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ランプ売りの青年  作者: ふん
命の灯火編(下)

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第二十一話

 月が高い空に雲の中でくすぶり光り、星の光も静寂に飲み込まれた深夜になっても、グリザベルは椅子に座り魔法陣の描かれた羊皮紙を眺めていた。

 テーブルの端に置かれたロウソクは燃えて短くなり、その頼りのない小さな明かりが暗闇の中でちかちかと光っている。

 ガルベラの研究所にある大鏡が神の産物ならば、使い方は鏡を見るということはグリザベルも気付いていた。

 しかし、研究所に出入りしている者は全員、あの大鏡の前に立って自分の姿を見ている。それなのに、目立った症状や何かが起こったことはない。

 考えられることは二つ。

 一つ目は、既に神の産物としての効力がなくなっているかもしれないということだ。いつの時代から現れたものかはわからないが、魔宝石の効力がなくなると宝石に戻るように、神の産物もただの大鏡に戻っているかもしれない。

 二つ目は、常に魔法陣が発動された状態にあるかもしれないということだ。鏡本体の正体は不明だが、額縁に使われている宝石は全て名前があるもので、正体がわかっているものだ。宝石が魔宝石ということは、額縁は魔女が作った人工物であり、魔宝石で作られた魔法陣は制御する為のものという可能性がある。

 魔力が暴走するのと同じくらい強大な力に対抗するには、魔力を暴走させた力が必要かもしれない。と言ったチリチーの言葉がグリザベルの頭に浮かんでいた。

 魔法陣の上で魔力を安定させるのは難しいが、魔力を暴走させるのは実に簡単なことだ。余分なものを付け足したり、欠けを作ればいいだけ。しかし、それは魔法陣からはみ出して暴走してしまう。

 暴走した魔力を魔法陣の中で収めるにはと考えたところで、グリザベルはチルカにある頼み事をしていた。

 そして、今は魔法陣を眺めつつ、チルカの帰りを待っているところだ。

 窓枠に切り取られた月明かりが伸びてベッドを越す頃になると、窓が乱暴に叩かれた。

 グリザベルが窓を開けると、風が部屋に入りロウソクの火を消した。代わりにチルカの羽の光がテーブルに灯った。

「グリザベルが言ってたとおりよ。きっちり二種類ね」

 グリザベルがチルカに頼んだのは、額縁に埋められた魔宝石の高低差を調べてもらうことだ。

「やはり! ……重層魔法陣か!」

 グリザベルは興奮を抑えきれずに、声を大きく張り上げた。

「なによそれ」というチルカの質問に、グリザベルはすぐには答えられなかった。

 口から心臓が飛び出そうなほどに高鳴っている胸の音のせいで、呼吸が整わなかったからだ。

 早く自分の考えを伝えたいというはやる気持ちと、言葉が紡ぎ出せない苛立ちが、余計に息を荒くさせた。

 苦しげでいて、楽しげにも見えるグリザベルの表情は、チルカの瞳には狂ったように映っていた。

 グリザベルは呼吸を落ち着けると「もう大丈夫だ」と足を組み直した。

「治るのがもう少し遅かったら、そこの花瓶を頭に落として寝かしつけるところだったわよ……」

 チルカは棚の上にある花瓶を指すと、そこから線を書くようにグリザベルの頭に向けた。

「すまぬ。点と点が線となり繋がる興奮は、ずいぶんと久しいことだったのでな」

「それで、重層魔法陣ってなんなのよ」

「額縁の厚さを利用し、平面ではなく、立体的に魔法陣を描いているということだ。平面で魔法陣を二つ描くには線がぶつかってしまうが、立体になると高低差ができる。その隙間を縫って線を繋ぐことができる」

「つまりどういうことよ」

「つまりこういうことだ」

 グリザベルはテーブルに積まれた描きかけの魔法陣の中でも、記号や文字に隙間が作られるように描かれた不自然な魔法陣を二つ取り出した。

 そしてその羊皮紙を二枚重ねて、ロウソクに火を灯して、その明かりに透かす。

 すると、二つの魔法陣の欠けた部分を補い合う、完成された魔法陣が浮かび上がってきた。

「魔宝石を素直に繋いで五芒星を描くだけでは、魔法陣が完成しなかったわけだ」

 グリザベルが感慨深げに呟くと、ドアを苛立たしげにノックする音と、同じく苛立たしげなリットの声が聞こえてきた。

「気持ち悪い呼吸を響かせんなよ……。四つ隣の部屋まで聞こえてくるぞ」

「リットか、ちょうどよいところに来たな。お主を呼びに行こうと思っていたところだ。入れ」

 グリザベルはドアを開けると、リットの腕を掴み、無理やり部屋に引きずり込んだ。

「寝酒の邪魔をするほどのことなんだろうな……」

「当然だ。――だが、良い知らせと悪い知らせがある」

「悪い知らせってのはアレだろ」

 リットがチルカの顔を見た瞬間、チルカは獲物を狙う猛禽類のような目つきで睨み返した。

「今、私と目が合ってるわね。そのまま虫の知らせとかほざいたら、そこの暖炉に焚べるわよ」

 チルカはつばを吐き飛ばすように言った。

「なにも言ってねぇだろ」

「思ってるだけで同罪よ」

 チルカの言うとおりなので、リットは否定の言葉は言わずに椅子に腰掛けた。

「で、良い知らせってのは魔法陣のことか?」

 リットはテーブルに置かれた羊皮紙を一枚手に取った。

「ほう、察しがよいな」

「これみよがしに置いてありゃな。でも、これも描きかけだろ?」

「描きかけだが、完成した魔法陣の図だ」

 グリザベルはもう一枚の魔法陣をリットの持つ羊皮紙の裏に合わせて、ロウソクを近付けると、リットの目には完成された魔法陣が映し出された。

「完成はされてんな……。でも、どういうことだ? あの大鏡を二つに割るってことか?」

「バカねぇ、これは重層魔法陣って言うのよ」

 知識人ぶって見下してくるチルカを、リットは手に持った魔法陣で押しのける。

 すると、チルカが怒る時に強く光る羽のおかげで、蝋燭の灯の時よりもはっきりと後ろの魔法陣が透けて合わさった。

「でも、この魔方陣には穴があるぞ」

「なにぃ!? 貸してみろ」

 グリザベルは羊皮紙を奪い取り、チルカの羽明かりに透かして眺めた。リットの言うとおり穴があったが、グリザベルは「びっくりさせるでない」と、ほっとひと息ついた。

「なんでだよ。穴が空いてたら魔力が暴走するんじゃねぇのか?」

「この一枚目に描かれた魔方陣は後方に、二枚目に描かれた魔法陣は前方に、奥行きの違いがある。穴は高と低を繋ぐ箇所だ。重層魔法陣とは、奥行きを利用して描くものだからな」

「穴があいてても、暴走はしてねぇってことでいいんだな。危なくないと」

「いや、暴走はしておるはずだ。後方の魔法陣はわざと暴走させ、大鏡のなんらかの力を大きな力で打ち消す。前方の魔法陣は、暴走した後方の魔法陣を安定させている。と、我は睨んでいる。つまり、魔法陣は常時発動している状態ということだ。大鏡の力を封印するためにな」

 グリザベルはチルカの羽明かりに魔法陣を透かせたまま、リットにわかるはずもない術式の説明を始めた。

 グリザベルの説明が続くにつれ、チルカの羽は怒りに一層強く光りだした。

「いいかげん、陳腐な言葉を垂れ流しながら、私をランプ代わりにするのやめてくれない」

 チルカの声は夜冷えしたナイフの切っ先のように冷たかった。

「すまぬ……。我が言いたいのは、魔法陣に流れる魔力を止めれば、大鏡の正体がわかるということだ」

「……オレも大鏡の正体について思ったことがある」

「ほう、言うて見ろ」

 グリザベルは足を組み替えて、話を聞く準備をした。

「未来を覗く鏡。未来は変えられないが、もし未来を知ったら人はそれを変えようとする。神の産物の副作用として、未来を変えられないように見たものを眠らせる。そうなりゃ、スクィークスのあの症状にも理由が付く」

 グリザベルもリットと同じような答えを別の人物から見出していた。

「我も概ね同じ考えだ。だが、未来は変えられないが過去は変えられる。無限に未来が見える鏡ならば、見た者は初めから存在していなかったかのように存在を消されると考えるのが妥当だろう」

「見える未来に限りがあるってことか?」

「人生のターニングポイントが見える予知夢のようなものだと思っている。我はスクィークスからではなく、ディアドレからその考えに至った。天魔録には、なんらかの方法で自分の死期を悟ったディアドレは、ガルベラという弟子をとった。と書かれている。方法は濁してあったが、大鏡で自分の未来を覗いた可能性が高い」

「へぇ、あんなのが時を映す鏡なのね」

 チルカはいくら覗いても変化のなかった鏡を思い出し、あまり信じていない様子だった。

「よい響きだ……。『時うつしの鏡』とでも呼ぶか」

 グリザベルは何度か反芻して、言葉の響きを楽しんでいた。

「いいけど、使用料取るわよ。でも、ディアドレって浮遊大陸に行ったんでしょ? それなら、チビネズミみたいに寝てないじゃない」

「そうだ……悪い知らせというのはそれだ。魔女三大発明というものを覚えておるか?」

「下僕、武器、商売でしょ」

「違うわ! 使い魔、杖、魔宝石だ!」

「似たようなものじゃない。……私を見て、オマエも虫と似たようなもんだろ。って言ったら殺すわよ」

 チルカは視線をぶつけてくるリットを睨んだ。

「オマエはオレの心が読めるのか」

「わかるのよ。でも、口に出したら殺す。研究所裏の針葉樹に、百舌の早贄のように突き刺すわよ」

「そうだ。その針葉樹だ」

 グリザベルはテーブルを叩いて、小気味の良い音を響かせた。

「なに、今からコイツをヤルの? まぁ、止める必要は一つもないわね。暗いから、誰かにバレる可能性も低いわ。早くヤルわよ」

「そうではない。研究所裏の針葉樹を見たことがあるのだろう」

「高さが違う三本の針葉樹だろ。あるぞ」

 リットは左から右へと順に高さが大きくなっている針葉樹を思い浮かべた。

「そうだ。魔女三大発明に木が使われるものと言えば、考えずともどれかわかるだろう」

 『使い魔』は、自分とは別の命あるものにウィッチーズカーズの影響を移すというもの。

 『魔宝石』は、宝石に魔力をこめる技術。

 『杖』は、使い魔の代わりに、大量生産できる木にウィッチーズカーズの影響を移す為に作られたもの。

「まぁ、杖だろうな」

 リットとの簡単な答え合わせに、グリザベルは満足げに頷いた。

「そう、あの木はディアドレが杖にするのに合った木。三本の木の高さが明らかに違うのは、リット、お主ならどう捉える?」

 今までの話の流れ考えると、流れは一つの場所に向かっていた。

「木が寝てるってことか?」

「植物にも休眠期というものがある。偉大なる魔法使いと呼ばれるほどの魔力を持つディアドレならば、神の産物の副作用をウィッチーズカーズのように別のものに移すことができたのかもしれぬ。言い換えれば、我らにその手段がないということ。大鏡を覗けば最後、我らもスクィークスと同じような状態になってしまう。これが悪い知らせだ」

「良い知らせと悪い知らせ、結局は現状ともなにも変わらないってことか」

「そうでもない。少なくともスクィークスの命にかかわることはないということだ」

「……まぁ、それは素直にありがてぇけどよ」

 リットは身体の骨がパン生地になってしまったみたいに、ぐにゃっと力が抜けるのを感じた。

「素直というなら、ありがとうでよいではないか。それとも、世界の終焉を覗きたかったか? 闇に呑まれ沈むか、はたまた光に妬かれて塵となるか。もし、覗けたとしても正気ではいられぬだろうな。未来を知るというのはそういうことだ」

「そっちも熱心に調べていたものが無になったっていうのに、全然気にしてねぇんだな」

「我は無になったとは思っていないからな。足跡を残す以上のことはしたつもりだ」

 グリザベルはまた足を組み直すと、おもむろに口を開いた。

「宝石にも魔力のこもりやすさがある。ルビーには火、エメラルドには土、サファイアには水、トパーズには風、といった具合にな」

「それって、額縁の五芒星を描いてる魔宝石のことか?」

「そうだ。その四つにグリム水晶が加わり、五芒星を描いていた。もともと水晶というのは邪気を払う石や幸運を招く石と呼ばれておる。――なにかに似ていると思わぬか?」

「エーテルか」

 グリザベルは頷くことなく、わずかに口元に浮かんだ笑みの口角を上げた。

「グリム水晶は浮遊大陸で採れるもの。そして、奇しくもディアドレが最後に向かった場所も空だ」

 グリザベルは人差し指を立てると、かけっこで一番になった子供のように、無邪気に堂々と人差し指を天井に向けた。

 その人差し指の先に、止まり木のようにしてチルカが立った。

「今度は雲の上にでも行くつもり?」

「そうしたいが、我の体力では天望の木を登るのはムリだろうな。類稀なる智者として生まれたが、筋力は人並み以下だ。ヘル・ウインドウの地下洞を抜けた先には、『スリー・ピー・アロウ』という悪魔族の国がある。そこに生える天望の木には、よく浮遊大陸が流れ着くという」

「おい、筋力がなさすぎて口から漏らしてんぞ。下からも漏らす前に鍛えとけよ」

「気にするでない。ただの独り言だ。……さて、我は久方ぶりの睡眠をゆっくり楽しむとしよう」


 リットとチルカはグリザベルの部屋から出るとゆっくり歩き始めた。

「アンタも好きね。山にハイキングに行ったり、海で水遊びしたり、今度は木登りするんだから」

「……なんでこう、オレの周りには決めつけてくる奴ばっかなんだよ」

「思考が単純だからでしょ。アンタと少しでも関わった人は、皆わかってるわよ。自分が気になることはほっとけない身勝手野郎だって」

 チルカは大きくあくびをすると、綿毛のようにふわふわ飛んでいった。そして自分の部屋の前にいる兵士にドアを開けさせると振り返らずに入っていった。






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