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ランプ売りの青年  作者: ふん
妖精の白ユリ編

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第二十話

 長い歴史を感じさせる古紙にインクの匂いが染み込み、独特な匂いを作り出している。

 古い石床の上には絨毯が敷き詰められ、足音が響かないようにされていた。

 空気が抜ける音が通り過ぎ、ページをめくるかすれた音、本棚から本を出し入れする音が静かに響く。

 棚に敷き詰められた本を一つ取るだけで均整が崩れてしまうような息苦しさ。それでなくても息を潜めてしまうような空間は、その場にいるだけで肩が凝りそうになる。自分の呼吸音が一際うるさく響くように感じた。

 意図的に作り出された静寂の中、リットは棚の上段の本の背表紙を端から指でなぞりながら、使えそうな本を探していた。

「どうだ! リット。凄いだろ!」

 ポーチエッドが声を張り上げ、腕を広げて周りをよく見るようにと促した。

「……静かでいいな」

 リットは周りに目をやることなく、手に取った本を広げた。

「書物を読む者は不思議と皆寡黙になる。本をあまり読まない自分にとっては少し退屈だな。そのせいか、頭の固い司書達には獣頭と揶揄されておるよ。アハハ! 獣人だから当たり前なのにな。それはそうと、一般開放されている書物だけでもこれだけあるのだ。一般開放と言えども城の中にあるから、この国に籍を置いている者しか入れないがな。ここだけではなく、研究者しか入れない書物庫もあるし、国の権力者だけしか入れない書物庫もあるんだぞ」

「ポーチエッド……。オマエ本当に獣人なのか? さっきからピーチクパーチクと……。インコやオウムとかのハーピィにしか思えないんだが」

「鳥か……悪くない。大空を飛びリゼーネを見下ろすのも気持ちよさそうだ。ライラを乗せて飛んでみたいものだ。ハーピィやセイレーンなどの有翼種族を見かけると、つい後をつけて飛び立つ瞬間を見たくなるものだ。ハーピィと言えば、マルグリッド家にあるハーピィの扇は、抜け羽のなかでも質の高いものを使っていてな、あれほど力要らずで扇げるものなどそうない」

 リットは本を閉じて棚に戻すと、新たな本を手に取る。一度ポーチエッドに顔を向けると「せっかく本が腐るほどあるんだ。『静か』って言葉を辞書で引いてこいよ」と言って、ページを捲った。

「辞書など、ここじゃなくてもある。せっかくの図書館だ。有意義に時間を過ごすには、なにか別の本を読んだ方がいいと思うが……。そうだな。昔ライラに勧められた妖精を捕獲する少年の話でも読んでみようか。うーむ……どこら辺にあると思う?」

「あのなぁ……。オレは、ポーチエッドの無駄話を聞くためでもなく、ライラの妖精狩りの手助けをする為でもなく、エミリアの為にここに来てるんだぞ」

「エミリアか……。本当は研究所にも案内をしたかったのだが……。流石に許可がおりなかった。すまない」

「今のご時世じゃ、よそ者に研究成果を見せるような真似は普通しないだろう」

 戦争がなく平和な時代は、国を奪えば財政が潤う時代と違って、研究の成果で儲ける時代でもある。技術の流失による損失が昔よりも大きくなっていた。

 よそ者のリットがポーチエッドの口添えで図書館に入れたのは、ポーチエッドが兵士の中でも上の階級に就いていることを意味していた。

「しかし、新しい技術の中に役立つものがあるかもしれないぞ」

「今回は森の中でオイルを抽出するための調べ物だからな。道具が揃った部屋の中で発見した新しい技術よりも、カビが生えた昔の技術の方が役に立つってもんだ」

 火を付ければ太陽と同じ色で燃えた、妖精の白ユリから出た特有の油。リットはそれを活用しようと考えたが、あまりに量が少なく、エミリアに試す程も抽出が出来なかった。

 屋敷に持ち帰るまでに枯れてしまうなら、森の中でオイルを抽出するしかない。その為に必要な方法と道具を調べるために、リットは古人の事績の記録を残した伝記を探していた。

「頼もしい言葉だ。そうだ! 頭を使うと、甘いものが欲しくなると言うだろ。美味いパイを作る店が新しく出来たんだ。自分はもっぱらミートパイ専門だが、リンゴを使ったパイも美味いらしくてな。自分がひとっ走り買ってこようではないか」

 ポーチエッドは一度手をポンと叩くと、いい考えだろ言わんばかりにリットの背中を叩いた。

「静かになるから買いに行ってもらうことには賛成だが、ここは飲食禁止だろ? そんなに暇なら屋敷に戻ってノーラの子守りでもしててくれよ」

「無理だな。自分が側についていることが、リットが図書館に入れる条件だからな」

「それじゃ、パイを買いに行くことも出来ないじゃねぇか」

「そうだな。アッハッハ!」

 高笑いを響かすポーチエッドに頭を抱えながら、リットは見繕った本を持って読書スペースに向かった。背もたれの高い椅子に座り、それに背中を預けずに丸め、肘をテーブルに立てて書物に目を通す。

 よく使われているオリーブならば、圧搾するだけで簡単に精油を抽出出来るのだが、花やハーブは油胞が小さいのでこの方法では時間がかかり過ぎてしまう。

 他にも花から精油を抽出するのに、水蒸気を使う方法がある。植物を蒸して気化させると、精油成分が水蒸気と一緒に上昇してくるので、その蒸気を冷やす。冷やされた蒸気は液体に戻る。精油は水より軽く、水に溶けない為、液体は水と精油の二層に分かれ、精油を抽出することが出来る。

 問題はどう冷やすかということだった。

 妖精の白ユリが咲いている場所の近くに川はなかった。川がある入口まで戻ろうにも、その間に花は枯れてしまう。

 リットは三冊目の本を閉じ、次こそはと期待込めて積み上げられた本から新たに一冊を手に取った。

 本の名前は『妖魔録』。名前的には禍々しいが、魔女が初めて妖精と取り引きをした時の記録が書かれている本だった。妖精の踊りに魔力が発生すると知った著者は、その踊りを教えてもらうかわりに魔宝石を送ったという内容が、物語風に書かれている。

 本を閉じ著者名に目を通すと、リットは知った名前に思わずハッとなった。

 つづり字で『ディアドレ・マー・サーカス』と書かれている。何百年も昔に存在した偉人であり、今なお語り継がれている人物だ。

 魔宝石という技術を確立した魔女であり、その功績から「偉大なる魔女」と呼ばれており、自他共に認めるトップクラスの魔女である。

 そしてディアドレは、もう一つ『破滅の魔女』という悪名も持っていた。

 リットはその本も積み上げると、暇そうに耳を動かしているポーチエッドに話しかけた。

「リゼーネに宝石屋はあるか?」

「あぁ、良い店がある。何を隠そう自分がライラに婚約指輪を買ったのもその店でね。宝石はもちろんのこと、細工師まで一流なんだ。指輪の内側に愛の言葉を彫ってもらったよ」

 リットは、左手の薬指にはめられた指輪を外し見せようとしてくるポーチエッドを手で制した。

「惚気話が弾む方じゃなくて、どっちかというとドロドロした方の宝石屋だ」

 少し考えたポーチエッドだが、すぐに口を開けて首を縦に振った。

「あぁ、魔宝石の方か。……あったかな。……あったような。なにせ自分には縁遠い店だからな……」

「ないなら、別の道を考えるか」

 リットが新たに本に手を伸ばすと同時にポーチエッドが叫んだ。

「あったぞ!」

 声を張り上げたポーチエッドの肩を、眼鏡をかけた司書の男が「ポーチエッド様。お静かに」と叩いた。こめかみには青筋が浮かんでおり、先程から図書館に合わない大声をあげるポーチエッドのことを我慢しきれなくなったようだ。

 司書の小言も、静かな図書館の中ではよく響く。リットは早々に席を立ち、図書館を後にした



「屋台通りの奥に、古くからある魔宝石屋があった。とはいっても、最後に行ったのはかなり昔のことだ。潰れてるかも知れんな」とのポーチエッドの言葉を頼りに、リットは屋台通りに来ていた。

 様々な食べ物の匂いから逃げるように、屋台通りの外れにある細い路地を通る。

 劣化した石レンガの壁は崩れ、足元を邪魔するように転がっていた。なんの建物かわからない壁に挟まれているせいで、上空の太陽が遠くに感じる。

 しばらく歩いていると、小さな広場に出た。水が止まっている苔生した噴水の奥に、暗くてみすぼらしい店の看板が見えた。

 文字は剥がれていて読めなかったが、雰囲気だけを頼りに魔宝石屋だと思い、鍵のかかっていないドアを開けた。

 部屋の中は夜だった。

「いらっしゃい。『ウィッチーズカーズ』には気を付けるんだよ」

 奥歯から空気を漏らすように「ヒッヒッヒッ」と笑う老婆がランプに火を灯すと、ようやく店がどうなっているか見えた。

 店と言ってもあるのはカウンターが一つ。客の立つスペースは一人分しかなかった。

「宝石が欲しいんだが」

「お金が欲しいのかい? それとも長生きがしたいのかい? 名声だって思うがままだよ」

 この世には、富や名声を運ぶアクセサリーが存在している。

 なぜそんな効果があるのかというと、魔法使いが宝石に魔力を込めたからであり、魔力が宝石に残っている限り力を発揮するからだ。しかし、魔力というものはゼロに戻ろうとする性質がある。

 そのせいで、幸運を呼び魔力を使い終わった魔宝石は不幸を呼び寄せるのだった。

 魔宝石のおかげで富を生めば、魔力が切れれば破産する。魔宝石のおかげで長生きをすれば、魔力が切れれば生命力を吸い取る石に変わる。

 持ち主が次々と命を落とすと言われている、いわくつきのアクセサリーがあるものの大半はこのせいだ。中でも『テスカガンド』と付く名前の宝石やアンティークは、一度触れると子孫まで死の不幸に苛まれると言われていた。

 この現象のことを『ウィッチーズカーズ』。つまりは『魔女の呪い』と呼ばれている。

 宝石というのはより良く見せる為にカットされ、光の反射を作る。この形が魔力を閉じ込めやすいので、昔からマジックアイテムには宝石が使われていた。

 魔宝石に込められる魔力は幸だけではない。むしろ現在は、幸の魔力を込められた宝石は数少ない。四大元素の『火』『水』『風』『土』と違い、『幸』のような不確かな魔力を込められる魔女がいないからだ。

 そのせいか、幸の効力が切れた魔宝石にも価値があり、幸と不幸を吸いつくし終えた魔宝石は不思議な光を放ち、一目見ただけでその魅力に釘付けにされると言われている。

 幸だけではなく、四大元素を使った魔力もゼロに戻ろうとする性質がある。熱を持つ魔力を込めれば、魔力を使いきった後は、熱を放った分だけ冷気を放つようになる。

「金は欲しいけどな。そもそも、そっち方面の魔宝石を買う金自体がない」

「後払いでもいいんだよ。アンタが破滅する前に回収しに行くからね。まぁ、どのみちそんな魔宝石を作れる魔女は現代にはいないがね」

「短い幸せの為に、長い不幸はいらねぇよ」

「欲がない人間はつまらないねぇ。昔はもっと欲にまみれた人間が多かったのに。テスカガンド王国も、ヨルムウトル王国も、魔宝石の力で出来た国だよ」

「二つとも、何百年も昔に廃れた国の名前じゃねぇか。テスカガンドなんて、未だに立入禁止区域って聞いてるぞ」

「私らにとっては、偉大な魔女の功績さ。国を作れるほどの富と名声を産み、その後何世紀にも渡ってウィッチーズカーズの効果が続くなんて、どれだけ膨大な魔力の持ち主だったのかねぇ。ヒッヒッヒッ」

 込められた魔力によって、幸の効果もウィッチーズカーズの効果の大きさも長さも違う。大きく長く続くほど、魔力の量も多く込めなければいけない。

 普通の魔女ならば長くて数日。名のある魔法使いならば数ヶ月。数百年も効果が続いているのは、ただ一人。ディアドレだけだった。

「冷気を込めた魔宝石が欲しいんだが、とりあえず一日効果が持てばいい」

「あるけどねぇ。たとえ一日だとしても、魔宝石は値が張るよ」

 老婆は右手の親指と人差指で輪を作り、高額のジェスチャーをチラつかせて、また「ヒッヒッヒ」と笑う。

 宝石そのものの値段が高いこともあり、魔宝石の値段も高額だ。今は生命や財産に関わるものを買うものはいなくなったが、それ以外のものは需要がある。

 先に述べた通り高額なので、常用的に使うのは王様くらいだった。あとは貴族が要所で使うくらい。エミリアの屋敷ですぐに風呂を沸かせるのも、熱の魔宝石を使ったからだ。

「鍋の水を冷やせるくらいでいいんだが」

「本当は金払いの悪い客には売りたくないんだけどねぇ――」

 老婆はカウンター端の出入口を開けると、リットの隣まで歩いてきた。手でしゃがむように合図をしてリットをしゃがませ、肩を手で払い透明の瓶の中に何かを入れると、カウンターに戻っていった。

「――コレを貰う代わりに、特別に売ってあげるよ」

 老婆がリットに見せた瓶の中では、なにかがキラキラと輝いている。

 それは、ライラが部屋に現れ、チルカがリットの後ろに隠れた時に付着した妖精の鱗粉だった。

 チルカも役に立つのだなと思いながら、リットは自分でも肩を叩いたが、妖精の鱗粉は舞わなかった。残さずに老婆が瓶に詰めたようだ。

「まぁ、売ってくれるならいいけどよ。婆さん宝石屋だろ? 使い道があるのか?」

「魔女の店は宝石屋だけじゃないよ。薬屋、アンティーク。そういうところに高く売りつけてやるのさ。ヒッヒッヒ」

「その笑い方どうにかならないのか? 不気味さに拍車がかかってるぞ」

「最初は雰囲気を出すためにわざと笑ってたんだけどね。いつのまにやら馴染んでしまったんだよ。イーッヒッヒッヒ!」

 老婆は一際高く笑い声を上げる。細く枯れた首元に浮かぶ血管が、特に不気味に膨らんでいるように見えた。

「さて、どこにやったかね」

 老婆がしゃがむとカウンターで姿が見えなくなる。

 何かを探す物音をしばらく響かせると、老婆の姿よりも先に箱がカウンターに見えた。箱を持った手に引かれるように、下から老婆の姿が出てくる。

「よいしょ」と手で腰を叩きながら、リットに値段の数だけ開いた指を見せつけた。

「ちょっと高すぎねぇか?」

「私は安くするなんてひとことも言ってないよ。ただ売ってやるって言ったんだ」

「偽物ってことはねぇだろうな」

「高い物を売る時は信用が第一だよ。さぁ、金を払いな」

「信用とは程遠い店構えと面構えだけどな」

 リットは半ば叩きつけるようにして代金を置くと、箱を手に取って身を翻した。

「使う時まで箱から出しちゃダメだよ。箱を開けた瞬間から魔力が放出されるからね」と言う老婆の言葉を背中に聞きながら、リットは店の扉を閉めた。






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