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ランプ売りの青年  作者: ふん
闇の柱と光の柱編(上)

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第三話

 不思議な感覚だった。自ら一歩目を踏み出せば、過去の出会いや出来事が糧となって、追い風のように吹いてくる。

 リットはリル川の流れを眺めながら、口元に笑みを浮かべていた。

「さっきから川ばっかり眺めてるけど、人魚でもいるのかい?」

 御者から男がリットに声を掛けた。

「人生思い通りに行くってのは、なかなか楽しいもんだと思ってな」

 リットが乗っているのは、リゼーネからディアナへと向かう荷馬車だ。リゼーネ特産のイモが積まれた木箱の間に、挟まるようにして座っている。

 ドゥゴングに行くには一度リゼーネに戻らなければならないので、ノーラもチルカもいなく、リット一人だった。

「隣の客がツマミを残して帰りそうだと思ったら、酒まで残して帰って、まんまと残り物にありつけたみたいなもんかい?」

「それどころか、急な祝い事があった景気の良いおっさんが、客の飲み代全部払ってくれるようなもんだ」

「それはいいね。ところで、どこまで乗せていけばいいんだい?」

「どこまで行くんだ?」

「中央広場までだ。そこで、このイモをお金に換える。そのお金でまた商品を仕入れて、別の街で売るんだ」

「旅商人か」

「店を出す資金が貯まるまではそうだ。いつか金勘定で倒れるまで稼いでみたいね」

「借金の金勘定にならねぇように祈ってやるよ」

 リットは懐かしい匂いを感じながら、街の建物の影に隠れるリル川を見送った。



 荷馬車から降りたリットは、御者の男に礼を告げると、遠くに見える城門に向かって歩き出した。

 街はいつもの賑やかさを取り戻しており、まだヴィクターがいるのではないかという気さえしてくる。

 リットが城門前に着くと、門番が「おかえりなさい」と声を掛けた。

 悪くないものだとリットは感じていた。手続きも了承もなく門が開くからではなく、まだ自分が家族として見られているということに対してだ。

 そんなことを思っていたせいか、気付けば前に自分が使っていた部屋の前まで歩いてきてしまっていた。

 ここからなら、モントやシルヴァに会うよりも、マックスに会ったほうが早いと思ったリットは、真っ直ぐマックスの部屋へと向かった。

 今は昼過ぎ。腹ごなしの運動を済ませたマックスが、自分の部屋で休憩を取っている頃だろう。

 リットがノックもなくマックスの部屋のドアを開けると、中にいたマックスはぎょっとした顔で身を仰け反らせた。

「なんですか! いきなり!」

「そんな驚くなよ。ズボンを下ろしてなんかしてたわけじゃねぇだろ」

「そういう問題じゃなくて! あれ? なんであなたがここに」

 マックスは鏡を見るように、まじまじとリットの顔を眺めた。

「オマエに言うことは、今度会った時に取っておくって。言いたくなったから会いに来たんだ」

「どうせ、くだらないことなんでしょうね」

 表情を曇らせるマックスだが、また驚いたように目を見開いた。

 リットが握手を求めるように手を差し出したからだ。

「一緒に来いよ。オマエに世界の広さを見せてやる」

 力強いリットの言葉を聞いて、マックスは無意識にその手を握っていた。

 握手を交わしていることに気付いたマックスは、慌てて手を離すと「なぜ? どうして? どこへ?」と疑問を並べて口にした。

「ここにいたってやることねぇだろ。城の肥やしになる前に連れ出してやるって言ってんだ。オレが帰る前に、旅支度をしとけ」

 呆然とするマックスを置いて、リットは部屋を出た。

 部屋を出てから、リットは思わず頭をかいた。自分の強引さがヴィクターと重なったからだ。

 ヴィクターなら最後に「愛する息子」とでも付け足しただろうが、リットにはその一言は浮かびもしなかった。もし、浮かんでいても口から出る前に、ぐっと飲み込んだだろう。

 リットはほうっと短い息を吐くと、どうしたものかとおもむろに歩き出した。

 マックスと違い、シルヴァがいる場所はわからない。規則正しく生活するマックスだからこそ居る場所がわかったのだが、風に吹かれる綿毛のようにフラフラしているシルヴァの居場所を突き止めるのは非常に難しいことだ。

 街の見回りをしている兵士に聞くのが一番だ。リットは近くにいる兵士に、シルヴァの居場所がわかったら城に連れ戻してくれとお願いをすると、モントに乗船許可を貰いに行った。


「うーむ……」と悩み声から入ったとおり、モントの顔は難色を示していた。

 ここは政務を執っている部屋。机には書類が山ほど溜まっていた。目につくと言えばそれくらいで、良く言えば機能的。悪く言えば殺風景な部屋だ。

 リットが部屋をじっくり見回し終わると、モントは「難しいな」と一言だけこぼした。

「どうせ、途中で船を降りるんだ。ずっと邪魔はしねぇよ」

「乗船許可なら出せる。だが、船を出す用事がないのが問題なんだ。この書類の山を見ての通り、船を出し終えた後だ」

 モントは恥ずかしがる様子もなく「可愛い弟の頼みならなんとかしてやりたいがな」と付け足した。

 ムーン・ロード号に乗れないとなると、エミリアの父親の商船であるマダム・シルバーランド号も、タイミングが悪ければ乗れないだろう。そもそも、船は突発的に出港するものではない、行き先も含め出港の準備は長い時間をかけてするものだ。

 ムーン・ロード号がダメならば、既に準備を終えた他の船に乗るのが一番手っ取り早い。

 パッチワークに頼んでみるのも一つの手だろう。

「大丈夫か?」

 黙ってしまったリットに、モントが心配そうに訪ねた。

「大丈夫か考えてるところだ」

「どこに行くつもりなんだ? 船を途中で降りると言っていたが迎えがあるのか?」

「ちょっくら浮遊大陸まで行ってこようと思ってな」

「ミニー母さんの故郷か。目的は天望の木だな。それならこの大陸にもあるだろう。海を渡る必要があるか? 馬車くらいなら出すことができるぞ」

「確かにあるけど、天望の木に登っても観光じゃ意味がねぇからな。浮遊大陸が流れ着く確率は高い方がいい。ペングイン大陸のスリー・ピー・アロウがその場所ってわけだ」

「そうか。もしなにかあったら私の名前を出せ。世界の裏側にいても助けに行くから。船も出せない不甲斐ない兄ですまないな」

 モントは深く頭を下げた。

「どうせなら、名前を出さなくても済むように祈っといてくれよ。あと、マックスは借りてくぞ」

「それはマックス自身に聞いてくれ」

「なら、問題はないな」

「行くと言っていたのか?」

「囚われの姫じゃねぇんだ。もしゴネても、寝てる間に馬車に押し込めば、踏ん切りもつくだろうよ」

 リットは「邪魔したな」と部屋を出ていくと、モントからは「いつでも帰ってこい」と返ってきた。


 執務室から出ると、「あー、ここにいた!」とシルヴァが人差し指を向けながら早足で近付いてきた。

「なんで、私がお城に連れ戻されなければいけないわけ。買い物してたのに。友達の前で恥かかされたぁ。「シルヴァ様。お城にお戻りください。お兄様がお待ちです」って。皆が服を買ってる中、私一人だけ帰されるなんて惨め過ぎるっしょ。明日になったら皆が新しい服。私だけ古い服。マジ疎外感に打ちのめされそう。お兄ちゃんにわかる? 皆が明日を生きる若者なのに、私は過去にすがりつく悲しい女。私が美人じゃなかったら悲惨そのもの。過去に生きるなんて、おばあちゃんになってからでいいじゃんって。どうせ、年取ったら時間なんて腐るほどあるんだから。若いうちにできることを若いうちにしとかないと、絶対後悔するね」

 シルヴァは早口で言い切ると、「で、なに?」とイライラしながら尋ねた。

「今の話を聞いてると、古い服なんてもう興味ないわけだろ?」

「まぁね。知ってる? 今日着てた服が、明日突然ダサくなるのが女の世界なの。世代交代の速さは、イジリーナの彼氏並だね。マジはやいよ。瞬きしてたら別の男になってるから。サキュバスって得よねぇ。一生男に苦労しないんだから。これ、マジだよ。努力なしの美貌ってのは私も負けてないけど、ウィルだけはイジリーナに近付けさせないようにしないと」

 シルヴァとの話があちこちに飛んでぼやける会話は、シルヴァの部屋に入るまで続いた。

 部屋に入ると、シルヴァは「ちょっと待ってて」と衣装ダンスを開けた。

 そして、「これはダサい。これもダサい」と、いらない服をベッドの上に置いていく。

「オマエのタンスは服屋でも営業してんのか?」

 どんどん積まれていく服に、リットは呆れを隠せなかった。

「じゃあ、お兄ちゃんは部屋で酒場でも営業してるの? あーもーこれもダサい。これも、これも。これはグンヴァお兄ちゃんがくれたやつだ……。女がこんなの着ると思ってるから、グンヴァお兄ちゃんはモテないのよねェ」

 シルヴァは腰に大きなリボンが付いた服を引っ張り出して、ベッドに放り投げた。

 ベッドに積まれた服の山はどんどん大きくなる一方だ。

 リットはその中から、今投げられたばかりの服を手にとって見た。

「これは……シルヴァのサイズじゃねぇな。渡せなかったやつを押し付けたのか」

「こんなの渡してたらモテないどころか、サムイ男一直線だね。それでリットお兄ちゃんは、旬が過ぎてカビが生えたような服ばっか集めてどうすんの?」

「女にやるんだよ。こういう謎の服が好きな奴だからな」

 リットはベッドの服の山から、別の服を取ると広げた。

 黒いドレスだが、背中の部分がほとんど紐になっていて、少しでも太った人が着ればハムにでも見えそうだった。

「それって、お兄ちゃんの恋人?」

 シルヴァは衣装タンスから目を離さずに、服を選定しながら聞いた。

「そう答えたほうが面白く転がる場合はな」

「なにそれ意味わかんない」

「わかるって言われたら驚きだ。いや、このいらねぇ服の山ほど驚きはしねぇな。もっと他に買うものねぇのか?」

「パパみたいなこと言わないで。それに、お兄ちゃんのお酒より全然無駄になってない。お酒は一回飲んだら終わり、でも服は何回か着るから無駄じゃないの。って言うより、私が着たら無駄じゃない。服人生で最低一回は注目の的になるんだから」

「これもか?」

 リットはグンヴァから貰ったと言っていた服を持ち上げると、シルヴァに見せつけた。

「お兄ちゃんが着て外に出れば、弓矢の的にはなるんじゃないの」

「外に出る前に止められるだろ。そんじゃ、こっちの服は遠慮なく貰ってくぞ」

 リットは手に持っていた服はいらないと椅子に掛けると、服の山の一番下に手を滑り込ませて持ち上げた。

 すると、リットの目の前は服で埋まり、足元さえ見えなくなった。

「おい、シルヴァ。ドア開けてくれ」

「はいはい。お土産楽しみにしてるからね。絶対お兄ちゃんのセンスで買わないでよ。わかった?」

 というシルヴァの声を背中に聞きながら、リットは転ばないようにすり足でマックスの部屋へと向かった。


 マックス部屋の前まで来たが、ドアの取手を掴めないリットは何度もドア蹴った。

 ドアが開く音が聞こえると、服の山を押し付けるようにして渡した。

「ここまで持ってこれたのが奇跡だな。服を持って筋肉痛になるとか、笑い話にもなんねぇよ」

「これはいったい……」とドアの前でもたつくマックスに、リットは「オマエの荷物だ」とだけ答えた。

「なぜ、僕がこんなのを」

「いいから行くぞ」

「どこへ?」

「言っただろ。世界を見せてやるって。他は着替えさえありゃいいよ。後はこっちで用意するからな」

 リットはわけもわからずうろたえるマックスを連れて、その日のうちにディアナを出た。



 ディアナに行く時と同じだけの日数を掛けて家に帰ってきたリットは、家に入ると早々に荷物を放り投げて椅子に腰掛けた。

「さすがに疲れた……。一泊くらいしてくりゃよかった」と独り言をこぼしてから、店と生活ペースを区切るドアの前で立ち止まるマックスに目を向けた。「どうした? 中に入ってこいよ。店番したけりゃ、そこにいてもいいけどよ」

 マックスは獣の住処に入るように恐る恐る部屋に足を踏み入れると、「僕は行くなんて一言もいってないのに……」とこぼした。

「まだ言ってんのか。文句は道中、馬車の中でさんざん聞いてやったろ」

「これは誘拐だ!」

「気が早えよ。これからまた馬車に乗って、船にも乗るんだ。別大陸に着いたら、もう一回今のセリフを言えよ。まぁ、この家から出るには。まだしばらく掛かるからゆっくりしろ」

 ディアナのムーン・ロード号に乗れないのならば、ドゥゴングにコネを持っているパッチワークに力を借りる必要がある。

 ここからまたすぐ旅に出るのではなく、パッチワークに手紙を出して、返事を待つ時間があった。

 物音に気付いたのか、「おかえりなさーい」と目やにを付けたノーラが二階から下りてきた。

「まだ寝てたのか」

「旦那が心配で心配で。夜は眠らず昼に寝てたんスよ。マックスも来たんスね」

 ノーラがあくびと一緒に手を振ると、マックスは困ったようによろしくと頭を下げた。

「ノーラ、マックスを部屋に案内してやれ」

「あいあいっス。こっちっスよ。まぁ、案内するほど広くないんスけどねェ。荷物は……重そうなんで、自分で持ってくださいな」

 ノーラは荷物を持つ代わりに、マックスの腕を掴んで引っ張った。

 マックスはノーラの後に続きながら、城とは違い、生活感が隙間をも埋めるような家に、落ち着かないように視線をキョロキョロさせた。

「もしかして、緊張してます?」

「少し……。というか、かなり。あまり誰かの家に入るということがなかったから」

「箱入りだったんスねェ。頑丈な箱じゃないと、旦那にすぐ壊されますよ」

「知っている。昔、一回壊されたからね。理想と一緒に」

 ノーラが「そういうとこありますねェ」と演技ぶって大げさに頷くのを見て、マックスは緊張が解けたように少し微笑んだ。

 二階の短い廊下は、リットとノーラの部屋をすぐに通り過ぎた。

「ストーップ。荷物はここで一旦おろしてくださいなっと」

 廊下の途中でノーラが立ち止まって言った。

「ここで?」

 マックスは疑問に思ったが、言われたとおり廊下に荷物をおろす。すると、空になった手に、すかさず雑巾が渡された。

「ここからは太陽との勝負っスよ。手間取れば廊下で寝るはめになりますから。私は水を汲んできますんで、暴れて埃を立たせないようにっス」

 ノーラが階段を勢い良く下りていく音を聞きながら、マックスはゆっくり部屋のドアを開けた。

 埃だらけの床を歩き、同じく埃だらけの窓を開けると日差しが入り込んでくる。そこからは裏庭が見下ろせ、井戸に到着したばかりのノーラの頭が見えた。

 振り返ると、自分の足跡がくっきり判を押したように残っている。

 これから自分の住む部屋を一から掃除する。

 それだけのことで、マックスには上手く言葉に出来ない心の高揚と、経験したことのない心地の良い不安感が押し寄せていた。






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