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ランプ売りの青年  作者: ふん
闇の柱と光の柱編(上)

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第六話

 ノーラに「旦那ァ、お客さんですよ」と呼ばれ外に出てみたものの、リットは困り果てていた。

 足元ではニャーと一声鳴いた後、じっとリットを見上げる猫が一匹。

 口元に手紙を咥えているので、おそらくパッチワークと関係している猫のはずだが、手紙を口から離す気配がない。

 試しに手紙を奪い取ろうとしたが、釣り針に引っ掛かった魚のように手紙に食い付いたまま、リットの手の動きに合わせて空中で揺れている。

「どうしろってんだよ……。グリザベルはフクロウ。パッチワークは猫。喋れる奴を寄越せってんだ」

 リットは猫じゃらしの代わりに、雑草を猫の前にチラつかせるが反応ない。

「動物に喋ろってのはムチャってもんでしょ。獣人じゃないんスから」

 ノーラもリットを真似して、手を引っ込めてダブダブにした服の袖を猫にチラつかせる。

「酒でも飲ませりゃ、喋るだろ」

「そんなまさか」

「酒場の酔っぱらいだって、ニャーニャー言うくらいだからな」

「それは呂律が回ってないからでしょ。共通言語といったらこれですよ」ノーラはポケットから食べかけのパンを取り出した。「食べ物っス」

 それを小さくちぎって投げると、猫は手紙を置いてパンに向かって走り出した。

 リットは落ちている手紙を拾ったが、猫が戻ってくる気配はない。

「ね? 言葉が通じなくても、通じ合う方法はあるんスよ」

「ちゃっかりしてる……さすがパッチワークの使いだな」

 リットは既に封蝋が剥がれている手紙を開いた。

 手紙は唾液と食べかすで汚れ、牙で穴が空いていたが、読むには支障がなかった。

 

  ニャーはドゥゴングには行かないニャ。

  行けないではなく、行かないの意味をよく考えてほしいのニャ。

  でも、今後お兄さんと良い取引をするためにも、ドゥゴングの猫仲間には手助けするように手紙を送っておいたニャ。

  パッチワーク・ノーシトラスより

  追伸  お兄さんが、人魚の招待状と魔界の品物のことを忘れてないことを祈ってるニャ。


 リットは手紙の最後に押してある肉球の印まで読むと「そういえば、そういう取引をしてたな」と呟いた。

「なんのことで?」

 ノーラが不思議そうにたずねた。

「ただの悪巧みだ。気にすんな」

 リットは手紙を適当にたたむとノーラに押し付けた。

「どれどれ……」ノーラは手紙を読むと眉間にしわを寄せた。「つまんない手紙っスねェ。もっと話すことないんスかァ?」

「オレにとってはつまるんだよ。とりあえずドゥゴングに行けば、なんとかなるってわかったからな」

「おぉ、懐かしきドゥゴング。人魚と共存する港町ドゥゴング。魚が美味しい街ドゥゴング」

 ノーラは思い出しよだれを垂れ流しながら、うっとりと目を細めた。



「……全然懐かしくないっス。こんなのまるっきり別の街じゃないですかァ」

 ノーラは霧がかった白いため息を吐く。

 リット達がドゥゴングに着く頃には、冬も盛りに入っていた。

 迎えるのは、前に来た時のような果物の甘い香りやスパイスや染物の香りではなく、雪混じりの潮風だった。

 街の中心で高くそびえるクジラの肋骨は、雪で作った柱のように見える。

「なによこれ! 川よりも寒いじゃない! もっと暖かいところを想像してたわよ!」

 寒さに身を震わせるチルカが、リットの耳元で叫んだ。

「うるせぇな……。だいたいオマエはついてこなくても良かったんだぞ」

「私は妖精史上初の海賊になるの。そしたら死ぬまで自慢できるじゃない」

「別に海賊になりにきたわけじゃねぇっての」

「でも、たしかにこの寒さは……」

 マックスも身を震わせる。その度に手に持った木箱がカタカタと揺れた。

「寒かったら、その箱に入ってる服でも着ろ」

「例え寒さで死にそうになっても、シルヴァの服で暖を取るのは無理があると……」

「いつも背中が開いた服を着てるだろ」

「それは翼が邪魔になるからで――」

 マックスが言いかける途中で、チルカがマックスの肩に足を下ろした。

「なに言っても無駄よ。アイツは私達有翼種族の悩みなんて、わかりはしないんだから」

 チルカはマックスの頬を壁代わりに手をついて、やれやれと肩をすくめた。

「有翼種族とは文字通り翼が有る種族のことで、チルカのように虫のような羽を持った妖精は有翼種族とは言わないのでは?」

 マックスの言葉に、ノーラは「あーあ」と声を漏らした。

 そのノーラに視線をやったせいで、マックスはチルカが頭付近に飛んできたのが目に入らなかった。

 気付いた時には、チルカの足がマックスのこめかみを捉えていた。

「マックスといい……モントといい……リットと血の繋がりのある奴は、どうあっても私を虫扱いしたいわけね」

「僕は一般論を言っただけであって……」

「一般論? ディアナから出たことのないアンタの一般論なんか、子供の言う「自分はやってない」くらい信用ないわよ」

 マックスの手が木箱を持って塞がってるのをいいことに、チルカは執拗にマックスの顔を蹴った。

「そんな無茶苦茶な……」

「無茶苦茶だろうがなかろうが、ここでは私が常識なのよ」

 リットはチルカの自分至上主義理論を後ろに聞きながら歩いていた。

「よくまぁ、誰にでも偉ぶれるもんだな」

「旦那もですけどね。たまに旦那とチルカも血が繋がってるんじゃないかと思いますよ。旦那のパパさんが妖精と子供作ったなんてないっスかねェ?」

「人間と妖精じゃ、物理的にムリだろ」

「物理的にっスか」

「物理的にだ」

 ノーラは下を向いてうーんと唸った後、唐突に話題を変えた。猫の足跡を見つけたからだ。

「ところで、猫さんはどこにいるんすかね」

「さぁな。まずは体を温めてからだ」

「そうですね。温かいスープでも飲みたいですねェ……宿で」

 ノーラの言葉を聞いたリットは、急に立ち止まると身を翻した。

「おっと、そうだった。まずは宿を取らなきゃな」

「そうだったって……どこで体を温める気だったんスか? って、聞くまでもないですよねェ」



 宿に着き、部屋に案内されると、マックスは腰かけるというよりはむしろ倒れるように椅子に腰を下ろした。

「疲れた……」

「おいおい、疲れたって……。頼むぞ、オマエの筋肉をあてにして、木箱いっぱいに服を詰めたんだからよ」

 リットも椅子に座ると、木箱の上に足を乗せて楽にした。

「そのことよりも、あっちが……」

 マックスの視線の先には、ベッドを小さい体で独占するチルカの姿があった。

「親父に毒虫を突っつくなって教わらなかったのか? まぁもっとも、チルカは突っつかなくても毒を吐いてくるけどな」

 リットはからからと笑いながらも、これからのことを考えていた。

 まず、パッチワークが手紙を出した猫を探すこと。手紙ということなので、猫の獣人だろう。

 心当たりがあるのは、魚の内臓を発酵させた食べ物を売ってる店の猫の獣人だが、もし違っても他の猫の獣人の情報くらいは知っているだろう。

 次に、最近のイサリビィ海賊団の情報だ。最新の遭遇時期がわかれば、次にいつ船を出すのかはだいたいわかる。

 たまにアリスの気まぐれで船を出すこともあるが、大抵は貯蔵庫の三分の一くらい酒がなくなってからだ。

 それがわかったら、イサリビィ海賊団が船を出しそうな日に、ドゥゴングから出港する船に乗ればいいだけだ。

 海賊をやっていたことも助けになると思うと、ヴィクターの冒険家としての血が、自分に流れているように思えてならなかった。

「なにか楽しそうですね」

 口元に笑みをこぼすリットに、自分がからかわれていると勘違いしたマックスが不機嫌そうに言った。

「そっちは今にも死にそうだな。羽だけが元気におっ立ってやがる。天国まで飛んでイキそうってか」

 リットはある意味マックスの期待通りにこたえてやった。

「あなたに心配されなくても大丈夫です」

 マックスは子供のようにそっぽを向くと、急に力が入らなくなったように肩を落とした。

 リットの家からドゥゴングに着くまでは、ほとんど荷馬車の中。それも、何度も乗り継ぐことになった。

 というのも、リットは馬車の準備をしていたわけではなく。行く先々で適当に声を掛けて乗せてもらっていたので、このままで本当に行き先のドゥゴングに着くのかという不安が襲ってきていた。意識せずとも、ずっと緊張状態が続いていた。

 だから、ベッドがある宿の部屋に入った途端、今までの疲労が滝が落ちるように勢い良く体に出てしまった。

「あなたは……いつもこんな旅を?」

 マックスは大きく羽を伸ばしながら聞いた。

「オレは冒険家でもなく、行商人でもなく、町のランプ屋だぞ。こんなしょっちゅう馬車に乗るようになったのは、ここ二、三年だ」

「思えば、エミリアの依頼から色んなとこに行きましたねェ……。世間知らずのドワーフだった頃が懐かしいっス」

 テーブルに溶けたように突っ伏すノーラの頭に、ベッドから飛んできたチルカが腰を下ろした。

「懐かしむようなことなの? ノーラは現在進行形で世間知らずじゃない」

「チルカも同じようなもんじゃないっスか。詳しいのって、リゼーネの森と旦那の家の周りくらいでしょ?」

「私は妖精にしては世間を知ってるほうよ。今更新しいものを見たくらいで、はしゃがないくらいは」

「そんなこと言ってェ。明日になって初めて海を見たら、「海だー!」って叫ぶに決まってますよ」

「そんな子供みたいな反応しないわよ。でも、聞いた話によると、海って大きいのよね。ティアドロップ湖とどっちが大きいのかしら」

「そりゃもう海っスよ。ティアドロップ湖がリンゴの種だとしたら、海は果肉みたいなもんですよ」

 ノーラのわかるようなわからないような例えに、チルカは納得のいった様子だった。

「そんなに大きいのね。まぁ、今はノーラが一歩先に行ってるみたいだけど、並ぶのなんてすぐね」

「そうっすかね? これから一緒のとこに行くんだから、距離は縮まらないと思いますけどねェ」

「甘いわね、ノーラ。蜂蜜よりも甘すぎよ。私は海賊船を乗っ取って、海賊頭になるの。キャプテンよ。キャプテン・チルカ」

「その口ぶりはアリスを思い出します」

「誰よアリスって。そいつがキャプテンなの? 笑っちゃうわね。そんな女々しい名前をした奴よりも、私のほうが何百倍もキャプテンにふさわしいわ。目を閉じると光景が浮かぶわ。何千人もの海賊の手下が、私の足元に跪いているのが」

 まぶたの裏に流れる妄想の世界に浸るチルカに、リットは酒瓶から抜いたばかりの栓を投げて当てた。

「小せぇオマエの足元に跪くには、体を床にめり込まさないといけねぇだろ。だいたい、そんな人数いねぇよ」

「都合の良い妄想の世界に浸ってるんだから邪魔しないでよ。目を開けた瞬間にバカ顔があったんじゃ、あっという間に現実に連れ戻されるわ」

「それじゃあ、鏡で自分の顔でも見ろよ。次は現実に打ちのめされるぞ」

「アンタ、毛虫の毛一本分だけ私よりも世間を知ってるからって、ちょっと生意気すぎよ」

 チルカはリットの眼前まで飛んで行くと、挑発するように拳を握った。

「そんなことないっスよ。旦那も故郷の村から、今の町に住み始めた頃は世間知らずだったんスから。ねぇ、旦那ァ?」

 リットはマックスに向けて酒瓶を少し傾けて、「飲むか?」とジェスチャーだけで聞きながら、ノーラに「んなことねぇよ」とこたえた。

 酒が嫌いなマックスは、当然首を横に振って拒否をした。

「またまたァ、カーターが言ってましたよ。リットは引っ越してきた初日から。酒をツケで飲むような奴だったって」

「それは世間知らずじゃなくて、恥知らずっていうのよ。平気でバカ面を晒して歩いてるようじゃ、今も知らないままみたいね。そのままでいたら、そのうち後悔するわよ」

 チルカの嘲笑に、リットも同じように口をひん曲げて笑い返した。

「わざわざそのうちのことを忠告してくれるなんて優しいこった。あぁ、虫の知らせってやつか?」

「へぇ、知らないのは恥だけじゃないのね。命も知らないとは思わなかったわ」

「なんかしたら、魔族の国で弱ってもほっとくぞ」

「なに、魔族の国って太陽の光が届かないの?」

「知らねぇよ、行ったことねぇんだから。でも、魔族が日光浴してるなんて想像つくか?」

「せっかく太陽が陰ることのない、雲の上にある浮遊大陸に行くのに、先にそんな根暗な国に行かなくちゃならないなんてねぇ……」

 チルカのつまらなさそうに吐くため息のタイミングに合わせて、マックスがおずおずと手を上げた。

「あの……そのことで相談が。もし、魔族の方が天使に恨みを持っていたら、僕はどうしたら……」

「オマエは堕天使で通せよ。問題は今現在、人間と魔族で小競り合いが起きてるって噂があることだ。それが本当だったら、オレのほうが面倒くせぇことになる」

「その小競り合いに混ざって死ねばいいんじゃないの? ゴーストになったら問題ないでしょ」

 チルカは首絞めや、打ち首のジェスチャーでリットを煽った。

「そうなる前に、オマエをランプに閉じ込めて、ジャック・オ・ランタンになってやるよ」

 再び始まったリットとチルカの言い合いを、マックスは落ち着かないような不安気な瞳で眺めていた。

「どうしたんスか?」とノーラが聞くと、マックスは乾いた笑いを響かせた。

「今まで気付かなかったけど、どうやら僕は心配性らしい」

「普通だと思いますけどねェ。旦那も今はあんなですけど、色々調べて考えてから行動してますよ」

「いや、まぁ、うん。それはわかってきたけど……」

 マックスは歯切れ悪く同意する。

「調べて考えてもわからないことは、行ってみるまでわからないもんスよ」

「ノーラ、キミはずいぶん達観しているね」

「だって、いちいち気にしてると胃が痛くなるってもんです。胃を悪くすれば、ご飯を美味しく食べられなくなっちまいますよ」

「なるほど。考えるのを諦めただけか……」






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