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ランプ売りの青年  作者: ふん
闇の柱と光の柱編(上)

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第十八話

 黄色の炎のランプが距離遠く点々とする道。この土臭い道が地底湖へと続いている。

 ランプがある周辺は明るいが、しばらく歩くと真っ暗になり、またしばらく歩くと黄色く照らされる。

 湿った空気の流れを感じながらリットは歩いていたが、物陰から突如出てきた、枝のように細い腕に行く手を遮られてしまった。

「おいおい、困るよ。見ての通り工事中だ。って、またアンタか……。どれだけオレの仕事の邪魔をすれば気が済むんだ」

 苛立たしげにカチカチ顎を鳴らしながら言ったのは、アリの虫人であるシュタインだ。

 傍らには泥の山があり、それを岩の隙間に埋め込んでいるせいで、手は泥にまみれていた。

「じゃあ、入り口に見張りでも立てろよ」

 ここに来るまでに誰とも会わなかったし、看板が出ているわけでもなかった。シュタインが言わなければ、工事ではなく泥遊びをしていたとしか思わなかっただろう。

「入り口なんか作ってねぇよ。どっからどう見ても穴を塞いでるだろ。だいたい、ここに入り口を作ってどこに繋げる気だ」

「……わかったよ。戻りゃいいんだろ」

 身を翻して帰ろうとするリットに、シュタインはまたイライラと忙しなく顎を鳴らした。

「気を付けて歩けってことだ。ランプの色を見ればわかるだろ。黄色の光り、それに暗闇。黄色と黒は危ないってことだ。蜂を見たことがねぇのか」

「……地底湖に向かっていいのか、ダメなのかハッキリしろよ」

「ダメってのはどういうことだ。こっちは手抜きなんか一切してねぇぞ」

「勘弁してくれよ……」

「便だぁ! どういう目をしてんだ。どう見たって泥だろうが!」

「そういうオマエはどういう耳をしてんだよ。そもそも耳があんのか……。――やめだ。いくら暇でも、アホと問答はしたくねぇ」

 シュタインと同じくらいぶつくさ文句を言いながら、リットは来た道を戻っていった。



 スリー・ピー・アロウにある、尖った渦巻き貝を逆さに地面に突き刺したような石造りの建物。その一つは酒場だった。

 中に入っても石ばかりで、石の棚、石のテーブル、石の椅子、石の食器。

 全身の毛を剃られた犬に、角と羽を無理やり付けたような石像が三つもある。

 二つは上半身だけの石像が店の入口付近に迎え入れるように置かれている。二つのうち一つは、片方の羽が切り取られたようになかった。

 三つ目はカウンターにある狭い台座に膝を広げて足をつけ、その間に両手をついて、威嚇するようなポーズを取っているものだ。

 リットがその店に入ると、入り口にある二つの石像が同時に口を開いて「いらっしゃい。一名様ご案内」と声を掛けた。

 リットはそれを無視して「ウイスキー」と、カウンターに佇む石像に声を掛けて椅子に座った。

 すると、石のテーブルと同じ色をしている石像が重そうに首を動かしてリットを見た。

「火はつけるか?」

「つけねぇよ。ガーゴイルと違って、んなもん飲むような体じゃねぇんだ」

「飲むと病みつきになる味なのにもったいない」

 ガーゴイルは台座からふわっと飛び降り、ズシンと重く床に足をつけると、石棚からウイスキーの瓶を探す。

「歳取って石頭になって、ついでに胃まで石になったら考えるよ」

 そう言って、リットはふと店の天井を見上げた。

 蜘蛛の巣が光っていた。朝露に濡れたようにキラキラと輝いている。

「光る鉱石を砕いて粉にしたものをふりかけてるんだ。ああすれば獲物がかからなくなった巣には蜘蛛は戻らないし、ランプの光が反射して光にもなる。駆除もできて、光源にもなってお得なんだ」

「スリー・ピー・アロウで言うなら、その体自体お得みたいなもんだろ」

 リットは酒を注ぐガーゴイルの腕を見ながら言った。光の角度によって、時々小さく光っている。

「この体はスリー・ピー・アロウの石を削って作られてるからな」

 全身のあるガーゴイルが言うと、ドスンドスンと石鎚を振り下ろしたような音がリットの後ろから二つ響いた。

「そうなんだ。オレ達は元は一つの石だった」

「聞くかい? 聞くも涙、語るも涙の話を」

 下半身のないガーゴイルが二人、飛び跳ねながらやってくると、リットを挟むようにして両端の椅子に体を置いた。

「絡み酒は、せめて酒を飲んでからにしろよ」

 リットが言うと、右のガーゴイルがリットのコップを手にとって一気にあおり、「あれは、もう二百年も前のことだ……」と酒で濡れた石の唇を、石の舌でザリザリ舐め取りながら話しだした。


 昔一人の彫刻家が、ここの石は光るという噂を聞きつけてスリー・ピー・アロウにやってきた。

 全財産の殆どを使い大きな石の塊を買うと、さっそく石像作りに没頭した。

 スリー・ピー・アロウの石は鉱石が混ざってることもあり、場所によっては硬かったり、柔らかかったり、外の石で石像を彫刻するのとは勝手が違っていた。

 何度も諦めたくなるような失敗を重ねたが、星の瞬きのように時折光る石を見るとやる気は湧いてくる。

 そして、何年も掛けて作り上げたのが全身のあるガーゴイルだった。

 まだ石の塊は残っていて、彫刻家はすぐに二体目、三体目の石像作りに取り掛かった。

 しかし、僅かに残っていたお金も一体目の石像を作る時の食事代に消えてしまった。

 彫刻に没頭している間は空腹も気にならなかったが、徐々に集中力がなくなり、彫刻にも没頭できなくなってしまった。

 とうとう二体目と三体目を彫刻している途中で、空腹に耐えられなくなり、春先の冷たい地底湖に身投げしてしまったという。


「なぜ人間は食わなきゃ死ぬし。寿命が短いんだ。途中でやめられたせいで、見ろ! この右腕を! 筋肉もない。こんなのはただの棒と一緒だ」

 左にいるガーゴイルは両手をリットに見せつけた。

 筋肉の膨らみがある左腕と違い、彫刻途中の右腕は比べるととても貧相に見えた

「オレは歯が前歯二本しかない」

 右のガーゴイルは大きく口を開けた。見えている二本の牙以外は全てつながっており、ただの石の塊だった。

「オレ達には下半身もなければ台座もない。これじゃあ、立場なしだ」

 左のガーゴイルがリットの背中を硬い石の手で叩きながら泣き声を響かせる。

「どうだ? 泣けるだろ」と言った右のガーゴイルは、大げさに声を出しておいおい涙を流す。

「今流してるのは、勝手に飲んだオレの酒が、時間が経って滲み出てきてるだけだろ」

 右のガーゴイルの涙からはアルコールの匂いがプンプンしていた。

「ここは酒場だ。酔って何が悪いっていうんだ」

「酒場は酒に酔う場所だ。自分に酔う場所じゃねぇよ。五回も六回も同じ話をされてみろ。ここに来る度に話しやがって」

「そう言わず聞いてくれよ。あれから彫刻家が来ないから、削り直してもらうこともできないんだ」

 右のガーゴイルはリットの服を掴むと、それで鼻をかんだ。といっても、鼻から出ているのもさっき飲んだウイスキーだった。

 おかげでリットは一口も飲んでいないのに、服まで酒臭くなってしまった。

「動けるんだから削りゃいいだろ。二人いるんだ、お互いを削れよ」

 リットは手で合図してウイスキーを頼みながら言った。

「見てくれこの羽。やってもらった結果がこれだ」左のガーゴイルが背中を向けると、片方は立派な羽が彫刻されているが、もう片方は崩れた羽の付け根だけが残っていた。「身を削る思いをしたのに、これじゃ割に合わねぇよ」

 左のガーゴイルは、注がれたばかりのリットのウイスキーを飲んだ。そして、再び泣き声を上げるが、飲んだばかりなので酒の涙はまだ出てこなかった。

「……なんでここは酒場が一つしかねぇんだよ。小さな村じゃねぇんだ。二つ三つあってもいいだろ。これじゃあ、いつまで経っても酒が飲めねぇよ」

「ここで作られる酒は一種類。伸び過ぎて洞窟の天井から顔を出したイモから作った酒だけだ。量も多く作れない。他は全部輸入してる。だから、そんなに酒場があったって、酒の数が減るだけなんだ」

 全身のあるガーゴイルは、また酒を注ぎながら言った。

 ようやく一口飲めたリットは、服を掴んで泣すがる両端のガーゴイルにうんざりため息をついた。

 追い払おうにも元が石のせいで、押すには重すぎるし、叩くには硬い。

 ガーゴイルが泣いてスッキリするまで、放っておくしか方法はなかった。



 左のガーゴイルの飲んだ酒が目から滲み出し始めるほど時間が経つと、新たに客が入ってきた。

 リットから離れた椅子に座り、「ラム酒。瓶ごと」という声はセイリンのものだった。

「おい、薄情者。こいつらどうにかしてくれよ」

「私は酒を飲みに来たんで、飲ませに来たわけじゃないからな。時間をずらして来るのには意味がある」

 下半身のないガーゴイルの二人は、たいてい最初に入ってきた客に絡みだす。わかっているお客は、ガーゴイルの鳴き声が響いてるのを確認してから酒場に入ってくる。

「好きだろ。こういう気持ちの悪い石像。ボーン・ドレス号に飾ってあったじゃねぇか。なんなら今すぐ持って帰れよ」

「喋らなければな。やかましいのはアリスだけで充分だ」

 セイリンは親指で弾くようにして酒瓶の栓を抜いた。

 飛び出た栓はガーゴイルの頭に当たったが、当てられた本人は泣くことに夢中で気付かなかった。

 セイリンは瓶口を咥えながら、「それはそうと、地底湖への道の工事はいつ終わるんだ?」とリットに聞いた。

 口の端から酒がこぼれて胸元を濡らすが、特に拭くこともない。

「さぁな、アリの虫人に聞け」

「聞いてもわからないから、リットに聞いてるんだ。あんなに話が通じない相手は始めてだ」

 セイリンもここに来る前に、地底湖への道へ寄ってから来たので、話が通じないシュタインにうんざりとしていた。

「魔族ってのは我が強いんだろうな。まともに話ができるのはコイツしかいねぇ」

 リットは全身のあるガーゴイルの肩を石のコップで叩いた。

「スリー・ピー・アロウは王がいない国だからな。自分を中心に生きてる奴が多いんだ。客商売をしてる奴らは、外の世界で言うまともな奴が多い」

 全身のあるガーゴイルはリットのコップが空になったのを見て、ウイスキーを注ぎながら言った。

「つまり、アンタはこっちじゃ変人か」

「そうだ。こだわりも癖も持ってないしな」

 全身のあるガーゴイルが言ったこだわりや癖というのは、ボンデッドが自分の骨を鳴らしたり、ノーデルが腐るという言葉が好きなのがそうだ。

「私から見ればリットも充分変人だ。いや、こっちではまともなのか。女を泣かせる男は山ほどいるが、石像を泣かす男なんてそうそういない」

 ガーゴイルに泣き付かれているリットを見て、セイリンがからかうように笑った。

「勝手に話して、勝手に泣いてんだよ。勝手に人の酒を飲んでな」

「あのつまらない彫刻家の話か。骨が残っていれば、ボンデッドみたいにスケルトンになって蘇るかもしれないな」

 話を聞いていた左のガーゴイルが鼻をすすりながら「無理無理、海に流れてしまってるはずだ」と横槍を入れた。

「地底湖は海につながってるのか?」

 セイリンが聞くと、右のガーゴイルが鼻をすすって頷いた。

 道が繋がっているのは第二地底湖らしく。雪解け水で量が増えた時に地底湖の水が循環して、溢れた水は不純物と一緒に更に、深いところへある第一地底湖へと滝となって流れていき、そのまま外につながる洞窟から深海へと流れていってしまうらしい。

 右のガーゴイルは「行き着く先は海の藻屑だよ」と言って再び泣き始めた。

「海と繋がっているなら、そこから入ってくる魔族もいるということか」

 セイリンの言葉を聞いて、全身のあるガーゴイルは黙って首を横に振ってから、おもむろに口を開いた。

「いや、どうだろうな。第一地底湖と海が繋がる洞窟は水流が激しいんだ。サハギンでも泳げるかどうか……。出るのは、雪解けの時に出来る滝の勢いを利用して出られるが……。入ってくるのは無理だろう。人魚だとしても滝を昇るのはムリだ。小山ほどの高さがある滝だからな。水棲魔族も皆ヘル・ウインドウを通ってここに来てる」

「人魚がここにいたという話は聞いたことがあるか?」

「人魚は見たことはないな……地底湖より、広い海のほうが住みやすいだろ」と言ったところで、全身のあるガーゴイルがセイリンの尾びれに目をやった。「ははーん……なるほどね。両親を探して、遥々スリー・ピー・アロウまで来たというわけか」

「出どころを知りたいだけだ。何と何を掛け合わせたら、私みたいのが生まれるかをな」

「まぁ、ゆっくり探すといいさ。地底湖への道は、落盤しない限り明日までには通れるはずだ。ただの点検だからな。頑張れよ、自分探しの旅」

「青臭い言葉で括るな。酒が不味くなる」

 セイリンは全身のあるガーゴイルに睨みを利かせた。

「じゃあ、魚臭い言葉ではなんて言うんだ?」

 リットが笑いながら言うと、持っていた石のコップにナイフが突き刺さった。

「余計なことを言うと、そのイカ臭い白子を取り出すぞ――とかだな。なんなら言葉だけではなく、実践してもいいが」

 セイリンは懐からナイフを取り出すと、刃をランプの光に反射させてから、刃先をリットの股間に向けた。

「なるほど……。オレのタマを取ろうってんだな。タマってんのか?」

 セイリンより先に酒を飲んでいたリットは既に酔っ払い、自分のジョークに機嫌よく笑い声を響かせた。

「その軽口を叩く癖は、命運を握るぞ」

「なんせ肝っ玉がでかいからな、握られるかどうか」

 リットが笑っていると、突然下腹部に酔いも覚める圧迫するような痛みが走った。

「今ありえないことしてるだろ……」

 リットは股間に伸びるセイリンの手を、冷や汗を流しながら見た。

「でかい口を叩くから確かめてみただけだ。ずいぶん縮んだぞ――肝っ玉が」

「褒めて撫ででやるとでかい顔するぞ。――わかったから……ひねるな。早く人質を開放しろ」

「今度から口から言葉を漏らす時は気を付けるんだな」

 セイリンはリットの股間から手を離すと、酒の続きを飲み始めた。

「なにが口から漏らすなだ……。別のもんを下から漏らすとこだ」

「なんだ、気持ちよかったのか」

「……そっちこそ。次は気を付けねぇと、遠慮なく小便も糞も漏らすぞ」

「威張って言うことか……」






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