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ランプ売りの青年  作者: ふん
闇の柱と光の柱編(下)

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第十六話

 マックスからのお土産の酒をコップ一杯程度飲んだだけで、リットはそれ以降その酒を飲むことはなく、充分な睡眠を取った。

 翌日から荷物持ちのマックスを連れて、別の浮遊大陸がホワイトリングに近付くまでの間に旅支度をしていた。

 リットは祝福を受けたマックスが入れば浮遊大陸と浮島の移動は大丈夫だろうと思っていたが、マックスの「まだ自分一人でしか歩いたことがなく、途中で光の階段が途切れるかもしれない」という自信のない一言により、リンスプーについてきてもらうことになった。

 リンスプーはいくつ島を渡るかわからないため同行をめんどくさがっていたが、ノーラの説得により渋々承諾した。

 ノーラの本音は道中リットが作った不味いものを食べたくないということだったが、「浮遊大陸の植物はわからないから、毒のあるものを食べたら大変っス」という建前を真に受けたのだった。

 光の階段は斜めにしかかけられず、浮遊大陸にある管理塔は他の浮遊大陸や天望の木を見つけやすくするためだけではなく、高く伸びた光の階段から降りる時に使うためでもある。

 管理塔のない浮島を移動するときには、光の階段から降りるための手段が必要だ。

 背の高い木がある浮島や、光の階段が低い位置で済む距離の浮島ならば問題はないが、遠くの浮島に移動する場合光の階段の高さは上がっていく。

 そうなると、羽のあるチルカは一人で降りられるが、マックス一人ではリットとノーラの二人を一度に運ぶことはできない。

 結局はリンスプーがいなければどうにもならなかった。



 三つの浮遊大陸と数えることを途中で止めた数十目の浮島を渡っている途中。

 光の階段の上でマックスが唐突に、リンスプーへ質問を投げかけた。

「なぜ天使族は翼を使って飛ばずに、光の階段で移動するんですか?」

「考えたことはないな。強いて言うのなら……世話になったのなら礼を言うのと同じことだ」

「どういうことですか?」とマックスは素直に疑問をぶつけた。考える間もなく、答えには繋がらないと思ったからだ。

「それだけ昔の子供の頃から教えられたということだ。浮遊大陸は光の階段で繋ぐものだと」

「浮遊大陸の法律ですかね?」

「法律ではないな。だが、皆守っていることだ。しきたりというやつだな」

 リンスプーはこの話題に本当に興味がなさそうに、スタスタと光の階段を作りながら上っていく。

 島までの距離が長い場合はリンスプーが光の階段を作り、短い場合はマックスが光の階段を作る。

 そうして少しずつ慣れていったおかげか、島と島との間が中距離の場合ならば、マックスも自信を持って先頭を切って歩けるようになっていた。

 今歩いている光の階段が浮島の上までくると、リンスプーは足を止め、目を細めて高い木が生えているかを確認した。

 しかし、下りられるような手頃な木はなく、そのまま飛び降りるのにも危険な高さだ。

「しかたない……おぶさってくれ」

 リンスプーが少しかがむと、「了解っス」と素早くノーラがおぶさった。

「おい、なに勝手に決めてんだ」

 リットはリンスプーの背中にぶらさがるように掴まっているノーラのシャツの襟元を掴んだ。

「旦那ァ、スケベはダメっすよ。マックスがいるんスから、旦那はそっちでお願いします」

 リットはマックスの顔を見ると、これでもかというほど露骨に顔をしかめた。そして、その顔のままノーラに向き直った。

「コイツの背中に乗ったらどうなるか知ってるか?」

 リットは袖をまくり上げると、青アザのできた腕をノーラに見せつけた。

「そりゃあもう、存じてますってなもんでさァ」

 ノーラも袖をまくり、腕にできた青アザを見せた。

「前の浮島じゃ、オレがマックスに乗って顔面から落とされたんだぞ。地面に近かったから良かったものの……」

「私なんてお尻にも青アザができて、座る度に痛いのなんのって。なんなら証拠に見せましょうか?」

「蒙古斑付きのケツになんか興味ねぇよ」

「もうこはんと言えば、もうごはんの時間っスねェ……。では!」

 ノーラは顔を上げてわざとらしく太陽の位置を確認すると、馬のお尻を叩いて急かすようにリンスプーの背中を叩き、さっさと地面に下りていってしまった。

「私も先に下りて、待っててあげるわよ。アンタが顔面から落ちてくるのをね」

 チルカはノーラに続いて地面に下りていったが、ニタニタとした笑いは残像のようにリットの視界に残っていた。

 光の階段に残された二人に沈黙が流れるが、気まずさを押し切るようにマックスが口を開いた。

「しかたないじゃないですか……。空を飛ぶのにも慣れていないのに、人を乗せてゆっくり下りるのは大変なんですから」

 マックスはすねたように語尾を強めた。

「光の階段も慣れてねぇ、飛ぶのも慣れてねぇ。オマエは天使族の自覚があるのか? 自分は天使ですって自己申告でなれるなら、ボケたじいさんだって天使になってるぞ」

「教えてくれる人がいなかったんです。母さんは地上では必要ないと、しっかりとは飛び方を教えてくれなかったですし」

「羽の伸ばし方も、教わってるくせに身についてねぇしな」

「別に教わってませんよ」

「親父の背中を見て育ってきたんだろ。しょっちゅう羽と鼻の下を伸ばしてた」

「そういうところばかりを見て育ったわけじゃないです。本当、たまにはとても凛々しかったり……。たまには……」

 ゴニョゴニョと消えゆく言葉とため息と一緒に肩を落とすマックスの背中に、リットはおぶさった。

「このまま光の階段が消えて真っ逆さまより幾分マシだ」

 リットが肩を叩くと、マックスは光の階段から飛び出した。


 マックスが羽ばたき始め、地面との距離が半分ほどに縮まったところまでは、景色はゆっくりとスクロールされていったが、そこから急に異変が起きた。

 空中で溺れるように、背中の左右の翼がはちゃめちゃに動き出した

 リットの体もマックスの暴れる腕で何度も叩かれる。

 それでも持ち前の筋力で粘り、木の高さまでは落下することなく下りてきた。

 しかしそこからは、熟れた木の実が落ちるように、為す術なくリットもろとも地面に落ちてしまった。

 幸い二人とも頭から落ちることはなかったが、リットは薄い草の上に腰を打ち付けてしまった。

「いつになったら信頼に応えんだよ、オマエは……」

 リットは左手で痛む腰をさすりながら、あいた右手を地面につけ、ゆっくりと上体を起こした。

「そういうことは信頼をしてから言ってください……」

 マックスもゆっくり上体を起こす。丈夫な体のおかげか、リットよりも平気な表情をしている。

「惜しいわね……。八十点よ」

 そう言ってチルカは、リットの右手付近にある小さな円の中心に足を下ろした。

 リットが自分の周りを見渡すと、小さな足で踏みならして作られた円が何重にもなって広がっていた。

「歯の一本でも折って、鼻血でも垂らしてたら芸術点をプラスしてあげたけど、こんなつまらない落ち方はむしろマイナスね」

「マイナスでもなんでもいいから肩を貸せ」

 リットはズキズキと痛む腰に顔を歪ませながら、チルカに向かって手を伸ばした。

「アンタねぇ……弱ってれば私が優しくするとでも思ってるの? だいたい、アンタに肩を貸せば私が潰れるわよ」

「だからそう言ってんだよ。こっちは動けねぇんだから、そっちから潰されに来いってんだ」

「弱点丸出しの顔で、よく悪態をつけるわね……」

 チルカは思いついた顔でリットの膝の上に足を下ろし、小石でも蹴飛ばすように膝を蹴った。。

 リットはいつのものように手で払おうとするが、手を伸ばそとした瞬間に腰に痛みが走った。

 そうして手の動きが止まると、チルカは勝ち誇った笑みを浮かべる。

「もう……痛いんだったらおとなしくしていてください。大丈夫ですか?」

 マックスはしゃがむと、リットの肩を抱いて立ち上がらせた。

「痛ぇよ、もっとゆっくり立ち上がらせろ」

「はいはい、右足から前に出しますよ」

 マックスは肩を抱いたまま、リットに歩幅を合わせてゆっくり歩きだす。

 二、三歩歩いたところで、リットは急に足を止めた。

 リットは「……なに見てんだよ」と、顔の真横を飛ぶチルカを睨みつける。

「なにって、アンタが老いぼれ爺さんになった未来の姿を見てるのよ」



 しばらく歩き、周りに木もなくひらけた場所にノーラとリンスプーの姿があった。

 既に枯れ枝を集めて焚き火をしていた。

「よかったスねェ」

「なにが良かったんだよ」

「だって、私がマックスの背中に乗ってたら、その姿は私だったんですぜェ。だからよかったっス」

 ノーラは木が朽ちて倒れ、自然にできた切り株の表面を叩いて、そこにリットを座らせた。

 リンスプーは焚き火に薪を焚べながら、腰を押さえて座るリットを表情を変えずに見て、「その様子では、食料集めもできなさそうだな」と立ち上がった。

「元々全員で集めるもんでもねぇだろ。そこらじゅうに生えてる」

「薪を探してる時に気付いたんだが、ここにはあまり食べられそうなものがない。浮島には有用資源がないから、仕方ないと言えば仕方ない。丸葉があるから飲水の心配はいらないがな」

「自分の食べ物くらい自分で探してきますから大丈夫っスよ」

 ノーラは「旦那はここでゆっくりしててくださいなァ」とリットの背中を叩こうとしたが、すんでのところで「おっとっと」と手を止めた。

「手を止めたのは上出来だ。あとはオレの分の食い物を探してくるって言えば完璧だったな」

「大丈夫ですよ。兄さんの分も探してきますから。焚き火の番でもしててください」

 そう言って、草の下の土を踏む音を鳴らしながらマックス達は食料を探しに行った。


 腰をかばって座っているせいか、リットの視線は自然と下へと向いている。

 平たい草が、風に吹かれて波を作っていた。

 しばらくはそれをただじっと眺めていたが、気付くのと同時に痛む腰を上げてその草を摘んでいた。

 手で簡単に切れる草は、切り口から青臭い草の汁を出す。

 リットが気付いたのはそのことではなく、葉の薄さだった。

 いつもなら浮遊大陸の多肉質の葉がクッションになって、体に青アザができるくらいですんでいた。

 しかし、今いる浮島は硬い土の感触がダイレクトに体に伝わってきた。

 リットは顔だけを上げて、周りの景色を見た。

 相変わらず見慣れない変わった植物ばかりが生えているが、懐かしいとも思えるような地上の植物もいくつか生えていた。

 リットが少し視界を広げようと、目をこすってから遠くを見ると、花が飛んでいた。

 その花はチリンと鈴のような音を立てながら近付いてくる。

 もっと近付いてくると、鼻歌まで聞こえてきた。

 更に近付いてくると、一本の花茎から鈴の形をした小さな茶色の花がいくつも咲いているのが見えた。

 その花の隙間からチルカが機嫌よそさそうに顔をのぞかせた。

「元は地上にあった植物よ。アンタは知らないでしょうけどね」

 確証はないが、リットは鈴のような音がする植物に聞き覚えがあった。

「『オーケストラベル』だろ?」

「アンタ……本を読むのやめなさいよ。なんかムカつくから」

「本で知ったわけじゃねぇよ。グンヴァが言ってたんだ。ディアナのティアドロップ湖にはオーケストラベルって鈴みたいな音が鳴る花が咲くってな。でも、ウィルに調べさせたら、浮遊大陸には咲いてねぇってことになってたんだけどな……」

「やぁね、男ばっかりで集まって花の話ばっかしてたの? 蚊が花の蜜を吸うより滑稽よ」

 チルカは持っている花茎を振って、リンリンと小さい音を鳴らしながら言った。

「秋の鳴き虫を誘って、受粉するって言ってたな。浮遊大陸には虫はいねぇんだよな」

「なに、アンタそんな簡単なこともわからないの?」

 チルカはさっきよりも大きく花茎振って、自慢気に音を響かせる。

「自分はわかってるみたいな言い方だな」

「そんなの簡単よ――」

 チルカが得意気な顔で説明をしようと、花茎を高く掲げた瞬間。天使ではない翼の音が、チルカをめがけて飛んできた。

 チルカはくちばしから逃れると、「勘違いしてんじゃないわよ! ボンクラ!」と、自分より一回り大きな鳥に向かって叫んだ。

 鳥は再び飛んでくるが、チルカが手に持っている花茎で思いっきり頭を叩くと、悲痛な鳴き声を残して遠くに飛んでいった。

「どう……? わかっ……た……?」

 鳥を追い払ったチルカは、息を弾ませながらリットに向き直った。

「妖精の狩りの仕方がか?」

 チルカはしばらく息を整えるために黙ってから、おもむろに口を開いた。

「妖精は鳥なんか狩って食べないわよ。アホだから虫の声と勘違いして、この植物を食べに来るんでしょ」

 チルカの持っている花茎についているのは、ホオズキのように花の萼が袋状に発達したものに見える。

 リットが厚めの硬い袋を爪で割ってみると、中にあるさらに硬い種のようなものがぶつかりあう時に鈴のような音が鳴っていた。

「浮遊大陸で変異したのか」

「そうでしょうね。花蜜がないところを見ると、風の力で受粉する風媒花に変異したんじゃない? だから音で鳥を誘って袋を破かせるんでしょ。風に飛ばされやすいように。袋状の花は地上にもたくさんあるけど、袋になった花なんて珍しいわね」

 チルカは腰をかばうようにゆっくりしゃがむと、リットが破った花袋の破片を手に取った。

 花袋の内側には花粉がびっしりとついている。

「本当にオーケストラベルなのか?」

「アンタ、森の妖精舐めんじゃないわよ。変異くらいしたって元の植物くらいわかるわよ。音が響くようにツルツルした花びらなんて他にないもの」

 リットは太陽によく透かしてオーケストラベルを見た。

 花袋は花びらが重なってできた跡があり、破けた花の内側を触ってみると作り物の鉄のように滑らかだった。

「もう一つ聞いていいか?」

「なによ。まず大げさに感心してから、聞きなさいよね」

 チルカは足の裏を擦るようにして、なるべく上半身と下半身がずれないようにしながら、ゆっくりと体をリットに向けた。

「腰どうしたんだよ」

「アホ鳥が急に襲ってくるから、変にひねったのよ……。なによ、文句ある? なに見てんのよ……」

 チルカは持っていた花茎を杖のようにして地面についていた。

「なにって、オマエが老いぼれ婆さんになった未来の姿だ」






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