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ランプ売りの青年  作者: ふん
闇の柱と光の柱編(下)

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第四話

 島とは、海岸や崖に囲まれたものだが、目の前にある島は森に囲まれていた。

 森の一部を切り出したように、見える範囲全てが森だ。島の縁から落ちないように、端の木の根が何重にも絡み合っている。

 ツタの橋は、そんな森の中まで続いていた。

 橋の終点は森の中。そびえる塔の横だ。

「お友達を連れて帰郷ですか?」という女性の声は、塔の上から聞こえてきた。

 リットが塔を見上げると、下着が食い込んだ丸々とした大きなお尻が、ものすごい勢いで落下しているのが見えた。

 避ける間もなく、リットは大きなお尻に踏み潰された。

 落ちてきた天使は悪びれる様子もなく、「いやー、セーフですね」と安堵の声を漏らす。 

「いや……アウトだと思いますが……」

 マックスは、地面を叩いて助けろと合図をするリットを天使のお尻の下から引き抜いた。

 助けられたリットは、顔のあちこちを触ってどこが痛むかを確認する。

「鼻、曲がってねぇか?」

 リットが一番痛む鼻をつまみながら聞くと、チルカは鼻を鳴らして笑い返した。

「大丈夫よ。元から、曲がってても気付かないような顔じゃない。鼻血が出てるけど、まぁ似合ってるわよ」

 リットが鼻の穴に指を入れて確認すると、爪の先に僅かに血がついていた。

「おいおい、すげえ量の血じゃねぇか。どうしてくれんだよ」

 リットが大袈裟に言うと、マックスが隣りで呆れたようにため息をついた。

「兄さん……山賊みたいに、いちゃもんをつけるのはみっともないですよ」

「なにがいちゃもんだ。とりあえず飯と酒でも出してもらわねぇと割に合わねぇよ」

「それがいちゃもんですよ……」

 天使はしばらく悩んでいたが、急ににっこり微笑んだ。

「ようこそ、ハズレジマへ。大陸の外れという意味ではなく、何もなく、皆さん口々に「ハズレを引いた」と言うことから、そう呼ばれています」

 夏雲のようにふわふわ膨らんだ白い髪を揺らして、天使が頭を下げた。

「今言うことじゃねぇだろ」

 リットの睨みにも反応せず、天使は笑みを深めた。

「そうですね。自己紹介が先でした。『ロール・コレスト』です。ツタ橋の塔の管理をしています」

「そうじゃねぇだろ。こっちは、そのでかすぎるケツに潰されたんだぞ」

「あらー、曲がったのはお鼻じゃなくて、おへそみたいですね」

「天使なら飛び降りるんじゃなくって、飛びながら降りてこいよ」

「飛びましたよ。そうして落下の速度を落とさないと、首の骨が折れて死んじゃってますよ」

 ロールは小さな翼を見せつけるように動かした。

 実際に翼が小さいわけではなく、マックスと同等の大きさがあるのだが、丸々と膨らんだ体のせいで小さく見える。

「落下って言ってんじゃねぇか……。もういいから、話が通じる奴を紹介してくれ」

「じゃあ、とりあえず休憩できるところに案内しますね」

「……話を聞いてるか?」

「ちゃんと聞いてますよ。休憩所にもう一人いますから」



 ロールに続いて森奥まで行くが、土は見えなく、ぷっくりと膨らんだ多肉質の小さな葉が、地面を埋め尽くすように生えていた。絨毯を踏んでいるかのような柔らかな感触は、下の世界の森を歩いていれば体験することはなかっただろう。

 枯れ葉が積もる秋でも、雪が積もる冬でもこんな感触はない。

 濃い緑の草の広がりに、ライム色の草がまっすぐ道を作っている。

 その上をロールは裸足で歩いてた。

「なんか、靴を脱いだほうが気持ちよさそうですねェ」

 ノーラは言いながら靴を脱いで、素足を草の上に下ろした。

 想像していたよりも硬かったが、それでも柔らかいことには変わりない。

「よく、得体のしれないものを素足で踏めんな」

「崩れない煮豆の上に立っているみたいっス」

「例えがよくわからねぇよ……」


「賑やかなお友達ですね」

 先頭を歩くロールが、すぐ後ろを歩くマックスに声を掛けた。

「いえ、一人は兄です」

「あら、ご兄弟でご帰郷ですか?」

「恥ずかしながら、下の生まれですので、浮遊大陸に来るのは初めてのことです」

「あらあら、それで靴を履いているんですね」

「天使族は履かないものなんですか?」

 マックスはロールのむっちりとした太い足を見る。靴を履いていたような跡もなかった。

「えぇ、浮遊大陸の草は、みんなこんな感じに膨らんでますからね」

 細長い葉から丸い葉まで、様々な種類の草が生えており、そのどれもが小指の爪ほどの大きさだったが、すべて多肉質の葉だ。

「てっきり、歩く必要がないから裸足なのだと思ってました」

「あらあらあら、そういえば皆さん飛んで移動してますね。でも、歩いたほうが健康的ですよ」

「健康的……ですね。そうですね。僕も歩くのはいいことだと思います」

 マックスは失礼に当たる言葉を飲み込んだが、リットは飲み込むことなく、野次混じりに言葉を飛ばした。

「健康って言葉まで、飯に混ぜて食いそうな体型でよく言うよ」

「兄さん!」

 マックスは咎めるように大きな声を出したが、ロールは気にした様子もなく、にこやかに笑っている。

「確かにちょっとぽっちゃりしてますね。なにもないハズレジマですから、食べて、また食べて寝るしかすることがないんですよ」

「おォ、理想郷はここにありましたか」

 ノーラは「やんややんや」と口に出して喝采を送る。

「いいか、マックス。男が今まで三人と寝たって話をすれば一人と寝たってことだし、女が今まで一人と寝たって言えば三人と寝たってことだ」

「だから、なんなんですか……」

「覚えとけ。男はなんでも大きく言う。足のサイズとアソコのサイズとかな。女は逆だ。なんでも小さく言う。乳以外はな」

「なにを言いたいんですか……」

「あれはぽっちゃりじゃないぞ」

「……同意させて、僕をハメようとしてませんか」

「酒場がなくて暇なんだよ。そろそろ交流のもつれが見たい。酒場に行きゃすぐに見れたのによ」

「そんなものを見たがる変わり者は兄さんだけですよ」

「この森ほど変わってねぇよ」

 足元の草だけではなく、生えている木も下とは違っていた。

 水を溜め込むように根本が大きく膨らんだ木は、東の国で見た徳利に形が似ていた。葉は天望の木で見たような丸葉ではなく、細い幹の先端から伸びた枝から、薄く長い葉が生えている。

 リットは試しに木の葉を手でちぎってみたが、中に水を溜め込んでいるわけではなかった。

「下に生えてる草も、水を溜め込んでるわけじゃなさそうだな」

「溜め込んでるわよ」と、チルカが割って入る。「肉厚な植物は、葉に水を溜め込む機能に優れていて乾燥に強いのよ。水をそのまま溜め込む、あの丸葉が特別なのよ」

 この話が聞こえたのか、ノーラと食べ物の話で盛り上がっていたロールがいきなり振り返った。

「お水が飲みたければ、天望の木と同じ丸葉を探してください。ツタを巻いて木にぶら下がってますから。間違っても、傷んでる葉の水を飲んじゃダメですよ。中の水も傷んじゃってますから」

「そりゃ、ありがとよ……」

 リットは見つけた丸葉から手を離した。一部が黄色く変色していたからだ。

 それを避けて、緑の丸葉を取るとナイフで穴を開けた。

「ところで、さっきから食い物の話をしてるけどよ。天使は果物や草以外も食うのか?」

「食べますよ。天使はエルフや妖精じゃないんですから。海や川がないので、魚はとれませんが、島の下を飛ぶ鳥を網で取るんです。漁業ならぬ、鳥業ですかね」

「そういえば、オマエも肉を食うもんな」

 リットがマックスを見ると、マックスは複雑な顔をしていた。

「たしかに僕は食べますけど、この話を信じていいのかどうか……。本当は食べてはいけなかったのではないかと……」

「このちゃらんぽらん天使の話が嘘っぽいのは認める。でも、天使だって抱いて抱かれてガキを作るし、酒を飲んで屁もこく。肉くらい食うだろ」

「家族以外の天使族に会ったことがないので、妙に崇高なイメージを持ってしまって……」

「マックスの家族の天使族って、ママさんのミニーだけっスよね? ミニーってどっちかというと、旦那とかローレンに近い性格をしてませんかね」

 ノーラは、酒を飲み人の情事にちょっかいをだすミニーを思い出しながら言った。

「僕は天使族って酔ってんでしょ。要はナルシストよ。あの馬女と家族なだけあるわね」

 チルカに言われ、マックスは口をつぐんだ。

「そう、思い詰めて黙るな。虫の羽音をいちいち気にしてたら、森の中なんて歩けねぇぞ」

 リットがからかうようにマックスの肩を叩くが、マックスは静かにその手を払った。

「ほっといてください。思い当たる節があって落ち込んでるんですから」

「それもまたナルシストだと思うんだがな。そういえば、虫で思い出したが、ここにはチルカ以外の虫を見ねぇな。森だってのに」

「いいかげん、虫と私を結びつけるのはやめなさいよ。でも、確かに虫の声は聞こえないわね」

 チルカがそう言うと、リットはやっぱりと目を細めてチルカを見た。

「なによ……仕方ないでしょ。私は虫の声がわかるんだから」

「虫はいませんね。浮遊大陸では鳥が花粉を運ぶ鳥媒花が基本ですから。だから、匂いが強い花が多かったり、派手な色のお花が多かったりするんですよ」

「そうでもねぇだろ。そこら辺に生えてる花は地味なのが多いぞ。あれとか」

 リットは茎が伸びて、他より高く顔を出している白い花を指した。

「あれはタダの葉っぱですよ。お花だったら匂いがしますから。多肉質の葉っぱは短いものが多いから、よく花びらと間違われるんですよ。他が濃い緑のせいで白っぽく見えますけど、よく見ると薄い緑なだけです。緑は基本は葉っぱです。浮遊大陸のことをあまり知らないようですけど、なんのご用事なんですか?」

 聞かれてリットは困った。たしかに目的はあるものの、頭に浮かぶ言葉がうまく組み合わさってくれない。

 結局口から出た言葉は、曖昧なものになってしまった。

「何を知りたいか知るために、中心地に行く予定だ」

「あらあら、なぞなぞですか?」

「違う。ディアドレのこととか、色々あるけどうまくまとまってねぇんだ」

「あら、休憩所が見えてきましたよ」

「聞いたんなら、最後まで聞けよ……」



 ロールが休憩所と呼んでいるのは家だった。

 木の壁にツタが這い、葉が成長して、緑の壁が出来ている。

「浮遊大陸では石があまりとれないので、木造なんですよ」

「スリー・ピー・アロウとは逆だな」

 リットは石や土で作られたスリー・ピー・アロウの家を思い出しながら言った。

 中に入ると、半壊した家だというのがわかった。緑でできた壁が、そのまま崩れた壁の代わりをしている。屋根も同じように、半分ほどツタと葉で代用されていた。

 雨が降らない雲の上でなければ、とっくの昔に全壊していたであろう。

「雲の上と地面の下ですからねェ」

「もう一人はどこにいるんだ? ここが休憩所だろ?」

「あらー? どこかに行ってしまったみたいですね」

 ロールはテーブルまで案内してリット達を椅子に座らせると、「どうぞ」と籠に入った果実をテーブルに置いた。

「もう一人も天使族なのか?」

「そうですよ。リンスプーちゃんと言って、働き者なんですよ」

 ロールは束ねてあった枝から一本取り出すと、それを適当な長さに切ってテーブルに並べた。

「怠け者がいるから、働いてるんじゃねぇのか?」

 リットは椅子に腰掛けてすっかり落ち着いたロールを見るが、ロールは「そうかも知れませんね」とニコニコ笑うだけだ。

「アンタ、人よりテンポがずれてるって言われねぇか?」

「ロールです。ちゃんと名前で呼ばないとダメですよ。私はリット君よりずっと歳上なんですから」

「……ロールは頭の中が雲と一緒で、中身がねぇって言われねぇか?」

「そうです。ロールです。よく言えました」

 ロールは肉付きの良いやわらかい手で、リットの頭を撫でた。

「おい、チルカ。コイツの鼻の穴の中に入れよ。そうすりゃ、鼻から息を抜いたような喋り方もやめるだろ」

「そうよ。私はチルカよ。よく言えたわね」

 チルカはバカにした笑みを浮かべると、枝でリットの手の甲を撫でた。

「頭を撫でられるのはお嫌いですか?」

「そのまま頭を握られて、果物と間違えられて食われそうだからな」

「そうだ」とロールはリットの頭から手を離すと、今の話題とは関係のない、自分の喋りたいことを喋り始めた。

「この果物の食べ方はわかりますか?」

 ロールは籠に積まれた果物を指した。

「少なくとも、かぶりつくものではないことはわかりました」

 そう言ったノーラは、手と口を果汁でベタベタに汚している。

 指には、破れた果実の薄い皮が引っかかっていた。

「あらあら、これはですね。この枝を刺して、吸い上げるんですよ」

 ロールは先程配った枝を持ち上げると、その先端を皆に見せた。

 枝の芯は空洞になっており、そこから中の果汁を吸い上げて飲むものらしい。

 試しにリットが枝を刺してみると、皮とわずかな果肉を突き破る感触の後、枝の先端から果汁が垂れてきた。

 口をつけて吸い上げると、リンゴとオレンジが合わさったような、甘酸っぱい味が舌に広がった。

「思ったより、味が濃いな……」

「熟してますから。まだ皮が硬いうちに収穫して、皮が薄くなるまで置いておくんです。皮の薄さは糖度の証しなんですよ。本当は、手で持てなくなるギリギリの皮の薄さがいいんですよ。頬がとろけるような甘さになるんです」

「そんなのばっか飲んでるから、飛べなくなんだよ」

「甘いのが苦手なんですね。皮が硬いまま切って、炒め物にもできますよ」

「別に苦手ってことはねぇけどよ。かえって喉が渇く」

「好き嫌いがないのはいいことですよ。偉いですね」

 ロールはよしよしとリットの頭を撫でる。

 リットはその手を乱暴に払いのけると、飲みかけの果実をノーラに渡した。

「いらないんスか?」

「言っただろ。喉が渇く」

「なら、遠慮なく」

 ノーラは果実を受け取ると、ズーッと汚い音を立てて飲んだ。

「前から気になっていたんですが……注意しないんですか?」

「何をだ? 背も尻も成長しないで、ちんちくりんでいる罪か?」

「違いますよ、音を立てて食事をすることですよ」

「子育てしてるわけじゃねぇのに、いちいちそんなこと気にするか。鼻から麺でもすすりださねぇかぎり……いや、それはそれで面白いから注意しねぇな」

「そうそう、旦那がそんなのをいちいち注意するタイプなら、私はあの家にいませんて。いいですか、マックス。お城を出れば誰でも一般人。一般人っていうのは、食事のマナーなんて二の次なんスよ。一番はお腹いっぱい食べることっス」

 ノーラが持論を講釈する前では、テーブルの上でチルカが癇癪を起こしたように大声を張り上げていた。

「あーもう! どうやって飲めばいいのよ! 顎でも外せっての?」

 チルカにとっては枝は太すぎたらしく、咥えることができず苛ついていた。

「頭でも突っ込んで飲めよ」

 リットは来る途中に切った丸葉の水を飲みながら言った。

「そんなことするくらいなら、アンタにあげるわよ!」

 チルカの投げた果実はリットの顔の横を通り過ぎ、今入ってきたばかりの天使の顔に当たり、果汁を撒き散らした。






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