるが、それは水ではなく唾を飲み込む音だった。






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