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ランプ売りの青年  作者: ふん
闇の柱と光の柱編(下)

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第十四話

 カッカの実に少なめにサァの実を混ぜて紫にした果汁に、透明な緑のフレークシードの種をたっぷり入れる。

 フレークシードとは、良い言い方をするならキャビア、悪い言い方をするなら蝶の卵のような形の種が中に入った果実だ。

 そして、トワイホワイトの一種である、レインクラウドというほろ苦い味のする灰色の綿のような繊維をたっぷり乗せる。

 エージリシテンの宿に戻ったばかりのリットに、チルカから出されたのがそれだった。

「チルカちゃんスペシャルブレンドよ」と満面の笑みを浮かべている。

「……毒を飲ませる気か?」

 リットはコップに入った、死んだ沼の奥底からすくってきたような飲み物に顔をしかめた。

「チルカちゃんスペシャルブレンドだって言ってんでしょ」

「だから毒だって言ってんだろ」

「せっかくアンタにも飲ませて、私の凄さでひれ伏せさせようと思ったのに。もう泣いて頼んだって飲ませてあげないから。ノーラ、飲んでいいわよ」

 チルカに言われたノーラは慣れたように枝を咥えると、ズズッと音を立てて飲み始めた。

「んなもんを飲んだら、腹が変な音を立てて鳴くぞ」

「美味しいっスよ。特にフレークシードのパキョパキョっと弾ける感触が」

「もう既に不気味な声で鳴いてんじゃねぇか……」

 リットはノーラの変な擬音を聞いてさらに顔をしかめると、テーブルに置いてあった丸葉の上部を切り、中の水を飲み始めた。

「本当アンタって物の価値がわからない奴ね。パープルウォーター。サァ多め、クラウドはシープにして、マウンテンでって知らないの?」

 チルカはただの水を飲むリットを見て、つまらなさそうに眉をひそめた。

「それは知ってる。魚の死体が浮いてる池の水みたいな色はしてなかったけどな」

「だからブレンドだって言ってんでしょ。バカみたいに同じものばかり飲んで何が楽しいのよ」

「でも、流行りってのは美味しいから流行ってるんですぜェ」

 ノーラはチルカがブレンドしたジュースを飲み終えると小さなゲップをした。

「まぁ……認めるわ。地上の果実にはない珍しい味だものね」

「珍しいと言えば、旦那が流行りものを知ってるとは珍しいっスね」

「押し売りの被害だ。知りたくて知ったわけじゃねぇよ」リットはベッドの上にあるチルカの荷物をどかすとそこに座り、マックスの荷物がないことを確認した。「それより、マックスはいつ帰ってくんだ?」

「知りもしないわ。アンタがリンスプーと乳繰り合ってる間に出て行ったことは確かだけど」

「あのなぁ、乳は繰り合うもんじゃなくて揉むもんだし、尻は撫でるもんだ」

「……アンタ真顔で何言ってんのよ」

 チルカは目を細めて、瞳に軽蔑の色を浮かべた。

「旦那と違って島を移動してますし、マックスはまだまだかかるんじゃないっスかァ? で、旦那は目の前にある街で長いことなにやってたんです?」

「家庭の事情に首を突っ込まずに、ことを運べるか考えてた」

「そりゃあ、難しい話ってなもんですよ。家庭の事情ってのは枯葉の上を歩くのと一緒ですぜ。静かに歩こうとすればするほど音が鳴るってやつっスよ」

「じゃあ、走り抜けるか」

「それじゃあ、余計に音が鳴りますよ」

「どっちにしろ音が鳴るじゃねぇか」

「だから、難しい話なんスよ。で、どの辺まで突っ込んだんスか? 眉毛あたり? 耳? 唇くらいまで突っ込みました?」

 ノーラは人差し指をリットの唇に押し付けた。

 ノーラのからかい半分の詰め寄りに、リットは鼻の頭をかいてからこたえた。

「向こうの顔が見えるくらいまで突っ込んだ」

「じゃあ、もう首を突っ込んでんじゃないのよ。その酒臭い顔を壁の穴に突っ込まれて覗かれたなら、その家族もいい迷惑よね」

 チルカはわざわざリットの目の前まで飛んで来ると、呆れたと肩を大きくすくめて見せた。

「オレが首を突っ込むのはそれほど問題じゃねぇよ。親父が別の首を別の穴に突っ込んだんことに比べりゃな」

「最低ね……。ドン引きよ……その例え」

「引いたんじゃねぇ、押し倒したんだ」

「アンタもあの男の血が流れてるのよね……。私のことを押し倒したら、噛み切るわよ」

「押しつぶすの間違いだろ」

 リットがもうひとつ嫌味でものっけてやろうとしたところで、目の前に木目のような焼き色がついたパンがチラついた。

「そうそう、押しつぶすで思い出しました。薪パンいります? 旦那の分もあるんスよ」

 リットはノーラから受け取った薪パンに違和感を感じ、それでベッドの脚を叩く。

 木で木を叩いたように、ゴンゴンという硬い音が響いた。

「これで家の修理でもしろってか?」

「わかります? 思い出すってことは忘れてたってことっスよ。忘れられたパンってのは、等しく硬くなるもんス」

「よくオマエが食い物を忘れるほど買う金があったな」

 部屋の隅には、カッカの実を飲む時に使う葉っぱで出来た大きなコップがいくつも重ねられて置かれていた。既に何杯も飲んだあとだ。小さいコップはチルカで、ノーラ以上に飲み終わったコップが積まれていた。

 他にも浮遊大陸でとれる独特な膨らんだ形をした果実や野菜や、鳥を食べた後の骨の残骸など、リットがノーラに渡したお金だけでは、とても全てを買えそうにない量だった。

「アンタが帰ってくるのが遅いからでしょ」

 チルカがおつりと思われるお金を、投げてリットによこした。

 受け取ったリットは、透けるはずのないコインを陽の光に透かすように持って見た。

「やりやがったな、こそ泥妖精」

「別に全部は使ってないわよ。アル中の千鳥足にはこたえるだろうから、財布を軽くしてあげたのよ」

「それ、人に言われるとすげぇムカつくな……」

「半分も使ってないから安心してくださいな」

 ノーラは硬くなった薪パンをテーブルで叩き割ると、欠片を口の中に放り込んだ。

「当たり前だ。半分以上使ってたら、帰りはここから飛び降りて家にかえることになる」

 リットも飛んできた大きめのパンの欠片を口に放り込む。

 硬いといっても、元々が薄いパンを巻いて丸めたもので、生地には層があるため、歯に当てると枯れ葉のように崩れた。

 生地に練りこまれた蜜の甘い味が、カリカリとした層が崩れる度に口に広がっていく。

「そんなことしなくても、マックスの光の階段で帰れますって。なんなら旦那も祝福を受けに行ったらどうです? もしかしたらあるかもしれませんよ」

「そうよ。行ってきなさいよ。アンタのは地獄への階段が開かれるかもしれないわよ」

 チルカはフレークシードの種をほうばりながら、バカにしたように笑った。

「なら、地獄への道はキレイに舗装しておいてやるよ。オマエが渡ってきやすようにな」

 そう言うとリットは、服についたパンくずを払うことなくベッドに背中を預けた。



 リットがエージリシテンの街に帰り着いた頃。

 マックスはいくつもの島を渡り、キュモロニンバスの天空城がある『加護の島』に来ていた。

 山の頂上を切り取ったような坂だらけの島のてっぺんに、誰かがそっと置いたように城が佇んでいる。

 人の姿はなく、マックスは坂をのぼっている間、言いようのない不安に憑かれていた。

 初めての一人旅というせいもある。相談する相手もいなく、全て自分で決めなくてはならない。正解、不正解の判断がずっと宙に浮いたままだ。

 何事にも白黒をつける性格のマックスには、それだけで心の重荷になった。

 それだけではなく、今まで絶え間なく人がいたディアナの城。浮遊大陸に来るまではリットとノーラとチルカ。常に親しい誰かと一緒にいたせいで、人の匂いがしない道を一人歩くのは心細く感じていた。

 遠くに見えていた城の全貌が、一部分だけ見えるような距離になると、ようやく緊張の呼吸から安堵の呼吸へと切り替わり始めた。

 城の形がどうあれ、人が作ったものに出会ったからだ。

 マックスは額の汗が地面に数滴落ちるのを見送ると、中に入る前に城を見上げた。

 心にわずかばかりの余裕ができるだけで、この城が異様だと言うことに気付いたからだ。

 城門を通った覚えもなければ、侵入者を見張る塔もない。ただ四方を囲む高い城壁がそびえ立っているだけだった。

 そして中に入ると、それも間違いだとわかった。

 部屋は城らしく無駄にだだっ広いが、一つしかない。左右に壁はなく、ところどころ虫に食いちぎられたような歪んだ格子の影が伸びていた。

 部屋全体が、火の明かりでもなく、宝石でもなく、ガラスでもない、細やかで鋭い輝きに包まれている。

 マックスが思いの外響く自分の足跡を引き連れて歩いていると、その足音にずれてもう一つ足音が響き始めた。

 布をフードのように被って現れた女性に、マックスは一瞬ヘル・ウィンドウの地下洞の白装束のことを思い出して体をこわばらせたが、近付いてきた女性がフードをとって顔を見せたことによって緊張を緩めた。

「ようこそキュモロニンバスの天空城、星屑の間へ。といっても、部屋は一つしかありませんが」

 女性は軽く部屋を見渡すように首を左右に動かすと、笑顔を浮かべた。

「あの……祝福を受けに来たのですが」

 マックスも同じように部屋を見渡す。星屑の間と呼ばれたこの部屋に物は何一つなく、床に魔法陣のようなものもない。

「そうですか、ずいぶん時期外れですね」

「最近、浮遊大陸にきたばかりで……。ダメでしょうか?」

「それでは、まず」と、女性は自分の胸に右手を置いた。「空なる大地のもとへ、おかえりなさい」

 マックスもマネをして、ぎこちなく胸に右手を置く。

「えっと……ただいま、帰りました」

「そんなに固くならなくてもいいのですよ。どこで生まれようと、浮遊大陸は天使族の故郷の一つ。ならば最初の挨拶はおかえりなさいと決めているのです。さぁ、祝福を捧げましょう。中央に立ち、目をつぶるのです」

 マックスは言われたとおり部屋の中央に立って目をつぶる。

 マックスが目をつぶると、まぶたの上に女性の手が置かれた。

 そして、「闇の中の光を見付けなさい。光の道を辿る者よ。導きは天という点の中に」という言葉とともに、まぶたに置かれた手が離れる。

 すると、マックスのまぶたの中に無数の光の点が現れた。

 これから何が起こるのだろうと、期待と不安で心臓が脈を打つ中、「終わりました」という拍子抜けする短い言葉が聞こえてきた。

 目を開けると、まぶたに映った光の正体が飛び込んできた。入る時に見た、輝く壁や床の光だった。

「この、光が祝福ですか?」

 床の光を見つめるマックスに、女性は首を振った。

「いえ、このキュモロニンバスのお城まで歩いてくることで祝福を受けるのです。お城までの道は、『はじまりの地』の土で作られています。それを踏みしめ、歩いてのぼってくることが祝福を受けるということなのですよ」

「はぁ……」と気の抜けた返事をするマックスを見て、女性は話を続けた。

「キュモロニンバスのお城までの坂道は、光の階段の角度と一緒なのです。この坂道を歩く感覚こそが、光の階段を作るということなのです。決して怖がらずに。空はあなたを優しく受け止めてくれます」

「これで終わりですか?」

「えぇ、不満ですか?」

「いえ、お城ということだったので、手続きや準備でもっと長くかかるかと思っていたので」

「『加護の島』というのは百年にも満たない新しい名前。元々は『籠の島』という名前でした。ここも天空城と呼ばれていますが、役目は鳥籠だったんですよ」

 女性が歩いて壁に向かったので、マックスもそれについて歩いた。

「お城としては使っていなかったんですか?」

「浮遊大陸は『はじまりの地』という一つの大陸でした。このお城がある島もなかったんです。加護の島は元々浮遊大陸ではなく、浮島でしたが――」女性は石壁に手を添えた。「これが何かわかりますか?」

 輝く壁は、スリー・ピー・アロウの鉱石が混じった石とは違う輝きをしている。

 瞬きのように消えたり光ったりしていた。

「星空みたいですね」

 マックスが言うと、女性は優しく頷いた。

「焦げ跡なんですよ。これは転生の炎で焼かれた壁。フェニックスは星空を残して飛んでいきました。決して闇に消えることのない、無限の命を持った星空を」

 女性が壁の一部を手で包むと、指の隙間から光が漏れた。

「さぁ、覗いてみてください」という言葉とともにマックスの手を握り、覗き穴以外の指の隙間を手で埋めた。

 マックスは重ねた手から伝わる女性の体温に顔を赤らめながらも、一箇所だけ開けられた指の隙間から壁を覗いた。 

 手で覆われた闇の中に反射はなく、鉱石の類ならば光は消えるはずだが、壁から光が生まれるように輝いている。

 まるで、手にすくった星空を見せられているようだった。

「ここは星空に一番近い場所。はじまりの地の次に神聖な場所になったのです」






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