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ランプ売りの青年  作者: ふん
闇の柱と光の柱編(上)

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第十四話

 スリー・ピー・アロウは、魔族の中でも変わり者の種族が集まっている国だ。

 変わり者というのは珍しい種族というわけではなく、ウィル・オ・ウィスプがキャラセット沼にいるように、普通は各地に点々と住んでいるからだ。魔族だけが集まって国を作っているのはここだけだ。

 リット達はボンデッドからそんな話を聞きながら、外れの森から中心の街へと向かっていた。

 ノーデルはリットの持っている人魚の卵狙いで、是非もてなしたいので後から家に来てくれと先に帰っていった。

 セイリンも少し一人で歩いてくると、どこかへ行ってしまった。

 森といっても木が生えてるわけではなく、切り立った細い岩に苔が生えているだけだ。

 その苔でさえも光っているのがスリー・ピー・アロウだ。

 緑色に蛍光する肉厚なヒカリゴケは、沼のように地面にも群生している。周りを照らすには頼りないほのかな光だ。

 土壁や地面から露出した鉱床が赤や紫に光るも、苔と同様にほのかに光るだけで、足元は真っ暗だ。

 そのせいで、街から離れたこの道は、宙を歩いているような気分になる。

 天井にも光はあり、それらは天然光ではなく作られた人工光だった。高いところで色とりどりの明かりがぼやけて揺れているので、星空のように見えた。

「あれは根避けの明かり。決して消えることのないスリー・ピー・アロウの星空」

 天井を見上げリットの足が鈍くなったのに気付いたボンデッドは、見上げずに前を向いたまま言った。

「根よけ?」

「根は暗い方向へと伸びる性質があるので、これ以上スリー・ピー・アロウに根が伸びてこないよう、年中一日中何百年も天井を明るくしている」

「風習の名残みたいなもんか?」

「昔は根を焼いていた。天井の崩落の原因は、それで土が脆くなったせいもあるのかもしれない。木になる実のように、今は露出した根にランプをぶら下げている。ちょうど今、灯守りが点検とオイルの補充をしているはず」

 ボンデッドが見上げ何かを見付けると、その方向に指を差した。

 天井の光が、星の瞬きのように光ったり消えたりし始めているところだった。

「これだけ光にこだわるなら、チルカなんかは人気がありそうっスねェ」

 ノーラの言葉を聞いて、ぼんやり光っていたチルカの羽が天井の光のように点滅しだした。これはチルカが笑ったり喜んだりしている時に起こる現象だ。

「魔族になんて興味はないけど、私の魅力に惑わされるのはしかたないかもしれないわね。なんて言ったって、魔族の地に一人だけいる可憐な妖精だから」

「妖精なら、スリー・ピー・アロウにはバンシーがいる」

 チルカは一瞬「あっそう」とつまらなそうに顔をしかめたが、「そう言えば、外で妖精に会うのは初めてね」と瞳に期待を滲ませた。

「でも、恥ずかしがり屋なので、人前に出るかどうか……」

 ボンデッドは頭蓋骨をコリコリと指でかいた。

「男なの? 女なの?」

「どっちも。チルカさんのように白色ではなく、羽が赤く光っている。しかし、雰囲気は似ている」

「まぁ、光る部分が一緒ならそうでしょうね。ここはあんまり太陽と関係がなさそうだけど、妖精でも生きていけるのね」

「そういえば、たまに陽の光に当たりに行っているのを見る。崩れた穴付近まで、フワフワ飛んで行くのを」

 ボンデッドは頭蓋骨をかいていた指を天井に向けた。

 真っ暗で外の森も空も見えないが、ボンデッドが指した場所には穴があるのだろう。

「よかった。カビ臭いここでも日光浴は出来るのね」

「そういえば」と、ボンデッドはまじまじとチルカの顔を見た。「チルカさんは、バンシーとは肌の色が違う」

「私はフェアリーだから。でも、太陽の光を浴びなくちゃいけないなら、肌も髪の色も同じはずよ」

「髪はオレンジ、肌は褐色というのが自分の中にある妖精のイメージなのだが」

「羽が赤く光るからでしょ。明るいところで見れば、私と変わらないはずよ」

 ボンデッドはなるほどと手を打った。乾いた骨がぶつかる音がよく響いた。

 音の反響具合からして、洞窟は相当な広さがあることがわかる。

 しかし、街は点在しているわけではなく、天望の木を中心に広がっているようだ。そこだけ光の密度が違う。

「街はまだなのか? 早くこいつを売っちまいたいんだ」

 リットはマックスの持つ木箱を苛立たしげに叩いた。歩いても歩いても、街明かりの大きさが変わらない気がしたからだ。

「もうすぐ。遠いように見えてすぐ近く。周りは淡い光ばかり、それもいくつもある。惑わされるのは、洞窟の闇に慣れていないからだ。一度目を閉じてから、街の明かりだけに焦点を合わせてみればいい」

 リットはボンデッドの言うとおり目をつぶり、まぶたで闇を作ってから目を開けた。

 すると、しっかり街に近づいているのがわかった。

 同時にランプに火をつければいいという事に気づいた。周りに光る苔や磨かれた鉱物があるせいで、ランプの明かりはいらないと勝手に思っていたが、どれも照らすと呼ぶには淡すぎる光だ。

 リットがランプに火をつけると、足元に土の道がはっきりと見えた。いくつか足跡が残っており、それが街へと続いている。

 妖精の白ユリのオイルの火なので、チルカが夏の羽虫のように寄ってきた。

「珍しい光。ここにはない色だ。何かに似ている」

 ボンデッドがチルカを押しのけてランプに顔をくっつけた。

「太陽だろ。これはそういうオイルだ」

「地上の炎にも、珍しいものがあるんだな」

「オレからしたらここの炎のほうが珍しい。どうやって作ってんだ?」

 リットは近づく町明かりに目を向けた。色とりどりの明かりは地上では見ないものばかりだ。

「鉱物をオイルに溶かすのが一般的。安定した炎を出せるものだけ売り出し、それを我々が買っている。人間で言う、雑貨やファッションみたいなものだろう」

「鉱物と混ぜる比率がわかれば、オレでも作れそうだな」

「人間が扱える火の温度を超えなければ溶けない鉱物もあるのでムリでしょう。それに、毒ガスで死ぬ確率のほうが高い。ここでは心配のないことだが」

 ボンデッドに言われ、リットは空気が澄んでいることに気付いた。

「なるほど……特別な技法があるわけか」

「そういった技法もあるが、天望の木が空気を清浄してくれていることも大きい」

「ここでしか使えない明かりってことか。まぁ、そっちが目的じゃねぇしな」

 リットは少し名残惜しそうに近づいた街の明かりを見たが、手元のランプの明かりに視線を移し歩き出した。



 街に入るとランプの光がいらないほど明るかった。

 家は岩や土を削って作られており、その全てが独自のセンスによりライトアップされていた。

 ある家は赤色と白色のツートンカラーだったり、またある家は緑を基調に様々な色で光るランプを吊るして花畑のようになっている。

 その中に一つだけ明かりのない家があった。

 土の家で、リットが壁に触れるとボロボロと削れ落ちた。

「ちょっとちょっと、勘弁してくれよ! まだ中で作業中だ! オレを生き埋めにする気か!」

 そう怒鳴りながら家の中から出てきたのは蟻だった。

 蟻といっても、六足歩行ではなく、ケンタウロスのように四足歩行をしており、背はリットよりも大きい。

 太い顎をカチカチならしながら「まだ、固まってないのによ」と削れた箇所に泥を詰めている。

「すまない、シュタイン。外からの人で、こっちのことをまだ知らないんだ」

 ボンデッドが代わりに謝るが、シュタインと呼ばれた蟻の虫人は怒りがくすぶっているようだ。

「まったく……泥が乾くのには一週間は掛かるぜ」

「小さい穴だろ。なんならすぐに乾かしてやるよ」

 陽の光があまり入らないスリー・ピー・アロウなら一週間は掛かるかもしれないが、妖精の白ユリのオイルを使えばすぐに乾くはずと、リットは提案しようとしたが、シュタインはカチカチ苛立たしげに顎を鳴らした。

「なにが小さいって? よく見ろ。この家に住む予定のラミアだって通れる入り口だ。小さいわけがねぇ」

 シュタインはリットが崩した壁ではなく、家の入口を指して言った。

「そっちの穴のことは知らねぇよ……。とにかく悪かった。問題はねぇのか?」

「問題はねぇのかだって? オレの掘る家に問題なんかあるわけねぇだろ。すべすべの土壁。ラミアの鱗にだって傷つかない硬さ。文句を言う前に触って確かめてみろ」

 シュタインはリットの胸元を強く指で突いてから、土の家を指した。

「壊れただろ……触ったら」

「壊すだって! オレは触れと言ったんだ。そんな違いもわからねぇのか!」

「おいおい……頭に穴あいてんのか」

「頭に穴だって! そりゃいい! 家に天窓をつくるわけだ。寝転がれば、天井のランプ明かりが見えるってな」

「虫も落ちてくるぞ……」

「無視なんてできないくらい、でっかい穴をあけるに決まってるだろ!」

 シュタインはイライラとした様子でリットに詰め寄った。

「おいおい、なに無駄にイラついてんだよ。血管がブチ切れるぞ」

「かぁーっ! とうとう欠陥住宅ってか! 話にならねぇ! オレは仕事に戻るぜ!」

 シュタインは細い腰とは正反対の大きく膨らんだお尻を、怒りにまかせて大きく振って、家の中へと戻っていた。

「どういう奴なんだよ……」

 絡まれた原因は自分にあるものの、リットは納得できずにいた。

「少しだけ人の話を聞かないタイプではある」とボンデッドが親指と人差指の距離を縮めたので、リットも真似をすると、顔をしかめて「少しだけな」とかえした。

「ここの土の家のほとんどが、彼らによって作られている。後は通路が崩れた時にも活躍する」

「おい、根に支えられて崩れないって言ってたじゃねぇか」

 リットは思わず高い天井を見上げた。

「いえ、ここじゃなく、本当の通路のこと。スリー・ピー・アロウは洞窟。ここ以外にも、通路で繋がった街はあるということ。真っ暗じゃないと生活できない魔族もいるので。その中でも、ここは一番大きな街」

 言いながらボンデッドが歩き出したので、リット達も続いた。

「確かに大きいっスね。外から穴を降りた時は、そんなに深くなかった気がするんスけど」

「暗く狭いせいで、お気付きにならなかったようで。縦穴の深さはそれほどでも、横穴も斜めになっていた。知らず知らず地中奥深くまで這っていただけのこと」

「ボンデッドは穴掘り下手なんスねェ」

「下から掘ると、どうしても上へ上へとはやる気持ちのせいで斜めに掘ってしまう。結局、最後は我慢できずに真上を掘ることに」

 ボンデッドは穴を表すように手を横に動かすと、最後は勢い良く手を真上に上げた。

 その手がランプにぶつかり音を立てた。

「おっと、火葬されるところだった。ここが灯屋。光にまつわるものはなんでも売り買いできる店」

 土でできた家には扉はなく、ボンデッドは緞帳のような重いカーテンを上げて中へと入っていった。

「灯屋ってランプ屋みたいなもんスかねェ」

「だろうな」

 リットも中に入る。

 店の中は赤い光に満たされていた。

「いらっしゃい。今日は光の色を見てのとおり、血の日だよ。吸血鬼なら安売りするけど、見たところそうじゃなそうだ」

 テーブルに置かれた兜がリットに喋りかける。声からして男のようだ。

「もう、驚きもしねぇや」

「それは残念。で、今日は売りに来たのか買いに来たのか、どっちだ?」

「売りに来た」

「じゃあ、ちょっと待ってな。ボディー、来てくれ!」

 兜が声を張り上げて言うと、店の奥から首のない鎧が出てきた。

「よし、売りたいのはどれだ?」と聞いてきた兜に、「これです」とマックスが木箱をテーブルに置くと、首のない鎧が中から一つ取って、兜の前に置いた。

 リットが水の中に入れると青白く発光すると説明するが、見たことないものは信じられないらしく、証拠を見せてみろと兜が注文をつけてきた。

「水がありゃすぐだ」

「なら、川から汲んでこい」

 兜が言うと、首のない鎧がリットに木桶を投げ渡した。

「上まで戻れってか?」

「横の川の水でいい。わからないなら、ボンデッドに案内してもらえ」

 兜がシッシッと口で言うと、遅れて首のない鎧が出てけと手を払った。

 魔族と会話は勢いに負けてばかりだ。外に出されたリットは一度深呼吸をして、調子を整えてからボンデッドに話しかけた。

「ここは洞窟だろ? あるのか? 川」

「あの天望の木の根付近から流れているんだ」

 ボンデッドは街の中心に向かって指を差した。

 スリー・ピー・アロウの中心には、天望の木の太い根が密集して更に太くなり、まるで幹のようにそびえ立っている。

 枝のように伸びた根が、天井に張り巡らされ土を支えているので、余計にそう見えた。

 天望の木から、ふと足元に視線を下ろすと、深い窪みにちろちろ水が流れているのが見える。

「まさか、このあっさいあっさいのを川と言いはるんじゃねぇだろうな」

 リットは試しに手を入れてみるが、川は指の第一関節の深さもなかった。

「雪解けの季節になれば、窪みいっぱいに水が流れる」

「この様子じゃ、水を溜めてる間に、天望の木を登って降りてくる時間もありそうだ」

 浅い川の水を組むことはできず、横向きにした設置した木桶に水が流れ込んで溜まるのを待つしかない。

 コップ一杯分を溜めるのにも、しばらく時間がかかりそうだった。

「それは大丈夫だ。なんせ今は登れないからな」

 ボンデッドは笑っているが、リットにとっては大問題だった。

「こっちはそれが一番の目的なんだ。登れないってのはどういうことだ」

「我々にとっては大きいが、天望の木にとっては小さい樹洞がいくつもできている。それを繋いで作られているのが、頂上への道。樹洞から入ってきた雪が積もったり、凍ったりして冬は危険ということだ」

「今は登れないってことは、冬が過ぎたら登れるのか?」

「この川が雪解けで増水する頃には、安全に登れる」

 ボンデッドは浅い川に指を入れて、ぱちゃぱちゃと遊ばせた。

「今まで順調に行き過ぎてたからな……。冬の始まりにスリー・ピー・アロウに着かなかっただけでもマシと考えるか」

「待ちすぎて骨になったら、自分とお仲間になる。……リットさんは体のどこかに形の良い骨はお持ちかな?」

 ボンデッドは値踏みするようにリットの体を見た。

「中指はどうだ? オレの自慢だ」

 リットが中指を立てると、ボンデッドは顔を近付けてまじまじとそれを見た。

「うーむ……少し曲がっていて、お世辞には形の良い骨とは……」

「骨だけの奴には、皮肉も通じねぇか」






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