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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(上)

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236/325

第十一話

 高くそびえる荒野の丘を登るように、その街は作られていた。

 赤茶けた荒野と同じ色をした石造りの街は、一つの巨大な岩を削って作られた彫刻のように見える。

 ドリーの言う最後の街というのは、ここ『ホニー・サイド』が、馬車を預けられる最後の街ということだ。

 ホニーサイドの街は、荒野の固い丘に逆らうことなく、街並みを作っている。

 そのせいで階段が多い街だった。

 ここから次の街へと向かうには馬車移動で問題ないが、ボロス大渓谷の横穴であるバーロホールには馬車を止めて置ける場所がないため、リット達にとっては馬車で移動できる最後の街ということになる。

「確かに前金は受け取ったよ。いつまでも取りに来ないと、売りに出すから気を付けるように」

 厩舎を経営する男が言った。

「そう言ってもだ。いつ帰れるか、オレにもわかんねぇんだ」

 と言うリットに、男は受け取った代金をポケットにしまい、もう一度手を差し出した。

 それが料金の上乗せを要求していることに気付いたリットは、文句を言うことなく追加の代金を支払った。

 男は手のひらに乗せられたお金を数えながら「心配しなくても、ホニー・サイドはボロス渓谷一の野菜の生産地だ。間違っても、馬が痩せこけるようなことはない。大船に乗ったつもりでいてくれ」

 男は慣れた手付きで、馬の顔を輪郭に沿って優しくなでた。

「荒野の大船なんて場違いなもんはな、騙される気しかしねぇよ」

「そう、深く取るな。男の言う、行けたら行く。よりは信用ができる言葉だろ。それに――」男はリットの影にいたドリーを見付けると、驚いたように少しだけ目を見開いて続けた。「ドリーの客じゃ、騙すわけにはいかない」

 男の視線に気付いたドリーは、挨拶代わりに軽く会釈をした。

「知り合いか?」

 リットの言葉に、ドリーは頷いた。

「はい。ホニー・サイドへは、よく買い出しに来るので。いっぱい知り合いがいます。彼も友達です」

 そう笑みを浮かべるドリーだが、男の方はというと、いろいろな感情が混ざった複雑な表情を浮かべていた。

「そうか……友達と呼んでくれるか。ありがたいもんだ」

 男は演技ぶった仕草で、涙も出てもいない目尻を拭く。

「深い事情があるみてぇだな。興味ねぇから話さなくていいぞ」

 と言ったリットの肩を男が掴んだ。

 そして、「聞いてくれるか」と話し始めた。

「ドリーはな。ここに来るたび来るたび騙されても気付かないんだ。毎回倍以上の金を払って馬車に乗ってく。だからオレも気が咎めてよ。キリよく百回騙したところで、もう騙さないって決めたんだ」

 男は哀れみの視線を向けるが、向けられたドリーに気付いた様子はなかった。

「同じ奴を百回騙す方もどうかしてるけどな。百回も騙される奴の方がどうかしてるな」

 リットが向けた哀れみの視線には気付いたらしく、ドリーは顔の中心にシワを作り、ムッとした表情を見せた。

「騙されていたわけではないです。先行投資をしたんです。そのおかげで、僕との取り引きは優先してくれるようになりました」

「こんなことを言われたら、良心も痛むってもんだ」

 男はまた演技ぶって胸に手を当てた。

「百回騙した後で感じる良心なんて、立ちションの罪悪感程度のもんだろ」

 そんなもんだ。と言った具合に男は肩をすくめた。

 男は「とにかく」と手を叩いて仕切り直す。「もう騙さないって決めたからには、乗り主がいない間に他の客を乗せて小遣い稼ぎするのにも使わないよ」

 男は馬のたてがみを優しくなでてから、名残惜しそうに手を離した。こんなに良い馬と馬車なら、高く貸し出して儲けられたからだ。

 たしかに、エミリアから借りた商家マルグリットの馬車なので、高級な馬車だ。

 だが、乗っていたのがろくに手入れもしないリットと、食べかすをこぼすノーラ、暴れるチルカ。それに、乱暴に馬を走らせていたドリーなので、馬車の状態は良いものではなかった。

 薄汚れた幌、食べかすや酒の染みがついた座席、ヒビが入った車輪。

 リゼーネを出た時とはまったく違う。このまま返せば、確実にエミリアに怒られる状態になっていた。

 リットは傷んだ馬車を見ながら「そのことだけどよ」と、男に話を持ちかけた。

「貸し出しを許可するから、元通り修理しておいてくれねぇか?」

 リットはほつれた幌に手を添えた。

 傷一つで一時間の説教と考えるとなると、一週間は聞かされそうなほど、あちこちに傷がついている。

 男は「本当か!?」と喜んだ後、ちょっと待っててくれと手でジェスチャーをし、状態を確かめるために馬車の中へと入っていった。

「これは酷い……。外面はまぁいいとして、どういう生活をしてたら中がこんなに汚れるんだ。まぁ、見えるところは自腹で直すとしてだ。見えないところは……貸した客のせいにして請求でもするか」

 馬車の中でブツブツと独り言を垂れ流す男を待っている間。リットは見当たらないノーラとチルカの影を探していた。

「馬車を止めたとたんに出ていったけど、アイツらはどこに言ったんだ?」

 ドリーに聞くと「それなら、二人でご飯を食べに行きましたよ。リットさんと一緒だと、メインがお酒になって物足りないからと」と返ってきた。

「まったく……。チビは人混みで探しづらいって知らねぇのか、アイツらは」

「それなら、街の中心で会う約束をしておいたので、大丈夫かと」

「オレは聞いてねぇぞ」

「言ったら、リットさんが階段をのぼるのを嫌がって、行動範囲が町の入口だけになってしまうと言っていました」

 ドリーは丘の頂上まで続く、街の真ん中の長い階段を見上げながら言った。

「たしかに……。こりゃ、のぼりたくねぇな」

「地盤の関係上、仕方がないんですよ。ボロス荒野は、降るとすれば雨ではなく大雨ですから。馬車が巻き上げる砂埃の量でわかるとおり、大雨が降ると地面がぬかるんで、歩くのもままならないほどです。だからこうして、地盤の固い丘を登るように街が作られたんです」

「ずいぶん詳しいんだな」

「ゴブリンと一緒に作られた街ですから」

 ドリーが言い終えるのと同時に、景気よくパチンと手を鳴らして、男が馬車からおりてきた。

「よし! オッケーだ。修理を承る」

「頼んだぞ」

 リットが荷物を背負うと、ドリーが一歩先へと歩いた。

「じゃあ、僕達もご飯を食べに行きましょう。誰も知らない穴場があるんですよ」


 

 リットがドリーに連れられてきたのは街の中心だった。

「穴場ってのは、まんま穴のことか?」

 街の中心、階段の途中には大きな穴があり、階段で下まで続いていた。

「階段井戸ですよ。丘の上に作られた街ですから、水源まで掘り下げたんです」

 井戸と言っても普通の井戸ではなく、大きめの池くらいの広さがありそうな井戸だ。

 五層からなる地下建築で、井戸底まで小分けにされた階段が右へ左へと続いている。

 ところどころ横穴が空いており、そこを人が出入りをしているのを見ると、居住スペースか店があるのだろう。

「さっき言った、ゴブリンと一緒に作られたというのは、主にここの階段井戸のことです。先代の頃の話ですけど」

 ドリーは短い足で階段を下りていった。

 リットも後に続くが、しばらく階段を歩いていると、気になるものを見付けて足を止めた。

 それは壁に打たれた鉄杭と、そこから伸びるロープだ。

 ロープは反対側の壁まで伸びており、それがいくつもある。上から見ると蜘蛛の巣のように見えた。

 リットがロープに触っていると、急に下から鱗のついた長い尻尾が伸びてきた。

 尻尾は器用にロープに巻き付き、何事かとリットが見下ろした瞬間。巻きついた尻尾を軸に、トカゲの亜人が前回りをしながら、上にある次のロープへと飛んでいった。

「おっと、ごめんよ」という言葉とともに、リットの頬には水滴が当たる。

 見上げると、木桶を持ったトカゲの亜人が、手と足と尻尾を器用に使って、ロープを飛び跳ねるようにして移動していた。

「水運び屋の邪魔をすると危ないですよ」

 下からドリーが声をかける。

 リットがトカゲの亜人を見ている間に、さっさと階段を下りてしまったらしく、ドリーの小さい体がより小さくなっていた。

 リットが自分の場所まで下りてくるのを待つと、ドリーは聞かれるより早く「階段を下りられない人のために、上まで水を運ぶ仕事ですよ」と説明をした。

「邪魔するなって言われたけどな。そこらに洗濯物が干してあるぞ」

 リットは水運び屋が移動するためのロープに吊るされた布を見ていった。

「邪魔にならなければ問題ありません。落とされても文句は言えませんけどね。大雨が降ると、水かさが増して水を汲みやすくなるんですけど、それまでは最下層まで下りないと水が汲めません。ご老人には大変ですから」

「じいさんばあさんがここに来りゃ、風邪も引きそうだしな」

 階段井戸は下に行くに連れて、気温が下がっていた。水源が近くなって冷たい風が吹くからということもあるが、太陽が真上にこないと陽が差し込まないというせいもある。

 苔で滑りやすくなった階段も老人には危険だ。

 ちょうど真ん中の三層目の広場まで下りると、横穴から光が漏れているのが見えた。

「ここですよ。誰も知らない穴場です」

 ドリーが得意気に先導して歩くが、穴の奥からは人の声が漏れ聞こえていた。

「誰も知らないわりには、声が聞こえてるぞ」

「住人以外にですよ。大雨の時は四層目辺りまで水が貯まるので、店じまいしてしまいますから、知らずに街を出る人が多いんですよ」

 それほど長くない横穴の廊下を進むと、リットがよく行く安酒が置いてある小さな酒場よりも、広いスペースの店があった。

 明かりはテーブルに置いてあるロウソクの光だけなので、かなり薄暗い。

 ちょうど昼時ということもあるせいか、空いてる席が見つからないほど混んでいた。

 しばらく立ったまま席が空くのを待っていたが、人混みの中でロウソクではない見慣れた光が見えた。

 リットがその光に近づいていくと、「あら、アンタも来たの」とチルカが顔を上げた。顔の下では、自分の体よりも大きなアロエの葉と格闘している。

「住人以外もいたぞ」

 リットの指摘に、ドリーは目を逸らすだけだった。

「ちょっと……これを見てなんか言うことないわけ」

 チルカはまるごと出されたアロエの塊に抱きつく格好で、下に向けて体重をかけて、なんとか折るかちぎろうとしているところだ。

「なにって、葉っぱに――」

「葉っぱに虫がたかってるように。とか、今はいらないわよ」

 チルカがちょっと一息をついて力を緩めると、アロエの戻ろうとする弾力により、跳ね飛ばされてリットの胸へと激突した。

「オレに抱きつく前に、店員を呼んで切ってもらえばいいだろ」

「好きでアンタの臭い胸に抱きついてんじゃないわよ」チルカは嫌味たらしくサラダの葉で鼻に栓をすると、リットから離れた。「ここで、店員を呼んだら私の負けなの。ナイフ持ってるでしょ。いいから、黙って切りなさいよ」

「店員に文句つけて、無理やりまるごと出させたんスよ。葉っぱ一枚じゃ足りないって」

 ノーラはパンの中に入っているチーズを、口と手で伸ばしながら言った。

 他にもテーブルには、香辛料の匂いがキツイ豆のスープや、串に刺された鳥肉などが並んでいる。

 リットは店員を呼ぶと、相席を頼みドリーと同じものと酒を頼んでから椅子に座った。

「さぁ、アンタの要件は一通り済んだでしょ。さぁ、次は私の番よ」

 チルカはイライラとした様子で、アロエが乗った皿をリットの方へと蹴った。

「恥を捨てて、今呼んだ店員に頼めばよかっただろ」

 リットはナイフを出すと、ロゼット状に伸びる葉を一枚根本から切ると、適当な大きさに切り分けてから、葉の両端にあるトゲを切り落とし、上の皮を剥いで、中の透明な果肉を切り分けた。

 それを皿に置くと、すぐにチルカが皿の上まで飛んできた。

「なによ。ぐだぐだ言ってるけど、切り方を知ってんじゃない」

「カレナリエルの薬草学本に書いてあるのを読んだからな」

「まぁ、アンタにしては殊勝に働いたわね。褒めてあげるわ」

「借りは返すからな」

「いい心がけよ。アンタには貸しっぱなしなんだから」

 チルカは粘っこくヌルヌルとした黄色い汁に一瞬顔をしかめたが、みずみずしい透明な果肉を見て顔を緩めた。そして、齧りついた瞬間、また顔をしかめた。

「苦い! 苦いじゃない! どういうことよ!」

「薬草学本に書いてあるって言っただろ。薬ってのは苦いもんだ。この種類のアロエの切り口から出る、苦い黄色い液体は薬にもなるんだとよ。普通に食う場合は、キレイに洗い流すらしいな」

「なんでそれを言わないのよ!」

 チルカは唾液を撒き散らしながら、テーブルの上でのたうち回っている。

「言ったら、この光景は見れなかっただろ。だいたいな、普通は匂いで苦いことに気付く。まぁ――鼻に栓をしてたらムリか」

「……アンタの嫌がらせは、いつも意味がわかんないわよ」

 チルカは舌にこびりついた苦味を取ろうと、皿の上に滝のようにヨダレを流す。

「わかるだろ。オマエが殴られたらどうする?」

「当然、殴り返すわよ」

「苦いものを食わされたら?」

「当然、苦いものを食わせるわよ。……あの時の仕返しってわけ」

 睨みつけてくるチルカに、リットは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

「だから、オレは言っただろ。借りは返すって」

「言っておくけどね。一応、私はアンタを助けてやったのよ。あの木の実だって、ちゃんと薬になるんだから」

「だから、オレも言っただろ。薬にもなるって」

 リットは店員が運んできた酒を受け取ると、乾杯するように、わざわざチルカの目の前に掲げてから、一気に飲み干した。






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