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ランプ売りの青年  作者: ふん
穴ぐらの火ノ神子編(上)

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230/325

第五話

 昼日中でも薄暗い店内では、仄白い煙が風に吹かれる糸のように細く揺らめいていた。

 リットはものの数分で消えてしまった使いかけの短いロウソクの代わりに、カウンターにある売り物のランプに火をつけた。

 すると、カウンターに染み付いた油染みと、溶け落ちてくっついたロウが光りだした。

 しかし、目の前に積んだ手垢で汚れくすんだ硬貨は、埃とすすで曇った店の窓ガラスと同様に、鈍く光の色を残すだけだ。

 リットは硬貨を積んで作った幾つかの短い柱を眺め、ため息と唸り声のちょうど中間のような声を漏らした。

 家中のお金をかき集めたところで、移動費、食費、単純計算で甘く見積もっても、ボロス大渓谷まで行くには資金が足りない。

 闇に呑まれる問題に関係することで有用な活動ならば、資金はリゼーネ王国持ちになるのだが、エミリアに何をしにボロス大渓谷に行くかを言えないせいで先払いは不可だ。

 無理を言って、いくらかエミリアに融通をきかせてもらったのだが、充分に旅ができるまで稼ぐにはまだまだかかりそうだった。

 頬杖をつくと硬貨の柱が一つ崩れ落ちたが、カウンターに広がっただけで床に落ちることはなかったので、何もせずにリットは音を立てて跳ねる硬貨が静まるのを眺めていた。

「なんで客ってのは、金がほしい時にはこねぇんだ」

 誰に聞かせるわけでもなく、リットは独り言をつぶやいたつもりだった。

「普段から真面目に働かないからでしょう」

 チルカの声が聞こえ、リットは辺りを見回したが姿が見えない。

 気のせいかと視線を前に戻した時、目の端に光が見えた。

 カウンターの端に並べられた商品の中に、火をつけた覚えのないランプが一つ光っていた。

 ランプの火を覆うためのガラスの火屋の中では、硬貨を一枚抱きしめるようにして抱えたチルカが、あぐらをかいてリットを睨んでいた。

「ここ最近姿を見かけねぇと思ったら、こんなとこにいたのか。……楽しそうでいいな」

「楽しかないわよ! それに、こんなところに何日もいるほどバカじゃないわ! 今朝よ、今朝。火屋のへりに座ってたら、蓋が落ちてきて閉じ込められたのよ。売り物なら中に埃が入らないように、蓋くらい閉めておきなさいよ!」

 チルカは火屋に顔を押し付けると、歯を剥き出しにしてイラつきをリットにぶつけたが、リットの方から見ると、ガラスに押し付けて出来上がった変な顔が見えるだけだった。

 いつもならその顔のことをからかうリットだが、今は腹立ちまぎれに強く光るチルカの羽をじっと見ていた。

 しばらく強いままだろうと思っていた羽明かりは、稲妻のように一瞬強く光ると、いつものようにぼんやりとした光に戻ってしまった。

「アンタ……。私を値踏みしてるでしょう……」

 チルカは怒りの炎が消え、冷えた瞳でリットを見た。

「すげえ良いこと考えたんだけど、聞くか?」

「……聞かない」

「オレは世にも珍しい妖精入りのランプを売る。オマエは売られた家から、死に物狂いで逃げ出して戻ってくる。そして、オレはまた別の客に、妖精入りのランプを売るわけだ。これなら売れ残ったランプで、一生楽して暮らせる」

「聞きたくないって言ってるでしょ。いいから、ここから出しなさいよ。こっちはずっと閉じ込められててイライラしてんのよ」

「なら最初に助けを求めろよ」

 リットが火屋の蓋を開けると、立ち上る煙のようにのろのろとチルカが出てきた。

「もっと早く出る予定だったわよ。なんで今日に限ってアンタが店に出てくるのよ。ノーラだったら素直に助けを求めて、もっと早く出られたのに」

 チルカは今しがた出てきたばかりのランプの蓋を、親のかたきのように乱暴にかかとを落として閉めると、硬貨を積んでできた柱の上におりた。

「ノーラなら外せない用事とかで、朝から短い足を走らせてたぞ」

「そう! それよ!」とチルカはリットに勢い良く人差し指を向ける。「危うく遅れるとこだったわよ」

チルカは足元の硬貨の柱を足蹴に勢い良く飛び立ったが、頭上からリットの指が鉄格子のようにおりてきて、チルカの行く手を遮った。

「それを持ってどこに行くつもりだ」

 リットはランプの中にいる時からチルカの抱えている一枚の硬貨を見た。

「アンタじゃ手の届かないような、箱の隙間で拾ったのよ。もう、遅れちゃうじゃない」

 チルカがリットの指に噛み付いてでも飛んでいこうとした時、店のドアが開いた。

「いやぁ……最後まで粘ったけど、当たらないもんスねェ」と、ノーラが頭を掻きながら店に入ってきた。

「ほらぁ! 終わっちゃったじゃない! 今日こそは勝てるはずだったのに!」

 チルカは帰ってきたノーラを見て、非難の視線をリットに浴びせた。

「意味わかんねぇよ。わかってても謝らねぇけどな」

「コイン当てゲームですよ。今、旅商人が来てるんスよ。三つのコップのうちに一つコインが入ってて、それをシャッフルしたのを当てたらお金が貰えるんス。目の前でシャッフルするのに、当てられないもんスねェ……。私もなけなしのお小遣いを倍にして、美味しいものをいっぱい食べようと思ったんスけど」

「ノーラは今日負けただけでしょ。私は、今日こそ一週間分の負けを取り戻そうとしてたのよ!」

 チルカは空中で地団駄を踏みながら声を荒げた。

「一週間ずっと通ってたのか?」

「そうよ」

「ずっと同じ奴に負け続けてんのか?」

「……そうよ」

「アホでも極めようとしてんのか?」

「なによ……。運なんだから負ける時だってあるわよ。今日は勝てる日だったかもしれないのに!」

「オマエらじゃ、一生かかっても勝てねぇよ」

 リットは手持ち無沙汰に、硬貨の柱を指で突いて崩しながら言った。

「アンタなら、どのコップにコインがあるか当てられるってわけ?」

「そりゃムリだ」

「なら偉そうに言わないでよ」

「コップの中のコインなんて、誰も当てられねぇよ。中は三つとも空だ。コインは手のひらに隠すからな」

「そんなのずるじゃない!」

「そうだ。ずるいんだ。だから誰も勝てない」

「ちょっと文句を行ってくるわ。ついでにたっぷりの罵詈雑言も浴びせて、お金を取り返してくるわ」

 ドアに向かおうとするチルカだが、また先程と同じようにリットの手に遮られてしまった。

「まぁ、待てよ」

「……今度この止め方したら、この指へし折るわよ」

 チルカは目の前に鉄格子のように伸びて、行く手を遮っているリットの指に蹴りを入れた。

「おもしろそうだから、明日その場所に連れてけ」

「アンタ、わざわざイカサマされに行く気なの?」

「そうだ。だからこれも貰ってくぞ」

 リットはチルカが抱えている硬貨をひったくると、カウンターに散らばった硬貨の中に混ぜた。

「ちょっと! 私が見つけたものよ!」

「負け分を取り戻してぇんだろ? なら一枚でも多いほうがいいんだよ。一枚でも十倍になれば十枚だからな」



 翌日、リットがチルカに連れられて向かった広場では、昼前だというのに既に人だかりができていた。

 その中心にいるのは、布を頭から眉毛の下まで深く巻いた男の商人で、商品が入っていた使い古された木箱の上で、コップ口を木箱から離さないようにしてシャッフルしているところだった。

 平らな場所ではないのに、コップが板の溝に引っかかることはない。油を塗った鉄板の上で滑らせているかのようにスムーズな動きだった。

 それだけで、長年このシャッフルゲームをしていたことがわかる。

「さぁ、コインはどこだ。コインはどこだ。どこだ、どこだ。さぁ、当ててみな」

 商人は奇妙にリズムに乗った言い方で客を煽っている。

「これだ」と客の男が指をさしたのは、一つだけ離れた場所に置かれた右のコップ。

 商人は男が指した通りのコップを持ち上げる。中にコインはなかった。

 演技ぶった残念そうな顔と声色で「あぁ……外れだ。それじゃあ、良い一日を」と、客に手を振った。

 ついで「さぁ、次は誰がやる」と言ったところで、商人は見つけたチルカに満面の笑みを浮かべて手招きをした。

「へいへい、待ってたぜ嬢ちゃん。この嬢ちゃんはオレ専用の金貨袋なんだ。またやってくんだろ?」

 商人は片手を広げて、器用に三つのコップを持ち上げると、賭けるコインを置きなと言いたげに、もう片方の手で木箱を叩いた。

「上等じゃない! お尻の毛まで抜いて、広がった毛穴にノミでも詰めてやるわよ!」

 勇んで木箱の前に飛んでいこうとするチルカを、リットが手で叩き落とした。

「おいおい、気持ち悪いこと言うなよ……。だいたいオマエは文無しじゃねぇか」

「なんだ、兄貴分の登場か? 金貨袋の次は玉袋と来たもんだ。袋の中は当然玉無しじゃないんだろ?」

「まぁな」という一言と一緒に、リットは硬貨を木箱の上に置いた。

「最初はサービスだ。誰でも当たる」

 商人は硬貨の上にコップをかぶせて置くと、あくびをしていても目で追えるようなスピードでシャッフルを始めた。

 シャッフルの回数もたったの三回で、真ん中にあるのは周囲の人の誰でもがわかった。

 リットは何も言わず真ん中のコップを指すと、商人も何も言わずにコップを取った。

 何事もなく、コインはそこにあった。しかし、商人はリットにお金は渡さなかった。

「さぁ、ここからは倍々ゲームだ。勝っても二倍。負けても二倍。当然やるんだろう?」

「硬貨一枚が倍になったところで、酒瓶の蓋も舐められねぇからな」

「そうこなくちゃ。さぁ、いくぜ。コインはどこだ。どこだ、どこだ、どこだ。コインはどこにいった……。さぁ、当ててみな」

 先程よりスピードは早くなったものの。まだ充分に目で追える早さだ。

 二回、三回、四回と徐々にスピードは早くなっていくが、リットは順調に勝っていった。

 五回目を当てたところで、チルカはふんっと鼻を鳴らして、リットをあざ笑った。

「調子に乗ってバカね。そこまでなら、私だって何回か勝ってるわよ」

「ここから勝てない奴がバカなんだよ」

 言いながらリットは、シャッフルを終えたばかりの左のコップの上に手を置いた。

 そのまま手を離すことなく、「ひっくり返せ」とチルカに言った。

「なに命令してんのよ」

「いいから、他の二つ。真ん中と右だ。負け分を取り返してほしいだろ」

 チルカは一度リットを睨みつけた後、真ん中のコップを持ち上げた。

 中にはコインはない。次に右のコップを持ち上げるが、その中にもコインはない。

「両方空か。なら、この中にコインがあるわけだな。でも、開けたのはこっちの連れだ。イカサマってこともあるかもな。なんなら、この手の下のコップを開けて確認してみるか?」

 リットのトゲの含んだ言い回しに、商人は顔色を変えなかった。

「いいや、アンタの勝ちだ。おめでとう! アンタが今日一番の稼ぎだ。それじゃあ、良い一日を」

「へーん、ざまぁ見なさい!」と商人を煽るチルカを手で払うと、リットは商人から受け取った硬貨の中から一枚を木箱の上に置いた。

「まだ帰んねえよ。倍々ゲームなんだろ」

「掛け金の上限ってのを知らないのか?」

「最初に言われなかったもんでな」リットは家にある全てのお金が入った袋を木箱の上に置いた。「こっちは全財産を賭ける。そっちはシャッフルゲームで荒稼ぎした分を全部賭けるってのはどうだ? どうせ元手はタダだろ。勝てば倍。負けてもゼロに戻るだけだ。商人で稼いだ分を取らねぇ。なら、マイナスにはならねぇだろ。ゲームは変えさせてもらうけどな」

 商人から否定の言葉が出なかったので、リットはポケットからカードを出して木箱の上に置いた。

「ここに三枚のカードがある。二枚はクイーン。一枚はキング。三枚の中からキングを当てるだけだ。当然そっちがシャッフルしていいぞ」

 カードを受け取った商人はカードに細工がないかを入念に調べると、顔を上げた。

「なるほど……。真剣勝負をご所望か」

「なに言ってんだ。さっきからずっと真剣勝負だろ」

 リットが意地悪く笑うと、商人も同じように笑い返した。

「まぁ、いいだろ。でも、あんたの手持ちじゃ釣り合わねぇ」

「なら、コイツをつける。変態オヤジに売るなり、裸で踊らせるなり好きにしろ。交渉次第じゃ、こんなチンケな賭場の稼ぎの何倍も稼げるぞ」

 リットはチルカの羽をつまむと、商人の前に差し出した。

「アンタなに勝手なこと言ってるのよ!」と暴れるチルカにコップをかぶせて、その上に硬貨の入った袋を重しにして置いた。

「いいんだな?」と商人は口端を吊り上げる。「もう取り消せないぜ。元々こっち出だ。目にも留まらぬ早さで、カードをシャッフルするなんてお手のもんよ」

 商人は賭けで稼いだお金が入った袋を、リットの袋に寄せるように隣においた。

「そりゃ、すげぇな」

 商人は「じゃあ、やるぜ」と、表になっていたカードを裏返す。

 リットは裏返されたばかりのキングのカードの右下端に人差し指を置いて「これがキングか?」と聞いた。

「当たり前だろ。まだシャッフルしてねぇんだから」

 リットは「本当にキングか?」と、執拗にカードの右下端に指を置いた。

「なんなら裏返して見せようか?」

 しつこいリットに、商人はイライラしながら言った。

「いや、いい。始めてくれ」

 商人が自慢気に言っていたとおり、カードのシャッフルは目にも止まらぬ早さだった。

 周りの客はおろか、カードが目の前にあるリットでさえ目では追えない。

 さらに商人は「さぁ、キングはどこだ。どこだ。外したら死刑同然だ。今日の飯も食えないんだからな」と、言葉でプレッシャーをかけるのも忘れない。

「――どこだ、どこだ。一枚はキング。あとの二枚はクイーンどころか、死神と来たもんだ。もう、オレもどこに王様がいるかわからない。さぁ、当ててみな」

 商人がカード並べて手を離したのを見て、リットは並べられた三枚のカードを、端から順にかぶせるようにして手をかざした。

 何回かカードの上を往復した後、リットは真ん中のカードを選んだ。そして、カードの右下端を掴んで、自分ではなく商人にカードの絵柄を見せつけるようにして取った。

「運が良すぎて、明日死ぬかもな」

 リットは自分のと商人の硬貨袋を手に取ると、「カードはやるよ」と言い残して人だかりから離れた。

 しばらく歩いたところで、チルカの「アンタなにやってんのよ! 勝手に人のことを売ろうとするわ、置いてくわ! 殺すわよ!」という怒号とともに、後頭部にするどい痛みが広がった。

「勝ったんだからいいだろ」

「それはそれ、これはこれよ。万が一負けてたらどうすんのよ!」

「オマエの負け分も、倍以上になって返るんだからいいだろうが。それに、万が一でも負ける可能性があったら、全財産なんか賭けねぇよ。」

 リットは人差し指の腹を見せた。

 チルカの羽をつまんだ時についた鱗粉がわずかに光っている。

 手で覆い作った影により、妖精の鱗粉を反射を確認してカードを当てたのだった。

「アンタ……そんなことばっかしてると地獄に落ちるわよ。でも、まぁ……真っ暗な地獄からみっともなく這い上がる時には、一回くらいランプの明かり代わりにはなってあげるわよ」

「それより、バカって認めろよ。いつも同じ手法で負けるバカってな」

「アンタって、お礼の言葉くらい素直に受け取れないわけ?」

「オレの知ってる礼の言葉には、地獄って言葉も、みっともないって言葉も入ってねぇぞ」






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