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ランプ売りの青年  作者: ふん
闇の柱と光の柱編(下)

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201/325

第一話

「はてさて……何十日くらい経ったんスかねェ」

 ノーラの声には疲れが滲んでいた。

 根避けの明かりもなく、街の明かりもない。天望の木の樹洞の道は朝も夜もないので、スリー・ピー・アロウよりも暗かった。

 そんな暗い中を延々と歩き、歩き疲れたら仮眠を取っているせいで、だいたいの日数すらもわからなくなっていた。

 スリー・ピー・アロウとは違い木の中はあたたかいので、休憩の度にいちいち火をおこす必要がないのはありがたかった。もし、暖を取るほど寒かったら、火が燃え移らないかを心配して、神経をすり減らしてしまうだろう。

 リットがこたえずに歩いていると、ノーラが言葉を続けた。

「鞄が軽くなってくると、代わりに不安の重みが」

 ノーラにとって天望の木の頂上に到着するのも、浮遊大陸に到着するのも、さほど重要なことではなかったが、空腹が襲ってくるのだけは避けたかった。

「食料がなくなったら、木を削って中の虫を取って食う。運がよけりゃ、鳥の巣もあるらしいしな」

「食料のこともですが、大丈夫なんですか?」

 頭を光らせるマックスが心配そうに訪ねた。

 すっかりチルカの休憩所となったマックスの頭。

 マックスは頭の上で眠るチルカを起こさないように、ゆっくり振り返った。

 その珍妙な光景に見慣れたリットは、今更それに触れることはなかった。

「なにがだよ」

「中腹まで行くと言っていましたが、そもそも中腹がどこかわかるんですか?」

 同じような木の壁が続く樹洞の道。天望の木の中腹に到着しても、それがわからなければ、また延々と歩き続けるかもしれないという心配があった。

「森に出れば中腹らしいぞ」

「森ですか、木の中に?」

「寄生植物でできた森だ」

 寄生植物というのは、他の植物に寄生し栄養分を吸収して成長する植物のことだ。

 天望の木では葉緑素を持たず、光合成もしない、ラフレシアのような植物が多い。

 つまり、葉がなく茎と花だけのような植物ばかりが咲く森があるということだ。

「なぜそんな植物が天望の木に咲くんでしょう……」

「聞いてみろよ」

「誰にですか?」

「寄生植物を入れた奴に」

 マックスはからかわれたと思いため息を落とした。そして、いつものことだと気持ちを入れ替えた。

「よく寄生植物なんて言葉を知ってますね」

「カレナリエルってエルフの薬草学の本に書いてあったからな。オマエもたまには本でも読め」

 リットの小バカにするような言い方に、マックスが少しムッと眉をしかめた。

「別に全く読まないわけじゃないです」

「まぁまぁ、別に本を読まなくても、なんでも一度口に入れれば、美味しいか不味いかの判断はつきますよ」

 ノーラが慰めるようにマックスの腰を叩くが、マックスはガクッと肩を落とした。

「こうなるぞ」

 リットはノーラの頭に手を置いて言った。

「もう少し読むようにします……。そういえば、兄さんはなぜ本を読むようになったんですか?」

 口には出さないが、マックスの目はそんなタイプには見えないのにとでも言いたげだった。

「実家の酒場はディアナへ行く途中にあるからな。ディアナの行き帰りに寄ってく商人が多いんだ。それで、酔い潰れた商人の本を読んでたんだよ」

「つまり、商品に勝手に手を付けたと……」

「別に盗んだわけじゃねぇよ。朝になったら返す。酔い潰れて朝まで寝るからな、宿代みてぇなもんだ。そして、そうやって手に入れた中途半端な知識を酒の席でひけらかすってわけだ」

「……それって楽しいですか」

「そりゃもう。男同士が集まって酒を飲む時の話題なんて、愚痴か自慢だからな」

 言いながらリットは少し足を早めた。

 外から入る光が大きく見えてきたからだ。

 天望の木の外に出る折り返し地点は、先人が打った心許ない鉄の杭の足場を移動することになる。

 距離的には十数歩も歩けば次の樹洞に移動できるのだが、上空で強く吹く風のせいで簡単に歩くことはできない。

 太陽の光が差し込む樹洞の出口付近に来ると、マックスの頭で眠っていたチルカが、大きなあくびと一緒に体を起こした。

「朝ね……」

「そのまま頭にいたら風に飛ばされますよ」

 マックスが言うと、チルカはマックスの頭から降りて、ノーラの鞄の中に入って顔だけを出した。自分で飛んで移動する気は全くないようだ。

「妖精らしく飛んだらどうだ」と言うリットに、チルカは力なく鼻で笑い返した。

「私は地を這いつくばる種族とは違うのよ」

 それだけ言うと、チルカは眠るように目を閉じた。

「なんか元気ないですね」

 マックスは心配そうに言った。

「あんまり太陽の光を浴びれてないからだろ。妖精の白ユリのオイルも、無駄に使うほど残ってねぇしな」

 スリー・ピー・アロウにいた頃はあいた穴から差し込む光を浴びていたが、天望の木の樹洞ではこの折り返し地点で太陽の光を浴びるしかない。

 それも、折り返し地点に着くのが陽の当たる時間とは限らないせいで、チルカにいつもの元気はなくなっていた。

「しばらくここで、陽に当たらせたらどうですか?」

「オレ達の食料が減ってきたらそうする。嫌いなだけで、肉を食えば治るしな。ここで休んでる間に浮遊大陸が通り過ぎたら意味がねぇ」

「あんな不味いもの食べるくらいなら、そのまま死ぬわよ」

 チルカは飛ばされないように鞄に入っているが、顔だけは出して少しでも光を浴びようとしていた。

「わかった。それは止めねぇ」

「泣いてすがって止めなさいよ!」

「なんだよ、元気じゃねぇか」

「体力を温存してるのよ」

 そう言ったきり、チルカはなにを言っても反応してこなくなった。

 静かになったのが合図のように、リットは折り返し地点の外に足を出した。

「少なくとも、下が見えねぇくらいは登ってきたんだな」

 リットは前を向いたまま、鉄の杭に足をかけながら言った。

「まだ、見えてますよ。ずいぶん小さくはなってますが。ほら」

 マックスの「ほら」という言葉には、下を見て確認してくださいという意味が込められていたが、リットはなにも返さず、ゆっくり鉄の杭の上を移動した。

 そして、次の樹洞の入り口についてひと息ついてから、マックスに言葉を返した。

「アホか。下を見たらもう動けねぇよ」

「そういう意味の下が見えないでしたか……」



 全員が次の樹洞に移動したところで、結局一休みすることになった。

「いやー、何度経験しても、鉄の杭を歩く時は怖いっすねェ」

 だいぶまるく膨らんできた葉の水を飲みながらノーラが言った。

「まったくだ。玉が縮み上がり過ぎて、頂上に着く頃はなくなってそうだ。誰かが飛べりゃ、こんな思いしなくて済むのによ」

 リットはマックスを見て、わざとらしくため息をついてみせた。

「飛べますよ。ただ……慣れてないので、風が強いところで飛ぶのが心配なだけです」

「だいたい、天使のくせに趣味が走るってなんだよ」

「足で移動するのが好きなんです。それに、飛ぶ必要のない生活でしたから」

「でも、飛んだほうが楽な時もあるでしょ?」

 ノーラの言葉にマックスは頷いた。

「でも、足を動かして歩くのが好きなんです。歩いたり走ったりするのは、全身の筋肉を使いますから。心地の良い体の疲れは、何ものにも代えがたいものです」

 晴れやかな顔で言い切るマックスとは違い、ノーラは難しい顔で聞いていた。

「それって、なにが楽しいんスか?」

「やめとけ、自分の体を痛めつけて快感を得てる変態の持論なんて聞くだけヤボだ。それより、アイツのために一休みしてるのに、どこ行きやがった」

「チルカなら、だいぶ前に奥の方へ飛んでいきましたよ」

 ノーラが指差す方へ目を向けると、光の玉がフラフラと飛んできた。ちょうどチルカが戻ってきたところだった。

「オマエのために、陽の当たるところで休憩してんだぞ。おとなしくしとけよ」

「お腹が減ったから、食べ物を探してたのよ。ナッツばかりいいかげん飽き飽きよ」

 チルカは抱えていた赤い実にかぶりつくと、中にはいっていた自分の小指の爪ほどの小さな種をリットに投げつけた。

 リットは果汁で顔についた種を取ると、人差し指の腹に乗せてまじまじと眺めた。

 確かに植物の種だった。

「こんなのどこに落ちてた?」

「落ちてたんじゃなくて、もいだのよ。奥から天望の木じゃない植物のニオイがしたから取りに行ったの」



 チルカの後をついていくと、折り返し地点からそう遠くないところに森はあった。

 道ではなく、広い空間になっている。

 入り口のすぐ横から伸びている天望の木の内枝には花が寄生しており、チルカが持っていた赤い実をならせていた。

 リットが入り口近くの寄生植物をランプの明かりで見ていると、傾いた陽が樹洞の穴から差し込み、辺りを照らし始めた。

 ここは太陽の傾きによって僅かに陽が入るため、完全寄生植物だけではなく、ヤドリギのように葉緑素を持ち葉のある半寄生植物も生えていた。

 その中でも特に目を引いたのが青い花だ。

 自然界では見ないような真っ青の花が、天望の木の壁に張り付きつるを伸ばして天井へと向かっている。まるで、滝が流れているように見えた。

「ここが森みたいですね」

 マックスは辺りに生えている木を見回した。

 木といっても樹木ではない。寄生し、寄生され高く積み上がった花の塊がそう見えているだけだ。

 赤や黄色や紫など様々な色、大小集まって出来た花の木は、綺麗とも不気味とも取れない居心地の悪い存在感を出していた。

 一歩踏み出せば、花が靴に潰されて、頭が痛くなるような甘く青臭いにおいを漂わせる。

 ほとんどが地上で見ないような花ばかりだった。

 リットは先へ進みながら、花を一つ一つ強めにつまむように触っていく。

「旦那、よく触れますねェ。毒とかあったらどうすんスか?」

「いいから、ノーラも触れ」

「触れって言われましてもねェ……」

 ノーラは足元に咲く花を見てためらった。

 色もそうだが、形も地上ではあまりみない花が多い。

 芋虫の腹のように膨らんだ花びらや、ミミズを一箇所に固めたように無造作に長く広がる花びらなど、触らなくて済むなら一生触りたくないような花ばかりだ。

「この中のどれかに、アルラウネに繋がってる花があるはずだ。強めに触りゃ動く」

 リットは芋虫の腹のように膨らんだ花びらをつまんだ。

 中腹で空に近付いて水を蓄えているせいで、花びらに妙な弾力がある。本当に芋虫の腹をつまんでいるようだった。

「大声出して呼びかけましょうよ」

「本人はここにいねぇよ。頂上に住んでんだ。寄生根をここまで伸ばして花を咲かせてるから、それを見付けて、頂上からツタを伸ばしてもらえとよ。後は向こうが引き上げてくれるって話だ」

「本当にいるんスかねェ……」

 ノーラは花の中でも、地上で見たことがあるような触りやすい花を選んでつまんでみた。そして、妙にやらかい感触にゾクゾクと身を震わせた。

「アルラウネも中腹の森も、どの天望の木にも存在するらしいぞ。特にアルラウネがいなけりゃ、浮遊大陸には行けねぇってよ」

 リットがオマエも触って探せと花を指して合図をすると、マックスはためらうことなく身近な花を触り始める。

 三種類ほど花を触ったところで、おもむろに口を開いた。

「あまり関連がわかりませんね。浮遊大陸とアルラウネは」

「ツタを伸ばして、浮遊大陸まで橋をかけてくれるんだとよ。浮遊大陸は船じゃねぇから、ぴったり横に止まることはねぇんだ」

「それが、父さんから教えてもらった楽に登れる方法ですね。母さんに会いに行った時も、こんな感じでアルラウネの花を探していたのかもしれない」

 マックスが躊躇なく花を触ったのも、過去のヴィクターと同じ道を歩いているような気がしたからだ。

「まぁ……正確に言うと親父はそれで登ってねぇんだけどな……」

 リットはマックスには聞こえないような小声でつぶやいた。

 しかしノーラには聞こえていたらしく、「そうなんスか?」と近付いてきた。

「知ったのは帰りの天望の木に着いた時だ。そこにいたアルラウネを口説き落とした時に、教えてもらったんだとよ。次に私に会いに来る時は、もっと簡単な方法があるって」

「それはそれは……今のマックスにはとても言えませんねェ」

 ノーラは張り切ってアルラウネの花を探すマックスを横目で見ると、ヴィクターの愚行を話す気にはならなかった。

「まぁた、アンタの兄弟が出てくるんじゃないでしょうね」

 チルカは新たにもいだ木の実にかじりつきながら言った。

「オマエも聞いてたのかよ」

「内緒話なら影でコソコソしなさいよ」と言ったところで、チルカは急に口から木の実を吐き出した。

「おいおい……毒が入ってたならこっちに飛ばすなよな」

「違うわよ。木の実だと思ったら花びらだったの。不味いわねぇ……」

 チルカは舌を伸ばして、唾液と一緒に噛み砕いた花びらクズを垂れ落とす。

「まぁ、ここの花は変な形のが多いからな。木の実みたいな花があっても不思議じゃねぇな」

「アンタの耳たぶにかじりついてたほうがまだマシだわ。こんなに不味いものを食べさせるなんて、ここは最悪の場所ね!」

 そう言ってチルカは近くの花を蹴り上げた。

 花は折れることなくしなり、しばらく反動で揺れていた。

「妖精は森を大切にするんじゃないのか?」

「こんなところ森じゃないわよ。いいかげん違いくらいわかるでしょ。アンタの家の庭は、妖精の白ユリの種ができて森になったんだから」

「だから、わかんねぇんだよ。オレから見りゃこっちのほうがよっぽど森だ」

 リットは無限にも思える寄生花の広がりを見て、こっから一つアルラウネの花を探すことにため息をついた。


 その出来事から、何事もなくしばらく時間が過ぎた。

 リットはふいに誰かに肩を叩かれた。

 ノーラなら肩に手が届かないし、チルカなら手の大きさが違う。きっとマックスだろうと振り返った。

 しかし、そこにいたのはマックスではなかった。太いツタが折り返し地点のある方角から伸びてきていた。

 その先端がリットの肩を叩いたのだった。

 そしてそれは、手招きをするように動いた。






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